【ご挨拶】
はじめまして。
1977年 名古屋で結成したカントリーロックバンド「W Back」です。
この度は僕たちのプロジェクトに興味を持ってくださり、ありがとうございます!
僕たちはアメリカ南部とメキシコが育んだテックス・メックスのグルーヴに、
どこか懐かしい日本の里山の風景や人々の暮らしを重ねた
「JAPONEX (ジャポネックス)」という独自の音楽を奏で続けてきました。

そして、気づけば来年、結成50年。
メンバーもみな年を重ね、
バンマスでボーカルの谷口幸至朗はパーキンソン病、
ドラマーの本多正典は足の障がいが年々悪化するなど、
メンバー全員、「一度は死にかけたことがある」という、
立派な後期高齢者予備軍に…(汗)。
かつて、ともに音を奏でていたメンバーとのお別れも、
3度経験しました。
だけど、困難は音楽を止める理由にはならないし、
羽を休めた仲間たちのためにも、歌い続けたい。
そんな思いで、しぶとく活動を続けています。

【プロジェクトのきっかけ】
2026年のある日、
ひとりのオーストラリア人が30年ぶりに僕らのライブに来てくれました。
「オーストラリアでもやろうぜ!お前たちなら絶対に盛り上がる!」
その一言が、僕らを未知なる旅へ誘ってくれました。
海外ツアーなんて、今まで考えたこともありませんでしたが、
バンマス・谷口幸至朗の「やるか!」の一言で、おっさんたちの魂が着火。
コネもなんにもないけど、
「夢は、何歳になっても追いかけられる」ことを自分たちの生き様を通して証明したい。
後期高齢者予備軍だけど、「今が人生で一番若い日」という想いを胸に、
現地で行われるフェスティバルへの応募、ライブハウス探し、
オープンマイクで参加できる店探しなど、
「手探り&ゼロベース」という無謀なスタートを切りました。
そして、この無謀な旅を「映画にしよう」と言い出したのが、
ギターの鈴木拓洋です。
実は鈴木、本業は映像製作。日本民間放送局連盟賞で優秀賞を4度受賞。
ギャラクシー賞にドキュメンタリ―作品がノミネートされるなど、
映像制作の現場でキャリアを重ねてきました。
さらには純バリトンサックス・バンド「東京中低域」の
ロンドン・オランダ・スペインツアーに同行し、3本のドキュメント映画を製作。
監督、撮影、編集と、ひとり3役をこなした実績があります。
その鈴木が今回の海外ツアーの一部始終を映像に残し、
ドキュメンタリー映画にすることを思いつきました。
【このドキュメンタリー映画で伝えたいこと】
この作品は音楽ドキュメンタリーであると同時に、
自身の可能性を信じ、転がり続けるおっさんたちの
「人生そのもの」を描くロードムービーです。
平均年齢70歳近いおっさんたちが、
何の保証も確約もないオーストラリアの地に向かい、
すべてが未知数のまま、素っ裸で世界と対峙する。
時にはオープンマイクで自らの音楽を届け、
時には誰かの自宅をライブハウス化させるなど、
ティーンエイジャーのように無謀な挑戦を繰り返す中、
喧嘩になったり、トラブルに遭遇したり、
思い通りに進まない状況に見舞われる可能性が大です。
「夢は、何歳になっても追いかけられる」という
青臭い可能性だけで突き進む予定調和なしの、
超リアルなドキュメンタリー。
そして、この作品を届けたいのは、
スクリーンの向こうにいる、「もう遅い」と思っている誰か。
年齢を理由に夢を諦めかけた人。
病気を理由に旅をやめた人。
もう一度、あらたな自分に出会いたいと思っている人。
「あなたにも、まだ飛べる場所があるのではないか」と視聴者に問いかけます。
【MEMBER PROFILE】

谷口幸至朗
Koichiro Taniguchi(74)
Vocals / Acoustic Guitar
/Songwriter
1952年 名古屋市生まれ
1971年「八事裏山フォーク・オーケストラ」結成
テイチクレコードよりメジャーデビュー
1975年 ソロシンガーとして活動
1977年 「W Back」結成
1986年 ドラム・ギター・ベースの基本構成にエレクトリックバイオリン・バンジョー・
ペダルスチールギターを加えた特色あるサウンドを創出
1990年 キングレコードより「平和な日本に生まれて/カントリーボーイ」でCDデビュー
1996年 テキサス州オースティンのフェス「SXS WEST」に出演
2004年 セカンドCD「Keep on Truckin’」発売
全国ツアー 名古屋ボトムライン・ダイヤモンドホールなどで開催
2016年 サードCD「ZIPANGU」発売 地道にライブ活動を続ける
3年前よりパーキンソン病を発病するも、
ほぼすべての曲を作詞・作曲、今も新曲を作り続ける

本多正典
Masanori “Taco-Bow” Honda(67)
Drums / Percussion / Backing Vocal
1959年 名古屋市生まれ
1980年 センチメンタル・シティ・ロマンス加入
加藤登紀子、竹内まりや、岡林信康らのレコーディング、ツアーに参加
1981年 加藤登紀子ツアー中、2万2千ボルトによる感電事故
5回の手術1年余りのリハビリの末、再起を目指し、
パーカッションによるリハビリを始める
1982年 世界歌謡祭に日本代表メンバーとして出場
ボビー・コールドウェルら各国アーティストと共演
1985年 渡米 ロサンジェルスにあるM.I.P(MUSIC INSTITUTE OF PERCUSSION)講師
プエルト・リコ出身のEfrain Toroに師事
1989年 帰国 パーカッショニストとして活動再開
洋楽邦楽問わず多方面へのレコーディングに参加他、
喜多郎、加藤登紀子、薬師丸ひろ子らのツアーに参加
2004年 活動の場を地元・名古屋に移す
この頃から「W Back」に参加
キックの弱い状態でできる「世界初のドラム」を開発し、
ドラマーとして復帰 さらなる活躍の場を広げる

亀岡亮次
Ryoji Kameoka(71)
Bass / Backing Vocal
1954年 愛知県常滑市生まれ
1977年 「カーニバル」としてCBS・ソニーからアルバム
『MIDNIGHT CARNIVAL』でデビュー
「さよならロッキー」がヒット
スタジオミュージシャンとして多数参加
『ポパイ』や『nonno』などモデルとしても活躍
その後、地元に戻り、家業を継ぎながら音楽活動を続ける
2018年「W Back」にサポートメンバーとして参加
いつしか正式メンバーに
現在、多数のバンドにベースとして参加
紳士的で長い経験に裏打ちされた堅実なベースでバンドの屋台骨を支える

鈴木拓洋
Takuhiro Suzuki(64)
Electric Guitar / Acoustic Guitar / Piano / Backing Vocal
1962年 名古屋市生まれ
1979年 「ミッドランド中部大会」に出場 審査員特別賞を受賞
オムニバスLPレコードに参加 老舗ライブハウス「ELL」に出演
1981年 渡米 路上弾き語りをしながらアメリカを横断
帰国後、水谷 紹とともにHOYPOYを結成
メジャーデビュー準備中に脱退
1985年 映像制作の道に入り、一時、音楽から離れる
1989年「W Back」にBass若園とともに加入
1996年ごろ バンドを離れる
2004年 バンドの創始者、岩尾英渡(通称:ガンさん)の死を機に復帰
2008年 兄のYuzoとサンシャインロードファミリーバンドを結成
音楽にダンスを加えた多国籍ファンキー音楽を創造
2016年 Yuzoの死後、バンマスとして活動
現在も映像制作をしながらバンド活動を続ける
【BIOGRAPHY】
1977年 W Back 結成
1990年 日本メジャーデビュー
1990年 1st Album 発売
1996年 アメリカ・テキサス州オースティンで開催された South by Southwest に出演
2004年 2nd Album 「Keep on Truckin‘」 発売
2015年 3rd Album 「ZIPANGU」 発売
2027年 4th Album 「JAPONEX」 発売予定
【映画スタッフ】
企画・脚本・監督:鈴木 拓洋
撮影:江川 智也
プロデューサー:土屋 大輔(あおいかぶとむし)
ラインプロデューサー:福島 弘子
【事務局】
「OPEN MIC(オープンマイク)」Documentary Film 製作実行委員会 事務局
愛知県名古屋市千種区千種2-8-10 有限会社オーシャンアンドリバー内
Tel:052-755-9373 / 090-3251-7360 Email:wback197750@gmail.com
【W Back Guitar 兼 監督 鈴木拓洋からのMessage】
今回製作する映画のタイトルは「OPEN MIC(オープンマイク)」。
店やライブハウスで演奏したい人がその場でエントリーし、
決められた短い時間だけステージに立つ。
オーストラリアでは多くの店で「アーティストの登竜門」として盛んに行われています。
平均年齢70歳近く、結成50年を迎えるベテランバンドの映画が、
なぜ、こんな武者修行のようなタイトルなのか?
それはもう一度、“何者でもない新人”になって旅をするからです。
実は今回のオーストラリアツアー、勢いで突っ走ってしまったものの、
予定していたフェスの出演は落選し、ライブハウスへの出演交渉も大苦戦。
そりゃ、そうだ。
オーストラリアでは全くの無名。拍手してくれる保証もない。
ただ自分達の音だけを持って、マイクの前に立つしかない丸腰状態。
「やめる」という選択もありました。
しかし、その時、浮かんだのが
「自由」と「責任」という言葉でした。
地元でライブをすれば、ファンのみなさんが足を運んでくれる。
そこで、僕たちは、好きなように音を奏でていられる「自由」を享受してきた。
その一方、メンバーも年を重ね、
病気になったり、倒れたり、身体が思うように動かなくなったりと、
残された時間のカウントダウンも始まっている。
さらに、若くして天に召された3人の仲間たちもいる。
らの思いを、僕らはどう昇華させられるのか。
「50年、頑張った」という浮かれた想いよりも、
「50年分の責任」の方が、大きくなってきていたのです。
と同時に、
僕たちはなぜ、こんなに長く音楽を続けているのか?
…という問いも生まれました。
そこで、
僕らのことを誰も知らない国。
受け入れられるかどうかもわからない場所で、
もう一度、何者でもない自分たちに戻り、
丸裸で世界の前に立ってみよう。
笑うのか、へこむのか、何かがつかめるのか…。
今はまだ、わからないけれど、
その姿をありのまま残すことが、
50年間、僕たちを支えてくれた人たちへの責務であり、
あの問いに対する、僕らなりの答え合わせになるんじゃないか。
今は、そんなふうに思っています。
【スケジュール】
2026年10月〜2027年4月 撮影
2027年4月〜7月 編集
2027年 秋 完成上映会
リターン実施 制作進行および公開時期にあわせて順次実施
【リターンについて】
本プロジェクトでは、「この作品に関わった」という
記憶に残るリターンをお届けしたいと思っています。
メンバーからのお礼のメッセージや映画の場面切り抜きポストカードをはじめ、
エンドロールへのお名前掲載、
50周年&オーストラリアツアーコンピレーションアルバム、
非売品の50周年&オーストラリアツアーTシャツ、
「メイキング映像付き 支援者スペシャルエディション」DVDなど、
段階的なリターンをご用意しています。
また、制作の進行状況も随時お届けしながら、
支援者の皆さまとともに、作品を育てていくプロジェクトにしたいと考えています。
映画の場面切り抜きポストカード(イメージ)
エンドロールへのお名前掲載(イメージ)
50周年&オーストラリアツアーコンピレーションアルバム(イメージ)
50周年&オーストラリアツアーTシャツ/非売品(イメージ)
「メイキング映像付き 支援者スペシャルエディション」DVD(イメージ)

【最後に】
僕たちの持ち歌に「考える前に飛べ」という曲があります。
今回はまさに、その世界観を体現することになります。
オーストラリアツアー、およびドキュメンタリー映画製作は、
周りの人たちから見れば、
「やめとけ!」と言われるような無謀案件です。
しかし、だからって、やりたいことをやらずに死んじゃったら、
何のために生きているのか、生きてきたのか。
人生の色合いや可能性を自ら抹殺するような行為だとも感じています。
どれだけ年をとっても、「今が人生で一番若い日」なんです。
それはみなさんも同じ。
この想いに共感して頂ける方、
世界に僕たちが50年間かけて響かせてきた
【JAPONEX】のサウンドを届けるという、
おっさんたちの無謀な夢にお力をお貸し下さい。





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