トレイルランニング大会「SAIGŌ Trail 1877」のプロモーションを通して、西郷隆盛敗走路の復活を目指すプロジェクトです。

プロジェクト本文

ご挨拶

はじめまして。小池 卓哉(こいけ たくや)と申します。

茨城県で生まれ育ち、東京での社会人生活を経て5年前に宮崎に移住しました。

現在は、自然の中を走る「トレイルランニング」(以下トレイルラン)など、アウトドアスポーツのイベント企画を通して地方を盛り上げる仕事をしています。

今回はそのトレイルランを通して、140年前に西郷隆盛が通った古道、その名も「西郷隆盛敗走路」の復活を目指すプロジェクトについて、少しだけお話を聞いて頂ければ幸いです。 

トレイルランは森の中を駆け、自然を楽しむスポーツです(中央:筆者)


西郷隆盛敗走路とは…?

「西郷隆盛敗走路」とは、文字通り、「西郷隆盛が敗走するときに通った路(道)」です。


西郷隆盛はご存知ですよね?

幕末に薩摩藩を率いて江戸幕府を倒し明治維新を達成した、日本史上の偉人です。


じゃあ「敗走」って何?

そのあたりもうすこーし説明しますね。

 

西郷隆盛肖像 [国立国会図書館webサイトより転載]


ちょっぴり歴史の勉強

時は今から約140年さかのぼる1877年(明治10年)。


この年、明治政府の近代化政策で失業してしまった旧薩摩藩の武士たちが、西郷隆盛を大将として反乱をおこしました。

いわゆる西南戦争です。

西郷に戦争を起こす意図はなかったと言われていますが、不満を爆発させた部下たちを止めることができませんでした。


2月に鹿児島を出発した薩摩軍は北に向かい、熊本で政府軍と激しく戦います。

しかし次第に劣勢に。

田原坂や熊本城での戦いに敗れ、6月には宮崎県(当時は鹿児島県に併合されていた)に退却します。

 

宮崎でも敗退を続けた薩摩軍は、8月にいよいよ延岡(現・宮崎県延岡市)で政府軍に包囲されてしまいます。

薩摩軍3千人に対して包囲する政府軍は5万人、実に17倍の圧倒的兵力差

西郷らの命運も尽きたかに思われました。


しかし西郷隆盛と彼に従う約600人の精鋭たちは、真夜中に可愛岳(えののだけ)の急坂をよじ登って包囲網を突破!

遥か400kmもの彼方にある故郷の鹿児島を目指して、決死の逃避行が始まりました。


着の身着のまま、食料や水も十分でないなか、彼らの前には政府軍の追手と険しい九州の山々が立ちはだかります。

果たして西郷たちは無事に鹿児島にたどり着くことが出来るのか!?


これが140年前に実際にあった出来事。

そしてこのときに通った道こそが、「西郷隆盛敗走路」なのです。

(西郷たちは16日間かけて鹿児島にたどり着きました。)

日之影町の山中に残る西郷隆盛宿営の地


失われつつある敗走路

西郷たちの逃避行を成功に導いたのが、各地の協力者の存在でした。


山奥で静かに暮らしていた人々にとって、西郷軍の突然の出現は驚天動地の大事件だったに違いありません。

西郷に同情していた人々は戸惑いつつも精一杯彼らを迎え、次の村へと山道を案内しました。

その後、反乱軍の手助けをしたということで捕らえられた人もいたそうです。

村々ではこうした出来事と敗走路の存在を、村の歴史として後世に語り継ぎました


また彼らにとって敗走路は、人や物資が往来する生活の道でもありました。

山向いの村からお嫁さんをもらう、というような交流も盛んに行われていたそうです。


この二つの意味で、敗走路の存在は地域にとってなくてはならないものだったのです。


しかし140年という時の流れは、山に住む人々の生活も変えていきます。


新たに自動車道が整備され、山道は次第に使われなくなりました。

当時の事を伝え聞く古老も少なくなっています。


そうした中で敗走路は次第に草木に埋もれ、道がどこにあったのかすら分からなくなっているところも多くなっています。

いま手を打たないと、敗走路の存在が一生失われてしまいかねない危機なのです。

日之影町にある手作りの看板。文字が薄れつつある。


アウトドアフィールドとしての可能性

私はこの敗走路をハイキングやトレイルランなどのアウトドアのフィールドとして活用することで、保存・復活に繋げられないかと考えました。


中でも自然の中を走るトレイルランは、ここ10年で競技人口が20倍に増えた人気のスポーツです。(2016年、日本トレイルランナーズ協会)

トレイルランには傾斜が緩やかで走りやすい山道が適していますが、峠道が多い敗走路はその条件に合っていると言えます。

まれに登山者とのマナー


特に数十キロから数百キロに及ぶ長距離の自然歩道はロングトレイルと呼ばれ、観光活性化にもつながることから全国で整備が進んでいます。

西郷隆盛敗走路も、誰もがハイキング・トレイルランが楽しめる自然歩道として整備することで、全国から愛好者を集め、古道の保存と地域活性化につなげることができるのです。


私が古い本や地元の人からの情報を元に、初めて敗走路を踏査したのは2015年の冬のことでした。

藪をかき分けたり崖を越えたり苦難の連続でしたが、140年前の西郷たちと同じ苦難を味わっている、という不思議な感動がありました。

この感動をもっとたくさんの人に体験してほしいと切に願っています。


トレイルラン大会「SAIGŌ Trail 1877」

沢山の地域の方々やトレイルランナーの協力・後押しにより、2017年11月に初めてトレイルラン大会「SAIGŌ Trail 1877」を開催することが出来ました。

敗走路の序盤、延岡から高千穂までの約60kmを整備し、コースに設定しました。

九州で初めてのステージレース(行程を土曜と日曜の二日間に分ける形式)でもあります。


大会は今年3回目を迎えますが、参加人数は20~40名とトレイルラン大会としてはまだまだ小規模なものです。

またコースも高千穂以降の整備はまだ未着手です。


今回のプロジェクトは、大会を更に盛り上げ、これをきっかけにして敗走路をより多くの人に知ってもらい、整備・活用の機運を高めたいという思いから立ち上げました。


皆様からお預かりした資金は下記のように活用する予定です。

 ①敗走路と大会の魅力をより多くの人に伝えるためのドキュメンタリー動画の作成

 ②登山道整備費用(整備機材購入費など)

 ③コーステープ等の大会制作物


皆様のご支援が、地域の歴史の伝承、そして地域の活性化につながります。

ご支援どうぞよろしくお願いいたします。

第1回大会のスタート前集合写真


資金の使い道・実施スケジュール

30万円:ドキュメンタリー動画作成            2019年12月リリース予定

20万円:登山道整備事業(整備機材購入費など)       同 10月~

10万円:大会制作物(コーステープ、幟、ゲートバナーなど) 同 10月~

10万円:リターン費用(作成・発送手数料含む)       同 11月~12月


リターンのご紹介

・ドキュメンタリー動画/パンフレットへのお名前の掲載

・大会オリジナルTシャツ

・第3回大会参加権 など

大会オリジナルTシャツ(クラウドファンディングオリジナルカラー:マッドブラック)


最後に

私は、敗走路はタイムマシンのようなものだと思っています。

140年前に遡って、歴史上の人物と同じ体験をすることができるし、

整備活動を通して地域の未来に関わることもできます。


敗走路が九州を代表するロングトレイルとして、日本中・世界中からハイカーが集まるフィールドになったら、どんなに素晴らしいことでしょう!

そんな未来を私は信じています。


皆様のご支援、ご参加、ご協力を心よりお待ちしております。


<All-in方式の場合>

本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

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