このプロジェクトについて
昭和2年(1927)3月9日、犬吠埼沖で遭難した鹿児島県立商船水産学校の練習帆船【霧島丸】。乗船していた学生30名と乗組員23名、計53名全員が海に消えました。官民一体となった捜索にもかかわらず、一人の遺体も漂流物も発見されませんでした。この痛ましい事故は、日本中に深い悲しみと衝撃をもたらしました。
霧島丸が日本の海運を変えた
霧島丸の遭難は、単なる悲劇では終わりませんでした。この事故を契機に、政府は大型練習帆船【日本丸】と【海王丸】の建造を決断し、航海訓練所(現在の海技教育機構)も創設されました。実践的な教育体制と徹底した安全管理が実現し、日本は世界有数の海運国家へと歩みを進めました。53名の犠牲者の志が、日本の海運教育と安全対策の礎のひとつとなったのです。
慰霊碑に刻まれた想い
昭和5年(1930)、鹿児島県立商船水産学校の敷地(現在の鹿児島大学水産学部キャンパス内)に慰霊碑が建立されました。東郷平八郎元帥による揮毫【壮烈】が刻まれたこの碑は、犠牲者への深い追悼の思いと航海安全への願いが込められた心のよりどころとなってきました。今日まで有志の手により、慰霊碑と周辺は丁寧に整備され続けています。
[慰霊碑の写真]
百年の節目に
令和9年(2027)は霧島丸遭難百年という節目の年です。鹿児島県立商船水産学校同窓会がすでに解散している状況を踏まえ、鹿児島大学水産学部同窓会(魚水会)や(一財)海洋会鹿児島支部(※1)、小松会鹿児島支部(※2)が中心となり、2026年1月に【霧島丸遭難百年慰霊祭実行委員会】を発足させました。
※1 東京商船大学、神戸商船大学および海技大学校本科の卒業生等で組織する同窓会
※2 大島商船学校、大島商船高等学校、大島商船高等専門学校等の卒業生で構成する同窓会
慰霊祭の開催
令和9年1月24日、鹿児島大学水産学部のキャンパス内にある慰霊碑の近くでテントを設営し、慰霊祭を実施いたします。全国の船員教育機関をはじめ、関係業界、行政機関、報道機関に案内を行い、犠牲となられた方々のご冥福をお祈りするとともに、日本海運のさらなる発展を願う場といたします。
[慰霊祭の設営イメージ写真]
次世代へ伝える責任
この百年という節目を迎えるにあたり、私たちは霧島丸の史実を顕彰し、海運の安全と発展を願う思いを次世代へ継承していく責任があると考えています。犠牲者たちが示してくれた志と、その後の日本海運の発展の歴史を、多くの人々に知っていただきたいのです。
[実行委員会のメンバー写真]

皆さまのご支援をお願いします
慰霊祭の開催にあたり、式典の運営、資料作成、参列者のおもてなし、記録映像制作など、多くの費用が必要となります。この重要な百年の節目において、霧島丸の歴史を適切に顕彰し、犠牲者への誠実な慰霊を行うため、皆さまの温かいご支援をお願いいたします。
歴史を守り、未来へ
霧島丸遭難から百年。その間、日本の海運は大きく発展してきました。その発展の礎には、53名の若き船員たちの尊い犠牲がありました。私たちは、この歴史の重みを受け止め、犠牲者への敬意を忘れず、次の世代へ確実に伝えていく使命を果たしたいと考えています。皆さまの一緒にこの大切な慰霊祭を成功させたいのです。
[海と船の歴史を象徴する写真]



