創業四十余年。大阪の鶴橋の地で完全予約制のコースのみで営業している韓味一の『韓国海苔の佃煮』がついに商品になりました。 元々、韓国の宮廷料理人で、実のオモニである朴三淳から受け継いだレシピで作られた『韓国海苔の佃煮』を一人でも多くの人に食べてもらいたい! ただそれだけです!

プロジェクト本文

みなさん、はじめまして。

大阪の韓国料理専門店『韓味一』二代目店主の山崎 一です。

もちろん二代目ということは初代がいるということです。

初代は大阪の韓国料理界では有名な実母でもある朴 三淳(韓国読:パク サムスン)です。

私はこの実母でもある朴の味を少しでも多くの人に知ってもらいたいという理念を掲げて店舗をしています。

ここで、私のこれまでの経歴を少し紹介しておきます。

私は1981年に大阪の生野区という日本の中でもとりわけ在日韓国人が多く住むというところで、日本人の元中華の料理人という父と、韓国人で韓国調理技能師一級の資格を女性で初めて取得し、元韓国宮廷料理人であった母の間に生まれました。

私が物心ついたころには両親はすでに『韓味一』を営んでおりました。

当時の私はというと、将来、店を継ぐようなことは一切考えておらず、小中は野球に、高校大学ではラグビーに明け暮れておりました。

そんな中、二人三脚で店をやってきた父が私が16歳の時に脳梗塞で倒れ、それ以降、母はひとりで店を切り盛りすることになります。

それを見かねた私が学校をやめて店に入ると伝えると、母は「自分のしたいことをしなさい。」と一言だけ言って結局ひとりで店を続けることになります。

そして、大学を卒業した後も、スポーツ関係の会社に入社し、ごくごく一般的な会社員生活を送っておりました。

そんな中、ついに母も体調をくずしがちになり人手も追いつかない状態でいよいよ母がしんどくなってきているのは明らかでした。

そこで再び、私は母に店で仕事したいことを伝え、実家である『韓味一』にはじめてスタッフとして入ることになります。

しかしながら、包丁も持ったことがなければ、料理もしたことのない私が一から韓国料理を勉強し、母の味を引き継ぐということがどれだけ大変なことかその時の私は全くわかっていませんでした。

朝一の仕入から仕込、昼寝、そして、仕込そして営業と毎日同じルーティンを繰り返す母。

その間の時間をみつけて少しずつ料理を覚えて見よう見まねで作っては母に味見をしてもらい段々とできる料理が一品づつ増えてきました。

そんなある日、私は自分の店を持ちたいと母に伝えると母はそれやったらまずはこの『韓味一』をしなさいと言われます。

そんな経緯で『韓味一』の二代目を継ぐことになります。

そして、その3年後に大阪・福島に『韓国食堂 入ル』を出店。ここお店は母から受け継いだサンゲタンの専門店で、ミシュランガイドのビブグルマンに2年連続選出されました。


さらにその2年後に大阪・本町に韓味一の直系店として『韓味一朴邸』を出店。

本店と同様に完全予約制のコースのみ。

この店の料理は"徹底的に朴 三淳の料理にこだわる"というコンセプトでした。

そこで生まれたのがこの韓国海苔の佃煮です。

朴が昔、私のために大きな韓国海苔を買ってきては丁寧にほぐして、それを砂糖と醤油とごま油で和えて作ってくれていました。

これをお客様に前菜の一品として提供したところ、大きな反響を呼び、持ち帰りしたいという声が続出しました。

しかしながら、我々に瓶詰めの技術はなく諦めていたところ、野菜の取引業者様よりあの海苔の佃煮で有名な老舗の磯じまん株式会社様をご紹介いただきました。

そこからはさすが餅は餅屋。打ち合わせを重ねる度にあがる精度。お店でお客様にお出ししているそれとなんら変わりのない商品ができあがりました。

しかしながら、我々は飲食店。

食べて頂いたお客様の購入率は高いのですが、結局はご来店頂けないと召し上がってもらえない。

今回そんな状況を打ち破るためにクラウドファンディングにチャレンジさせてもらいした。

是非、この機会にお手にとって頂ければうれしいです。

よろしくお願いします!

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