タイの孤児院でのたった一人の女の子との出会いが私の人生を変えようとしています。私の卒論のテーマでもあるタイの孤児院での支援。みなさんに、子どもたちの笑顔のためにご支援頂ければと思います。また、“目に見える支援を”をテーマに、支援いただきました方にはタイでの様子をご報告させていただきます。

プロジェクト本文

みなさん、はじめまして。

私のページを見てくださって、応援してくださり、ありがとうございます。私は26歳、大学4年生のあやかと申します。


201810月、私はアメリカのチームと共にタイ王国チェンライ市にある孤児院を訪れました。その孤児院には貧困を理由に、8歳から20歳くらいの約50人の子どもたちが生活しています。


そこでの経験が、私の人生に大きな影響を与え、この活動を始める大きなきっかけとなりました。いくつもの忘れられない経験がありますが、その一つを紹介させて頂きます。


毎年、チームがその孤児院を訪れる時、子どもたちをショッピングモールに連れて行きます。多くの子どもにとって、それが年にたった一度だけのお出かけです。子どもたちには好きなものを買えるように現地通貨で約1500円ほどのお金を渡します。そのお金は多くの子ども達にとって、年に一度のお小遣いです。子どもたちは何を買うのかと見ていたら、多くの子ども達が私たちにお礼をしようと、お土産を買おうとしていました。また、私と一緒に時間を過ごした女の子は、買い物を終えて、孤児院に戻ってから私の元にアイスクリームを2つ持って、やってきました。1つは私の分、もう1つは彼女の分。あの優しさを私は決して忘れることはありません。そして、その経験が、彼女の優しさが、私の原動力です。


私も小学校や中学校で、ユニセフなどを通して、世界には貧困を理由に、恵まれない子ども達がいること等は知っていました。しかし、ユニセフ等で知っていると思っていた子どもたちの姿と、その孤児院で暮らす子どもたちの姿に大きなギャップがありました。俗に言う、恵まれない子どもの〝恵まれない”とは経済的困窮のことを言うのだろうか、という疑問さえ生まれました。たしかに、彼らにはお金がありません。時には食べられない日もあるそうです。生活においても、洗濯機がないため、8歳の子どもでも、朝の5時に起きて、通学前に手洗いで洗濯するなど、先進国に暮らす私には想像も難しい不便さもありました。しかし、彼らの笑顔や思いやりなどは何にも変えられないようなとても尊いものでした。


お金が全てではない。間違い無く、それは正しいと思います。しかし、お金で、誰かの生活が楽になる、誰かがとっと笑うことができる、それも真実です。私自身、その事を身をもって知ることができました。


これから先の人生、この子ども達の笑顔を守り続けられる私でありたい、心からそう思い、継続的な支援に向け、大学にて、卒業論文の題材として研究を始めたところです。いずれは、NPO法人を立ち上げれればと思っています。


現在は、年に一度ではありますが、タイを訪れ、子どもたちと共に時間を過ごす計画をしています。次回は928日から2週間です。子どもと遊んだり、買い物に行ったり、会えない間は手紙を書いたり、テレビ電話をしたりと交流を深めています。私自身アルバイトをして、旅費を賄っていますが、子どもたちにもっと与えることが出来ればと思っています。


みなさんからいただいたお金は全て、子どもたちのために服やおもちゃなど買い物をしたり、現地のニーズに合わせて、使わさせていただきたいと思っています。また、万が一、15万円が到達出来なくても、タイに行き、子どもたちの支援は続けてまいります。


どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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