このプロジェクトは、発起人・江本孟紀のこの想いから生まれました。

令和2年2月11日に急逝した野村克也さん(享年84歳)。
野球界随一の名監督として、さらには独特なボヤキで球界のみならずお茶の間でも多くの人に愛されました。

しかし野球人・野村克也の原点ともいえる南海ホークスを振り返る展示施設「南海ホークスメモリアルギャラリー」(大阪球場跡地・なんばパークス9階)には彼の功績は残されていません。
このプロジェクトは南海ホークスでバッテリーを組んだ、発起人・江本孟紀の熱い想いを叶えるべく、立ち上がりました。

来年の2月14日にみんなで「おかえり!ノムさん」と言えるように、皆様方のご支援を宜しくお願い致します。

発起人 江本孟紀より 
「私が長い間野球をやってきたなかで、南海ホークスに入って野村さんに出会ったことは大きな思い出です。ヤクルトや阪神、楽天の監督の時代もありましたが、選手・野村は王、長嶋と並び、日本球界を代表する大打者の一人。そしてプレーヤーとして実績を残したのは南海ホークスです。

その後、なんばパークスの中に、南海ホークスメモリアルギャラリーが出来ましたが、そのなかに野村さんの姿がない。いろいろな問題があったわけですが、ここへきて野村さんの名前を残すべきだという強い想いが生まれてきました。

みんなでプロジェクトを組んで、クラウドファンディングという形で、大勢の人に参加して貰いながら、「大阪球場があった“なんば”の、“なんばパークス”の、“南海ホークスメモリアルギャラリー”の中に野村さんが入って歴史をつないでいく」ということが実現したら本当にすばらしいんじゃないかなと。

野村克也の名は野球界のためにも、そしてときどき南海ホークスを思い出してくれるファンのためにも絶対残すべきです。このプロジェクトを実現するために、皆様方のご協力をお願いします。」


月見草よ、永遠に―。

「知恵と努力で切り開いてきた野球人生だった」。野村克也さんは、1935(昭和10)年6月29日、日本海に面する京都府網野町(京丹後市)に生まれました。病弱の母、3歳上の兄との暮らしは苦しく、早朝の新聞配達や子守り、アイスキャンディー売りなどで家計を支えたとのことです。「母親を楽にさせたい」との思いから歌手や映画俳優に憧れた野村少年でしたが、彼を輝かせたのは誰よりも遠くへ打球を飛ばす抜群の運動神経でした。
中学卒業後は、働いてほしいと願う母を兄が説得し、峰山高に進学。ところが野球部は部員不足で廃部寸前。公式戦はわずか1勝しかできませんでした。それでも1954年、テスト生として南海ホークス(現ソフトバンクホークス)に入団、プロ野球界に飛び込みました。

入団後は3年目に定位置を獲得し、4年目で本塁打王に輝くと強打の捕手として活躍。1965年には戦後初の三冠王に輝きました。1970年に兼任監督となり、1973年にリーグ優勝を果たしました。江本孟紀、山内新一、松原明夫など、軸になった投手はいずれもトレードでの入団。選手をやりくりして戦う「野村再生工場」の萌芽は、当時から表れていたといえるでしょう。その後、「生涯一捕手」を貫いてロッテ、西武と渡り歩き1980年に45歳で引退しました。

 ノムさんの代名詞ともいえる「考える野球」のきっかけは、苦手だったカーブを克服するために投手の配球を学んだこと。その後、ストライクゾーンを9分割した「野村スコープ」を考案。シンキングベースボールは「ID野球」に名を変えプロ野球界に革命を起こすとともに、サンケイスポーツでの53年に及ぶ評論活動などで野球を「言語化」した先駆者になりました。


ヤンキース・田中将大をはじめ、ノムさんが育て上げた名選手は数知れず。2020年は阪神・矢野燿大監督をはじめ、ヤクルト・高津臣吾、中日・与田剛、西武・辻発彦、楽天・三木肇、日本ハム・栗山英樹の6監督に加え、日本代表・稲葉篤紀監督が教え子にあたるなど、人を育てたのも野球人・野村克也の功績。「ノムラの考え」で育った教え子たちが、現在国内外のプロ野球を支えていると言っても過言ではありません。

月見草は土に還る。豊かな野球理論の土壌から芽を出す花たちは、未来永劫(えいごう)に咲き誇り続けることでしょう。(週刊Gallop臨時増刊 「追悼 野村克也」より抜粋)

野村 克也(のむら かつや)

1935年6月29日 京都府網野町(現:京丹後市)で誕生
1954年 テスト生で南海(現:ソフトバンク)に入団
1956年6月17日 西鉄戦(大阪)に代打でプロ初出場
1957年 初の本塁打王(30本)
1963年 プロ野球シーズン最多記録(当時)の52本塁打
1965年 戦後初の三冠王を獲得
1969年11月5日 捕手兼任監督に就任
1972年9月28日 阪急戦(西京極)で史上初の550号
1973年10月24日 監督として初のリーグ優勝
1977年9月28日 南海ホークス退団 
1978年 ロッテへ移籍
1979年 西武へ移籍
1980年8月1日 南海戦で史上初の通算3000試合出場    
1980年11月15日 45歳で現役引退を表明
1989年 野球殿堂入り
1989年10月19日 ヤクルトの監督に就任
1992年10月10日 セ・リーグ初優勝
1993年11月1日 西武を破り、監督として初の日本一
1998年10月25日 阪神の監督に就任
2002年 社会人シダックスの監督兼ゼネラルマネージャーに就任
2005年11月 楽天の監督に就任
2009年10月24日 楽天の監督を退任。名誉監督に就任
2020年2月11日 虚血性心不全のため、84歳で死去

記録アラカルト

★選手成績

通算3017試合、打率.277、2901安打、657本塁打、1988打点、三冠王:1度、MVP:5度、本塁打王:9度、打点王:7度、首位打者:1度、ベストナイン:19度

★監督成績

通算3204試合、1565勝1563敗76分け、勝率.5003、リーグ優勝:5度(南海1、ヤクルト4)、日本一:3度(ヤクルト3)

南海ホークスメモリアルギャラリー とは

複合施設・なんばパークスの最上階9階、緑豊かなパークスガーデンの一角に「南海
ホークスメモリアルギャラリー」はあります。
営業時間は10:00~21:00 。入場は無料です。

なんばパークスはかつて大阪球場でした。 その大阪球場を本拠地に活躍した球団
「南海ホークス」の50年の歴史を振り返る特別ギャラリーとして、功績を伝える貴重なアイテムなどを展示しています。

日本一2回、リーグ優勝12回という偉大な記録を残した南海ホークスの栄光が、記憶
とともに蘇る施設となっております。

現在の「南海ホークスメモリアルギャラリー」には、

①南海ホークス日本一にまつわる記念品や名将・鶴岡一人監督のスタジアムジャンパーなど展示
②南海ホークスの栄光の歴史とその歴史を彩った名選手たちを紹介するパネル展示
③VTRの展示

など南海ホークスを身近に感じられる施設になっておりました。

今回ノムさんの遺品を残すために、
①パネルを一新し野村克也氏の名前を残す
②ガラスケースを追加し南海時代の野村氏を偲ぶ展示物を飾る
③館内で放映するVTRも新たに制作します

ノムさんファンはもちろん、往年のファンも栄光の南海ホークスを実感できるような施設にすることを目的としております。


支援いただいた支援金はギャラリーにノムさんの展示場所を作る、返礼品などの制作費、事務局運営費、さらには完成する2月14日(日)にお披露目式など式典・イベントも実施したいと考えております。


皆様方のご支援で「南海ホークスメモリアルギャラリーにノムさんの名前を刻む」ために応援お願いします。


スケジュール
2020年11月11日(水)クラウドファンディングスタート
2021年1月11日(月・祝)クラウドファンディング終了
2021年2月14日(日) 南海ホークスメモリアルギャラリー改装・記念式典等実施
2021年3月上旬 返礼品発送

資金の使い道
 式典運営費
 ギャラリー改装費
 返礼品制作費
 ポスターチラシ等の販促費
 クラウドファンディング手数料

おかえり!ノムさんプロジェクトは、野村克也氏の名前を残すことはもちろん、現在はソフトバンクホークスへ引き継がれた南海ホークスの歴史を多くの人に知って貰うことも目的としております。

今回の返礼品はこのプロジェクトへの応援を形にすることはもちろん、往年の南海ホークスファンやプロ野球ファンにも支援頂けるような返礼品を実行委員会内で考えました。



ご子息、野村克則氏からメッセージをいただきました。

南海ホークス、大阪球場があったからこそ、父は名捕手、名将となりました。

「南海ホークスメモリアルギャラリー」がリニューアルされる

にあたり、父の功績が大阪球場の跡地に刻まれるということ

を大変うれしく思います。

ご尽力いただきました江本さん、このたびは誠にありがとうございました。

野村克則(東北楽天ゴールデンイーグルス一軍作戦コーチ)









最後に
「おかえり!ノムさんプロジェクト」概要を最後までご覧頂き誠にありがとうございます。
このプロジェクトの開始に至るまで何十回もの会議を重ね、多くの人に出会い、プロジェクトの趣旨とご協力依頼のお話をさせて頂きました。野村克也氏の故郷、京都府京丹後市に伺うこともありました。そのなかで出会う人すべてが、野村克也氏、江本孟紀氏、南海ホークス、プロ野球を愛する方々でした。

プロジェクト会議の序盤は各々が思い思いのことを話し、非常に楽しい時間を過ごすことができました。実施1~2か月前には、大きくなったプロジェクトを動かすことへのプレッシャーやそれぞれの想いをどう実現するかについて、皆で悩むことも多くなりました。

それでもやはり、当初の目的であるギャラリーの改装を果たし、「おかえり!ノムさん」と言えることを目指し、スタッフ一同頑張ってまいりました。このページをご覧頂いた皆様は、きっとノムさんを、南海ホークスを、プロ野球を愛している方々に違いないでしょう。
野村克也氏が逝去されて、1年が経った2月14日に、かつて大阪球場が在ったなんばパークスの地で、「おかえり!ノムさん」と天に向かい大きな声で言えるように、皆様方の支援を何卒宜しくお願いします。

問い合わせ先:
おかえり!ノムさん 大阪球場(なんばパークス)に。実行委員会

問い合わせ事務局:℡06-6191-6109(平日10時~17時)
メールアドレス:okaeri.nomusan@gmail.com
ページ制作サポート:株式会社パーシヴァル

Q:返礼品はいつ届きますか?
A:返礼品により前後しますが、2月下旬以降に発送を開始し、遅くても3月末までにはお手元に届くよう手配予定です。

Q:返礼品の変更・キャンセルはできますか?
A: このプロジェクトは目標金額の達成有無にかかわらず、支援をした時点で申し込みが確定し、その後の変更、キャンセルはできませんのでご注意ください。

Q: 返礼品の複数購入はできますか?
A:限定数が設定されていないリターンは数量を選択して支援することが可能です。
リターン選択ページで、下記画像にある「数量」から数量を指定して決済を行ってください。
※ 複数量指定した場合、使える決済方法はクレジットカード決済のみとなります。
※ 限定数を設定されているリターンは一口ずつ支援いただけますようお願いいたします。

Q:2021年2月14日の式典に参加できるか?
A:ギャラリー周辺で開催予定ですが、密を避けるため規制をもうけるので、一般の方はご覧になることができない場合があります。トークショーはクローズされた場所で行うため、ぜひ返礼品としてご支援いただければ必ずご覧できます。

※新型コロナウイルスの感染状況により、リモートまたは中止になる可能性もあります。

Q:なんばパークス行ったら返礼品見れる?
A:申し訳ございません、返礼品はご覧いただけません。

Q:ノムさんの写真などはもう飾ってる?
A:2021年2月14日の式典後からご覧いただけます。

【注意事項 / お問い合わせ】

・クラウドファンディングでのご支援は、寄附控除にはなりませんのでご注意ください。

・支援完了時に「応援コメント」としていただいたメッセージは、本プロジェクトの支援獲得のPRのために利用させていただく場合があります。

・返礼品につきましては制限個数の追加、新たなコースの追加の可能性がございます。また、既にご支援いただいたコースから別のコースに変更することはできませんので、ご了承ください。

・支援時に質問項目をいただいた場合の回答は支援確定後、変更できません。

・CAMPFIREふるさと納税以外のプロジェクトに支援する場合、システム利用の対価として支援1回毎に220円(税込)がかかります。予めご了承ください。

  • 2020/11/18 19:30

    先週の11月11日11時のプロジェクトスタートから今日で1週間を迎えることができました。順調なスタートはノムさんを、南海ホークスを、野球を愛する支援者の皆様方のお力のおかげだと心より感謝しております。来年1月11日のクラウドファンディング終了まで、実行委員会メンバーも精一杯頑張ってまいる所存で...

  • 2020/11/17 10:00

    支援者ならびに当プロジェクト紹介ページをご覧の皆様、おはようございます。11日11時のスタートから、皆様のご支援のおかげで順調にプロジェクトを進行させて頂いております。コメント欄にたくさんのお声も頂戴し本当にありがとうございます。さて、ここで返礼品に関するご報告とお願いを記させて頂きます。<返...

  • 2020/11/11 19:00

    皆様、はじめまして。「おかえり!ノムさん 大阪球場(なんばパークス)。」実行委員会広報担当です。今後こちらから進捗状況などを発信させていただきますのでよろしくお願いいたします。本日11月11日11時にプロジェクトを公開してから、多くの方々にご支援をいただき本当に感謝しております。初日(18時4...

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