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黄砂を止めよ!砂漠を緑に!~「塩を売って緑を買う男」15年目の挑戦~

【ネクストゴール支援者100名達成!】今後も多くの方々と砂漠化防止、黄砂飛来軽減を目指していきたいと思います。引き続きご支援のほどよろしくお願いします! バンベンは内モンゴルの大地で生まれた「木になる塩」を全国に販売し、売上の一部で内モンゴルの砂漠化した大地を緑に戻します!

現在の支援総額

1,189,000

396%

目標金額は300,000円

支援者数

148

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2019/05/18に募集を開始し、 148人の支援により 1,189,000円の資金を集め、 2019/07/10に募集を終了しました

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現在の支援総額

1,189,000

396%達成

終了

目標金額300,000

支援者数148

このプロジェクトは、2019/05/18に募集を開始し、 148人の支援により 1,189,000円の資金を集め、 2019/07/10に募集を終了しました

【ネクストゴール支援者100名達成!】今後も多くの方々と砂漠化防止、黄砂飛来軽減を目指していきたいと思います。引き続きご支援のほどよろしくお願いします! バンベンは内モンゴルの大地で生まれた「木になる塩」を全国に販売し、売上の一部で内モンゴルの砂漠化した大地を緑に戻します!

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「塩を売って緑を買う」バンベンとは?

「バンベンの木になる塩」は内モンゴル西部にあるジランタイの湖塩で生まれたおいしい塩です。中国内モンゴル・オルドスは、はるか大昔、一面の海でした。その海は悠久の時間を経ていつしか岩塩の地層となり、塩の湖になりました。その地でモンゴル人が「命の塩」と呼んで代々大切にしてきた塩。素材の味がそのまま感じられる、素材の味を引き出す「モンゴルの塩」を販売して全国の皆さんにお届けします! 


皆様、はじめまして。

「塩を売って緑を買う」バンベン代表、佐賀県小城市在住の坂本です。「バンベン」という会社名は私の苗字「坂本」を中国語で発音したもので、現在、佐賀県と福岡県に拠点があります。

私が青年海外協力隊隊員時代(9194年)3年間過ごした地、中国内モンゴル・オルドス。内モンゴルというと大草原というイメージがありますが、ここオルドスは過放牧などによって砂漠化が進んでいました。オルドスは砂漠化の最前線でもあり黄砂の発生源でもあります。「第二のふるさとを何とか元の緑に戻したい!」「・・・そうだ内モンゴルの特産物を売って、その資金をオルドスの砂漠緑化につぎ込もう!」そう思いついたのです。その一番先に目を付けた特産物は「塩」。こうして200410月に「塩を売って緑を買う」バンベンを立ち上げました。



内モンゴルの「命の塩」を食卓へ届けたい!

内モンゴルでの3年間の生活でモンゴルの塩の美味さは身に沁みて感じていました。モンゴル人が「命の塩」と呼んで代々大切にしてきたジンダライの塩です。モンゴル高原はかつて海だったので岩塩や湖塩が採れます。塩辛いだけでなく、ほのかな甘みを感じさせる塩。肉や野菜など素材の味を活かす塩。モンゴル料理の味付けはほとんどが塩ベース。とてもシンプルだが逆に言うとソースや香辛料などでごまかすことなく素材の味がそのまま感じられる、とても贅沢な料理ともいえます。そして素材の味を引き出すモンゴルの塩をご家庭や店舗でぜひご賞味ください。

そして、「塩を買って緑を植える」内モンゴルの恵みを享受し、内モンゴルの緑化に貢献し、黄砂も止める「オルドスの風プロジェクト」にあなたも参加してみませんか?



28年前にこの物語は始まりました・・・。


私は19918月から3年間、青年海外協力隊隊員として中国・内モンゴル自治区・オルドス市にあるモンゴル族高校で日本語を教えました。


派遣前、私は日本とあまりつながりのない内モンゴルの田舎の高校に日本語教師が派遣されることに疑問を感じていました。しかも生徒たちにとって日本語は大学入試にも関係のない科目なので、しっかり日本語を勉強してくれるのかとても不安でした。


 


しかし、初めての授業でその不安は一変しました。生徒たちは日本に対してとても興味を持っていて、一生懸命日本語を勉強してくれました。毎回日本語の授業の時、校舎中に日本語のフレーズが響き渡っていました。


生徒たちが熱心に日本語を勉強してくれるので、私も毎回時間をかけて準備をし、授業に臨みました。当時の私にとって日本語を教えている時が一番楽しかったです。


授業は楽しかったのですが、生活条件は厳しかったです。学校が用意してくれた部屋には机とベッドと本棚しかありませんでした。朝起きてまずやることはポリバケツを持って学校に一か所ある水汲み場に行って、水を汲んでくることです。その水を電熱器で沸かしてコーヒーを飲みます。この写真は洗濯をしている時のものですが、水がとても貴重なところなので洗面器2杯分の水で洗濯をしていました。


トイレは校舎の外にある共同トイレを使い、シャワーは自転車で15分くらい行ったところにある公衆浴場に通っていました。冬になると-20度以下に下がる時もあり、その時トイレや公衆浴場に行くのは相当の覚悟が必要でした。



生徒たちとは授業以外でも休み時間に一緒にサッカーをやったりバドミントンをやったり楽しく過ごしました。この写真を見ても誰が先生で誰が生徒かわからないくらいです。その後、12年とオルドスで活動していると、生徒以外でも先生と仲良くなり学校以外の友人も増え、オルドスを「自分の第二の故郷」と思えるくらい親しみを持つことができました。生活条件は厳しかったのですが、高校一年生から持ち上がりで教えてきた生徒たちが卒業するまで見届けたいと思い、2年の任期を1年延長することにしました。




オルドスで過ごす日々が長くなってくると、オルドスのいろいろな問題も自分のことのように感じられるようになりました。私が一番大変だと思ったのは「砂漠化」の問題です。私は内モンゴルというと大草原が広がっているというイメージを持っていましたが、オルドスは過放牧や過開墾によって草原がどんどん砂漠になっていました。この写真の場所も元々は大草原が広がっていたところです。生徒からも砂漠化にまつわる様々な悲劇を聞きました。砂丘に家を飲み込まれそうになって町に移住せざる負えなくなったという生徒もいました。



これはオルドスで起こった砂嵐の写真です。この砂が偏西風に乗って東へ移動し、数日後、日本を襲います。



(北九州の黄砂写真)


世界的に見ても「オルドスは砂漠化の最前線であり黄砂の発生源」。1990年代から日本やドイツなどの研究者が視察にきていました。




そういった中で私も実際、植林する機会を得ることができました。1992年と1993年、日本の砂漠緑化のボランティア団体がオルドスを訪れたので、私や私の生徒たちも一緒に砂漠に連れていってもらい、日本のボランティアの人たちと一緒に植林活動を行いました。


このような経験を通してオルドスの砂漠化の問題に対して徐々に関心が深まりました。砂漠化は人間が経済的に豊かになろうとして引き起こしたものなので、人間が元の緑に戻さなければなりません。どうしたら砂漠を緑に戻すことができるのか、オルドスを愛する一人の人間として深く考えるようになりました。しかし当時の私にはお金もないし技術もないし人を巻き込むようなカリスマ性もありません。「オルドスの砂漠を緑に戻す」という夢はいったんあきらめて社会でいろいろ経験を積むことにしました。




19948月に帰国したあとしばらく大阪の貿易会社や日本語教育機関で働きました。その後2001年から3年間JICA中国事務所でボランティア調整員(写真)として働きました。中国各地で懸命に活動している隊員たちと接する中で私も大きく成長することができました。


 そしてオルドスを離れて9年目の2003年の夏のある日、突然北京にあるJICA事務所に教え子から連絡がありました。同窓会へのお誘いでした。JICAの仕事は多忙を極めていましたが無理を言って3日間休みを取って9年ぶりにオルドスに行きました。モンゴル族は9という数字を大切にしていて、卒業して9年を機に初めての同窓会を開くとのこと。9年ぶりとあって盛大な会となりました。そして三日三晩ひたすら60度のオルドス白酒を飲み続けました。最後のほうは朦朧として記憶もおぼつきませんが、とても幸せな時間でした。


これがその時の写真です。


そして教え子たちの成長ぶりには驚かされました。私自身も9年間で成長したと思っていましたが、それより9年前は高校生だった彼らがいつの間にか立派な社会人としてオルドスで活躍していたのです。教師になった者、医者になった者、弁護士になった者・・・、村長になった者もいます。みんなオルドスでがんばっています。そして協力隊時代に思い描いていたオルドスの砂漠緑化は今なら、彼らと一緒にならきっと実現できる、そう確信しました。


 そして同窓会の場で、「来年からオルドスの砂漠緑化に取り組んでいきたい」と宣言したところ、教え子の一人で村長になっていたスヤラトが「先生、それならまずうち村を見に来てください」と言ってくれました。彼は高校時代、モンゴル相撲のチャンピオンでした。9年後その腕力を活かして20代にして村長に出世していたのです。


20042月にJICAボランティア調整員の任期が終了し日本に帰国。帰国して2週間後にはオルドスの地に立っていました。



さっそく教え子のスヤラトがいたスージー村を視察。そこの人々は緑化に対する意識が高く、地下水も豊富で、ほんの30年前までは灌木の生い茂る緑豊かな場所だったとのこと。何より教え子がリーダーを務めていて活動がスムーズに行えそうなのでその村の砂漠化した土地「ウランダワ砂漠」を最初の植林地に決めました。「ウランダワ」とはモンゴル語で「赤い丘」という意味です。かつては「紅柳」という灌木が生い茂るところだったとのこと。面積は6,000ha、で村の3分の1を占めています。


2004年末にオルドスに向かい、スージー村にモンゴルの塩などの売上2万元(当時約30万円)を寄付。2005年春からウランダワ砂漠での植林スタートをすることになりました。その贈呈式がたまたま地元のテレビで取り上げられ、「オルドスに縁のある日本人がたった一人で緑化活動に取り組もうとしているのに我々が黙っているわけにはいかない」と地元政府からも資金がつぎ込まれました。




20054月に第1回ウランダワ砂漠日中共同植林が行われました。こちらの予想を上回る1万本の苗木を用意してくれただけでなく、今回の植林活動のために今まではジープしか通れない砂漠に通じる8キロの道を簡易舗装したり、砂漠を柵で囲み周辺の放牧地からの羊の侵入を防いだり、完璧な状態で事業をスタートすることになりました。私の寄付が呼び水となった格好で、地元主体の事業となりとてもうれしかったです。地元の牧民たちも非常に協力的で、積極的に植林活動に参加したり、禁牧を守ったり、我々が調査に行った時は昼食を提供してくれたり、この活動を自分たちの活動だという意識が感じられます。


 



以降、毎年植林が行われています。参加者は地元の住民、僕の教え子、それに中国在住の日本人など。共にスコップを取り砂漠緑化のために汗を流します。植えるのは「沙柳(シャーリュウ)」という潅木や「楊柴(ヤンツアイ)」という牧草など元々地元に自生しているものを中心に植えています。1日中思いっきり木を植え続けた後は村の集会所で交流会。共に羊を食べ、美酒を浴び、歌ったり踊ったり、夜更けまでたっぷりと親睦を深めます。


これが最初の植林の時の写真です。この写真を撮ったほんの20年ほど前は奥のほうは灌木が生い茂る森で前方は草原が広がっていたということです。一面の砂漠に1万本の木を植えました。


 



そしてこれが2年目に同じ場所から撮った写真です。人間が植えた木が立派に育っています。それより一番驚いたのが植えた木を風よけにして自然と草が生えてきていいることです。これを見たとき「ここは何千年の前から砂漠だったわけではなく、ここ数十年の単位で砂漠化してしまった土地だ、砂漠と砂漠化した土地は違う。砂漠化した土地は元の緑に戻すことができる」そう確信しました。



 

そしてこれが2010年の時の写真です。村のお年寄りが「だんだん私の若い時の風景に戻ってきた」と言ってくれたのが何よりうれしかったです。



砂漠緑化事業は何十年何百年と続けなければ意味のない事業です。それを実践するのに一番必要なものは「資金」。資金の面で自立できれば継続性が生まれます。そこで考えたのが「内モンゴルの特産物を日本で売って、その売上の一部を内モンゴルに緑化という形で還元する」という循環型のビジネス。動けば動くほど広がるビジネス、買物で世界を変えられる仕組み・・・。砂漠化に苦しむ内モンゴルの人々と自分だけでなく販売業者や消費者など、そこの関わる全ての人と地球がハッピーになれるビジネスができれば、それが砂漠緑化の最高のカタチになるはずです。そして一人で始めるやり方も自分に合っています。自立、マイペース、気が楽・・・。やりながら徐々にいろんな人を巻き込んで行けばいい、そう思いました。


もちろん欠点もあります。最初は規模が小さい、助成や寄付は受けにくい、商品が売れなければ野垂れ死ぬリスク、前例ないので何をどうしたらいいか悩む・・・。


とにかくアクション、動きながら考えていこうと思いました。内モンゴルと言えば石炭・天然ガス・レアアースといった地下資源やウール・カシミヤなどが有名ですが、個人としては扱いにくいものばかり。



 

 

そこで一番先に目を付けた特産物は「塩」。内モンゴルでの3年間の生活でモンゴルの塩の美味さは身に沁みて感じていました。モンゴル高原はかつて海だったので岩塩や湖塩が採れます。塩辛いだけでなく、ほのかな甘みを感じさせる塩。肉や野菜など素材の味を活かす塩。モンゴル料理の味付けはほとんどが塩ベース。とてもシンプルだが逆に言うとソースや香辛料などでごまかすことなく素材の味がそのまま感じられる、とても贅沢な料理ともいえます。そして素材の味を引き出すのがモンゴルの塩。これがビジネスを始めるのに一番適しています、


こうして200410月に「塩を売って緑を買う」バンベンを立ち上げることになったのです。起業してしばらくはあまり売れませんでしたが、少しずつ確実に売り上げを伸ばしています。最近は人々の環境や社会貢献に対する意識も少しずつ変わってきているようです。福岡では「バンベン」というと砂漠化問題をビジネスで解決する「社会起業家」として認知されはじめていて、応援してくれる企業・個人が増えてきています。自分の志とそれに基づく行動が感動を呼び、共感を呼び、ビジネスや緑化の面での協力関係が生まれています。


 


2012年には環境省が主催する「エコジャパンカップ」で審査員特別賞を受賞することができました。


2014年には西日本国際財団が主催する「アジア貢献賞」を受賞しました。



「バンベン」という会社名は私の苗字「坂本」を中国語で発音したものです。私にとってとても親しみのある音で特にローマ字にしたときにかわいらしい文字だったのでこれを会社名にしました。


そして、これが自分で考えたバンベンのロゴです。「砂漠を草原にもどす2匹の羊」を表しています。「Ban」は私、「Ben」は一生の伴侶、つまり妻だと思いました。早く「Ben」を見つけなければ・・・。それから一生懸命婚活に励みました。しかしなかなかいい出会いはありませんでした。もう結婚できないのではないかと、あきらめかけていた48歳の秋、突然の出会いがありました。初めて会った時に「この人だ」と直感で思いました。そして出会って4か月後には結婚していました。


48歳でやっと結婚できたので、舞い上がってしまい、その勢いで「新婚さんいらっしゃい」に出演しました。その中で私が「内モンゴルの塩を売って、砂漠に植林している」という話をしたところ、司会の桂文枝さんが「あなたはいいことをしてますね。私はあなたの塩を買います。どこで買えるんですか」と聞いてくれました。「バンベンというネットショップで買えます。」と紹介したところ、番組が終わって多くの視聴者に「バンベン」というワードを検索していただきました。その日の「ヤフー検索ワード急上昇ランキング」で「バンベン」が全国で1位になりました。塩の注文が殺到して一時、在庫がなくなる事態となりました。まさにうれしい悲鳴です。こうして国内では「バンベン」の知名度が少しずつ高まっています。


 



オルドスでの緑化活動について言えば、今までに約700ヘクタールの緑化が完了しました。それまではとにかく緑化面積を増やすことを目標にしてきましたが、最近は本来の目的である「住民の生活向上をともなう砂漠緑化」の実現に向かっています。今は長柄扁桃という現地で自生する植物を植えています。これは植えて5年ほど経てば油が採れるので、それを収穫して食用油や化粧品の原料として日本で販売したいと思っています。その他家畜の糞尿や雑草を使って有機肥料を作り、来年からは有機野菜の生産を始める予定です。






現地での植林では教え子たちが活躍してくれています。毎回植林の時は教え子たちが集まってくれます。まずは白酒の宴会。何年たっても教え子と酒を酌み交わすのは嬉しいものです。


 



 


宴会の翌日は日本のボランティアと一緒に木を植えます。最近は先ほど説明した「長柄扁桃」や漢方の薬草など付加価値の高い作物を中心に植えています。


 


また、教え子たちは毎回植林に参加してくれていたのですが、最近は教え子の子供たちも植林に参加してくれます。教え子や教え子のこともたちや日本の若者たちがこれからこの緑化事業の中心になっていきます。世代を超えて事業が続いていく仕組みができてきました。


 



今後、次世代の協力を得ながら、何十年かけてでもオルドスで「住民の生活向上と生態回復の好循環モデルを完成させたいと思っています。





クラウドファンディングで実現したいこと

1、緑化した土地で有機農業を始めたい。

2004年から始まったバンベン事業も気づけば今年で15年を迎えます。現地での緑化事業は当初、単に木や草を植えて緑化面積を増やしていく「量的な砂漠緑化」でしたが、最近は緑を増やしながら現地の人々の生活の向上も実現する「質的な砂漠緑化」にバンベンの緑化事業も大きく変化しています。

具体的には砂漠化の原因の一つでもある過放牧(羊や山羊の増やしすぎ)を減らし、有機農業や漢方など高付加価作物の生産など新しい事業に取り組んでいます。長年の努力の結果ようやく今年提携先の村に日本の技術を使った有機肥料工場が完成しました。今後、作物の選定や栽培方法の確立、高付加価値農作物の市場開拓など従来の植林に比べて、はるかに資金やノウハウが必要となってきます。

このクラウドファンディングを活用して少しでも多くの資金を集めるとともに、乾燥地農業や市場開拓に必要な人脈づくりを図っていきたいと思っています。

 


2、モンゴルの塩を広めたい。

内モンゴル西部にあるジランタイの大地で生まれたおいしい塩、モンゴル人が「命の塩」と呼んで代々大切にしてきたジンダライの塩には、<天日湖塩>と<岩塩>と2つのタイプがあり、「バンベンの木になる塩」はその両方の良さをうまく引き出したブレンド塩です。

<天日湖塩>
塩湖の塩をモンゴルの乾燥した風と太陽光を利用して作った塩です。成分の調整は行っていません。苦みが少なく塩辛さの中に、ほのかな甘みさえ感じさせる粗塩タイプの塩です。 

焼鳥・焼肉、てんぷらのつけ塩などに適しています。


 

<岩塩>
岩塩を溶解させて飽和水を作り、それを精製した塩です。一粒一粒のメッシュが極めて細かく、しかも乾燥しているので使いやすさは抜群です。成分調整は行わず、ほのかな甘味とともに、雑味のないすっきりした味が特徴です。
製パン、製麺、ハム・ソーセージ、漬物等、食品加工や調理全般に適した塩です。


 そして、その一部で、今年秋の植林の時に「100人分の植樹リーフ」を、現在、砂漠化が進んで黄砂の発生源であるモンゴルの大地に掲げ日本への黄砂飛来を緩和します! 


 


 


開催の概要と具体的な方法


 


<STEP1>


一億年以上も昔の地層から採掘された安全・安心な「岩塩」 を身体へ


 「バンベンの木になる塩」の成分は、ナトリウムなどのミネラル。ナトリウムは私たちの身体に必須のミネラルですから、一億年以上も昔の地層から採掘された安全・安心なモンゴルの「岩塩」をお子様からお年寄りまでにオススメします。

人の身体の中には、常に一定の割合で塩分が含まれています。塩の役割は、体内のいろいろなシステムの働きを守り、維持すること。この塩分が、生命に直結する大切な働きをしています。細胞を正常に保ち、神経や筋肉の働きの調整し、食欲や味覚の正常化するので、塩は最良のものを選んでほしいのです。



 <STEP2>


バンベンからモンゴルの「命の塩」を食卓へ


「バンベンの木になる塩」は、ジランタイの<天日湖塩>と<岩塩>この両方の特徴をうまく活かし、最適な比率で丁寧にブレンドしたオリジナルの塩です。


<驚きの浸透性でうまみ成分を引き出す>

素材に対する浸透性は経験値で通常の塩の2倍以上といわれています。 たとえば鶏肉の切身に使用して、今までは表面にしか塩味が乗らなかったのが、「バンベンの木になる塩」は中身までしっかり味付けができ、シャケの加工でもおなじです。またカツオのたたきのふり塩に使うと、ムラなくきれいに焼けるなど、浸透性の良さにより、うまみ成分を引き出す効果があると、さまざまなお客様から感想をいただきます。


 <STEP3>


皆様と共にモンゴル・オルドス緑化事業を推進し黄砂を緩和


当商品をお買い上げいただくと内モンゴル・オルドスの砂漠に木を1本植樹します。現地の方々と共に私坂本が、ひたすら木を植え続け日本への黄砂飛来を緩和します。




 


資金の使い道


今年秋の植林に使う苗木代の他、今後実施する高付加価値農業導入のための資金に充てたいと思います。


リターンについて

●植樹リーフ


今年10月に実施される植林時に植えた木に支援者の名前を書いた植樹リーフを括り付けます。(リーフと紐は天然素材でできていて、1年後には自然に戻ります)後日その写真とお礼のメールをお届けします。(写真はイメージ)


●木になる塩


モンゴルでは天日湖塩と岩塩が採れますが、「木になる塩」はこの両方の特徴をうまく活かすために、最適な比率で丁寧にブレンドしたバンベンオリジナルの塩です。(250g)


●博多至福麺ラーモン


福岡県がラーメン用に開発した「ラー麦」とモンゴルの天然素材「岩塩」「かんすい」を使用した至福の麺です。(3食分、とんこつスープ付き)


●大草原のはみがきこ



モンゴルの天然素材「重曹」「岩塩」と八女産の有機ペパーミントパウダー、ホタテ貝殻由来の水酸化ナトリウムでできた安心安全「食べられる」歯磨き粉。(50g、約100回分、粉末タイプ)


●これ一本


素材の味を引き出すモンゴル塩をベースに山椒、胡椒、醤油粉末、レッドベルペッパー、唐辛子を絶妙の割合でブレンドした「万能調味料」です。しかも化学調味料は使用しておりません。


●マグマの湯(バスソルト)


ヒマラヤブラック岩塩は悠久の時を経てできたヒマラヤ岩塩鉱床の底部にあった岩塩がマグマに焼かれできたものと言われ、イオウ成分が含まれています。いわば「イオウ温泉の化石」!地底から湧き上がるパワーを感じながらご自宅でゆっくり温泉気分を味わってください。



●写真集「遥かなるウランダワ」


2010年に日本語・モンゴル語・中国語で書かれた本が出版されました。ウランダワ砂漠での7年間の緑化活動の軌跡が詳しく書かれています。

(日本語とモンゴル語で歌われたオリジナルテーマ曲「友情は永遠に青く」を収録したCD付)


●オルドス植林参加権


今年10月に行われる「オルドス植林」に参加していただきます。3泊4日で植林以外に牧民との交流やオルドス観光も行います。(オルドスまでの渡航費は別途)

 

*本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。



最後に



 

「地元佐賀県の特産品と「木になる塩」をコラボする!」


 


 これが私の夢です。佐賀県には、佐賀県自慢の名物・特産品があり、佐賀県に観光にきた人はもちろん、贈答品としても喜ばれています。
 例えば、ブランド和牛の中でも、超高級和牛、最高品質として名高い佐賀牛の調理に、「木になる塩」。有明海で養殖され質・量とも日本一を誇る佐賀のり。美味しさの秘密は、有明海の干潟は、河川から流れ込む淡水と養分が豊富で、丁寧に天日干しする作業工程が合わさり、極めて天然のりと近い環境で育つということ。自然の恵みを存分に活かして作られる、最高品質ののりには、モンゴルの自然のめぐみ「木になる塩」。その他、そうめんの製麺や、野菜の調理、佐賀県の特産と呼ばれるあらゆるものに「木になる塩」とコラボしたいと考えています。共感していただいた皆様とともに「塩を木にかえて」、黄砂の源のモンゴルの砂漠に木を植える事で、佐賀県をふくむ日本の黄砂飛来を少しずつ減らして行きたいのです。


 




志を持ち行動し続けると不思議と実現に向けたつながりが生まれます。


今から28年前にたまたま派遣された内モンゴル・オルドス。そこでの出会いや体験がきっかけでまさか砂漠緑化事業をやることになるなんて、想像すらしていませんでした。そして、確固たる事業計画もなくとにかくやってみよう、といって始めた「ビジネスを通じた砂漠緑化事業」。やればやるほど共感を生み、いろんなつながりが生まれ、これも想像もつかないほど様々な方向に広がっていっています。


私はビジネス以外に年間20回ほど小学校から大学、社会人まで実践に基づく環境や社会貢献ビジネスの講演を行っています。内モンゴルの砂漠化が黄砂にもつながっていること、地球上のあらゆる問題が全てつながっていることなど環境に対する人々の意識を今後もと高めていきたいと思っています。


また、お客様には「買物を通じて環境をよくしていく、社会をよくしていく」という新しい価値観を伝えていきたいと思っています。


そして、「志」さえあれば、たった一人でここまでやれるということを後に続く社会起業家の卵たちにも示していきたいと思います。


生活の向上と生態系の回復の両立モデル(オルドスモデル)が完成したら、世界中の砂漠化に苦しむ地域に普及していきたいと思っています。砂漠化した荒地から食糧や資源が確保できたら、あらゆる地球規模の問題(環境問題、食料問題、貧困問題、資源不足、戦争など)解決への道筋も見えることになります。


上記構想実現には今後も紆余曲折があると思いますが、とにかくライフワークとして続けていくことにより、よりよい方法を見出しながら、夢の実現に向けて努力していきたいと思います。


この「物語」は今後、1020100年と続いていきます。これからも時々ホームページ(バンベンで検索)などで進捗を確認していただければ幸いです。


長い長い文章を最後までお読みいただきありがとうございました!




 


最新の活動報告

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  • あけましておめでとうございます!早速ですが、テレビ大阪が2018年に作成したドキュメンタリー「砂漠に挑む日本人」がYouTubeで視聴できるようになりましたパチパチパチ・・・。地上波では関西の方しか見ることができなかった幻の名作です(笑)。バンベンの10年の歩み(悪戦苦闘の(^_^;))が淡々と描かれています。中途半端な感じでまだまだこれからといった感じですが、これからの10年を進めるための礎はできたと思っています。ひたすらまじめで淡々と語られている番組ですが、お正月の「おせち番組」に飽きたら、こちらも覗いてみてください。では、今年もよろしくお願いします!https://youtu.be/TotCVKF1Pok もっと見る

  • コロナ禍の日常、台風、耕作放棄地開墾など四苦八苦の対応が続く中、内モンゴル・オルドスの教え子ノリブから嬉しい写真が届きました!去年10月に植えた紫瑞槐という灌木。見事に成長していました!家畜の良質な飼料にもなるし、有機肥料の原料にもなるし、砂の移動を止める役割も。今後の成長も楽しみです!画像キャプション もっと見る

  • いよいよ、あと3日。少しでも多くの方にこの「物語」に参加していただきたく、ご支援よろしくお願いします! もっと見る

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