【宮澤賢治の心を伝える薤露(かいろ)堂】自然と文学、音楽の体験拠点を岩手に!

宮澤賢治の後輩であるエッセイスト・絵本作家の澤口たまみは、自然と文学、音楽を愛し、小さな命を慈しんだ賢治の心を、多くの方に伝えていきたいと願っています。 そこで来年の夏までに、自然と触れ合える庭と、朗読会や音楽会を開催できる小さな建物を持ち、賢治や自然関係の書籍を集めた文庫の開設を目指しています。

現在の支援総額

282,000円

23%

目標金額は1,200,000円

支援者数

31人

募集終了まで残り

63日

【宮澤賢治の心を伝える薤露(かいろ)堂】自然と文学、音楽の体験拠点を岩手に!

現在の支援総額

282,000円

23%達成

あと 63日

目標金額1,200,000円

支援者数31人

宮澤賢治の後輩であるエッセイスト・絵本作家の澤口たまみは、自然と文学、音楽を愛し、小さな命を慈しんだ賢治の心を、多くの方に伝えていきたいと願っています。 そこで来年の夏までに、自然と触れ合える庭と、朗読会や音楽会を開催できる小さな建物を持ち、賢治や自然関係の書籍を集めた文庫の開設を目指しています。

○本プロジェクトは「宮澤賢治」氏の名前を冠しておりますが、宮澤賢治氏やその関係者との直接の関係はございません。自然と文学、音楽をこよなく愛していた宮澤賢治氏の理念に深く共感し、その作品に込められたメッセージを、これからも多くの人に伝えたいと願うものです。

自然と小さな命のかけがえのなさを伝えたい。

エッセイスト・絵本作家の澤口たまみと申します。

わたしのプロジェクトにお目を留めてくださり、ありがとうございます!
まずは自己紹介をさせてください。

宮澤賢治がイーハトーブと呼んだ岩手で生まれ育ち、賢治も学んだ盛岡高等農林学校の後身である岩手大学農学部で昆虫学を学びました。
澤口たまみ

1990年に、はじめてのエッセイ集『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で第38回日本エッセイスト・クラブ賞をいただいてからは、主に福音館書店のかがく絵本のテキストを書いてきました。

『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)文章を書くようになったのは、大学を卒業してはじめて勤めた職場で、虫を見て悲鳴を上げる同僚の姿を目撃したのがきっかけでした。

幼いころから自然が好きで、野原で花かんむりを作ったり、林で栗拾いをしたりして遊んできたわたしにとって、身の回りに緑があって、虫をはじめ小さな命が見られることは、とても大きな喜びでした。

ですから同僚の悲鳴を聞いたときには、ほんとうに驚きました。
「みんなはこの虫が怖いの?」
半信半疑で訪ねると、同僚たちは「うん」と、申し訳なさそうに肯いたのでした。
わたしは思わず、その虫を手にとって言っていました。
「だけどほら、この虫は刺さないし、噛まないし、かぶれないし、よく見ると可愛いところもあるし…」

そして決心したのでした。
虫たちにもチャームポイントがある。けれど虫たちは、それを人に伝えられない。ならばわたしが、虫のチャームポイントを人の言葉にして伝えよう。
これが、わたしが文章を書くようになった理由です。

みごとなノコギリクワガタ

以来、地元新聞に投稿しながら、コツコツと書きためた昆虫エッセイを1冊にまとめたのが、『虫のつぶやき聞こえたよ』でした。

日本エッセイスト・クラブ賞の受賞理由は、
「虫だって一生懸命に生きているんだよ、という主張がまことによい」
と評価されてのことでした。

幼いころからの自然体験が、わたしをエッセイストにしてくれたと言っても過言ではありません。

昆虫エッセイから、かがく絵本へ。

『はるのにわで』
(絵・米林宏昌、福音館書店)
昆虫をテーマにしたエッセイを書くようになると、わたしはしばしば、子どもたちを対象とした自然観察会の講師を依頼されるようになりました。

そこで目の当たりにしたのは、自然のなかで遊ぶ子どもたちの目の輝きでした。
その目は、虫を手のひらにのせた瞬間に、いっそうキラリと強い輝きを放ちます。

子どもたちの多くは、決して虫を嫌ってはいないのだと、わたしは確信しました。

なのに大人の多くは虫を嫌う。
子どもたちは大人になるまでに、どこかで虫を嫌いになってしまうのだ。虫や自然を愛する子どもたちが、そのままで大人になっていけるといい。
子どもに向けて文章を書き、小さな命を愛おしむのは素晴らしいことなのだと伝えたいと思うようになったのは、そんな思いからでした。

絵本の文章を書くときは、子どもたちができるだけ追体験できるように、身近な題材を選びます。
読んでくれた子どもたちが、野原や林で実物を見て、それぞれの心で感じたことが、かがく絵本のほんとうのラストなのだと思っています。

また、昆虫などの小さな命に目を向けていると、彼らにとっては他の生き物に食べられて死ぬことこそが運命で、生き延びて命をつなぐことは奇跡なのだと感じられてきます。

生きることは奇跡だ。

そう実感することは、自身が生きていられることへの深い感謝につながり、その人の人生を支えると信じています。
だからこそ幼い子どもたちには、自然のなかでたっぷりと遊び、小さな命と触れ合ってほしいと、願わずにはいられません。

現在は、保育園、幼稚園、こども園におじゃまして、子どもたちと野原を歩き、虫を見る仕事も続けています。

幼い子どもが虫などの小さな命に触れ合うのはかけがえのないことであり、子どもたちの傍らにいる大人はぜひ、子どもたちと一緒に自然界の不思議に目を見張って欲しい。
保育者さんや保護者さんには、くり返しそうお伝えしています。

足もとの草むらにも目をこらせば美しい光景が広がる

と同時に、岩手といえども子どもたちが親しく訪ねられる緑が急速に消えつつあることを実感しています。

かつて自然のなかで遊んだ子どもが高校生や大学生、あるいは社会人になって、何かしらの壁にぶつかったときに、
「楽しかったあの場所は、いまもあるだろうか」
と、幼いころの記憶を辿って出かけていくことも少なくはありません。

わたしたち大人は、子どもたちに自然との出会いを体験させるとともに、その自然を、そのまま保ち続けていることが必要なのだと考えています。

※リターンには、お客さまのお住まいの地域に出張しての「朗誦伴奏公演」が含まれておりますが、その内容を、ここまで述べたような「子どもや自然、かがく絵本についての講演」に変えることが可能です。詳しくは、リターンの説明をお読みください。

昆虫エッセイと、宮澤賢治。

『自然をこんなふうに見てごらん
宮澤賢治のことば』
山と渓谷社

岩手で生まれ育ったわたしにとって、賢治はそもそも郷土の偉人であり、高校、大学の先輩として存在していました。
ところが、虫や自然をテーマにした文章を書くようになってみると、賢治はもうひとつ、自然に目を凝らし、野山に満ちる声にならない声を聴き、それを人の言葉にすることの先輩でもあるのでした。

賢治が生前に出した『注文の多い料理店』の「序」には、つぎのように書かれています。

これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。

賢治の作品はまったくの空想ではなく、岩手の自然のうえに立ち上がったファンタジーであると思われます。

ですから賢治の作品には、読者が自然体験を共有していないと理解できない部分もありますが、常に傍らに置いて、読書と自然観察を日々くり返すうちに、この表現はこのことか! と、にわかに腑に落ちる瞬間が訪れます。

賢治の著作から、自然観察のコツを拾い集めてまとめたのが、2022年に出した拙著『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』(山と渓谷社)です。

たとえささやかな草むらでも、ふと足を止めて目を向ければ、小さくとも可憐な花が咲いていたり、ふるふると揺れる露の滴が輝いていたりして、その美しさに息を飲むことも少なくはありません。

水面に太陽が映り、まるで宇宙のように見える

賢治作品を読み解くなかでは、花巻農学校で教えていたころの教え子さんに、インタービューする機会に恵まれました。

賢治に目をかけられた文学好きの教え子さんは、
「宮澤先生から『詩の書き方を教えよう』と誘われて、喜んでついて行ったのですが、その日はただ、夜の野原を歩くだけでした。先生は歩きながら、しきりにぶつぶつとつぶやいて、口にしながら言葉を選んでいるようでした」
と、おっしゃいました。
賢治にとって、詩を作ることと野を歩くことは、ほとんど同義だったようです。

その教え子さんは、こうもおっしゃいました。
「ただ歩くだけだったのですが、宮澤先生と歩くと、それまで何の変哲もなかった林や野原が、とたんにキラキラと輝き出して、実はこんなにも美しい場所だったのだと気づくのです」

わたしが、「宮澤先生の教えをひと言で言うと、どんなものでしたか?」と尋ねると、
「宮澤先生が教えてくれたことは、今の言葉でいう自然観察のようなものでした」
との答えが返ってきました。

賢治の文学は、自然界を歩くことによって生まれたものと言えるでしょう。

その眼差しは、多くの人が「つまらない」と軽んじる存在に向けられ、作品は、「つまらないから尊い」というメッセージをくり返し発しています。
それは、虫という生き物にもチャームポイントを言葉にしていたわたしにとっても、深く共感できるものでした。

と当時に、ここでも自然が失われていることへの危機感を覚えます。
岩手から身近な自然がなくなって、読者が体験を共有できなくなれば、賢治のおはなしは、完全なるファンタジーになり、小さな命への優しい眼差しも、伝わらなくなってしまうでしょう。

自然とともに在ることと、文学や音楽を楽しむこと。

賢治は農学校の教師を辞したあと、「羅須地人協会」を設立して、地域の農家の農業指導に当たりました。

賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」という有名な言葉を残していますが、それは「農民芸術概要」という講義メモのなかの1行でした。

「農民芸術」という言葉から分かるように、賢治は自然と向き合いながら土を耕す農業という仕事を尊びながら、その暮らしのなかで詩を書いたり絵を描いたり、歌ったり楽器を奏でたりして、芸術を実践していくことを理想としていました。

自然や文学とともに、賢治がこよなく音楽を愛していたこと、レコード収集家であったことは、つとに有名です。
また、賢治がチェロを嗜んでいたことはよく知られていますが、それは朗読に即興で伴奏を添える「朗誦伴奏」という表現方法を試みるためだったそうです。

秋田県横手市「くらを」での朗誦伴奏風景賢治がどのような効果を狙っていたのかを理解するには、自らも実践してみるほかに方法はないと思われました。

そこで、パートナーであるベーシスト石澤由男(演奏者名・石澤由松)と組んで、わたしも実際に朗誦伴奏を試みるようになりました。

石澤の演奏はウッドベース(コントラバス)とエレキベースによるもので、チェロではありませんが、ウッドベースはチェロの音域をカバーしているとともに、低音の楽器であるため朗読の声を邪魔することがなく、心地よくお聴きいただけます。

朗誦伴奏による公演は、2018年4月から2020年2月までの約2年で、全国で100回あまりを数えました。

来場したお客さまからは、
「賢治の言葉は、音楽とともに耳で聴くと心に景色が立ち上がる」
とのお言葉をいただき、賢治が朗誦伴奏を行いたかったひとつの理由は、作品世界で空間を満たすことにあるのだろうと思われました。

岩手で生まれ育った澤口のイントネーションは、賢治作品の抑揚を表すのには向いているようで、
「目で読むと分かりにくい作品も、耳で聴くと、すんなり理解できる」
とのご感想も多数いただいております。

方言の多い賢治作品を、ぜひ、わたしどもの朗誦伴奏でお楽しみください。

対面での公演ができなくなり、朗誦伴奏CDを制作するように。

朗誦伴奏公演が100回を超え、軌道に乗り始めたころに、コロナウィルス・パンデミックが起こりました。

せっかくの活動を中止するのは、とても残念に思われました。
そこで制作を始めたのが、朗誦伴奏CDでした。
録音は、賢治のゆかりの地にある「スタジオAzito」さんで行いました。

朗誦伴奏「畑のへり」を、よろしればお聴きください。
冒頭に挿入されているアマガエルの声は、スタジオの前にある田んぼで録音したものです。

こうして制作した朗誦伴奏CDは、「やまなし」「畑のへり」「なめとこ山の熊」「土神ときつね」「セロ弾きのゴーシュ」「小岩井農場」「グスコーブドリの伝記」など、計13タイトルになりました。

本プロジェクトのリターンには、わたしどもの朗誦伴奏CD、朗誦伴奏公演のチケット、および出張しての朗誦伴奏公演が入っております。
ウッドベースがございますので、出張は楽器を自家用車に積んでの移動になります。年齢的に見て、わたくしどもがウッドベースを持参して遠方へ出張できる機会は、今後、減っていくことが予想されます。どうかこの機会に、ご検討いただければ幸いです。

※演奏を担当するベーシスト石澤は、国内外での演奏経験を持ち、テレビでは「8時だよ! 全員集合」で「ひげダンス」も弾いていました。その演奏は、多くの方に喜ばれております。どうかこの機会にお聴ききください。

朗誦伴奏CD「やまなし」

CDを制作するなかで、音楽を愛していた賢治は、文章を書くときにも、言葉のリズムを大切にしていたことが分かりました。
さらに、賢治の文章には、激しく韻を踏む箇所があることも判明しました。

押韻する文を音に乗せて読む。

それはラップに似た表現方法です。
もちろん、賢治が存命のころにはラップはまだ生まれていません。
ですから、わたしどもはこう結論しました。

宮澤賢治は早く生まれ過ぎたラッパーだった。

そして、押韻する文章を書いていた理由のひとつは、賢治がその年譜には記されていない恋をしていたためだろうと推察されました。

リターンのひとつのオリジナル新書賢治の恋を調べ始めたのは20年前のことでした。

野原を歩き、小さな命に目を凝らしながら賢治の作品を読んでいるうちに、わたしはそのなかに、恋を記した部分があることに気づいたのです。

調べると、花巻市の文学研究家、佐藤勝治さんが恋人の存在を発見して報告していましたが、その考えは、広く認識されるには至っていませんでした。
わたくしもまた、恋人のご遺族から、「ふたりの恋はほんとうです」とのご証言をいただくことができました。

ですが100年前のことで、多くの人を納得させられる証拠はなかなか見つかりません。

ところが朗誦伴奏を進めるうちに、賢治は押韻によるダブルミーニングを行い、恋人の名前と同じ母音を持つ言葉で、恋人を暗喩していたという可能性が浮上してきました。

たとえば、しばしば教科書にも掲載されてきた「やまなし」という作品のなかで、「クラムボン」が「かぷかぷ」笑うのも、賢治が生前に自費出版で出していった唯一の心象スケッチ集が『春と修羅』というタイトルであるのも、恋人の名前と無縁ではありません。恋人の名前は「ヤス」さんでした。

押韻を意識していた賢治の作品には、「愛」と同じ母音を持つ言葉も散りばめられています。
「ほんたうのさいわひは何だらう」という問いの答えのひとつは、「さいわひ」が「愛」を含むことに示されていると、わたしは考えています。
その押韻を知ると、賢治の文学は「愛」の文学だったと理解できます。

※押韻によるダブルミーニングについては、リターンにも入っておりますオリジナル書籍『宮澤賢治 ai&au 愛のことば』(薤露堂新書)で、押韻する言葉を暗喩する意味ごとに色分けして、視覚的に紹介しておりますので、そちらをお読みいただけますと幸いです。

すべてあらゆるいきものはみんな気のいゝ、かあいさうなものである。けっして憎んではならん……プロジェクトで実現したいこと。

先にも述べたとおり、岩手の自然はいま、たいへんな勢いで変質しています。

安心して遊んだり自然観察を行ったりできるフィールドが減っているうえ、よいフィールドがあったとしても、そのフィールドが自身の所有でない場合、いつ壊されるとも知れません。

それは朗誦伴奏の会場についても同様です。

わたしどもが、小さくとも朗誦伴奏や小さな講演会を開催できるスペースを持つことができれば、必要とされる方に、いつでもお聴きいただけるようになるでしょう。

そのため、安心して自然観察のできるフィールドとしての庭と、小さなセミナーハウスとしての建物を持ちたいというのが、このプロジェクトで実現したいことです。

この拠点を、わたしどもは賢治の作品から言葉をもらって「薤露(かいろ)堂」と名づけました。

その名も「カイロ団長」というアマガエルを主人公にしたおはなしのなかで、賢治はこう書いています。

すべてあらゆるいきものはみんな気のいゝ、かあいさうなものである。けっして憎んではならん。

この賢治の言葉は、昆虫についてのエッセイや絵本のテキストを書いてきたわたしの願いでもあります。
フィールドとセミナーハウスを舞台に、自然と文学と音楽を愛し、森羅万象を愛おしむ賢治の心……あえて名づけるならば「ケンジズム」を伝えていければと願っています。

アマガエルとシュレーゲルアオガエルの子どもがなかよく並んでいる

セミナーハウスには、賢治のおはなしやかがく絵本、自然関係の書籍を集めて「薤露堂文庫」として整えていく予定です。

書籍は展示するだけでなく、どなたかが手放してしまった古本を、必要とする新しい持ち主へ手渡していく活動も、あわせて行いたいと思います。
それは本を書いて生きてきたわたしの、紙の本を大切に読み継いでいきたいという願いでもあります。

セミナーハウスで古書の販売ができるよう、2026年7月に古物商許可をとりました。
また、石澤が食品衛生管理責任者の資格を持っているため、茶菓子などをサービスいたします。

くつろぎながら自然や賢治についての言葉を味わったり、語り合ったりできる空間を目指します。

プロジェクトを立ち上げようと決心した理由……どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。

これまで自然観察や朗誦伴奏公演は、わたしどもが出向いていって行う形に留まっていました。
ですが、「薤露堂文庫」として古書、喫茶を提供する場とすることによって、どなたにもお出でいただけます。

どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません。
とは「注文の多い料理店」の看板ですが、薤露堂では山猫ではなく、澤口と石澤が虫眼鏡と楽器を用意してお待ちします。

澤口たまみは宮澤賢治を読み解くに当たり、できるだけ賢治の心に寄り添いたいと願ってきました。

その作品に登場する生き物や光景を自身の目で確かめるのはもちろん、賢治が試みたことは、可能な限り自分でも体験しようと考えています。

農業を尊んでいた賢治ですが、わたしもまた、ふたりの息子が Oryzias Sawaguchi Farm を立ち上げ、土と水にこだわって活動していることから、土を耕し水を守る農業の大切さも伝えていきたいと考えています。

季節の花束など、
薤露堂文庫でも農産物を販売します
Oryzias Sawaguchi Farmと、演奏家である石澤、そして自然を文章にしてきた澤口。

わたくしどもが力を合わせれば、まことに微力ではありますが、賢治が羅須地人協会の活動にこめた願いを、ささやかにでも引き継ぐことができるのではないかと考えました。

しかしながら、フリーランスであることから自己資金に余裕がなく、プロジェクトを立ち上げようと決心しました。

もちろんクラウドファンディングのみに頼るのではありません。
物件の購入は銀行からの借り入れで賄い、ご支援いただきました貴重な資金は、改修工事に充てさせていただきます。

ご支援くださいました皆さまには、心からの感謝をするとともに、いただいた応援のお気持ちには、支援してよかったと思えるような、よい環境と活動を生み出すことによって、お応えしたいと思います。

現在の準備状況について。

賢治のふるさと花巻市内に、土地つきの建物の購入を進めています。

リターンとなるオリジナル書籍、グッズの準備をしています。

リターンについて。

リターンは、以下のものになります。

・オリジナル書籍『宮澤賢治 ai&au 愛のことば』(薤露堂新書)
・かがく絵本セット
・イーハトーブ写真額
・薤露堂オリジナルTシャツ
・薤露堂オリジナルトートバッグ
・「朗誦伴奏」CD
・「朗誦伴奏」ライブご招待
・「朗誦伴奏」出張公演
・「薤露堂オープン記念冊子」ご芳名入り限定出版

スケジュールは以下のように計画しております。

2026年12月    クラウドファンディング終了
2026年12月 物件の契約完了(予定)
2027年1月   リターン発送および出張公演の開始
2027年8月  薤露堂オープン(賢治が羅須地人協会を設立した8月23日を設立日にしようと考えています)
2027年12月 リターンのひとつ薤露堂記念冊子完成

進捗状況は、随時、支援者の皆さまにお知らせいたします。

最後にひと言!

宮澤賢治の後輩として農学部で昆虫を学び、30年にわたりその作品を読みながら、子どもたちとの自然観察を続け、自身も絵本のテキストを書いてきました。
また、パートナーはプロのベーシストで朗誦伴奏ができ、息子たちは農業に関わっています。

自分で言うのは図々しいと承知のうえで申し上げますと、わたくしどもは自然を愛し文学を愛し音楽を愛し、土を耕し自然と向き合う仕事を尊んだ賢治の思いの一端をお伝えすることができると思っております。

そのための拠点を整えるために、どうか皆さまのご支援をお願いいたします。

※もしも目標を達成いたしましたら、ネクストゴールを目指します!

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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