秘蔵グッズに囲まれジャイアント馬場と触れ合う場所を存続したい

世界の巨人ジャイアント馬場さんが1999年1月31日この世を去り、来年に早くも23回忌を迎えます。妻・元子さんは2019年の没20年をきっかけに飲食店、催事、プロレス興行などを通し「ファンの方々が馬場さんと触れ合える場所をつくりたい」と言っており、没20年に向け様々計画を立てておりました。しかし、残念ながら2018年4月に元子さんは帰らぬ人となりました。

その意志引継ぎ、「馬場家へのご招待」をコンセプトに2020年1月31日にオープンしたのがジャイアント馬場バルです。ところが、オープンした矢先に、新型コロナウィルス感染症が流行り日本をそしてここ新橋も苦しめ始めました。緊急事態宣言により4月から休業し、解除日の5月26日より営業を再開致しましたが、緊急事態宣言が解除されても未だ新橋は閑散し2ヶ月あまりに及んだ自粛が終わっても以前のような賑わいが戻らない状況です。

馬場さんと触れ合える場所を存続させるために、皆様のご理解ご協力を賜りたく存じます。目標金額は馬場に因んで880万円とさせていただきました。ご支援へのリターンとして、生前ジャイアント馬場さんが愛用していた秘蔵コレクションも用意させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします。


明るく楽しく激しいプロレス“馬場イズム”を継承

ジャイアント馬場さんの妻・元子さんは生前、又甥にあたる緒方公俊にジャイアント馬場さんの権利を継承をしておりました。緒方公俊はじめ3人で、元子の生前の願いを叶えるためとジャイアント馬場さんの権利を管理するため、2018年8月に株式会社H.J.T.Productionを設立致しました。会社名のH.J.T.とは、馬場さんが掲げた「明るく楽しく激しいプロレス」を英語にした「Happy. Joy. Tough」の頭文字です。ロゴマークは、ジャイアント馬場さんが獲得したチャンピオンベルトをモチーフにしたものです。

2018年には東急百貨店本店にて催事、2019年には両国国技館にて没20年追善プロレス興行、東急百貨店さっぽろ店、イオンレイクタウン、出身の新潟県三条市にて催事を開催し、馬場さんと触れ合える場所を提供して参りました。そして、その集大成として、21回目の祥月命日である2020年1月31日にジャイアント馬場バルをオープンした次第です。

明るく楽しく激しいプロレス“馬場イズム”を継承し、イベントや馬場バルの運営を行っていきます。皆様のご支援をよろしくお願いいたします。


ジャイアント馬場さんの聖地「馬場バル」

ジャイアント馬場さんは、日本のプロレス界を先導し、そのキャラクターから多くの皆さんに愛された唯一無二の存在です。今尚、その存在感は失うことなく多くのファンが日本全国にいらっしゃいます。もちろん、若い世代の方は、映像でしか見たことがなく伝説となっている存在かもしれません。

そんな皆さんに、ジャイアント馬場さんに触れ合っていただきたいと、馬場バルには「入場時のガウン」「靴」「ネクタイ」「ベルト」など、愛用していたグッズが展示されています。ゴルフ手袋の大きさや32文人間ロケット砲 を繰り出したその靴の大きにも驚いていただけると思います。

また、「ようこそ馬場家の食卓へ」と題し、ジャイアント馬場が愛したメニューを揃えました。店内の全てが「聖地」として、皆さんの心の中に刻まれることと思います。


ジャイアント馬場

本名・馬場正平。1955年、背番号59でジャイアンツに投手として入団。不慮の怪我で野球ができなくなるも、1960年9月30日に日本プロレスデビュー。1972年に全日本プロレスを創設し、代表取締役社長・会長、NWA第一副会長を歴任した。数々の歴史を創り上げるも肝不全のため61歳で生涯に幕を閉じた。生涯通算5759 試合。当時の世界最高峰の王座であるNWA 世界ヘビー級王座3 度獲得。得意技に「空手チョップ」「16 文キック」「脳天唐竹割り」「ランニング・ネックブリーカー・ドロップ」など。身長209cm、体重135kg。


どうぞ、馬場バルにお越しください

<緒方公俊メッセージ>

ジャイアント馬場のことを私にとってとても大きな方だったため、”大きいじいじ”と呼んでいました。一緒に食事に行かせて頂いたことや自宅のベットで睡眠中のところ入り込みプロレスごっこを挑みにいったことなどが未だ鮮明に覚えております。またプロレス会場に行った際に、ウォーミングアップをしているプロレスラージャイアント馬場として表情を見た時に、オーラや恐さなどで近づき辛かったったことも鮮明に覚えております。子供ながらオンオフの切り替えを知った瞬間でもありました。

ジャイアント馬場は私が12歳の小学6年生の時に逝去されました。それから20年後、馬場元子よりジャイアント馬場の権利を継承された時、プレッシャーと嬉しさが入り混じっていました。同時に昔からのファンの方に再び触れ合える場を作ることと、私の同世代や若い世代に"プロレスラージャイアント馬場"と"人間馬場正平"を知って頂く場を作ることが私の使命だと思いました。そのため、ジャイアント馬場バルは元子の思いもありますが、飲食を通し知って頂きという私の思いもありオープン致しました。昔からのファンの方々ももちろんですが、若い世代の方々にも是非"プロレスラージャイアント馬場"と"人間馬場正平"を感じて頂く場としてお越し頂けたら幸いです。

<緒方理咲子メッセージ>

私は中学3年生の時、叔母馬場元子から叔父ジャイアント馬場を紹介されました。ですので、私としてはプロレスラー『ジャイアント馬場』というよりは、叔母の夫である叔父馬場正平という感覚です。人間馬場正平との時間はとても刺激的で学び多く、馬場夫妻が私の人生において一番大きな影響者だと言っても過言ではありません。

馬場正平、プロレスラージャイアント馬場を、ジャイアント馬場バルにお出まし頂きますことで、皆さまにより知って頂き又感じて頂けましたらこんな嬉しいことはありません。2020年1月31日ジャイアント馬場祥月命日に開店させて頂いたジャイアント馬場バルにて、馬場夫妻が愛した美味しいお食事とお酒と共に明るく楽しく激しいお時間をお楽しみ頂けますことを心よりお待ちしております。


ジャイアント馬場を愛し馬場バルを応援してくださっている皆様へ

是非、馬場バルにお越しいただき、ジャイアント馬場さんへの想いを馳せてください。馬場バルで乾杯しましょう。皆様の応援ご支援をどうぞよろしくお願いいたします!

以下の2つの方法でご支援ください。

【1】「馬場バル食事券」で支援

【2】「馬場バルに寄付として全額支援」

クラウドファンディング期間:10月15日(木)~11月30日(月)


リターンのご紹介









資金の使い道

集まった支援金の全ては、必要手数料を差し引き馬場バル継続のための固定費(従業員の賃金と店舗家賃)及び運転資金にさせていただきます。


All-in方式にて行います

本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。


最後に

1999年にジャイアント馬場さんが永眠して20年以上が過ぎても、多くのファンの方々から未だ愛され忘れられない存在であることを本当に嬉しく思います。1960年にプロレスデビューを果たし、日本の高度成長期とともに国民的大スターとしてプロレスを牽引してきたその姿は、多くの方に勇気と希望を与えてきたのだと思います。だからこそ、まだジャイアント馬場さんと触れ合える場所を守っていきたい、その歴史を残していきたいという思いです。

ジャイアント馬場さんへの思い出がある方、どうかお力をお貸しください。ジャイアント馬場さんに思い入れがない方も知らない方も、どうかこの伝説と馬場バルを残させてください。皆様のご支援をどうかよろしくお願い申し上げます。

→ジャイアント馬場バル公式WEBサイト

→ジャイアント馬場メモリアル

→ジャイアント馬場オフィシャル王道ショップ

→ジャイアント馬場バル公式ツイッター

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