世界で最も寒い居住地・オイミャコンでの体験を通し「社会という私たちを取り巻く環境の本質」「人類の原点」「幸せとは何か?」「地球の神秘」「大自然、生命の素晴らしさ」を世界に発信し、【生きることの本当の豊かさ】を日本に伝えるため、2017年2月に、ロシア連邦 サハ共和国に渡航します。

プロジェクト本文

 

皆さん、はじめまして!
まずはこちらの動画をご覧ください!

 

 

 

▼ サハ共和国にかけてる夢が、あります!

(トップ画像はロシアメディア「SPUTNIK」のオマージュです笑)

 

皆さん、サハ共和国という地名を聞いたことはありますでしょうか?

おそらくごく普通の日本人だと「ない」と思います。

 

「世界で一番寒いところにある-71.2℃の村、オイミャコンがある」と説明すれば少しは分かる人がいるかもしれません (小学生のころに地理で習っているはずです笑)

 

サハ共和国は、ロシア連邦の1つの「州」

面積はロシアの5分の1(3,103,200km) 日本の国土の8倍! だが人口は僅か100万。人口密度は 0.3人/km2。冬にマイナス60℃夏には40℃になる、年較差100℃以上の地域。

だが、さらに驚くべきことは、祖先からの知恵や伝統を継承し、人が住んでいること。いや、住み続けてきたことでしょう。テュルク系のサハ人、ツングース系のエヴェンキ人の先住民族に、この地に17世紀に進出しヨーロッパの文明を引き連れてきたロシア人。彼らは自然と向き合い「今」のサハ共和国を築いてきました。

 

「Welcome to yakutia」 
ヤクーチア(サハ共和国の俗称)の魅力が存分に伝わる映像です (Youtubeより)

 

僕ら、メンティと宮代は、この自然の、人間の、そしてある意味日ロの未来の最前線に切り込み、その魅力を伝えたい、この地域とそこに住む人たちと日本を繋ぎたいという強い思いのもと、この渡航計画、ひいては当クラウドファンディングページを立ち上げることになりました。

 

 

▼ 僕ら2人はこんな人

 

クドウリヤショフ=クリメンティ (Кудряшов Климентий)

 

 

日本育ちロシア人大学生。通っているのは慶應義塾大学の法学部、学年は3年で、国際取引法を専攻している。

ロシア連邦のペンザ州に生まれるが、生後4ヶ月の頃に家族とともに日本に移住し、「家の中はロシア、外は日本」である子供/少年時代を送る。日本の公立学校に通いながら、在日ロシア大使館付属学校に通い、ロシアでは「中卒」に相当する資格を得る。

大学に入ってからは、起業、NPO設立、議員インターン、大学の自治会選挙での立候補&選挙戦など多方面に手を出すが、2年の後半からはロシア関連の活動に専念する。現在はProjectヤールという団体を立ち上げていて、ロシア方面で活動する日本の若者同士での連携、日本における社会人としてのロシア方面の自己実現が広く可能となるような仕組み作りを始めている。他には一般社団法人全国学生連携機構JASCAでのメディア事業部長、Global Leaders Partyの主催者の内の1人も勤めている。

【twitter】メンティ @KlimentyK projektヤール @YarProjekt 

 

 

宮代 健太 (みやしろ けんた)

 

 

横浜生まれ、湘南育ち。日本大学経済学部3年次中途退学。現在22歳。中学の頃から「自分の知らない世界」を知ることに楽しさを感じて旅にハマる。大学入学後、その欲求が爆発し、1年次、真冬に原付で日本一周して47都道府県制覇。2年次、真夏にママチャリで神奈川県から北海道宗谷岬(日本最北端)まで約2,000km爆走。その3日後、東南アジアへ単身バックパック旅。その他、真冬にテント・寝袋を一切持たず完全野宿での西日本ヒッチハイク旅、去年はフィリピン・セブ島へ4度渡航するなど「この世の素晴らしさを体感し、ゆくゆくは人々に感動を届ける」ため、多くの地域に足を運ぶ。

24時間ぶっ続けで多摩川をアクアフロートで下る企画や、それを皮切りに「まんたまんズ」という超個性派コミュニティの創設、直近2年のクリスマスを富士の樹海で過ごしたり、無限に美味いものを無限に食い続ける「無限会」というカオスホームパーティーの主催など、周りを巻き込んで、ちょっと変わった遊びや挑戦をしている。本業としては、大手企業コンサルに携わった投資家と事業提携し、学生と経営者の架け橋となる海外起業支援事業を営む。50名弱のメンバー教育に力を入れながら、少数民族のパールを商品開発して某有名百貨店での販売、スタディーツアー主催、来夏よりフィリピンでゲストハウス経営、神保町コワーキングスペース共同経営、東京大学「5月祭」での講演会に登壇など、少しずつ社会で見える成果を出すため起業家としても日々励んでいる。

「人々に永続的な感動を与える」ことを最終課題とし、将来は無人島開発を予定している。

Twitter[@cherryblossomos]ブログ[http://itotl.hatenablog.com]

 

 

 

▼こんな企画が、どうして生まれたか?

 

このプロジェクトが生まれた一番最初のきっかけは、宮代が高校2年生の頃、ロシアクォーターの友人が「本当にキチガイな場所がある」という話をしてくれたことです。まさに、その場所がオイミャコンでした。

マイナス71,2℃で人が住む世界が、この世の中に存在すると知った当時の僕は、恐らく皆さんがココを知った時の100倍くらい目を輝かせていました。

 「寒さがヤバイ!」「どんな強靭な身体と精神を持ってるんだ」「世界は本当に広い」「どんな価値観で生きているのか、この眼で見たい」

心の底から思ったのを今でも覚えています。オイミャコンとググったら出てくる情報に、友人と爆笑しながら、深く興味を抱きました。

将来、必ずこのオイミャコンに訪れよう。そう決めたのも高校生のころでした。

それから時は流れ、旅人のように全国をフラフラしていながらもオイミャコンに行きたいと夢見る日々。しかし、ロシア語喋れない、現地に詳しくない、有益な情報は皆無。そんな状況で、果たしていつ行けるのか、いつかそんな人脈が出来れば。

そう思っていた矢先でした。メンティーと出会ったのは。

 

その頃、大学2年生のメンティーは、少しずつロシア関連の仕事を始めロシアと関わるビジョンが芽生え始めていたときでした。

僕らは、共通の親友が企画していたホームパーティで初めて出会い、最初は深い交流がなかった。が、お互いをさらけ出していくうちに「ロシアに強い関心がある」という想いが、僕らの繋がりを生んだのである。

 

「オイミャコンに行こう」 

 

メンティに一声かけたのは自分でした。こいつとなら、あの神秘の世界に訪れることが出来る気がする。 細かく事情と魅力を説明すると、メンティーの答えは二つ返事で「イエス」 こいつすげえなと思ってしまいました。笑

 

「いつか行けたら」が現実に近づいた瞬間でした。

 

 

▼ どうして、僕ら2人がサハ共和国に行きたいか?

 

❑ 宮代

 

「感動を通して、人生の素晴らしさをもっと実感したい」 ただそれだけです。

 

 

 

2014年夏 山形県の道の駅にて ママチャリで宗谷岬まで爆走する途中 (若いです)

 

 

 

2016年夏 フィリピン・セブ島へのスタディツアーを主催して、学生23名に多くの刺激を与えることが出来た

 

 

今まで日本を中心に多くのところを訪ねてきて、この世の中はなんて素晴らしんだ。って思うんですよ。圧倒される大自然、夜に輝く星空、1日の始まりに現れる太陽、人間が創り出した都市での営み、動植物との触れ合い、美味しい食べもの――。 こんなに素敵な人生を生かしていただいている。そう感動する日々が僕の中では続いています。ですが、昨今、人々は自分の生きる意味を見失い、今この瞬間に味わうことが出来る日々の感動とは触れないレイヤーで生きてしまっているように見えます。

単純にもったいないなと。

こんなに世界は素晴らしいのだから、せっかく一つの命としてを生かされているのだから、目の前の事象に、感動し続ける平和な世界になればと心の底から思っています。 インパクトを届けたいです。サハ共和国という未開の地で味わう感動を通して「生きる意味とは何か」「この世界の、人生の素晴らしさとは何なのか」「どうやって伝えることが出来るのか」 まずは自分が、こんなにも美しく特異なサハ共和国に渡航し、その幸せと喜びを実感することで、材料にしていきたいなと考えております。未熟な自分の価値観を超える感動が、まずは僕の人生そのものを変えると思うとワクワクが止まりません。自分の成長の機会としても捉え、サハ共和国を通して、真摯に生命と向き合っていきたいと思います。

 

❑ メンティ

 

「人生の旅の中でサハ共和国の景色を目に焼き付けたい」 

 

 

 

 

日ロ共同の未来を描く日本学生フォーラムの主催をし、ロシアに関心のある学生を60名集客したイベント中の 運営メンバーとの集合写真 

 

 

 

 

日ロ学生会議に出席し、思い思いの主張をした光景がTBSにて放映された際のスクリーンショット

 

 

僕は日ロ活動をするようになってから、進み続けることができてます。多くの体験と知見を得ることができ、豊かな時間を過ごしています。色んな景色が見れて、楽しい。それを見失っていた永い間の後、再発見した感覚でした。

サハ共和国渡航計画に乗ったのも、最初はそんな理由でした。自分の人生を好きなものに形作っていく。それをロシア関連、ヤクーチヤ関連でやっていく。

日本にいる多くの人にとって「ロシア」と関わることは、今自分がいる地点から遠くまで行くことができる、豊かな人生を生きられる良い「乗り物」になり得るからだと考えています。

今回、僕がサハ共和国を回る旅に出て、日本に帰ってきてからは「サハ共和国の魅力を伝える」「ロシアの魅力を伝える」活動を継続的にやっていきたいです。それによって日本とロシアの人々お互いに興味を持ち、価値を感じ、惹かれ合うきっかけを作り、自分の人生と人の人生をより生き甲斐のあるようなものにして、生きている感/生きていきたい感が溢れる日本社会・ロシア社会を作っていきたいと思っています。

 

 

そんな想いを通して、

今日リリースまでに多くの計画や情報収集を重ねてきました。

 

 

・公式記録で最も寒い マイナス67,8℃ と言われる「ベルホヤンスク」渡航者に話を伺ったり (実はオイミャコンは気温の採り方が曖昧で記録として評価されていない)

・ご紹介で、ロシア連邦サハ共和国主催の国会議事堂での経済交流フォーラムに参加させて頂いたり

・サハ共和国でビジネスを行う経営者や現地銀行のCEO、そして、日本に留学に来ているサハ出身の学生から話を伺ったり

 

貴重な経験をされている方々と出会い、また可能性と知見が広がりました。

 

▼ 旅程内容

そんな情報収集を通じて、スケジュールを組みました。

以下、概要になります。

 

 

 

Part1 もう1つの注目すべき極東都市、ハバロフスク

 

私たちが成田空港から飛び最初に足をつけるのは、サハ共和国外である「ハバロフスク」です。河の対岸が中国の 60万人のロシアの大きな地方都市なのです。

到着は夜。ロシアの冬の1日は短いので、暗い夜になってしまっているでしょう。ホテルに泊まるまでの数時間、僕たちは冬夜のハバロフスクを楽しみます。

そして早朝5時(ロシアの冬において朝と言えるかは大分怪しい時間帯ですが)から市内観光したり、アムール川の上をマンタで滑って遊んだり。体いっぱいにハバロフスクを楽しみます!

 

Part2 アルダンまでのガチシベリア鉄道体験

 

2日近くシベリア鉄道を満喫します。

昼も夜も、ガタンゴトン、ガタンゴトン。窓の外はきっと真っ白。そして、きっと、いや絶対に、極寒でしょう。その風景を楽しみながら、ロシア人と沢山お話しながら、温かいお茶を飲みながら、自分は極寒の外に放り出されていないことの幸せを心ゆくまで味わいたいです。

そしてアルダンにて、外に放り出されるのを楽しみにしています。笑

 

Part3 アルダン〜ヤクーツクの極寒ヒッチハイク

 

「-30℃を下回る世界で500kmのヒッチハイク」に挑戦します。

僕たちは重度なヒッチハイク趣味者です。メンティは過去ヒッチハイクの合計移動距離は9000km、宮代はおそらく「無限」です。

日照時間わずか5時間、人が住む世界で最寒の大地。ヒッチハイクにおける夜と寒さの怖さをよーく、分かってます。夜は、車道における「人と人の距離」はとても遠くなってしまいます。ドライバーとのアイコンタクト、コミュニケーションもできません。自分の存在も中々気づいてくれません。そして寒さは、人の体力からコミュニケーション能力、全てを奪います。よってここでのヒッチハイクへの挑戦は限界への挑戦でもあります。

 

絶対に忘れられない刺激的な思い出にして、生きて帰ってきます。
(※命の危険がある場合、素直にタクシーで行きます笑)

 

Part4 ヤクーツクでシベリア都市生活の1日間

 

「ヤクーチヤ」 ロシア人にとってこの言葉はロシア連邦の中の異世界のような響きがします。その代表都市、州都ヤクーツク。サハ共和国全体の人口の1/4程度がこの街の中に暮らしている。もちろん、学校も病院もスーパーもバスも娯楽施設もある。冬は平均-40℃の環境の中で。

そんなヤクーツクで、僕らは1日ごく普通の生活をしてみたいと思っています。朝9時くらいにおき、そこからぶらぶら街を歩きたいと思っています。

個人的には一番の見所は、レナ川です。世界で10番目に長い、4200kmの長くて広い川です。ハバロフスクのアムール川と同じく、レナ川でもぜひ氷上をマンタで滑りたい。他にはトナカイ牧場、Kingdom Permafrost(極寒王国)という、氷河の中にあるレジャー施設、僕らの興味の的としては北東連邦大学も行ってみたいです。ですが何より、普通のヤクーツクの生活を体験したい、というのが僕らのヤクーツクでの初日の目的です。


Part5 サハ共和国のフロンティア施設を廻る

 

サハ共和国は世界のフロンティアであるのは、自然や人の営みの部分だけではありません。実はその環境で暮らしている人でこそできる発想が今や、大きなイノベーションに繋がりつつあります。

 永久凍土だからこそ加工なしに標本を保存できるグローバルなバンク。新たなデータセンターの設置。年中中の環境をまるごとコントロールする農業センター、スマートアグリシティ。医療旅行のレジャーランド。レナ川にかかる長さ18kmの、世界最長の橋(現2km)。太平洋と大西洋をダイレクトに繋ぐ北洋航路と、その港拠点のティクシ。

あまりにも多すぎるのですが、世界最高峰を目指すプロジェクトがいくつもあり、その多くは日本が関わることが想定されています。そんなフロンティアに、行かない手はありません。

 

朝から夜までの1日をかけて、ヤクーツク周辺の革新的な施設を回って、企業訪問もある程度はするつもりです。日本とサハ共和国の架け橋に少しでもなれたら嬉しいです。

 

 

Part6 Permafrost Taxi to オイミャコン

 

ヤクーツクとオイミャコンはなんと、1000km離れています。日本で言ったら広島から東京までの路上の距離くらいですね。

それに「タクシーを使う」ってなると皆さんはビックリしませんか?

日本のタクシー料金は1キロにつき大体280円くらいだと言われますが、それで1000キロ走ると300,000円近くもかかりますね(笑)

サハ共和国(ロシア全体においても)において状況は違うのです。

料金は、意外と5000円程度です。

 

私たちは、外の気温が -40〜50℃ を下回る中、丸ごと1日かけてタクシーでヤクーツクから「寒極」のオイミャコンを目指します。

 

 

Part7 マイナス71,2℃の寒極オイミャコンで人類の原点を学ぶ3日間

 

やっとこの旅の最高峰である、地球上の人が住む中で最も寒いところのオイミャコン村に到着します。

人と、自然と、自分と向き合う境地。ヒトの世界でないはずなのにヒトが強く生きている(実は微生物でさえこの地域では生きられないものが殆どなので、そもそも風邪などの病気にかかるのが原理的に有り得ない、とか)

 

なぜ人がそこに住み、何を思い、住み続けているのか。
とても気になることです。


釣れて凍った魚が何日にも渡って市場においてあるようなところ、僕らが生きている日本、いや世界の殆どどこであっても経験できない「世界離れした人の世界」を私たちは3日間、現地で体験します。

 

「オイミャコン」とはそもそも「凍らない水」という意味の単語らしい。冬に気温が-60℃を下回るというのは、大抵の川は底まで凍ってるという状況です。その中、オイミャコン付近は温泉から温かい水が湧き出していて、川が氷の下でも流れ続けます。だから魚が採れるわけです。そして盆地であるオイミャコンではトナカイも放牧されていて、それが故にある程度定住できる環境になっています。

だからといって、そこに住むという決断自体の理由は分かりませんが


お湯を空気にバラ撒いたらそれが小さな氷の結晶となって地上に落ちてくる。そんな有り得ない場所で有り得ない体験をして、そこで得た刺激や気付きを日本の多くの人たちに伝えることで、ロシアの極寒地方であるサハ共和国が持っている圧倒的なポテンシャルに夢を持って欲しいと思っています。

 

 

Part8 人間の世界への帰路

 

人間の領域でないような大地から人間の世界へと、また1日くらいかけてタクシーで戻ります。特筆すべきところはあまりありませんが、この時僕たちがどれくらい変わることができたかが楽しみです。

 

何を後にしてヤクーツク、そして日本に戻るのか?そこで見えたものは何だったのか?

 

これは2人とも違うかと思います。「メンティのオイミャコン」「宮代のオイミャコン」ができたら、一番良いかと。そしてそれを合わせて何かしらの形で日本の方々に紹介することができたらなと思います。

 


Part9 日ロの未来が始まる街、ウラジオストク

 

ヤクーツクに戻ってきた次の日の早朝、私たちは飛行機で僕らの旅の最後の地点、ウラジオストクに飛行機で飛びます。

この地名は聞いたことがあると思います。日本に最も近いロシアの地方都市ウラジオストク。ロシア極東の最前線。

60万人が暮らしていて、最近は目覚ましい発展を遂げている。2016年東方経済フォーラムが開催された街でもあって、今後、日本とロシアの架け橋になる場所でもある。

市域には、漢字仮名がついた日本の中古車両が沢山走っている。日本の商品も料理も出回っている。そんな未来と希望が見える、日ロ発展の礎となるような街をフルに楽しみ、日本に帰りたいと思っています。

 

 

以上、情報量が多かったと思いますが、それでも伝えきれないサハ共和国。

ただただ、早く行きたいです。

 

 

▼ 生きて帰って、何をしたいのか?

 

 

(宮代が挑戦した「多摩川24時間川下り」での夕暮れの光景)

 

我が旅には色々な目標というかゴールがあると思います。自分と向き合うこと。ロシアの東部地域の実情を自らの目で見てくること。コトを体験し、人と出会い、価値観、世界観をより豊かにしていくこと。

サハ共和国、そしてロシア全地域には無限の可能性があると、僕らは確信しております。

 

この広大な地域、素晴らしい文化、数々の発明を生み出せて、時には団結し新しい世界を作り、時には対立して自分たちの世界まで滅ぼしてしまう、そんな国であるロシア。魅力はその奥深さ、ポテンシャル、底力、多様性、そして人の心の中の自由。そんな国が今の世界に価値を与えないワケは無い。日本と、日本人と、もっと仲良くなっても良いのではないかと思います。

 

私たちは日本と、絵に書いたものではない本当のロシアの架け橋となれれば良いな、と思います。そしてそんなことを、サハ共和国から始める理由は次にあります。

 

サハ共和国は、極東でもなく、ウラル山脈西側のヨーロピアンロシアでもありません。今まで注目をずっと向けられてきた、または向けられている、という地域ではないです。そこのポテンシャルを日本に、ロシアに、そして世界の人々に見せている、そんなことの礎に僕らの旅はなればいいなと思います。

 

日ロ経済協力の効果が強く見込めるロシア極東地域少し先のサハ共和国。ここと日本との強いつながりの元を作るができれば、政府からの特別な支援がなくてもロシアの地方経済と日本の経済の連携が進んでいくということになるでしょう。つまり、日ロ間の、とくに地方における協力は両側の民間からの主体的な動きに基づくものになることができるのです。つまり、軌道に乗るのです。

 

サハ共和国と日本、ロシア地方と日本、の直接的な友好を作っていきたいです。

 

▼ 我が旅にかかる費用&ユニークなプレゼント

 

 

リターンは、皆さんに支援していただくだけではなく、その対価をしっかりと与えたいと思い、僕らなりに考えた多くの機会を作らせて頂きました。

この度、支援頂いた額も勿論ですが「どんな想いで、このページを見て頂き、購入ページで支援を頂けたか」 その想いを尊重させていただきたいと思っております。クラウドファンディングには、合理的な関係性でなく、感情的な同調や信頼関係が大きく関わっていると思います。僕らは皆さんのその意志を、丁寧に汲み取っていきたいと考えております。

 

右の項目にてお好きなリターンを選んでいただきたいです。

多くの方が喜べるような、感動できるようなものを用意しました。

 

対価としてのリターンであるのは勿論のこと、その後の人間関係の発展を踏まえて、新たな出会いが巡り合ってくることを、このクラウドファンディングでも望んでおります。

 

 

この度、クラウドファンディングでご支援頂きたい金額は下記になります。

 

渡航費43万円×2名分 86万円+α(リターン経費)

 

  【以下内訳】

航空券・現地移動往復費 約25万円

宿泊費 約5万円

食費 約3万円

その他諸経費(防寒着・保険・VISAなど) 約10万円

 

・最低限度の出費にするため、移動手段や宿泊地・食事など格安なプランにし、渡航に支障の出ない最低限の防寒着を装備する計画で、この金額が必要となります。「約」と記しているのは、現地の物価や、言い値に不確定要素が強いためです。

・希望額を超えた場合、実費予定であるリターン経費や、目的を遂行するため可能性の高い安定したプランへの変更、または、より防寒性の高い服・装備品を購入するための経費に使わせて頂きます。

 

 

特異な地域故に、どうしても渡航費に大きな金額がかかってしまいます。

情熱も、緻密な計画も、現地でお会い出来る方々など、多くの準備は整いました。あとは資金だけなんですm(_ _)m

 

どうかご支援よろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

 

▼ 最後に

 

 

 

 

ページを拝見して頂き、僕らが書いた長い長い文章をお読み頂きありがとうございます。皆さんに、僕らは支えられています。

 

ロシア連邦サハ共和国に旅に出た暁には、文字通り無限の経験と、知識と、感動を得ることになります。そして、ロシアと日本を「生」で結ぶ活動のための確固たる基盤も作ることができると思っております。

 

この実現には、自分たちでは集めることが難しいお金が必要ですし、この機会に、より僕らの活動のことを皆さんにお伝えすることができると思い、クラウドファンディングに出させていただきました。

 

今後は皆さんと一緒に、日本でもサハ共和国そしてロシアが楽しめるような環境、広く社会に理解されて受けいられる状況、そして結局日本とロシアの人・地方・国にとっても豊かな現在と輝く未来を作っていければ良いと思います。

 

感動と、良い思い出を

ぜひ皆さんと積み重ねることができればと、僕らは思っています。

 

 

皆さんが喜ぶようなリターンを用意しているので、メニューをご覧いただいてのご検討をよろしくお願いいたしますm(__)m

 

 

最後に、普段から僕らのことを支えてくれている家族、親しい人、友人、そして僕らの活動を色々な形で応援してくれている方々に、そしてこの文章を読んでくれたあなたに、心からの感謝を申し上げます。

  

あなたと一緒に感動を積み重ねて行きたい
そして一緒になって価値ある未来を作っていきたい

 

オイミャコンに行かせてください!!!!
ご支援よろしくお願い致します!!!!!!

 

Спасибо(スパシーバ)!
最後までご覧いただきありがとうございました!m(_ _)m

 

 

p.s.

拝啓  円中、茅高、日大 地元のみんな 旅で出会ったみんな 大学外での活動 起業後に僕と関わってくれた皆様へ

いつもお世話になっている皆様、小さいころから仲良くしてくれたみんな、ページを拝見して頂きありがとうございます! 高校のころから言ってたかな、マイナス71度のオイミャコンに行きたい!って キチガイだと思われていた妄想が、ついに実現できそうです。 今まで色んな迷惑かけてきて恐縮ですが、本気で挑戦しているので、もし、少しでも協力したい、僕の夢の実現に貢献したいと思ってくださる方がいれば、どうか形として資金の支援を頂けると嬉しいです。報告会にも、料理会にもむげんに来て欲しい。マジでむげんに来てほしいです。個人的にも、最近かなり成長したので、これを機にまた再会できると嬉しいです。僕からも「感動を与える」という恩返しをさせて下さい。

いつもお世話になっている皆様には、これを機に僕の本当にやりたいことを表現させて頂けると幸いです。どうかよろしくお願い致しますm(_ _)m  (みやしろ)

 

 

 

 

僕が普段からお世話になっている方々、大好きな友達の方々、お互い切磋琢磨し合っている仲間の方々。このページを見てくれている僕を応援してくれている皆さまに心からの感謝の言葉を申し上げたく思います。

今まで有り難うございます。

皆さまの支え無しには今自分がいるところにも辿り着けているとは思いません。これからもパワーと自信をもらって前に突き進みたいし、恩をくれた方々、学びをくれた方々に恩返しをすることができたらと思います。 最近僕は夢を見て、それに向かって確実に歩みだすことができています。このクラウドファンディングの企画も、自分のこれから先長い人生の始まりのステップの1つだと考えています。

僕は日ロ間に立ち働き生きたいと今思っています。その場合は少なくとも自分も関わる人もある程度幸せにできるからです。

僕は皆さまと心地よい世界そして日ロ関係を作っていきたいと思っています。どうか僕のこの第一歩をご支援いただけると嬉しいです。必ず1を100で返すので! (メンティ)

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