はじめまして
瀬戸本業窯 です
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瀬戸本業窯
水野 雄介

江戸後期創業。愛知県瀬戸市の窯元「瀬戸本業窯」八代目・半次郎後継。代々「水野半次郎」の名を受け継ぎ、昔ながらの分業制を守りながら実用的なうつわを作り続けている。地元の土を使い、自ら作る釉薬・文様などは多岐にわたり、主に黄瀬戸・馬の目・麦藁手・三彩などが代表的。1961年六代半次郎が柳宗悦の民藝思想に感銘し、師バーナード・リーチ、濱田庄司の指導により瀬戸本業の仕事に新たな認識と確信を得る。2003年 父である七代目・半次郎に師事し、八代後継として「暮らしとともにある手仕事」を大切にしながら作陶に励んでいる。

はじめまして。
やきものの産地、愛知県瀬戸市にある窯元「瀬戸本業窯」八代目・水野半次郎を継ぐ、水野雄介です。
今回、「瀬戸・ものづくりと暮らしのミュージアム」(瀬戸民藝館)の開館をめざし、初めてクラウドファンディングに挑戦します。
まずは私たちがどんな街にある、どんな窯元なのか、ご紹介いたします。

私たちが工房を構える愛知県瀬戸市は、「せともの」という言葉の由来にもなった、日本で最も古くから、やきものの表面にガラス状の釉薬(ゆうやく)を掛けたやきものを本格的に製品にした土地です。
中世から現在まで続く日本の代表的な6つの産地「日本六古窯」のひとつで、文化庁による日本遺産にも認定されています。市内にはやきものづくりが盛んなエリアが4か所あり、私たちが活動するのはそのなかのひとつ「洞(ほら)地区」です。

江戸時代後期に薪を燃料とする登り窯(のぼりがま)が建ち並び、陶器をつくる窯と工房の一帯を総称して「本業窯」と呼び、暮らしに必要な壺、甕(かめ)、鉢、皿をつくり続けていました(瀬戸では古くから、陶器を「本業」、磁器を「新製」と呼んできました)。
私たちの工房の名前は、それらから由来しています。

昔ながらの製法でつくる伝統的な器。

私たちの手がける代表的なやきものは、日常の器である「石皿(いしざら)」「馬の目皿(うまのめざら)」「麦藁手(むぎわらで)」、灯りをともす「行灯皿(あんどんざら)」です。

江戸後期につくられた馬の目皿。

これらが盛んにつくられていた江戸時代の製法をベースにして、登り窯がガス窯に変わった以外は、ほぼ昔のままのやり方で、ひとつ一つ手仕事でつくっています。

釉薬場。市内で採れる赤松などの木を灰にして釉薬をつくる。

第二次世界大戦後の祖父の時代に日本経済はおおきく発展し、ものづくりの現場では効率や利益を求め機械化が進み、本業窯にとっては苦しい時期でもありました。

左からバーナード・リーチ、濱田庄司、祖父の六代目水野半次郎。

しかし、名もなき職人による手仕事の美しき日用品に光を当てた「民藝運動」の中心人物である思想家の柳宗悦、陶芸家の濱田庄司とバーナード・リーチが、この頃、本業窯にも訪れて私たちの仕事を高く評価いただき、それが私たちの大きな励みとなりました。

今回、私たちは築70年の資料館を改装し、瀬戸のやきもの文化の保存、伝承、活用、発信、体験を目的とする複合施設の開館をめざしています。

工房の隣にある資料館。この建物の1・2階を大きく改装します。

外観のイメージ。

瀬戸のものづくりには、さまざまなものがあります。
時代に合わせ、求められるやきものをつくってきた結果、現在でも、和洋食器はもちろん、置物、ノベルティ、建築陶材、碍子、ファインセラミックスがあり、やきものをすべて網羅した総合百貨店のような土地柄です。

現在の資料館の様子。

そんななか、私たちは歴史を振り返りながら、本業窯が誕生する江戸時代、あるいはそれ以前から続く、瀬戸のものづくりの原点に近い仕事を続けてきました。

私たちの役割は、先人達より受け継がれてきたものづくりの文化と合わせ、人をつなぎ、その背景にあるうつわと共にあった瀬戸の「暮らし」を伝えていくことだと考えています。新しいミュージアムはそれらを体現できる場所にしていきます。

現在、来年のオープンに向けて準備を進めています。
まだ変更する可能性はありますが、館内に入ってすぐのスペースには、これまで別棟にあったギャラリーショップを移転し、買物エリアとします。その先から有料の展示コーナーとなり、大きな鉢から小さな皿に至るさまざまなやきものが並ぶ予定です。

1階の売り場パース。

1階・展示スペースのパース。フロア中央には新たに階段を新設予定。

貯蔵するための壺や甕(かめ)、調理のための大鉢や摺り鉢(すりばち)、そして料理を盛る石皿(いしざら)や馬の目皿、灯りをつける灯明皿(あんどんざら)など、この地域でつくられ日本各地に広まり使われた暮らしを支えたやきものです。

これまで倉庫として使っていた2階は、うつわのある暮らしの一例の展示とワークショップなどの多目的空間として利用する予定です。本業窯の器は「民藝」のひとつですが、それだけで完結できる話ではありません。全国の土地土地には、漆器、木工、染め織り、ガラスなど、暮らしや生活に根づいた工芸品があります。それらを暮らしの中にどう取り入れていくかを伝えるための場にしたいと考えています。

イベントとして、料理や金継ぎのワークショップや、ほかの産地の人に来ていただき、その土地や工芸品を紹介していただくことなどを考えています。

登り窯の隣りには、私たちが働いている工房があります。ものづくりをしている現場の雰囲気を感じていただけるように、その境界線と導線づくりを進めています。釉薬をつくる場所は、実際にご覧いただける予定です。工房の中にはカメラを設置して、リアルタイムの動画を外から見ていただく仕組みも検討しています。

美術館や博物館とはちがい、実際のものづくりの様子を見ていただくことで、つくり手と鑑賞者の距離感を詰められるようにしたいと願っています。

また、瀬戸市の指定文化財でもある「登り窯」をご覧になれます。私が生まれた1979年までは、薪を燃料とするこの窯を使っていました。以後、灯油燃料の窯を経て、現在のガス窯へと変わっています。現在は、この登り窯を40年ぶりに焚くことや新たに築窯するプロジェクトも動きはじめています。

瀬戸市の文化財にも指定されている登り窯。
大量に置かれている板や柱は、焼成の時にやきものを焼く棚として使われた窯道具。

民藝館を開きたい。
これは、現在の資料館をつくった祖父の成し得なかった壮大な夢でした。瀬戸のやきものはもちろん、日本各地の工芸品を愛した祖父の強い思いでした。

あれから時が経ち、実際に動くきっかけとなったのは、もう20年ほど前のこと。はじめは建物の老朽化問題でした。七代目・半次郎である父、そして母から、屋根の老朽化により水が漏れるという悩みを聞き、工事費の見積もりをとったところ、数百万円かかるとのこと。ただ水漏れを直すだけのために、大金を費やすことをためらい、足踏み状態になっていました。

左から七代目・水野半次郎(父)、水野みち子(母)、私、水野真里(妻) 、前田良美(妹)。

また別の悩みとして、観光客の対応が出てきました。
瀬戸市の観光名所となった「窯垣の小径(かまがきのこみち)」には、昨年のコロナ禍の時期を除き、通常、1年間で1万人近い観光客が訪れています。その多くは私たちの工房にも足を伸ばしてくださいます。

ものづくりの現場を見たい、というお客さまの想いを肌で感じてきました。せっかく興味を持ってくださった方に、私たちのうつわだけでなく、瀬戸ややきものの歴史をお伝えしたいという半ば使命感から、祖父の代から応対してまいりました。

左が雨漏り。右は老朽化した瓦。

女性の職人が多い工房内の様子。しかし、ここは個人のいち窯元です。年間2万個から2万5000個のやきものを、粘土や釉薬にはじまるすべてを、従業員8名で手仕事でつくっています。
手間のかかる作業に追われるなか、観光客の方々を案内をするための人を雇うほどの余裕はなく、来ていただくことが残念ながら大きな負担に感じるまでに追い込まれてきてしまいました。

瀬戸をものづくりの発信地にしたいという夢の裏には、こうした事情もあります。
もちろん一番の動機は、祖父から続く、瀬戸のものづくり、やきものの魅力を、つくり手の目線からお伝えしたいことです。

約400m続く「窯垣の小径」。
写真右手が登り窯での焼成で使われた板や棚を組み合わせてできた“窯垣”。
これまで片手間でご案内するなかでは、江戸時代のうつわも気付かれないままお帰りになった方も多いでしょう。訪問いただいた方には、このあたりで何がつくられていたのか、そしてどう使われていたのかの一端をご覧いただけると同時に、私たちは本来の仕事である、ものづくりに力を注ぐことができます。

このミュージアムの入館料収入は、案内スタッフの経費や今後も続く建物の維持費用として、活用したいと考えています。

・改装費の一部
・返礼品代
・キャンプファイヤー手数料(10%)

などを考えています。 

クラウドファンディングを利用してミュージアムを立ち上げることは、全国27か所にある民藝館としては、初めての挑戦になります。

無名性を大切にする民藝の思想を範としながら、こうして自分たちを知ってもらおうとすることには異和感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、売り方や伝え方は時代によって変化していきます。大切な部分は忘れぬよう肝に命じながら、時代と共に意識と手法を更新・アップデートすることは、大事なことだとも感じています。

およそ30年前、私の両親が工房にギャラリーを併設し、直売をはじめました。その当時は問屋を通しての販売が当たり前で、直売は珍しいことでした。

今度は私が、新たな取り組みとして、ものづくりの視点から瀬戸のやきものののことも伝えていきたい。訪れてくださった方にご覧いただく場が今回ようやく誕生します。

ものづくりの視点から瀬戸のやきものを伝えられる場所は、多くはありません。やきもの=せとものと呼ぶように、日本のやきものの代名詞であり続けた瀬戸。瀬戸の魅力を再認識していただけるような、小さくも新しい試みのミュージアムをめざします。


所在地
〒489-0847 愛知県瀬戸市東町1-6
名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅から約2km



大変ありがたいことに、長年お世話になっているみなさんから、「瀬戸本業窯」への応援コメントをいただいております。活動報告で詳細をお伝えさせていただきます。

◆杉山享司(すぎやま・たかし)さん【「日本民藝館」学芸部長】
◆野崎 潤(のざき・じゅん)さん【「たくみ」 代表取締役】
◆池田素民(いけだ・もとたみ)さん【「松本民芸家具」常務取締役】
◆セバスチャン高木(セバスチャン・たかぎ)さん【『和樂』web(小学館)編集長】
◆神藤秀人(しんどう・ひでと)さん【『D&DEPARTMENT PROJECT d design travel』編集長/Junge Design 代表】

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