「沖縄サンバカーニバル」を みんなで守りたい
はじめまして。「沖縄サンバカーニバル」の加藤亜紀と申します。沖縄市で2001年から続けてきたサンバカーニバルが、2026年からは行政の支援を離れ、私たちの手で開催することになりました。25年間、一度も休まず続けてきたこのカーニバルを、これからも沖縄の街で続けていきたい。その思いを叶えるために、皆さまのお力をお借りしたいと考えています。

[沖縄サンバカーニバル2025 コザ・ミュージックタウンでのサンバステージ]
商店街から生まれた、多文化共生
「沖縄サンバカーニバル」は2001年、沖縄市中心部の商店街、中央パークアベニューで我々夫婦が経営していた小さなサンバ居酒屋「オ・ペイシ」から始まりました。当時、コザ(沖縄市)の街では、空き店舗が目立ち、沖縄市商工会議所などが地域活性化で、ユニークな店舗「ドリームショップ」を募集していました。私たちは、居酒屋から街へ飛び出し、サンバカーニバルを立ち上げることを店の企画に盛り込み、ドリームショップ1号店に選ばれました。
「沖縄サンバカーニバル」は、初期の数年間は予算もゼロ。それでも、太鼓を叩き、踊り続けることで、コザの街にサンバが根付けば、との思いで活動を粘り強く続け、少しずつ街に笑顔も戻ってきました。
始めた頃は手探りでしたが、いつしか全国のサンバチーム、沖縄県内の打楽器奏者、ブラジルにルーツを持つ人たち、米軍基地のカポエイラ愛好者ら、たくさんの仲間が集まるようになり、参加者の裾野は、年々広がってきました。コロナ禍の2年間もオンラインで開催し、つながりを絶やさずに、「沖縄市にサンバを! 沖縄市に元気を!」をモットーに、25年間、多文化共生のサンバカーニバルを続けてきました。

[コザ・ゲート通りでのパレード 25年目の沖縄サンバカーニバル]
カーニバルに起きた重大事件
これまで「沖縄サンバカーニバル」は、沖縄市などが主催する「沖縄国際カーニバル」という町挙げての一大イベントの一環として、行政の協力を得ながら運営してきました。しかし、2026年8月、致命的な決定がなされました。沖縄市などの沖縄国際カーニバル実行委員会は、予算の不足や運営の負担などから、国際カーニバルの休止を発表したのです。
「沖縄サンバカーニバル」を愛し、このイベントと共に成長してきた私たちには、衝撃が走りました。多くの市民は、沖縄市からサンバが消えてしまう、と今も思っています。サンバカーニバルを運営してきたのは、私たちですが、パレード用にコザ・ゲート通りを通行止めにし、ステージ、音響を組み、会場警備をしてきたのは、行政です。周囲からは、「公的な組織の支援なしに、カーニバルをやるのは無理」という声も聞こえてきます。でも、私たちの沖縄サンバ愛は、そんなに小さなものではありません。
自力開催で、何があろうと「沖縄サンバカーニバル」を続行していく覚悟が、私たちには、できています。
急いでサンバ会場を単独で手配している中で、我々と同じように、行政のカーニバル休止によって、新たな方法を模索している団体、沖縄市国際交流協会とタッグを組ませてもらうことになりました。
私たちは、コザ・ゲート通りの歩道をパレードし、コザ・ミュージックタウンで、例年と同じ流れで、サンバステージを行います。ステージの後は、細い路地の商店街も、縫うようにパレードし、大通りだけでなく、コザの街全体を盛り上げます。
新たな試みとして、今年の「沖縄サンバカーニバル」は、2日間の開催に挑戦し、2日目は、沖縄県北谷町のアラハビーチでサンバをします。会場の設営費、音響準備、練習のための会場費や交通費、衣装の維持、これらすべてを自分たちで負担しなければなりません。県外からの出演者は北海道から関西までいますが、沖縄までの旅費、滞在費は自費です。
今、なぜこのプロジェクトが必要なのか
もともと潤沢な予算が組まれていたイベントではありません。25年間のうち、10年以上は予算がなくても、「カーニバルは、毎年継続するもの」として、沖縄サンバを続ける使命感で行ってきました。
ステージを組む予算がなく、トラックの荷台をステージにして踊っている私たちを見て、寄付をしてくれるようになった地元商店の方もいらっしゃいます。20年以上にわたり、県産品の提供をしてくれる沖縄の企業もあります。
観客の入場料があるイベントなら、出演者にも還元できますが、このイベントは【誰でも無料で観覧できる】ことを大切にしてきました。観光客の方も、地元の家族連れも、ふらっと立ち寄った人も、みんなが自由に楽しめる場所であってほしい。それを続けるためには、どうしても資金が必要なのです。

【嘉手納基地第2ゲート前 コザ・ゲート通りをパレードする打楽器隊】
このイベントが目指す未来
サンバカーニバルは、ただのお祭りではありません。国籍も年齢も立場も違う人たちが、音楽とダンスで一つになれる場所です。沖縄に暮らすブラジル人が誇りを持って文化を伝え、地元の若者が新しい表現に出会い、観客の皆さんが一緒に体を揺らして笑い合う。そんな瞬間が、毎年この街で生まれています。
私たちが目指すのは、この【つながり】を未来へ渡していくことです。沖縄市が、多様な文化を受け入れる開かれた街であり続けること。誰もが自由に表現できる場所があり続けること。そのために、今このプロジェクトが必要なのです。

【沖縄サンバカーニバル2024 各ユニットのステージ】
私たちについて
「沖縄サンバカーニバル」は、最初は街角の小さなイベントでした。けれど、25年間続けてきた中で、全国のサンバダンサー、地元の打楽器奏者、沖縄のブラジルコミュニティ、地域の商店街の方々、米軍基地関係者、たくさんの仲間が集まってくれました。この絆は、予算があるかどうかに左右されるものではありません。 私たちは、この街でサンバを、カーニバルをやり続けたいという、ただその思いで集まった仲間たちです。

[沖縄サンバカーニバル2025 パレード出発前]
支援が生み出す価値
皆さまからいただいた支援は、会場の運営、音響設備、衣装の維持費、クラファン利用料、リターン原資などに使わせていただきます。
資金がなくても、このカーニバルは継続していきます。サンバダンサーが全国から集まってくれるように、出演はしないけれど、少額でもお一人ひとりが、支援して下さることが、力になります。無料で誰もが楽しめるイベントを支え、沖縄市で多文化共生を守ることにつながります。支援してくださった方は、このカーニバルをつくる大切な【仲間の一人】です。

[観客も思わず一緒に踊り出すサンバステージ 沖縄サンバカーニバル2023]
リターンについて
今回、支援してくださったみなさまには、心を込めた御礼のメッセージを送信致します。ブラジルを象徴するグッズや、カーニバル当日、一緒にパレードに参加できる体験型のリターンもあります。ご希望であれば前日の練習にも参加していただけますので、サンバの熱気を間近で感じてください。


開催スケジュール
2026年11月21日(土)に、沖縄市胡屋地区でサンバパレードとサンバステージを開催します。翌22日(日)には、北谷町のアラハビーチで、サンバのダンスと演奏を行います。クラウドファンディングでいただいた支援をもとに、着実に準備を進めてまいります。

【夜の商店街をパレードした年も】
最後に
25年間、どんな状況でも一度も休まずに続けてきたこの「沖縄サンバカーニバル」。それは、この街を愛する人たちと、サンバを愛する人たちの思いが重なり合ってきたからです。2026年、私たちは新しいスタートを切ります。でも、その先にあるのは変わらない景色です。音楽が街に響き、人々が笑顔で踊り、国境を越えたつながりが生まれる場所。
どうか、皆さまの温かいご支援で、この景色を一緒に守ってください。少額でも大歓迎です。皆さま、お一人ひとりの思いが、「沖縄サンバカーニバル」を支えてくれます。心から、よろしくお願いいたします。

[沖縄サンバカーニバル 加藤亜紀]
歴代の沖縄サンバカーニバルの様子は、下記サイトよりご覧いただけます。
https://opeixe.sakura.ne.jp/sub10.htm
沖縄サンバカーニバル本部: 名古屋市名東区大針3-100-5-100 オ・ペイシ





コメント
もっと見る