はじめに

はじめまして。落語家の橘家文太です。

東京の落語家として初めて福岡県北九州市に活動拠点を移した、一般社団法人落語協会所属の「北九州住みます芸人」です。

九州初の寄席を北九州につくりたい!

それが私の夢です。


寄席(よせ)とは

落語・講談・浪曲・漫才などの伝統芸能を観客に見せる興行小屋である。歴史が長く、今もおなじみの色物演目には、音曲・物まね・太神楽・曲独楽・手品・紙切り・漫談・腹話術などがあります。

落語家にとって寄席が修行の場であり、芸を磨く唯一無二の舞台です。

新宿末広亭

しかし、九州には寄席がひとつもありません。「無いならつくってしまえ!」と思いついたのが、今回の「落語car」です。


落語carとは

トラックの荷台の床を畳張りにして、その上に舞台を立て、舞台後方には襖をつけます。そして天井から壁にいたるまで、寄席の雰囲気を再現します。音響、照明、楽屋、エアコン完備。トラックの荷台の箱に寄席の全てを詰め込みます。


なぜ「落語car」をつくるのか

①北九州全域に落語の文化を広めたい。

北九州は東京や大阪のように寄席がないので、落語の文化が根付いていません。生の落語を見た事がない人がほとんどなのです。


②三密を防げる。

コロナウイルスによって、寄席やホール落語、コンサート、映画館などに安心して足を運べなくなりました。以前のように、客席で隣に人が座っている状態で演芸を見ていた時代が戻ってくるのかもわかりません。落語car」は屋外での落語会なので三密を防いで安全に演芸を楽しむ事ができます。出前感覚で呼べるので会場に足を運ぶ必要もないのです。


③これまで誰もやっていない事に挑戦したい!

世界初のプロジェクトです。


「落語car」で行いたいこと

・道の駅や祭り会場などのイベントブース

・老人ホームや学校など屋外での落語会

・被災地に笑いを届ける


これまでの活動

私は北九州で生まれ育ち、落語とは全く無縁の不良少年でした。20歳で“あの成人式”を終えた後に初めて将来の事を考え、そこで思いついたのが「東京に出てビッグになる」という、お前は矢沢永吉か!と言いたくなるような安直な考え。3年間お金を貯めて23歳で上京したが、東京には知り合いもいないし、中卒で学歴も無い。当然良い仕事も見つからず、キャバクラのボーイとして働く毎日。そして東京にも中々馴染めない。もうね「全然思ってたのとちがーう!」ですよ。そんな時ですかね、新宿末広亭の前を通り掛かったのは。新宿の街中に急に江戸時代にタイムスリップしたかのような古い木造の建物が現れて、その醸し出す異様な雰囲気に好奇心をくすぐられ、受付の人に「ここ何やってんですか?」って聞いたら「落語やってんですよ」と。その時、落語知識ゼロの私は「落語…?あっ!笑点か!」と思って中に入ってみたんです。なのに舞台の上には座布団が一枚しかなく「え?笑点じゃないの?」と思ってたら、三味線の音楽と共に死にかけのじいさんが出てきて座布団の上にちょこんと座り、何かボソボソ喋り始める。その内に段々客席が湧いてきて最後は大爆笑っていうのを目の当たりにした。完全にカルチャーショックで「何だこれは。落語ってすげぇな。」と。その死にかけのじいさんが誰かといいますと「ガーコン」で有名な川柳川柳師匠。その後に出てきたのが後に私の師匠となる橘家文蔵です。うちの師匠はコワモテで最近では「落語界のあおり運転」なんて言われてるんですが、初めて見た時に「北九州の人出てきたー!」と思いましたね。東京の小岩出身なので北九州の人ではないんですが。見た目がね。「この人は信頼できる」という直感と落語への好奇心で弟子入り。前座修業が始まりました。修業中1日も休みなく師匠の家に通い、寄席の裏方として働き、沢山の事を学びました。上京して初めて自分の居場所が出来て嬉しかった。5年半の修業を経て去年の2月に前座から二ツ目という身分に昇進。その初日、、師匠から驚きの提案があった「北九州で活動してみないか」と。落語家というものは東京または大阪の寄席に出て活動するのが当たり前。それを寄席も無い、落語の文化が浸透していない北九州に住んで活動するなんて前代未聞である。ただ、これまで誰もやっていない事に挑戦するのは楽しみだ。それに私は地元愛が強い。悩んだ末に東京の家を引き払い地元で活動する事にした。「東京に出てビッグになる」と地元を離れて早10年、まさか自分が落語家として北九州に帰ってくるとは思いもしませんでした。



応援メッセージ

撮影:橘蓮二

この度、弟子の文太が高座・座布団・それと着物等を荷台に積み込み自らハンドルを握り全国を駆け巡る「落語トラック野郎」になりました。全く無謀な行動とは思われますが若い内にしか出来ない行為には違いありません。行く先々土地の方々のお慈悲・人情に触れながら新たな芸道を安全運転で邁進すると信じております。

応援の程宜しくお願い致します。

おい!文太!

居眠り、酒気帯び、ひき逃げだけはするんじゃないぞ!

三代目 橘家文蔵



橘家文太が拠点を北九州に移したのは、東京落語界にとって痛恨です。あの瑞々しくて骨太な芸を、生で感じる事が難しくなってしまったのですから。

橘家文太が拠点を北九州に移したのは、北九州の落語ファンにとって喜びです。まだ青くも伸び盛りの勢いよい芸を、いつでも堪能できるのですから。

さぁ文太!トラック高座で九州中を回れ!君の行く道は洋々たる前途なのだから!

柳家喬太郎



落語car誕生!

凄い!

落語家とは、師匠に見守られながら、また突き放されながら、コツコツと芸を磨いていくものです。

橘家文太さんは

前座修行が終わると共に、師匠からかなり遠くまで突き放されました。

どれくらい遠くまでかと言うと……

そう、東京から自分の故郷の九州までです、

師匠の元を離れ自分の力で活動してきなさいと言う事なんでしょうが、不安で一杯のことだと思います。

1人でなんとかしようと必死に動いておりますおります!

皆さん応援してあげてくださーい!

よろしくお願いします。

林家きく麿



撮影:KITCEN MINORU北九州でヤンチャをしていた文太さんが、東京で修業をし、この度地元に帰りまた何かを企んでいるようです。

どうやら悪事ではないようです。私が保証します。

皆さんを笑顔にするために、また自分の芸を磨くためのことでしょう。

どうか皆さん、ご協力よろしくお願い致します。

春風亭一之輔



橘家文太さん、

東京においても、変わった経歴と端正な高座で、今後が期待されている二つ目さんです。

そんな文太さんが地元北九州に住んで活動するという、落語界はじまって以来の大実験!今後どういう存在になるのか、ワクワクしています!

落語をやるとだれでも明るくなる太陽のような存在で、朝日ソーラーいらずの文太さんです!

米粒写経 サンキュータツオ


いずれ何かやらかす男だとは睨んでいたが見事にやりやがった。これで名実ともに落語版リアル『トラック野郎』として御意見無用の流れ旅、いいねえ。あとは映画の文太の代表作もうひとつ、『仁義なき戦い』にならって『祝儀なき戦い』を乗り越えろ!落語の一番星めざしての武運長久を祈る。

米粒写経 居島一平



実施スケジュール

2021年4月上旬:製作開始

2021年4月下旬:完成予定

2021年5月上旬:高見神社で落語carのお祓い&落語会を開催予定


資金の使い道

落語car製作費:400万円

落語car活動費:50万円

リターンを含む事務局諸経費:45万円

クラウドファンディング手数料:55万円


最後に

今回頂いたご支援は、落語carの製作費用に充てさせていただきます。

落語に興味のある方、北九州が大好きな人達と出会いたい。そんな思いで、クラウドファンディングへの挑戦を決めました。

ここまで読み進めてくださった皆さん!北九州の未来のために、橘家文太に清き一票をよろしくお願い致します!



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