<はじめに:映画制作責任者よりご挨拶>
時代の記憶を次代へつなぐ 愛があれば大丈夫 …
初めまして、大山雅義と申します。
私は映画・テレビなどの映像製作に関わり、NHKをはじめ各民放局でカメラを皮切りに、演出・プロデュースに携わっております。
以前秋田を訪れた折、図書館の表庭に佇む「秋田の赤い靴像」に出会い、その背景となった実話のことを知って心を動かされ、本企画を立ち上げました。
この銅像は平成6年(1994年)にこの物語に心を打たれた秋田県婦人会館(現秋田県女性会館)の努力により立てられました。多くの話題と共感を呼んだこの物語も三十数年の時を経た今、その記憶は地元秋田においても希薄なものとなっています。
この大切な記憶を風化させてはならない! 映画を以ってより多くの人々に観て頂く機会を提供し、末永くこの実話に触れていただけるようにしたい! との思いから、制作委員会を組織し、この物語の映画制作をスタートさせました。
今、コロナウイルスが世界をむしばみ、世界各地で紛争が起こり、自然災害も頻発しております。そんな先の見えない時代だからこそ、人間愛・家族愛に満ちたこの物語を多くの人に届けたいと思います。
これまでも全国の人々から暖かいご支援を頂いて参りました。しかし、新型コロナウイルスの感染禍に伴う度重なるロケの延期、その分当初の資金が目減り、ロケは終わりましたが、まだ上映までに編集・アフレコ・音楽効果などの制作作業費、上映準備に係る各種費用等、資金を必要としております。参加頂いている制作委員会の方々にはボランティアで日々活動して頂いている現状です。どうぞ貴方様の温かいご支援をお願い致します。そして、私達と共にこの映画に携わってください。
宜しくお願いいたします。
「運命とは命を運ぶと書く」
「運命とは命を運ぶと書く」。主人公ハツの最後の言葉です。ハツはタンポポの綿毛に自身を重ね、懸命に根を張る努力をし、命の花(タンポポの花)を咲かせたと実感しました。
この物語は、明治20年秋田県の小さな町で起きた「継子殺し」という事件を元にかきました。刑務所で生まれたハツ、ハツを引き取った若き宣教師ミス・ハリソン、二人を取り巻く人々の精神的な豊かさ、優しさに溢れた作品だと自負しております。
SNSやnetで、人とつながっていると思わされている多くのひとに、是非とも見てもらいたい。
技術スタッフや俳優陣の頑張りのおかげで、コロナで中断しながらも、なんとかクランクアップまでこぎつけました。あとは仕上げて公開するだけです。
この映画に命の花を、皆様の力で咲かせてください。よろしくお願いいたします。
<制作委員会 サポート委員より>
映画の仕事に企画段階から携わるのは初めてのことですが、仕事柄もあり、大山PよりPR面における販促媒体などの企画と制作を軸とする周辺事項の総合サポートを仰せつかりました。
この映画には二つのPRアプローチポイントがあります。
一つは、秋田という地域に住む人及び秋田に興味や思い入れのある人にお薦め・・・という観点。この実話はかつて小説の一部や芝居になるなど、多くの人に知っていただく価値が大いにあるものなのですが、現在ではお膝元の秋田でも「知る人ぞ知る」の埋もれかけている史実になっています。この映画によって地元orふるさとにあった感動秘話を再認識をしてほしいのです。
二つ目は、全国共通とも言える「赤い靴」がキーワード・・・という観点。この映画の実話は童謡「赤い靴」と直接的な関係はありませんが、あの詩の内容のごとく「異人さんに連れられ異国へ行った女の子」の史実がこれほどしっかりと掘り起こされている話はありません。あの詩を読んでも、女の子がなぜ異国に行くことなったのか? 異国へ行った後どんな生涯を送った? という部分の答えは見出せません。
この映画の物語にその問いに対する答えの一つが著されている・・・と思えるのです。
映画の制作は撮影が終了し、編集他の作業段階に入っています。映画の制作そのものにはタッチしていませんが、監督他制作スタッフの皆さんが素晴らしく感動的なもの、私的に言わせていただけば、商品的価値の高いもの、を作ってくれていると信じています。それをいかにPRし、プラス効果を与えて上映活動に移行させていけるか・・・これからが私たちサポート組の本番です。
公開上映に向けてしっかりと歩を進めたいと思いますが、それには皆様からのご支援が必要です。ご理解の上、ご支援のほどをよろしくお願いいたします。
三年前、私にこの映画の話があったとき、大山さんのこの映画に懸ける熱意に感動しました。「この実話は、絶対次世代に映像として残さなければならない。協力してもらえないか。」
この「赤い靴」の物語についての調べていくと、大山さんが「次世代に映像として残さなければならない。」と言った意味が分かってきました。
明治という時代、このような赤い靴の物語は、横浜をはじめとして日本各地に残されています。しかし、史実として残されているのは非常に少ないのです。秋田県の婦人組織により、赤い靴像まで建てられたのですが、やがて風化し地元でもこの話を知っている人は少ないようです。
明治19年、27歳のミス・ハリソンが日本の地を踏みます。当時の秋田市は人口3万6千人ほどでした。そのころ、日本全体に感染症が蔓延し、秋田県内ではコレラ4800人天然痘で9915人が亡くなったと記録にあります。当時の人口を考えると相当数の人が亡くなったのがわかります。
私の一番の疑問は何の罪もない牢獄で生まれた一人の少女ハツをなぜ日本人が育てることができなったかということです。12歳のハツは異国の宣教師ミス・ハリソンに引き取られロサンゼルスに渡ります。しかし、20歳になったときこの地を去ります。それは排日運動が盛んで学校にも行けなくなったからです。2年前に終わった日露戦争と前年起こったサンフランシスコ地震で3000人以上が亡くなったことが原因です。日露戦争は初めて黄色人種が白人国家に勝った戦争としてアジアでは好意的に受け取られた面もありました。しかし、欧米では地震と共に「黄色人種、特に日本人は危険だ。」というイメージが生まれ徹底的に排斥されました。ハワイに渡ったとき、当時総人口の40%、22万人ほどの日系人がいました。その多くが安い賃金でさとうきび畑で働いていました。そのため待遇改善のため大規模なストライキも起こっていました。この物語の主人公ハツは、教師として教壇に立ちますが、34歳でこの世を去ります。死因は感染症の結核でした。このころ結核を始め感染症で亡くなる人がとても多かったのです。
現在の世界を見渡すと、このハツと生きた120年前と驚くほど似ています。新型コロナウイルスという感染症が世界を覆い、ロシアがウクライナに侵攻し、世界中に戦争の足音が聞こえます。そして、地球温暖化により自然災害が多発しています。この映画を通して、少しでも明るい未来への道しるべになればと思っています。
近親者の悲しい事件は今も後を絶たない。獄中で産まれた金子ハツに救いの手を差しのべたのは外国人宣教師でした。身近で起った実話でもあり、亡き夫が何年か前に自身のルーツを調べていたのを思い出した。近しい関係ほど愛の在り方が難しい。
みなさんのご協力をお願いします。
ふるさとを離れて、ふるさとという存在のありがたさを思うのは、万人共通の思いでしょう。
明治という時代に12歳で異国へと渡ったハツの心の内の本当を知るすべはありませんが、養母ミス・ハリソンの崇高な愛情の下、34歳という短さではありますが。数奇な生い立ちを苦にすることなくその生涯を過ごせたことは幸せだったに違いないと思います。ただ、異国の地で彼女はふるさとのことをどう思っていたのか、気になります。
映画の完成、そして公開まであともう少し。皆さんの応援をお願いいたします。
令和の時代に暮らす私達が忘れていたことがあります。SDGsが声高に叫ばれ、地球はひとつと世界中の人々がいまさらながらに騒ぎ立てる現代。遠い昔に肌の色、国の違いを超えて大地に根を張って必死に生きた二人の物語。
映像で残すことで次の時代にもしっかりと伝える事が出来ます。ぜひ多くの人に観てもらえることを願っています。
みなさんの温かいご支援をお願いします。
先日テレビを見ていたら「幸せなら手をたたこう」の作者についてやっていました。坂本九さんが歌って有名になりました。実はこの曲は木村利人さんという方が学生時代フィリピンでボランティア活動をしていた時原曲を耳にし、聖書を参考に詩をつけたそうです。当時、戦争の傷跡が冷めやらぬ中、平和を祈って作りました。この映画「赤い靴の女の子」の物語は、横浜の「赤い靴」とは共通する面があります。この地上から戦争や人種差別がなくなってほしいものです。
みなさんのご協力をよろしくお願いします。
<物語の概要と映画制作の背景>
ハツが異国へと旅立ってから四分の三世紀が過ぎた1975年(昭和50年)、秋田県鷹巣町出身の直木賞作家渡辺喜恵子氏作「タンタラスの虹」の挿入話として、ハツの養母で宣教師のミス・カラ・ハリソンの物語と共にハツのことが紹介されました。
1994年(平成6年)この物語に感銘を受けた秋田県婦人会館(現秋田県女性会館)の努力により「秋田の赤い靴」と称された銅像が立てられました。
ハツの物語(実話)は「異人さんに連れられ遠い異国へと旅立った女の子のこと」すなわち「赤い靴」に符合する物語であることは言うまでもありませんが、当時数多くあったであろうことの一つに過ぎないのかもしれません。また童謡「赤い靴」と直接的に関係のある話でもありません。
しかしながら「赤い靴」の詩のごとく実際に海を渡っていった女の子のことについてこれほど確かな史実として掘り起こされた物語は他に確認することができません。
ハツは獄中生まれという数奇な運命を背負った女の子でした。
そのハツを引き取り育てたのは、秋田に赴任して来たアメリカ人宣教師のミス・ハリソンでした。彼女の純粋で崇高な精神は周囲の人々を動かし、ハツを救いました。
この物語(実話)には民族の違いを越えた絆と究極の愛の姿を見ることができます。またそれは、家族愛や人類愛というものを今に問いかけるものでもあり、たとえ歴史書に載ることはなくとも、語り継ぐべき大切な“時代の記憶”であると私たちは考えます。
しかしながら、銅像となり多くの話題と共感を呼んだこの物語(実話)も時を経て、その記憶は地元秋田においても希薄なものとなっています。
“この大切な記憶を風化させてはならない”との思いの下、私たちは“この物語(実話)の映像(映画)化を図り、より多くの人に触れていただく機会を提供し、次世代につないでいきたい”と考えました。
<主な出演者と登場人物の紹介>
※ 重要な時期の6歳と10〜12歳時のハツ役は、オーディションで選ばれた子役さんが演じます。
※ 幼くして奉公に出るふじ役は、オーディションで選ばれた子役さんが演じています。
この他、重要な役どころを演じる、ベテラン、若手の俳優・女優の皆さんに出演いただいています。
Yummi=藤岡徳ヱ門の妻/藤岡律役
・ふじの行く末を案じ、当初ふじと専蔵の結婚に反対だった。
◉ Yummiさんはミュージシャンが本職。
本作のイメージソング<Love in eternity (愛よ永遠に)>はYummiさんが歌っています。
渡辺佑太朗=ミス・ハリソンの教え子/川井運吉役
・ミス・ハリソンの頼みを聞き、ハツの小学校入学のため分家してハツを養女とし、戸籍上の父となる。
嘴喜洋子=ハツの実父専蔵の義母(先妻の母親)/金子ウメ役
・ふじが後添えとして入って来たことを心良く思っていなかった。そんな中で生じた諍いが悲しい出来事を引き起こす。
小栗銀太郎=ハツの実父/金子専蔵役
・ハツのことを思いながらも、家の事情で何もしてやれない自分を悔やみ続ける。
秋沢健太郎=ハワイのパイナップル農園で働く日本人移民/岩崎為作役
・ハツの友人。ハツに恋心を抱く。
松本寛也=教師となったハツの同僚/立原鳴夕役
・ハツが立原と結婚することをミス・ハリソンは望んだが…。
注) 上記登場人物の中には史実的な詳細が不明なため、物語上の必要に合わせて創作された名前が合まれます。
<このプロジェクトで実現したいこと>
紆余曲折はありましたが、昨年十月ロケを終えることができました。これまで口コミや広報活動などで様々な方から協賛金の協力を頂きました。秋田のみならず全国に広がっています。沖縄、北海道からいうに及ばず九州や西日本からも協力していただいております。ロケが終わってほっとしましたが、実はこれから本当の意味でお金がかかります。製作費もそうですが、上映までの活動資金が予想以上にかかります。
今現在、音楽、ナレーションなども含め編集作業を行っています。それて同時に、チケット制作、プログラム、ポスター、トートバックなどを作る必要があります。
まだなかなか先は見通せませんが、作品については絶対の自信を持っています。できればハツの渡米したロサンゼルス、そして34歳で亡くなったハワイでの上映を考えています。
どうかみなさんのご協力で是非実現したいと思っています。
<プロジェクトをやろうと思った理由>
大山プロデューサーが冒頭のご挨拶で語っているように、今から五年ほど前、彼が「秋田の赤い靴像」を見たのがきっかけです。横浜にある銅像の赤い靴のような話は明治の始め全国各地にあったろうと思われます。 しかし、横浜の赤い靴を含め、史実として確認されている事例はほとんどありません。「秋田の赤い靴の実話を映画の映像として残そう」という大山さんの声掛けに10人ほどの仲間が集まりました。元教員、銀行員、自営業、会社員など様々です。 そして製作委員会が結成されました。ほとんどが草の根で参加した人たちです。しかしすべて大山プロデューサーの熱意に馳せ参じた者ばかりで、「素晴らしい実在した人間愛のドラマを後世に映像として残す」という思いで活動しています。
新型コロナウイルス感染拡大でこの企画は様々な困難に見舞われました。しかし熱意は冷めることはありません。困難になればなるほどまた熱い思いが湧いてきます。どうか皆さんもこの映画に参加し私たちと一緒に映画を完成させませんか?
<これまでの活動>
2018年秋、制作委員会創設。
資金集め、配役、上映方法…と、様々な難問を抱えながら制作委員会をスタートさせました。
石谷洋子さんに脚本と監督をお願いすることになり、2020年春の上映を目指し動き始めました。
2019年5月、秋田県横手市でクランクイン、春シーンの撮影。明治19年(1886年)27歳のミス・カラ・ハリソンがアメリカから秋田に着いたシーンからの撮影です。
横手市の市民ボランティアの方たちにも協力していただき、順調にスタートしました。
2019年8月、夏シーン秋田ロケ実施。秋田市に残る旧商家の金子家を能代の廻船問屋という設定でロケが行われました。
ハツの生母ふじ役の壇蜜さん、廻船問屋主人役の永島敏行さんなどが熱演しました。
2019年10月、秋シーン秋田ロケ実施。秋が深まる中、角館、田沢湖等でロケを行いました。壇蜜さん扮するふじが愛を語る場面などです。
主演のハツ役、安田聖愛さんも初めて参加しました。
年が明けて1月、新型コロナウイルスによる感染拡大が猛威を振るい始めました。
2月末に横手で一番重要な継子殺しの場面のロケが予定されていました。大山プロデューサー、石谷監督の判断でロケを行うことになりました。
2020年2月、冬シーン秋田ロケ敢行。横手市はかまくらで有名です。かまくら祭りが終わった翌日からロケに入ったのですが、この年は雪が少なく、雨まで降っていました。ロケは大変でしたが、一先ず終えることができてほっとしました。
この撮影行で秋田ロケ完了、ハワイシーンの撮影を残すのみとなりました。
しかしそれからが大変でした。4月8日に緊急事態宣言。全てが止まってしまいました。感染が少し落ち着いた9月、11月にロケを予定しましたが、キャスト、スタッフの安全健康を考えると行う訳にはいきません。何より多人数が全員揃うことは不可能で、ロケ先から断られることも多々ありました。
ロケを再開できたのは、東京オリンピックが終わった2021年9月でした。予定より1年半以上の月日が流れていました。
2021年9月、ハワイシーンロケ実施。今までの遅れを取り戻すため10日間に渡って、アメリカ及びハワイの雰囲気が醸せる関東地域のロケ先を東奔西走、コロナ感染予防対策も行い、感染者無しでロケを終了することができたことは幸いでした。
<今後の活動>
ロケについてはようやく終えることができ、映画制作は仕上げ段階(編集作業など)へと移行しています。
それと同時に今後は上映に向けての活動にシフトしていく必要があります。
当制作委員会は草の根的な活動を前提としてきた関係で、一般上映の配給先などが決まっているわけではありません。上映の是非を判断いただける配給元などへのアプローチはすでに行っていますが、上映にこぎつけたとしても配給先に一定の使用料金がかかります。大幅な黒字が見込めればいいのですが、不安であることも事実です。
一般上映とは別に自主上映も考えています。全国各地で有志を募り上映していく方法です。その場合でも使用料がかかります。
今上映に向けて、早急にポスター、プログラム、メイキングDVDなども作らなければなりません。
どうかよろしくお願いします。
<資金の使い道>
クラウドファンディングでの調達金につきましては、以下の内容で使わさせていただきます。
● 目標達成(2百万円)を前提とする使い道の内訳
<リターンについて>
3000円についてはみなさん全員に映画鑑賞券1枚を用意しています。なお協力いただいたみなさん全員にこの映画のホームページ上(アドレスは最後に記載。協賛をクリック➡協賛者様(個人)クリック)に名前を掲載させていただきます。(本人希望者のみ)
5000円になりますと、映画観賞券2枚の他に、龍角散のど飴(協賛提供品)を提供します。
10000円になりますと、5000円の返礼品の他に、秋田県が「あきたこまち」に代わるブランド米として長年開発してきたサキホコレ(協賛提供品・300g・1袋)を提供します。今年秋から本格的に発売予定です。このお米を一足早くみなさんにお届けしたいと思います。(名称:精米・サイズ:W120×H185・重量⇒内容量:300g・原材料⇒原料玄米:単一原料米・産地:秋田県・品種:サキホコレ・産年:3年産・添加物表示:なし・アレルギー表示:なし・賞味期限(消費期限)⇒ 他の食品と違って特に定めはありませんが、精米日(6月中旬)より時間の経過と共に酸化(劣化)します。)
また映画オリジナルデザインのトートバックも用意させていただきました。
20000円になりますと、10000円の返礼品の他に、当映画プログラムを用意しています。映画の全体像を詳しく書いており、映画鑑賞の記念としても喜んでいただけるものと思っています。またサキホコレについては、300gを2袋提供させていただきます。
30000円になりますと、20000円の返礼品の他に映画の最後にエンドロールとしてお名前の掲載(本人希望者のみ) をしたいと思います。この映画を多くの人に見てもらいたいと同時に、我々の次世代に映像として残したいという思いがあります。あなたの名前もこの映画を通して半永久的に残ることになります。
50000円になりますと、30000円の返礼品の他に映画観賞券3枚、そしてメーキングDVDを提供します。
100000円になりますと、50000円の返礼品の他にチケット5枚にしたいと思います。その他に稲庭うどんのセットを送付させていただきます。
返礼品の送付については7月末日までには皆様の元に届けたいと思います。ただし、新型コロナウイルス感染拡大や予期せぬ事情により多少遅れる場合はお許し下さい。
この映画に協力していただくことは、この映画をみなさんと共に作ることだと思っています。多くの人の参加でいい映画ができればいいなと思っています。
<実施スケジュール>
4月20日 クラウドファンディング開始
6月15日 クラウドファンディング終了
7月 返礼品発送 ※特製品などの準備ため発送まで少々時間をいただきます。
2022年中に上映開始 (秋田、東京を皮切りに全国へ)
<最後に>
長々と述べさせていただきました。
難しいことなども申し上げてきましたが、スタッフ一同この悲しくも心温まる話を一人でも多くの人たちに届けたいと思っています。完成した暁にはどうか一度、この映画をご覧になってください。
今年中には間違いなく公開いたします。詳細については当映画公式サイトをご覧ください。
公開日及び上映会場等が決まり次第アップいたします。
「https://akita-akaikutsu-eiga.jp 」へアクセスしてください。
または「映画 みちのく秋田 赤い靴の女の子 公式サイト」で検索してもご覧になれます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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