
こんにちは。秋田県秋田市でライフデザインラボ株式会社を経営しております、榎真寿美と申します。
このページを開いてくださったあなたは、おそらく採用や離職で悩んだ経験をお持ちではないでしょうか?
「求人を出しても応募が来ない」
「採用できても、数か月で辞めてしまう」
地方で会社を経営する方とお話しすると、ほとんどの方がそうおっしゃいます。


さて、私たちの本業は訪問介護です。介護職の中でも、最も人材不足が深刻な分野といわれています。
秋田県では、訪問介護の有効求人倍率が15倍に届くこともあります。
つまり1人のヘルパーを15社が奪い合っている状態です。
秋田県は少子高齢化率、人口減少率ともにダントツ全国1位。
若い世代は都市部へ流出し続けています。
日本で最も人が足りない土地の、最も人が足りない業界が私たちの戦場です。


ところが私は、採用に困った記憶がほとんどありません!
社員が知人に「うちで働いてみない?」と声をかけてくれる。
私のSNSを見た方が「働きたい」と連絡をくださる。
面識のないフォロワーの方が、ご友人に私を紹介してくださることまであります。
昨年の実績で、入社された方の93.75%が紹介またはSNS経由でした。
離職率は9%です。
募集を出す前に席が埋まってしまうことも、珍しくありません。
当社では目が飛び出るような高い給与を払っているわけではありませんし、豪華な福利厚生を設けたつもりもありません。
それでも多くの方が当社に入社してくださる理由はとてもシンプル。
「社員が自分の会社を自慢したいと思ってくれているから」です。


今回のクラウドファンディングは、人が集まる会社の作り方を本にまとめて出版するための挑戦です。
タイトルは『「採る」から「誘われる」会社へ』(仮)
人が辞めない組織のつくり方と、そこに至るまでの経営者としての覚悟を一冊に詰め込みます。
今回は、その本に書く内容のさわりと、私自身の人生を少しだけ紹介させてください。
読み終えたとき、採用という言葉の捉え方が今までと少し違っていたら、私はとても嬉しく感じます。


中抜け制度、社員が自ら言い出した推し活休暇、有給取得呼び掛け制度、社員の要望から生まれたBD休暇など・・・実際に運用している制度をお伝えします。
制度そのものより、なぜその制度が必要になったのかが分かります。
社員紹介や知人紹介で人が集まる会社は、求人広告に頼る必要がありません。
リファラル採用が起きる会社と起きない会社の違いを、実例で解説します。
離職率46.7%から9%へ。
会社を変えたのは制度ではなく、社長である私自身が変わったことでした。何をどう変えたのかを、包み隠さずお伝えします。

ここまで、数字の話ばかりをさせていただきました。
けれど私は、順風満帆に歩いてきた経営者ではありません。
人並み以上の明るさで生きてきた自覚はありますが、振り返ると、人並み以上の苦悩も抱えてきました。

私は秋田市の、農家の三女として3世代7人家族の家で生まれ育ちました。
家では介護が必要な祖父も暮らしていました。
幼稚園には知的障がいのある人気者のお友達がいて、彼女と過ごすことは私たち同級生にとって当たり前の日常でした。

そのお友達が小学4年生で養護学校へ転校したとき、私は初めて強い違和感を覚えました。
なぜ一緒にいてはいけないのだろう?と。
福祉の道を選んだきっかけは、おそらくあの日だったのだろうと思います。

福祉大学卒業後は介護業界最大手の企業に入り、17年間勤めました。
在職中に結婚し、2人の息子を授かりましたが、長男が3歳、次男が1歳のときに離婚。
そこからシングルマザーになり息子たちとの3人暮らしになりました。
随分とハードな離婚劇となりましたが、そこは割愛させていただきます。
その5年後、尊敬する大好きな父が脳出血で倒れて左半身麻痺になりました。
このことを機会に、両親と90歳を超えた祖母との同居を決め、私は5人を扶養する生活を始めます。
そんなときに、会社から他県への赴任を打診されました。
育児と介護を抱えてどうすべきか悩んだ私の背中を押したのは、半身麻痺の父と、当時小学4年生だった長男の言葉でした。
「お母さんは仕事が大好きなんだから、思いっきり働いておいで!」

週末は必ず帰ることを条件に、私は平日を単身赴任で過ごすことに決めました。
仙台を拠点に、北海道から北関東までの介護現場を飛び回る日々を送りました。

全国の現場を見て回るうちに、私は地元の異常さに気づきました。
秋田の高齢化は、他のどの地域よりも速く進んでいたのです。
このままでは、自分自身が老後に住み慣れた家で暮らせなくなるのではないか?
今から作らないと老後に間に合わない!
その危機感から、私は大手でのキャリアを手放しました。
そして2019年10月、ライフデザインラボ株式会社を設立します。
しかし開業と同時に、コロナ禍が始まりました。
創業半年後の売上は、たったの35万円。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、訪問介護には常勤換算2.5人以上という人員配置基準があります。
売上があろうとなかろうと、人件費は毎月出ていきます。
資金は目に見えて減っていきました。地獄のようなスタートだったと、今でも思います。
それでも私は、介護福祉のプロ!自分が良いと信じるサービスを変えませんでした。
2年、3年と続けるうちに口コミで評判が広がり、利用者が増えていきました!


単身赴任開始から3年目、家では別のことが起きていました。
長男が中学1年夏から、学校へ行けなくなったのです。
当時の私が何よりつらかったのは、この状況を誰にも話せなかったことでした。
知らない人に話しても解決しない。
そう思って、私はどんどん口を閉ざしていきました。
制度としてスクールカウンセラーの面談が月に2回ありましたが、私たち親子は知らない人に頼ることができませんでした。
家から出られない生徒とその親を支える仕組みは、どこにもありませんでした。
想像に難くないと思いますが、私たちの親世代は、不登校への理解がほとんどありません。
私が仕事で家を空けている間、長男には辛い思いもさせてしまいました。
卒業文集に不登校のことを書いたときには、
教員から「人生の汚点になるから訂正した方がいい。必ず後悔する」と言われました。
あの日のことは、今でも忘れられません。
息子は、自分の経験を自分の言葉で残そうとしただけでした。
あの頃から息子は「大人になりたくない」と話していたので、私は、「大人も楽しいんだよ!」と背中を見せることに全力だったと思います。

2023年5月24日朝、長男は自ら命を絶ちました。
成人年齢が18歳に引き下げられ、息子は18歳の誕生日を迎える1か月前に旅立ちました。
私は、あの子を大人にしてあげることができませんでした。
何があっても私が守ると約束していたのに、守れませんでした。
離婚も、単身赴任も、決められたのは長男の言葉があったからです。
私の人生のターニングポイントには、いつも長男がいました。
長男が書き残した言葉があります。
「僕は毎日が楽しくて幸せです。若いけれど楽しいままいきます。早いけれどね。僕は生まれ変わっても、またお母さんの子供になりたいです。」
葬儀は家族葬として執り行いましたが、長男の友人たちや私を気にかけてくれる友人、経営者仲間が次々と駆けつけ、会館が人であふれました。
絶望と喪失感でいっぱいだった私は、その光景を見て初めて気づきました。
私たちを支えてくれる人は、こんなにもいたのだ、と。


この人たちに、どうやって恩返しをしよう。
そう考えたときに思い出したのが、長男が不登校だった頃のことでした。
あのとき私たち親子は、社会から完全に孤立していました。
同じように苦しんでいる親子に大切な子どもを突然失う思いをしてほしくない。
その一心で、2024年11月に「こども訪問看護」を立ち上げました。
不登校や発達障がい、起立性調節障害などに悩む子どもと、その家族を支える事業です。
秋田県では初めての取り組みでした。


始めた当初は、不登校児への訪問看護というサービス自体が知られていませんでした。
ですから、医師に指示書を依頼するだけでも、ずいぶん苦労しました。
それでも地道に続けて信頼を積み重ね、2025年4月には、一般社団法人こども訪問支援協会も設立しました。

大切な人が突然いなくなることは、誰にでも起こり得ます。
あのつらさを、誰にも味わってほしくありません。だから私は、周りの小さな変化に気づける社会を作る手助けがしたいのです。
介護も、看護も、不登校も、自死遺族のケアも。
生きているすべての人へのケアを広げていくことが私の使命だと考えています。

ここからは、経営の話に戻らせてください。
今でこそ「人が辞めない人が集まる会社」と言っていただける機会が増えましたが、かつての離職率は46.7%でした。
当時の私は、辞めていく理由を社員の側に探していました。
結論、人を変えることはできません。
どれだけ願っても他人は変わらないのです。変えられるのは自分だけ。
「あー!人が辞めていくのは私に原因があったんだー!」
そう気づいてから、会社のルールに社員を当てはめるのをやめて、会社が社員に合わせることにしました。
徹底的に、です。
書籍ではこの経緯も書かせていただきますが、そうして離職率は9%になりました。
病気や転居などどうにもならない離職に留まるようになりました。


私はこれを、社内でも社外でも公言しています。言葉だけでは伝わりにくいので、日々の話をさせてください。
創業当初から、会社に来る社員の食事は度々私が作っています。
特別な理由はありませんが、我が子に食事を作るように、会社でしているだけです。
秘書には「お母さんみたいだ」と言われますが、私にとっては最高の褒め言葉です。

家族であるなら、仕事とプライベートを切り分ける必要もありません。
だから私の会社では、公私混同を歓迎しています。
体の不調があれば、私が整体をします。
特技は一撃整体です。
心が疲れているときには、カウンセリングも引き受けます。
誕生日には、その人の良いところだけを見つめたメッセージを贈ります。
一年に一度くらいは、自分がどれだけ大切に思われているかを言葉で受け取ってほしいからです。


ただし、仕事の悩みだけは聞きません。
それは各事業のリーダーの役目だからです。
私のところに来るのは、ダイエットや夫婦関係、親子関係といったプライベートの悩みだけになります。
ダイエットは40キロ以上痩せた社員もいます!
社長が聞く話としては逆のように思われるかもしれません。
それでも私は、仕事のパフォーマンスはプライベートの充実度で決まると考えています。
家庭や体調に不安を抱えたまま、良い仕事ができる人はいません。
事故やトラブルの原因は大抵がプライベート。
だから私は、仕事の手前にあるものを引き受けているのです。
「社員を溺愛する」という言葉は、
最初は照れくさく聞こえるかもしれません。
でも私は、ここまでのことを言い表せる言葉を、これ以外に知りません。
本書では、この溺愛が日々どんな形で現れているのかを、社員のエピソードとともに一冊かけて描きます。


多くの会社では、就業規則を社労士に依頼していると思います。
私は自分で作りました。会社のルールを人に作ってもらうことに、違和感があったからです。
本書で述べますが、職務規定に書いたのは「人としてやってはいけないこと」だけです。
分量にしてA4用紙1枚ほど。あとはすべて自由にしています。


自由にしている代わりに、社員の声はとことん吸い上げます。
そうして生まれたのが、次のような制度でした。
どれも、社員の何気ない一言から生まれました。
「誕生日くらい休みたい」
「子どもの入学式に行きたい」
「育休を使った人はいないけれど、取れますか?」
その問いに、ひとつずつ答えてきた結果が今の就業規則です。

私の会社には、今は不平不満を言う場所がありません。全て却下です(笑)
その代わり「どうすればよくなるか」という提案は、いつでも歓迎しています。
以前、まだ不満が上がっていた時のお話です。
小さなお子さんを育てる社員について、こんな不満が上がりました。
お子さんの体調不良で急な欠勤連絡が続き、シフト調整が大変という内容です。
私はこう伝えました。
「子育ては、みんなが助け合って通る道。私たちも誰かの支えがあって育ったし、自分たちの子供達も誰かの助けがあって育ててきた。受けた恩を返す相手は必ずしもその人でなくても、次の人へ送ってもいいんじゃないかな。うちの従業員には、そうであってほしい」
その日から「あの人のフォローは大変」という不満はなくなりました。
子育てが落ち着けば、今度は彼女がフォローする側に回ってくれるはずです。

昨年、社員にアンケートを取りました。「どうやって友人や知人に声をかけたの?」という質問です。
返ってきたのは、こんな答えでした。
・祝日と大型連休などには時給が倍になること
・バースデー休暇があること
・ほとんど出社しなくていいこと
・髪色が自由なこと
・バースデーメッセージ
例えば、友人とお茶をしたときや、友人とスーパーでばったり会ったとき。まわりが会社の不満を言う中で、うちの社員は会社の自慢をしてくれていたのです。


考えてみれば当然です。つらい思いをしながら働いている会社に、大切な友人や家族を誘いたいと思う人はいません。
「うちにおいでよ」と笑顔で言えるのは、自分が本当に満足している会社だけです。
では、社員が会社を自慢したくなるまでに、経営者は何をすればいいのか?
本書では、その手順と、私が実際に踏んだ失敗の数々を綴ります。


視野を広げてみると、人材に困っている企業が世の中の大半でした。
組織づくりのノウハウを求めている経営者が、これほど多いのかと驚きました。
リファラル採用は、どれだけ従業員の幸せを願えるかという経営者の姿勢が問われます。
だからこそ、経営者のマインドをどう変えるかが最も大切なのです。
人口減少が最も進む県で、最も人気のない職種に、これだけ人を集められています。
他の産業に応用できないはずがありません。


この本には、採用テクニックは書きません。
制度だけを真似しても循環は生まれないからです。
書くのは現場の声と、日常の小さな出来事と、自然と生まれた仲間同士の支え合いです。
社員を我が子のように思い、結果として定着率と採用力を高めた記録を綴ろうと思います。

正直にお伝えしますが、私が本当に書きたいのは息子とのストーリーです。
ただそれは、私の認知度がもっと高まってからだと考えています。
まずはこの一冊で私を知っていただく。
その先で、こども訪問看護に関心を持ってくださる方が増える。
そうやって、この事業を日本中へ広げていきたいのです。
社員を大切にすると、人が辞めなくなる。
採用に困らなければ、会社が成長する。
会社が成長すれば社会課題の解決に投資でき、こども訪問看護が広がる。
私の中では、すべてが一本の線でつながっています。

採用のことは、私はすべて社長の覚悟の問題だと思っています。
どんな人が組織にいたとしても、それを許している仕組みを作ったのは社長です。
離職率が46.7%だった状態から抜け出せたのは、全て自分の問題だと捉えられたからです。
私は仕事を通して、息子が生きた証を社会に還元したい。
同じ孤独を味わう親子を、ひとりでも減らしたい。
その使命のために、私はこれからも走り続けます。
覚悟を持って、従業員の幸せを増やしていきましょう。
この本を、そしてこども訪問看護を、日本中に届けさせてください。
皆さまのお力添えを、心よりお願い申し上げます。
ライフデザインラボ株式会社 代表取締役 榎真寿美




Q. 再現性はあるのでしょうか?
制度をそのまま導入しても、同じ結果にはならないと思います。必要なのは仕組み化よりも先に、経営者の覚悟だからです。本書では、その覚悟をどう持ち、何から変えたのかを具体的に書きます。
Q. 介護業界以外でも参考になりますか? なります。
人が辞める理由も、人が誘いたくなる理由も、業種では変わりません。地方の中小企業の経営者様に、特に読んでいただきたい一冊です。
Q. 秋田以外でも講演やコンサルティングをお願いできますか?
はい、遠方は基本オンラインで対応します!必要あれば、全国どこへでも伺います。
リターンにもご用意しております。





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