まず私が歌にかけてる思いを知って頂けると嬉しいです。クラシック声楽から歌を始め、ポップス音楽へ、そしてなぜ今NYへ繋がり、新たに挑戦しようとしているのか。そしてそれはどんな想いでやっているのか。流れを知って頂いた上で、ご協力頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。

プロジェクト本文


私が歌を始めてから

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私は大学を卒業後、クラシック声楽からポップス音楽に転身し、東京の小さなプロダクションと契約し、2年間東京で過ごしました。

しかし、そこは始めからデビューさせる気のない場所でレッスン料の借金ばかり残ってしまいました。

東京でアルバイトをしていたとき、たった1日働いたイベントの仕事で元女優をされていた方と出会い、その方から発声トレーニングの先生のことを教えて頂きました。(歌のトレーニングではなく発声、声、体作りのトレーニングです)

私はプロダクションを辞め、その先生の元へ通い、私は今の声と体(楽器)になれました。


高校の同級生とリユニオンという歌とキーボードのユニットを組み、2人で東京のライブハウス等演奏活動をしばらくしていました。

しかし東京では住んでいく費用も、借金を返しながらやっていくにはアルバイトだけでは難しく、また中々人に知ってもらえる機会もなく、先生からのアドバイスもあり、一度広島に帰って人に知ってもらうことに徹底して活動することにしました。


広島に帰ってからは中々リユニオン2人で活動することも難しくなり、キーボードの子の音源で私のみで演奏にまわったり、彼女が帰って来れるときは2人で演奏して過ごしていました。

レクトやイオンモール広島府中ソレイユ、アルパーク、アリスガーデン等少しずつ話を頂き、活動を続けていました。

広島で少しずつ音楽活動をしながらアルバイトもしながら毎月1回は東京の発声トレーニングに通い続けられるよう努めていました。

やっと出れたライブでも

常連は優遇されて、または常連での絆というか、一体感がある中、馴染みのない私達にはいつもアウェイ感があり馴染めず、次に繋がらなかった。


中々世の中から歌手を仕事としてすることを認めてもらえず、

たくさんの人にも知ってもらえず。


甘い世界じゃないとか、

そう簡単に行く世界じゃないとか。

上手い人はいくらでもいるとか。

そんなの嫌になるほど聞いてきたし

自分でも理解してる。

これだけ歌に人生をかけてきて、演奏する瞬間にかけてきて、私が積み重ねてきた努力は誰にも口出しさせないくらいだから。

それなのに、デビューしてないからプロじゃないのか。

口パクでもCD出してランキングに入ってればプロと呼ぶのか。

プロって何をもってプロと呼ぶんだろう。


過信するわけではないけど、

自分にしか持っていない、

歌でしか発揮されない力は確かにあるはずなのに、つかんでいるはずなのに、

正当な評価を感じてこなかった。

今までずっと理不尽だと感じていた。


努力は実を結ぶ、

夢は諦めなければ叶う、

希望を持って、

何にでもなれる、

そんな薄っぺらい言葉はたくさん聞いてきた。

なら、なぜここまで人生をかけてるのに叶わないのか。求めてくれないのか。

自分が上手いとかが言いたいんじゃない。目立ちたいからじゃない。


知られてないだけで、売れていないだけで、今までも、そしてこれからも人生をかけて磨いてきたこの努力をなかったことにしないでほしい。


そして必ずその努力と声は同じ状況にある人、苦しんでいる人、誰かの力になれると信じている。


それを届けたいだけなんだ。

こんな想いを持ってやっていても売れていないから私はプロと名乗っちゃいけないのか。


苦しかった。

今も、苦しい。


そんなある日、姉とBeyonceとBrunoMarsが共演しているライブDVDを観ていました。


エネルギーと溢れる才能に心が震え、

この人たちと一緒に音楽が出来たらどんなに素敵だろうと感じた。


私は姉に『こういうライブがやりたいな』って言うと


『やりたいなら行けば?』

『ひさのがやりたいことができるの、ここじゃない?』


と言ってくれて、私も、自分が本当に求めているものはここだ、とそう確信した。


日本の音楽業界にハマらないなら、海外しかない。海外から日本に届く方法もあるんじゃないかと思いました。


私は歌に命をかけています。

死ぬ気で歌やってます。

魂が震える本物を提供して喜んでもらうために、今まで続けてきました。

歌のない人生は私にとって生きる意味はありません。


それだけ命かけてるなら本当に命かけて挑戦しようと、アメリカNYへ行くことを決心しました。


アメリカならいいと感じたら、

年齢や過去関係なくちゃんと実力として評価してくれるはず、そしていいと認めたら必ず力になってくれるはず。


ただその時の私の収入ではクレジットカードの利用できる残高も僅か。当時の入ったばかりのバイト1ヶ月分の給料でNYへ行くことにしました。


4月の誕生日前日。

誕生日の日にNYへ発とうと決めていましたが、本当にほぼ片道分の費用だったので、何も起こらなかったら帰ってこれないかもしれない、観光ビザなので向こうで働くこともだめだし、観光ビザの期間が過ぎて不法滞在になるかもしれない、現金もカード残金もなくて路上暮らしになるかもしれない。


そこまでして誕生日に、このタイミングに行くべきなのか。もう少し働いて少しでも費用を用意してから行こうか等たくさん悩み、考えました。


でも、私は今までの努力とはかけ離れた理不尽な世界にうんざりしていました。


よくある『夢追人』の一人として扱われること、思われること、適齢期、安定、常識。


『歌しかない』をわかってもらえるのは本当にわずかで。


今までライブをして、心に響いた、応援するという言葉はたくさんかけてもらったけど、もちろん嬉しくてそれを励みにやってきてるけど、実際に歌手として活動できるように本気で力になろうとしてくれる人はいませんでした。


よく、才能があればどこかでもう既に見つかっているはずだ、とか言うけど、

私はタイミングがなかっただけ、まだ出会っていないだけで、私が世のため人のためになれるのは歌手の人生しかないと信じ、歌しかないと信じています。


そしてタイミングはやっぱり、

どうしても今しかないと感じ、

飛び出しました。


実際に飛行機のチケットを買えたとき、私は心臓がはち切れそうで冷汗が止まりませんでした。


行くとは覚悟したけど、

本当に行くんだ..って。


家族には行くと言ったり延ばすと言ったり散々気持ちを振り回し、チケットが買えたことを報告するとみんな疲れ切っていました。でも、『ここまできたなら腹くくりんさい』ってそれでも送り出してくれました。


発ったのは私1人。

キーボードの子はしばらく体調を崩し今も一緒に音楽出来る状態ではないし、

命をかけるのは私自身の責任だから。


そして広島からアメリカNYへ。

着いたはいいものの、

さて...どうしよう。


英語も聞き取りは歌のおかげで若干出来たものの、まだ喋れなかったのでわずかな単語と翻訳アプリのみでたくさんの人に道を聞きながら、とりあえず3日程予約できたホテルに到着しました。


NYのホテルは高いのでニュージャージーのホテル。治安もあまりよくはなく、何度か危険な目や人種差別にも合いましたが、親切な人もたくさんいて助けられながら、まるで目に見えないなにかに守られるかのようでした。


とりあえずとれたホテルでの限られた滞在期間中に何かアクションしないと、何か得ないと、何とかしないと。


めちゃめちゃ焦ってました。


とりあえず毎日NYに出向き。

セントラルパークで歌ってみたり、

レコード会社に会ってもらえないかメール送ってみたり。


セントラルパークも警察の見回りも厳しいしアカペラで口ずさむ程度でいたし、レコード会社もどこも迷惑なデモ音源やメールを送ってくるなと一切受け付けていないし。


ホテルに滞在出来る期間も迫ってる。


でもどうしたらいい?


このままじゃいけないと私は貴重な1日を考えをまとめる日に徹底しました。


とにかくひたすらノートに殴り書き。

恐怖も不安も感情も、どうしたらいいんだっていう迷いも、でもここまで来たからには何もないはずないって。


自分に出来そうなこと、行動、

次に滞在する場所、残りの現金とわずかなカード残高で出来ること。


書いて書いて頭と心の中を整理して、

行き着いたのはとにかく歌、生で聴いてもらわないことには意味ないよねって。


そこから調べまくって、幸いにもアメリカにはオープンマイクという文化があり、いくつかのお店ではステージに飛び入りで演奏したり、歌ったり、詩の朗読のようなパフォーマンスができる場所があり。


曜日ごとにそのオープンマイクをやっているお店を調べまくった。


調べた翌日、早速その晩にオープンマイクが開催されるであろうお店へ。

お店は潰れていた。


....そこに通りかかった人から

『オープンマイクだったらこのお店やってるよ』って教えてもらって、そのお店へ行ってみた。


入場料と音楽チャージ料、ワンドリンクで4000円ほど。痛い。だけど歌えるなら。


他の出演者をドリンクを飲みながら眺める。クオリティに唖然としてしまった。

そこは完全に自己満足の世界で、開いた口が塞がらなかった。だけど音程は外れてても、滑っていても、誰もがトップスターかのように堂々と自分をアピールしている。その度胸にも圧倒されるばかり。


それでも自分の出番がくるならと待機。

待っても待っても名前が呼ばれない。

案内の人に聞いてみると、『今日は人数が多いから閉店時間までにあなたの順番はこないだろう』と。


帰りました。


初めてのオープンマイクを見れたことはよかったけど、こんなんじゃない感。

おまけに肝心の自分が歌うことが出来ないという...。


その日は完全に心折れて。

だけどまた調べまくった。


翌日、よさそうなお店を見つけた。

普段プロのアーティストのバッグバンドをしているプロの生バンドが伴奏してくれるお店。


チャージ料も1曲1000円程。

料理は頼まなきゃいけないにしても、ネットでメニューを見たら一番お手頃なのでポテト600円程。よし、ワンオーダー制で何か頼まなきゃいけなかったらこれにしよう。


現金も僅かな中、

もう間違えられない。

昨日みたいな場所だったら終わりだ。

プロの生バンド。

ここにかけるしかないと飛び込んだ。


オープンマイクが始まる。

生バンド、さすがのプロだ。

歌いに出る人たちもみんなパワフルで上手で、みんなプロじゃないのかってくらいクオリティが高い。


もちろんその中には本当にブロードウェイで有名な歌手等もいる。


場所は間違いなかった。

ただ、ここで私も歌うんだ。

緊張で一気に体が硬直。歌には最悪の体の状態だ笑


バンドのリーダーが何を歌うのか聞きにきた。私は声が声楽ベースなこともあり、声質的にもバラードが得意で。『Celtic WomanのYou Raise Me Upをお願いします』と伝えた。


すると、『他の曲にしてくれ。バンドのサウンドと異なる。何歌うんだ』と。


私『Amazing Graceは...?』


『他にないのか』


洋楽でちゃんと歌えるのはバラードばかり。


『...出番までに考えておきな!』


どうしよう。

バンドの楽器に合う曲..。

洋楽は好きで聴いてるけど練習して歌えるのは数少ないから..。


そして司会の人に呼ばれた。

『Hisano!』


バンドのリーダーから『決めたか?』


私『どうしてもバラードは難しいですか..?』


(首を降る)


私『............Whitney Houston's I Will Always Love You』....?


『よし決まりだ』


飲みの場だからとてもザワザワガヤガヤしてる。誰も注目してない。みんなお酒と話に夢中だ。


歌しかないでここまでやってきて、今やっと歌える場所にたどり着いた。


だけど。だからこそ、ここまでしたのに伝わらなかったら、とか英語の発音がちゃんと出来てないかもとか。めちゃめちゃ怖かった。どんなにいい歌歌っても発音とかイントネーションで入ってこなくなっちゃうし。とか。


私は生まれたての馬のごとく脚を震わせながら、精神集中。

昨日見たオープンマイクではどんなクオリティでも自分が一番のスターかのように自信持ってたじゃない、その自信見習ってとにかくやってみよう。


アカペラを歌い始めた瞬間、

空間がしーーーーんと静まり返った。

あれだけお酒の場でガヤガヤしてた空間が。


私は驚いた。

『あれ、みんな聴いてくれてるの..?』

そして声を聴いてくれて拍手で歓迎してくれて。


最後の大サビではまさかのみんなが即興合唱でハモってくれて。そのハモリのクオリティも最高で。鳥肌が止まらなかった。


歌い終わったときには、

『素敵な歌を ありがとう!!』

『とっても素敵な声!!』

『あなたの声が好き!』

『あなたすごく素敵よ!!最高!』

『ようこそ!ニューヨークへ!

ひさの!』ってハグや握手にみんなが寄ってきてくれた。


バックバンドの人も終わってから

よかったよ!ステキなシンガーだと話しかけに来てくれた。


私は全身で喜びを感じた。


伝わった、受け入れてくれた、喜んでくれた、通用した.....。


その時の様子はInstagramにてご覧ください。

https://instagram.com/p/BxA-A_jlERV/?utm_source=ig_web_copy_link


そしてそこのライブバーのお店の責任者さんが私の歌を、声を気に入ってくれて、アメリカで活動できるように、成功するまで挑戦し続けよう、私も出来ることをやってみる、と一緒に力になってくれることになりました。


そしてお金を持っていないことを察し残りの滞在費や、これでご飯を食べなさいとお金を支援してくださいました。


(実は次の滞在先としてホテル予約して受付に行ったところ、カードが使えず、受け付けしてもらえずに滞在先もいよいよ本気で困っていました)


他にも演奏出来る場所を紹介してまわってくれたり、私も弁護士の友達やライブバーに来る音楽関係者に話してみるなど、色々出来ることをやってみるから、

必ず成功させよう、あなたは叶えられる。と言ってくれました。


そしてその挑戦するひとつにアポロシアターへの出演がありました。


ほぼ文無しで、しかも観光ビザで渡ってきたため、働くことも出来ないし、滞在先もとりあえずは困るので。一度日本に帰国することに。


アメリカで働き先を紹介することもできるが、こちらでの雇われの身はいい扱いではないし、やはり人種差別等あるため、そんな苦労はしなくていい。

あなたは歌手としてのみ生きればいい。


9月にアポロシアターの大会がある。

そこに向けてお金を準備すること、

英語を勉強すること、

そしてアメリカの音楽を勉強してくることを宿題に一度帰国してきました。


その、帰国できたのもその人に出会えたおかげです。


彼は言っていました。

『あなたは私と出会っていなかったら今頃どうしてたの?』


私『わかりません。想像も出来ません。あなたに出会えたことを心から感謝します』



そのミュージックバーは、

元ワーナー・ブラザースと契約していたアメリカでは有名な歌手の夫婦が経営しているバーだったようで。


旦那さんは数年前に亡くなられ、

奥さんがオーナーをされているお店。

そのため、今でもスティービー・ワンダーや、ブロードウェイ歌手等著名人が遊びに来る場所だったようです。


そして9月、アポロシアターの大会への変事はまだ来ていないのですが、毎週水曜日に行われるアマチュアナイトや、ミュージックバーでのワンマンライブ、NYはもちろん、ワシントンDC等演奏できる場所を周ったり、その他その人の弁護士の友達に詳しく話を聞いて今後の流れやプロデュースチームを作る動き等、色々考えてくれています。


これからもどういう流れになるかはわかりません。


ただ、私は世界に通用する歌手、国境、年齢、世代、性別、全てを越えた粋で歌を届けたいことは変わらない。


そしてどんなに信じてもらえなくても、

開きつつあるこの流れを私は切り開いてみせる。


Hisano




リターンについて


愛情支援500円

お礼のメッセージ。

メールかご希望であれば手書きのお手紙でお礼のメッセージをお贈りましす。


オリジナル曲CD1000円

リユニオンオリジナル曲を収録したCD

※ご購入後の著作権はリユニオンになります。


生ライブ5000円

NYから帰国後、最初のライブとして

東京または広島にてパトロン様限定ライブ開催。ライブ終わり、サイン1枚と写真1枚を撮影

2019年12月頃予定

広島または東京近郊予定

100人まで

※交通費、滞在費等についてはパトロン様自己負担です。ご了承くださいませ。


予定

9月4日 東京にて発声トレーニング後渡米

渡米後は協力してくれる方の指示のもとライブ活動、オーディション等行動していきます。

その様子はこちらで随時ご報告させて頂きます。


10月中旬〜後半頃を一度区切りとし、その後の活動は9月のNYでの流れ次第になります。その様子も随時ご報告致します。


予算

飛行機 15〜17万

滞在費 8万円

クラウドファンディングへの手数料5万円

合計30万円


今回は支援希望額が全額に達さなくても支援を受取ることができ、またパトロン様へもリターンがいく形にしました。

よろしくお願い致します。

 https://www.instagram.com/reunion0528


<All-in方式の場合>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
  • 2019/11/14 14:00

    今度、Park Avenue Synagogueにて行われる人種混合ゴスペルクワイヤーコンサートへHarlem Japanese Gospel Choirの一員として出演することが決まりました!Lift Every Voice: Welcoming Diverse Traditions Con...

  • 2019/10/05 14:21

    報告遅くなりました。いつもありがとうございます(*^^*)NYへ渡米し、早くも1ヶ月が経ちます。現在丁度夏から秋への季節の変わり目、まだまだノースリーブでヒリヒリに肩を日焼けするほど暑い日がある中、厚めの上着を着ないと寒くて凍えてしまう日もあり、体調管理に少し苦戦しつつも、休む日は休み、そして...

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