壺春堂とは、俳人として有名な金子兜太の生家であり、父伊昔紅(本名:元春)の暮らした場所です。兜太・伊昔紅の感性を培った息吹を感じられる部屋、生前交流のあった俳人水原秋桜子や加藤楸邨の短冊・色紙をはじめ、数多くの貴重な資料が残されています。今回はその壺春堂のシンボルとなる扁額制作費用を募集いたします。

プロジェクト本文

はじめに・ご挨拶

皆様はじめまして、一般社団法人「兜太・産土の会」(とうた・うぶすなのかい)理事長の菊池政文です。この度は私たちのページをご覧下さりありがとうございます。

当会は、埼玉県秩父の皆野町に現存する、俳人、金子伊昔紅・兜太親子が起居していた古民家「壺春堂」(こしゅんどう)を以前のように活気ある交流の場となることを目的として、後世に残せるよう活用し続けていくことを目指しています。


皆野町のこと

壺春堂のある皆野町は、埼玉県の北西部に位置する秩父盆地の一角にあります。山々に囲まれ、町の中央には荒川が流れる自然豊かな町です。秩父鉄道「皆野」駅からほど近く、歩いて3、4分の場所に壺春堂はあります。江戸時代に建てられ、約150年以上も町を見守ってきました。


金子 兜太(かねこ とうた)のこと

金子兜太は昭和から平成にかけ、前衛俳句、社会性俳句の旗手として活躍した俳人です。
伝統俳句と異なる自由な作風が魅力の一つであり、兜太自身も野性味があり、大らかで自由な人物でした。

兜太は一九一九年に父元春(俳号:伊昔紅)と母はるの間に生まれました。
二歳から四歳まで父の勤務地である上海で過ごし、高校の進学で水戸へ出る十七歳まで皆野町で暮しました。幼いころから、伊昔紅が開催する俳句会の様子を見たり、庭で練習していた秩父音頭を聞きながら眠りについていました。そんな生活の中で、兜太の体には自然と五七調がしみこんでいきました。

句会で酔って喧嘩をする様子を見て、母は「俳句なんかやるんじゃないよ、あれは喧嘩だからね。」と、いつも兜太に言い聞かせていたといいます。

そんな兜太ですが、旧制高校で出会った先輩の誘いで句会に参加することになり、初めて俳句を詠みました。その後は十九歳で加藤楸邨主宰の「寒雷」に投句し、以来楸邨に師事します。
俳句の虜となった兜太を、母は「与太」と呼んでいました。

百四歳まで生きた母とのエピソードに次のようなものがあります。
亡くなる年の夏、具合があまり良くないと聞き見舞いに訪れた兜太の顔を見るなり、
はるは「与太が来た、与太が来た、ばんざーい」と満面の笑みで言ったそうです。
その時のことを兜太は俳句に残しています。

夏の山国母いてわれを与太と言う

大学を繰り上げ卒業してから日本銀行へ入行しましたが、入行後すぐ海軍中尉として応召、戦地へ赴くことになります。太平洋トラック島での体験が、戦後の生き方の元となります。
戦後は日本銀行へ復職し、退職まで二足のわらじで俳句を作り続けました。


四十代の後半頃、秩父にほど近い熊谷へ越してから、秩父という兜太にとっての産土(うぶすな)を
意識するようになったと言います。生まれ育った土地、産土(うぶすな)はどんな時でもそこにあり、「産土こそが人生を支えてくれる」と、故郷をとても大事にしていました。

この言葉は、私たち兜太・産土の会の名前の由来でもあります。

兜太の俳句には、産土である秩父を詠んだ句もたくさん残っています。

曼珠沙華どれも腹出し秩父の子
兜太が東京の大学時代、休暇で秩父に帰郷した時に作った句

兜太はまた、漂泊の人生を歩んだ小林一茶や山頭火に惹かれた研究家でもありました。

座右の銘は「荒凡夫」(あらぼんぷ)。
小林一茶が六十歳の正月に書いた文章の中に「荒凡夫」という言葉が出てきます。
荒凡夫とは、自由に煩悩のままに生きる平凡な人間のことです。六十歳になった一茶は、自分が煩悩を捨てきれない、どうしようもない平凡な男であることを自覚し、残りの人生を阿弥陀如来に向けて「どうか荒凡夫で生かしてください」と願っています。

自分の愚を自覚した人間は強い。また、本能は欲を生み出すことが多い一方、美しいものをとらえてくれる。本能を押し殺すことなく、荒々しく平凡に生きて、人に迷惑をかけることもない。兜太はそんな一茶の生き方に「一茶の荒凡夫で自分も生きたい」と強く共感しています。

兜太の俳句のように、兜太自身も派閥を作らず、様々な人たちとの自由な交流がありました。
人としても俳人としても、野性的であり、人にやさしく、ユーモアのある人でした。



金子 伊昔紅(かねこ いせきこう)のこと

兜太の父・金子伊昔紅(いせきこう)も開業医をしながら俳人として活動していました。
壺春堂は、伊昔紅が営む医院と住居を兼ねた建物でした。午前は宅診、午後は往診で出かけ、帰宅が深夜になることも少なくなかったと言います。
伊昔紅が、往診の途中で詠んだと思われる句が残っています。

往診の靴の先なる栗拾ふ

当時は医療保険制度もなかったため、診療の報酬を現金ではなく野菜や魚などでいただくこともあったそうです。中には草や木、石などの場合もあり、今でも壺春堂の庭にはその面影を残す様に、色々な草木や石が存在しています。


伊昔紅はまた、秩父音頭を復興した人物でもあります。当時卑俗な歌詞のため禁止されていた秩父音頭の歌詞を公募や自らが書き直し、振り付け等も手直しして再生しました。

俳人としては「馬酔木」(あしび)に所属し、水原秋桜子や石田波郷らと親交がありました。自宅である壺春堂で毎月俳句会を開き、20人を越える中青年が集まりました。みんな昼間は仕事をしながら俳句を詠みました。壺春堂は秋桜子をはじめとする俳人たちが訪れ、交流を深めた場所でもあります。
壺春堂内部は伊昔紅時代のままの状態で保存されています

壺春堂を訪れた様々な文化人の俳句が残る襖紙

今でも皆野町の様々なお店で伊昔紅の句と出会うことができます。町には伊昔紅撰文の記念碑も多数存在します。金子伊昔紅は壺春堂とともに、秩父や皆野の文化を牽引する存在として、地域から愛された人物でした。


壺春堂(こしゅんどう)のこと

「壺春堂」は兜太の父伊昔紅が営む、医院と母屋を兼ねた建物で、築150年以上を経ています。この中には金子兜太の幼少期から青年期の自筆の日記や蔵書など、貴重な資料が多数残されております。

伊昔紅時代の壺春堂を知る先輩方々に取材する中、父親の伊昔紅(いせきこう)、兜太と弟の千侍(せんじ)といった金子家の俳人3名がここに住まい、秩父の文化を牽引していた伊昔紅を慕って何名もの文人墨客、例えば、水原秋桜子、加藤楸邨、石田波郷などが夜な夜な句会と酒宴を催していたと聞き及びます。その「壺春堂」には先人の俳人等の熱狂が生んだ俳句の「言霊」が濃厚にそこ彼処に浸透していると感じます。


これまでの活動

壺春堂の保存改修を目的として、2019年5月に「兜太・産土の会 壺春堂再生・兜太記念館設立プロジェクト」 が発足しました。

改修前の壺春堂外観

改修工事打ち合わせ風景同年においては有志の皆様からの寄付により展示室への受付やコミュニケーションスペースとして使えるカフェ様式への改修工事及びトイレの増設、エントランスの補強工事をすることができました。

改修後の壺春堂外観

改修後の壺春堂コミュニケーションスペース

改修すべき箇所はまだまだございますが、たくさんの方からの支援により、ここまで改修することができました。ホームページにて活動実績の記録を公開しておりますので、ぜひご参照ください。
http://www.koshundo.jp/


「壺春堂扁額制作プロジェクト」のこと

壺春堂には伊昔紅が開業した当時から存在する「一壺春」と書かれた書と扁額が残っています。しかし、本来の名前である「壺春堂」の扁額はありません。

皆さまのお力添えにより、壺春堂をコミュニケーションスペースとして改修することができましたが、場所を作っただけでは人は集まりません。まずは壺春堂を知っていただくことが大切です。交流の場として再生していくにあたり、私たちは本来の名称である「壺春堂」の扁額を作り、建物のシンボルとすることで壺春堂に再び命を吹き込みたいと考えました。扁額は経年による変化を楽しみ、長く残っていくものでもあります。壺春堂も同様に、時の流れに変化しながらも長く持続していくようにとの願いでもあります。

壺春堂開業当時から存在する「一壺春」の扁額

《扁額と書の依頼の経緯》
改修と同時に、産土の会メンバーでは壺春堂の資料や歴史を調べておりました。その調査の中で資料に触れるうち、伊昔紅と兜太、壺春堂には“書”との縁が存在していると感じる様になりました。伊昔紅は文学に精通することで自然と筆を持った人であり、兜太は自分の言葉の表現のため、今の時代でも敢えて筆を選んだ人だと気が付いたのです。

書からは、伊昔紅と兜太の違い、兜太の年齢による書の変化など、俳句とともに人となりや歴史までも感じることができます。壺春堂のシンボルとして魂を持ち、今後何十年にもわたり残っていく「壺春堂」の扁額にとって、書は重要でした。

伊昔紅や兜太の書のこと、壺春堂の歴史など様々な流れを汲んだ「壺春堂」を生み出せる、書と文学の両方に造詣がある方を探したいと思いました。その結果、書道学博士で専門が日本書道史、そして日本文学にも精通している根本知に行きつきました。また、根本氏も金子兜太のファンであったことからこの度の依頼が実現いたしました。制作については、根本氏のご紹介で彫師の「中村美工堂」様にご依頼させていただくことになりました。


《コロナウイルスの影響とクラウドファンディングの立ち上げ》
さあいよいよ扁額制作のために動き出していた時、新型コロナウイルスの事態により世の中が大きく変化してしまいました。有志の方へのお話しもできない状態となってしまい、寄付が当初の予定を大幅に下回る金額となっている状況です。

現在は、書道家の根本知氏の書までは完成している状態ではありますが、それを扁額として完成させることができておりません。この状況の中、どうにか壺春堂を救う手立てはないかという一心で、クラウドファンディングを立ち上げました。

金子兜太や伊昔紅の言霊が残るこの壺春堂の扁額をなんとか完成まで導きたい、そして今後の再生・保管のシンボルとして創り上げたいという目標を達成するため、何卒皆さまのご協力を賜りたく。何卒よろしくお願い申し上げます。



今回ご依頼させていただいた書家の根本知(ねもと さとし)氏からひとこと

『かねてより金子兜太の血の通った俳句、そしてその父である伊昔紅の、文学のみならず書にも向けた純粋な眼差しに惹かれておりました。この度、記念館の扁額をご依頼いただきまして、自分らしい書のなかに兜太のような飾り気のなさ、そして伊昔紅のようなたおやかさを意識して揮毫しました。』

詳しいお話は後日、壺春堂で講演をお願いしておりますので、そちらでお話しいただくことになっております。私達も伊昔紅や兜太の文字を書の観点からお話しいただけるということで、大変楽しみにしております。


図書館のスーツを着た男性

自動的に生成された説明プロフィール

根本 知(ねもと さとし)

1984年生まれ。
埼玉県越谷市出身。
2013年大東文化大学大学院博士課程修了、博士号(書道学)取得。現在、大東文化大学文学部書道学科、放送大学教養学部人間と文化コース、大東文化大学第一高等学校、日本橋三越カルチャーサロンなどで教鞭を執る。

主な著書に『美文字の法則 さっと書く一枚の手紙』(さくら舎)、『光悦―琳派の創始者―』「光悦の書」(共著/宮帯出版)。またTV出演にTV TOKYO「美の巨人たち」「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」などがある。



根本氏の活動
2013年毎日書道会会友昇格(2016年脱退以後、無所属)。2014年文化庁・筑波大学芸術係主催の新進芸術家育成交流作品展「FINE ART/UNIVERSITY」の第一回展に出品。2016年恵比寿「恵松庵」にて初個展。2017年には、時計ブランド「Grand Seiko」リニューアルイメージ作品の揮毫および、その作品が銀座和光のショーウィンドウにて飾られる。2019年ニューヨークにあるSetsugekka East Villageで個展「flow」を開催。また、登録有形文化財の島薗邸(千駄木/2020年)にて作品展示をするなど、近年は「建物と書」を活動の主眼に置いている。

詳細は、こちらをご参照ください。
https://www.nemoto-s.com/


今回ご依頼させていただいた彫師の「中村美工堂」様について

明治30年頃創業。 現在まで一子相伝にて三代目の中村大二郎と息子の武俊が、京都伝統工芸のひとつ神額や仏額、木彫看板の制作・修復及び施工を担っております。

扁額の制作については下記をご参照ください。
http://nakamura-bikou.com/howto/howto.html


資金の使い道

これまでたくさんの方々のお力添えもあり、建物1階の一部を立派に再生することができました。この度ご支援いただいた資金は、大切な壺春堂のシンボルとしての扁額制作費用及び返礼品の制作費用として大切に使わせて頂きます。


実施スケジュール

〜8月31日:クラウドファンディング期間

9月初旬〜:リターン品制作開始

10月〜:順次お渡し、発送開始

11月:扁額落成式イベント開催予定


リターン品のご紹介

返礼品として金子兜太や伊昔紅の書に関するものや、今後も壺春堂を見守っていっていただけるような品物を揃えさせていただきました。 


▼壺春堂ポストカード5種類セット

・兜太の俳句を印刷したポストカード5種類をセットにした返礼品となります。

「おおかみを 龍神と呼ぶ 山の民」
「熊ん蜂 空気につまずき 一回転」
「山峡に 沢蟹の華 微かなり」
「鹿走り 葦は佇む 夏野かな」
「谷に鯉 もみ合う夜の 歓喜かな」


▼兜太俳句クリアファイル2種類セット

金子兜太の俳句を印刷したクリアファイル2種類セットになります。
今回は、おおかみが登場する二つの句を選びました。

「おおかみを 龍神と呼ぶ 山の民」
「おおかみに 蛍が一つ 付いていた」

中に書類を入れると俳句が隠れ、中に何を入れたのか分かりやすい仕様になっています。
前面には今回根本氏に書いていただいた壺春堂のロゴ入りが入ります。


▼壺春堂クリアファイル2種類セット

根本氏が書いた壺春堂の文字をロゴにデザインした、壺春堂オリジナルのクリアファイル2種類セットです。



▼兜太一筆箋 

金子兜太直筆の「俳諧自由」を印刷した、壺春堂オリジナルの一筆箋です。



▼壺春堂一筆箋

根本氏が書いた壺春堂の文字をロゴにデザインした、壺春堂オリジナルの一筆箋です。



▼兜太ショコラ5種類セット

兜太ショコラ5枚セット(※色紙は付きません)皆野町で三代続く菓子匠「亀沢屋」が製作した、兜太ショコラ(5枚セット)です。
みるく、ほわいと、ぶらっく、いちご、まっちゃの5種類の味を楽しめます。



▼壺春堂オリジナル兜太Tシャツ(ポリエステル製)

ご支援者様限定オリジナル兜太Tシャツです。
背中には、「兜太が書いた荒凡夫」、左胸には、「兜太が書いた狼」と「根本氏が書いたKoshundo」の文字が印刷されております。

【素材】ポリエステル
【色】4種類からカラーセレクトできます。(白、黒、ネイビー、ダークグレー)
【サイズ展開】18サイズ

※Tシャツご支援時にご希望のカラーとサイズをお選びください。
ジュニアサイズは100~150、レディースサイズはWM~WL、メンズサイズはSS~7Lの18種類です。



▼壺春堂オリジナルTシャツ(綿製)

ご支援者様限定オリジナル壺春堂Tシャツです。

背中に「根本氏が書いた縦書きの壺春堂」という文字、胸に「根本氏が書いたKoshundo」のロゴが印刷されております。

【素材】綿100%【色】4種類からカラーセレクトできます。(白、黒、ネイビー、サンドカーキ)
【サイズ展開】XS/S/M/L/XL/XXL/XXXL

※Tシャツご支援時にご希望のカラーとサイズをお選びください。



▼壺春堂の宣伝担当である「壺春堂の宣人(せんにん)」名刺2020年度「壺春堂の宣人(せんにん)」として、お名前入りの名刺を100枚お送りいたします。
壺春堂をお知り合いの方々へご紹介いただけましたら嬉しいです。


▼壺春堂キーホルダー

根本氏が書いた書を焼き印にして、木札に焼き印したキーホルダーです。

元美術教師である高橋天を中心に、メンバーが心を込めて手作りしております。

製品にバラツキがございますことをご了承ください。



▼扁額落成式での根本氏による講演の座席券


11月に予定しております、扁額落成式での根本氏の講演を特別席で聴講できる座席券です。

日程が決まり次第ご連絡致します。

こちらの返礼品は座席券1名分となります。

※当日会場までの交通費は実費となりますことをご承知おきください。



▼落成式イベントの様子を保存したDVD

扁額落成式のイベント風景と壺春堂を撮影したDVDとなります。

壺春堂の画像と当日ご参加いただけなかった方にイベントの様子をお届けいたします。

ご希望者にはお名前をエンドロールにお入れいたします。



▼壺春堂1日利用券(貸し切り):1組10~15名程度

改修した壺春堂のコミュニティスペースを1日貸し切りで利用できる券となります。

【最大利用者数】15名
【ご利用可能時間帯】10時から20時まで
【ご利用期間】2020年10月から6ヶ月間 
※下記のお日にちはご利用不可となります。

・貸切予約が入っている日
・年末年始など壺春堂が休業している日

【使用目的】営利活動などは禁止させていただきます。
【ご利用規約】別途ご利用規約がございますので、ご確認ください。



▼スタッフ(壺春堂キャンディーズ)と巡る句碑散歩&吉見屋さんの鰻付き:1組2名様

私達、壺春堂キャンディーズがご案内いたします!
※当日は根本氏は参加いたしませんことをご承知おきください。


1組2名様を想定しております。

当日はメンバーと一緒に皆野町内にある句碑や伊昔紅・兜太のゆかりの地を回ります。
句碑巡り後に吉見屋さんでの鰻お食事券(お二人分)が含まれております。
※吉見屋さんでの飲み物代など追加費用は別途かかりますことをご了承ください。
※当日の集合場所である壺春堂までの交通費は実費となりますことをご承知おきください。

【有効期限】2020年10月から6ヶ月間
【所要時間】3時間~4時間程度
【ツアーコース】モデルプランは用意しておりますが、ご希望によりアレンジすることも可能です。お気兼ねなくご相談ください。




現当主・金子 桃刀(かねこ ももと)氏からの応援コメント

初めまして、伊昔紅の孫で、兜太の甥の金子桃刀です。
現在私は、医師であった祖父元春(伊昔紅)、父千侍(せんじ)の跡を継ぎ、医師として金子医院を営んでおります。壺春堂は金子医院と名称を変更し、建物も裏に移りましたが、壺春堂の建物は築150年を越えて現存しております。伯父の死をきっかけに俳句関係の方々や地域の方々と交流することが増え、祖父である伊昔紅や兜太の偉大さを再認識いたしました。

そこで兜太はもちろんのこと、伊昔紅を感じられる場所である壺春堂を後世に残したいと強く思うようになりました。今までは医業に専念しておりましたが、遅ればせながら私も最近やっと俳句の魅力が少しわかり始めたところでございます。壺春堂のスペースを交流の場とすることで、俳句をお好きな方や俳句の街皆野に少しでも尽力できればと思っております。微力な私一人では何もできませんので、産土の会の皆様やご支援者の皆様のご協力の下、現在も壺春堂の保存のための改修工事やコミュニティスペース作りを行っていただいております。

社団法人となりました産土の会のメンバーの方々をはじめ、皆様のご指導、ご支援を賜り、壺春堂が祖父伊昔紅の行っていたような活気ある交流の場になると嬉しいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。


お世話になった皆さま

改修工事においては、改修工事を指揮した森田千史様をはじめ、改修工事を実行していただいた株式会社岡田工務店様、改修の原資となる寄付を集めるために中心となり尽力してくださった秩父丸通タクシー株式会社の金子理恵子様、千侍先生に仲人をしていただいたことから屋根裏を無償で清掃したいと仰っていただいた株式会社ケミサプライ北埼玉の井上勝様、文化財登録へ向けて壺春堂を調査し、まとめていただきました一級建築士の渡邉義孝様、渡邉様とのご縁により特番の2時間スペシャルとしてテレビ放送もされました。これにより壺春堂が広く認知される機会を与えてくだいましたことに感謝しております。


最後に

皆野町にいらした際には、壺春堂へぜひお越しください。なお、現在改装や内部資料の整理中でございますので事前のご連絡をいただけますと幸いです。
http://www.koshundo.jp/

壺春堂の庭に建てられた句


  • 2020/08/09 09:00

    皆さま、夏の暑さも増してまいりましたが元気でお過ごしでしょうか。すっかりご無沙汰してしまい申し訳ありません。壺春堂では、返礼品の準備を徐々にですが進めております!先日はメンバーの高橋が焼印キーホルダーを制作しました。木材を削り、穴をあけ、焼印、紐通しまで全て手作業でやります。焼印作業の準備万端...

  • 2020/07/23 09:29

    先週17日、国の文化審議会が文部科学相へ登録を答申しました。母屋は歴史的景観に寄与しているだけでなく、文学的価値があるものとしても評価されました。壺春堂はこれまで、本当にたくさんの方々からの支えにより、今日まで残り続けております。その灯を絶やさぬように、また未来へ残していけるよう、引き続き壺春...

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