「ジュリ馬」で知られる、沖縄県那覇市の辻に古くから伝わる「二十日正月」の祭を記録した、昭和40年ごろのフィルム(8分ほどの16mmモノクロのネガ)。これをデジタル化して、再び見られるようにし、Webによる無料配信や、関係団体、公立のアーカイブへの無償提供を行い、地域の文化資源として活かしたい。

プロジェクト本文

はじめに・ご挨拶

私たちは2017年より「沖縄アーカイブ研究所」という名前で沖縄県内に眠る8ミリ映画の収集・保存・利活用をおこなってきました。8mm映画は家庭用の動画記録として、ビデオが登場する以前に流行したメディアで、主に戦後から1970年代までの映像が存在しています。市井の人々が撮りためたフィルムには、それぞれの家族の記録と記憶が残されており、多くの人が共有できる文化的資料として価値があるものです。私たちはこれらのフィルムをインターネットでの配信や、上映会の実施で、広く利活用をしていくことを中心に活動してきました。

▲沖縄アーカイブ研究所所蔵の8ミリフィルム。●公式ブログ「沖縄アーカイブ研究所」http://okinawa-archives-labo.com


『ジュリ馬フィルム」とは

私たちが出会った「ジュリ馬フィルム」は、沖縄県那覇市辻(つじ)の祭で、ジュリ馬という踊りが有名な「二十日正月」のパレードの様子が収められています。映像の長さは約8分。提供者の証言から、時代は1965年(昭和40年)ごろと思われます。まさに地域の伝統、沖縄の芸能を伝える貴重な映像記録です。現在、このフィルムの冒頭83秒がサンプルとしてデジタル化されています。私たち残りの6分近い映像もデジタル化し、那覇市民、あるいは沖縄の芸能文化に興味を持つ人々全てが利用できる映像資料としてインターネットなどへの無償配信、公立アーカイブ、沖縄県内のマスコミなどへの無償提供を行おうと考えています。

▲「ジュリ馬フィルム」の一場面(沖縄アーカイブ研究所所蔵)

プロジェクトをやろうと思った理由

私たちは、普段は家庭用の8ミリフィルムの収集を行っていますが、この「ジュリ馬」フィルムは、業務用の16mmネガフィルム(モノクロ)で撮影されており、プロの手になるものでした。おそらく祭の取材を行ったテレビ局が、放送終了後に関係者であるフィルム提供者の父親(故人)に譲渡したものが、運良く残されていたのでしょう。かつてのテレビ局は報道にフィルムを使い、放送後に廃棄と言うのは珍しいことではなかったのです。本来の著作者であるテレビ局にも本事業について相談したところ、いったん廃棄、譲渡したものなので、沖縄アーカイブ研究所に映像のデジタル化、利活用についてお任せしますと、許諾を得ております。

▲発見された16mmネガフィルム。放送局の袋に入っていた。

被写体となった「ジュリ馬」を始めとする、街をあげての二十日正月のパレードは、現在は行われていません。一度は祭そのものが中止をやむなくされ、その後に形を変えて「ジュリ馬」を中心とした芸能祭として復活するなど、地域文化の保存に苦戦しながら、なんとか次世代につないでいるのが現状です。

祭の映像には、文化芸能ということだけでなく、地域の勢いや、連帯感など、時代の雰囲気を色濃く映し出されています。“辻”という特殊な歴史の浮き沈みを経験した特別な町の最盛期の記録は、現代の私たち、そして文化を引き継ぐ次世代に対して、残す価値のある映像資料なのです。


これまでの活動

私たちの活動は、沖縄で復帰直後から記録映画を作りつづけてきた株式会社シネマ沖縄アーカイブ部門として始まり、2017年より、沖縄県と公益財団法人沖縄文化振興会の支援を受けて8ミリ映画を中心とした、動画の収集、保存、利活用を行って来ました。

収集実績は

【収集フィルム】 1,123本
【デジタル化済の映像】 153時間
【提供者】 66人
(2019年11月現在)

【公式ブログでの動画配信】
沖縄アーカイブ研究所(http://okinawa-archives-labo.com

【上映活動】県内各地の公立図書館での上映会。地域自治会や、ボランティアと組んでの上映会。病院介護施設の上映会などを開催。

【映像提供】マスコミなどへの資料映像の提供、アーティストらへの作品素材としての提供をおこなっています。またミュージシャンとのコラボ企画など、新たな利活用の方法をさぐるアプローチを行ってきました。

【テレビ出演】
沖縄テレビでは毎月一度、ニュース番組のコーナーとして8ミリ映像の紹介コーナーを担当させていただくなど、8ミリと文化資源の認知向上にも努力してきました。

【映画祭】
NPO法人 シネマラボ突貫小僧と組んで沖縄国際映画祭で3年連続の上映。
県外では「ねりま沖縄映画祭」でも3年連続の招待上映。


資金の使い道

デジタル化の経費(8分)   138,600円
DVDへのオーサリング   10,000円
認知向上のチラシ作成    4,000円
返礼品の製作費      15,000円
送料             15,000円
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            ¥190,000円
手数料(目標額の17%)  37,400円
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            ¥220,000円

本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


リターンについて

3,000円
・動画ファイル、公式ブログにて支援者名を掲載(必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください)
 ※支援時、必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください。

5,000円
・動画ファイル、公式ブログにて支援者名を記載(必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください)。
 ※支援時、必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください。
・ジュリ馬ポストカード3枚をお届け。

10,000円
・動画ファイル、公式ブログにて支援者名の記載(必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください)
・ジュリ馬ポストカード5枚をお届け。
・DVD(デジタル化した映像+1970年のジュリ馬映像)をお届け。

30,000円
・動画ファイル、公式ブログにて支援者名の記載(必ず備考欄にご希望のお名前をご記入ください)
・ジュリ馬ポストカード5枚をお届け。
・DVD「デジタル化した映像+1970年のジュリ馬映像」をお届け。
・DVD「沖縄の8ミリ映画集」(30分)お届け。


実施スケジュール

2020年1月までクラウドファウンディングなどによる資金造成
2020年1月デジタル化発注
2020年1月末に沖縄県内でお披露目上映会
2020年2月初旬にネットにて無料配信。公立アーカイブへの寄贈。


地域映像の記録は未来への伝言です

琉球王朝の時代から戦前まで、辻の町は遊廓街として栄えました。そこで働く遊女たちを「ジュリ」と呼びます。「ジュリ馬」とはそのジュリたちが馬の飾りを付けて踊る群舞で、辻の二十日正月最大の出し物でした。「ジュリ馬」という踊りには、このように地域のお祭で終わるものではない、もっと大きな歴史の中に位置づけられる意味が背負わされているものなのです。


▲2018年に行われた辻のジュリ馬の様子。(撮影:沖縄アーカイブ研究所)


その辻の町も、沖縄戦によって遊廓どころか町全体が焼け野原になり、当然ながら「二十日正月」の祭も一次は消えてしまいます。やがて、戦後のアメリカ軍占領下の元で、かつての華やかな時代を取り戻そうという熱い想いとともに「二十日正月」そして「ジュリ馬」を復活します。その中心になったのは、辻の料亭組合、そしてバー組合など、辻にゆかりのある人々、つまり民間の力でした(今回のフィルムはこの時期の映像になります)。

1968年からは主催者が料亭から辻町自治会となり、より公的な祭に成長し、沖縄県が復帰した1972年以降は、那覇市や市の観光局などが市民全体の祭として支援をし、「泊のハーリー」、「那覇の大綱挽」と並ぶ「那覇の三大祭」に数えられるほどに成長します。

しかし、復帰後にじわじわと町は勢いを無くしていきます。あわせて遊廓の歴史を支援することは、女性蔑視を助長することになるという意見もあり、那覇市の支援は1988年を最後に打ち切られれ、華やかな祭は再び行われなくなります。

2000年になって、辻新思会の主催で「ジュリ馬」は再び復活し、現在まで続いています。現在はパレードはなく、拝所のある料亭松乃下跡にステージを作って、舞踊を中心とした催しが行われています。それでも近年は踊り手が300人も参加するなど、新しい伝統を作るための努力が徐々に実を結んできているところです。

「二十日正月」と「ジュリ馬」は、新しい時代にマッチした形で、これからも変化していくのかも知れません。しかし、次世代を受け継ぐ人々にとって、過去がどのような形であったか、伝統や文化を踏まえていく上でも、今回のフィルムのような記録は、より重要な意味を持ってくることはまちがいないと思います。


デジタル化されていない映像について

これからデジタル化を行おうとしている6分ほどの映像にはどのようなものが映っているのでしょうか。フィルムはビデオと違って、光に透かせばその内容を見ることができます。以下に簡易に抜き出したカットを、いくつか選んで御紹介したいと思います。

簡易のキャプチャーしかできないため、画質の悪い静止画ですが、今回のクラウドファウンディングにより、高画質の動く映像を復元することができるということを期待しながら見ていただけると幸いです。


1)映像はジュリ馬以外の踊りも映し出しています。老若男女が参加する演舞。このような団体がいくつも列をなして街を練り歩いていました。

▲「ジュリ馬フィルム」の一場面(沖縄アーカイブ研究所所蔵)

2)復帰前ということもあり、外国人の観覧も多かったという資料の裏付けにもなりますが、当時のファッションの日米比較という視点でみても楽しめそうです。

▲「ジュリ馬フィルム」の一場面(沖縄アーカイブ研究所所蔵)

3)辻の「二十日正月」はジュリ馬という「沖縄芸能の場」というイメージを覆すようなバー組合の演目。トラックには飲み屋のお姉さんとジャズバンドが乗っています。昭和40年という時代の空気が、祭の演目に溶け込んでいるようです。

▲「ジュリ馬フィルム」の一場面(沖縄アーカイブ研究所所蔵)

4)そして辻の伝統を見守るかのように厳しい視線を投げ掛ける年長者たち。その眼差しと装いに、思わずこの祭が背負う伝統の重みを感じ、身が引き締まります。

▲「ジュリ馬フィルム」の一場面(沖縄アーカイブ研究所所蔵)

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