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eishoji_iwate_kitakami です
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初めてのプロジェクト


自未得度先度他(じみとくどせんどた)の心を起こすべし」という言葉をご存じでしょうか。

これは曹洞宗の高祖である道元禅師の言葉です。直訳すると「自分より先に相手を優先させてあげましょう」という意味になりますが、さらに読み解いていくと「自分の行いによって相手が喜び、その喜びこそ自分の喜びとする」という教えになります。

自分の行いや自分の成功を喜ぶということは誰にでもあることですが、「相手が喜ぶことを自分の喜びとする。さらにはそういう行いをしていく」というのはなかなかできることではないと思います。

私はそれを、この更木(さらき)のヒトたちから身を持って教えていただきました。

今回の「永昌寺花咲く丘プロジェクト」は、そんな地域の方たちへの恩返しであると同時に、この更木で400年以上の歴史を刻む永昌寺の住職として、お寺をもっと誰もが気軽に訪れ、のんびり過ごせる開かれた場所にして、地域の人々を、さらにはソトと地域をつなぐようなハブの役割を担い、たくさんのみなさんに喜んでもらえる場所にしたいという想いがあってスタートしました。

私がなぜこのプロジェクトに取り組もうと思ったのか、その経緯を次に詳しくご紹介したいと思います。


▲永昌寺の山門



ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は岩手県北上市の東部に位置する更木地区にある永昌寺の第25世 住職を務める海野義範(うんのぎはん)と申します。


永昌寺は座禅を根本とする曹洞宗のお寺で、開山は1619年までさかのぼり、更木で唯一のお寺として地域とともに400年以上の歴史を刻んでまいりました。小高い丘の上に位置するお寺の境内には春には桜、初夏には紫陽花、夏には桂の花が美しく咲き誇り、まちの安寧と人々の幸福を願う永昌寺大観音は地域を一望する丘の上に佇み、その姿は遠くを走る新幹線の車窓からも眺められるなど、永昌寺のシンボルともなっています。



▲永昌寺の本堂

▲地域を一望する丘の上に佇む永昌寺大観音


その永昌寺がある更木地区の人口は1,000人ほどで、他の地方のまちと同様に人口減少が進んでおり、過去9年間でみると20%も人口が減っています。また少子高齢化により、地域に唯一ある小学校の生徒数も49人となりました。

▲丘から眺めた更木地区の様子

そんな地域に私が暮らすようになったのは15年ほど前。37歳のときです。私の父がこの永昌寺の第24世住職で、その後を私が継ぐことになり、更木にやってきました。


実はそれまで私はプロスキーヤーとして東京を拠点に活動していました。もっとさかのぼれば高校時代まで盛岡市で暮らしており、大学以降はずっと東京暮らしが続いていたため、更木との縁は年末年始に永昌寺に訪れるくらいでした。それに父にも「寺を継げ」と言われたことは一度もありませんでしたから、このままずっと東京で暮らしていくのだろうと思っていました。


ところが35歳のときに、当時私がプロ契約していた会社に突然父がやってきて「永昌寺を継いでほしい」と言うのです。当時私はプロスキーヤーとしての活動も順調でしたので父の申し入れは断ったのですが、父はそれでも諦めることなくまた東京へやってきて私を説得します。それまで父は、私に対しては「好きなことをやれ」というスタンスでしたので、その態度の変わり様にびっくりしました。


なぜ、父の態度が変わったのか……。それは、父と地域のヒトたちとの絆にあります。

▲花を植える前の丘の様子(下からの眺め)


実は父が住職になる以前の永昌寺はいわゆる「破れ寺」で、住職もおらず荒れていたそうです。それを父は地域のヒトたちと一緒に建て直し、現在の姿にしたという経緯があります。ですから父と地域のヒトたちとの絆はひと際強いものがあり、そういうヒトたちに「永昌寺は息子さんに継がせてほしい」とお願いをされては父も断れなかったようでした。


そうした経緯もあって当時は本当に悩みましたが、父の熱意に負けて私も更木で暮らし、住職となる道を選びました。と同時に、それから修行の日々がはじまります。最初にも触れた通り、私は高校まで盛岡市で過ごし、大学以降は東京にいましたから、「住職」のことはおろか、「お寺」のこともまったく知りません。ですから当時の私は「父に言われた通りに修行をして、そのままなんとなくお寺を継ぐのだろう」くらいに考えてのんびり構えていたのですが、そんなに甘い世界ではもちろんありませんでした。

▲年4回開催のイベント「寺子屋」で行った座禅会の様子


永昌寺は厳しい座禅の修行で知られる曹洞宗のお寺で、そのお寺を継ぐためには曹洞宗の大本山で1~3年にわたって厳しい修行生活が課せられます。当時私は37歳。周りは仏教系の大学を出たくらいの若いヒトたちばかりでしたが、体育会系の大学出身だった私は、寮生活は慣れていますし、身体を動かすことも苦になりませんでしたから、修行こそ厳しかったですが仲間たちと充実した修行生活を送ることができました。


その経験は私の貴重な財産となっていますが、なかでも印象に残っているのが、大本山での修行の最後に指導役の和尚さんが言った言葉です。


「私たちは何のために修行をしているのか? それはヒトのためであって、自分のためではない」


 それまで「お寺」のことはもちろん、「更木」という地域のこともほとんど知らなかった私が、檀家さんのために、地域のために、さらにはヒトのためにどんなことができるのか?  どんな住職にならなければならないのか?  それを自問自答しながら1年3カ月の修行を終えて永昌寺に戻ると、すぐに私は檀家さんたちの飲み会に誘われました。


「まず、来い」と言われて、私も修行から戻ってきたばかりですし、さっそく「何かやらかして怒られるんじゃないか」とドキドキしながら飲み会に参加したのですが、そこでいきなり「お前は何がしたい?」と聞かれたのです。


突然のことで最初はとまどいましたが、そのとき私が答えたのが「除夜の鐘を鳴らすときに、みなさんにお寺に来てもらえるようにしたい」ということでした。


▲本堂の前にある鐘撞堂


私は高校時代まで盛岡市に住んでいましたし、大学生になってからはずっと東京で生活していて永昌寺には年末年始に訪れるくらいだったという話は最初にも触れました。それくらい永昌寺とは縁が薄かったのですが、ただ1つ、小学生の頃からずっと私が続けていたのが12月31日にお寺で除夜の鐘を撞くことでした。


特に私が社会人になってからは父も年を取っていたため、「除夜の鐘くらいは私が撞かないと」と思ってずっと続けていたのですが、そのとき寂しかったのが除夜の鐘を聞きに来てくださる方が数人しかいなかったこと。よくテレビを見ていると、除夜の鐘を聞きにたくさんの方がお寺の境内に集まっている姿を目にします。「うちのお寺も、もっと地域の方がたくさん来てくれたらいいのに」とずっと思っていましたので、「お前は何がしたい?」と聞かれたとき、私は思わずそう答えていました。


 すると檀家さんたちはすぐ動いてくださいました。私がつくったチラシを地域に配って声がけしてくださったり、当日のテント張りや、あたたかい甘酒やコーヒー、お神酒などの用意はもちろん、お寺に集まってくださった方へのおもてなしなども手伝ってくださいました。そのお陰で、いつもなら数人程度だったのにその年は30人くらいの方たちが除夜の鐘を聞きに集まってくださいましたし、それは今も続いていて毎年100人ほどが集まってくださるまでになりました。

 

自分より先に相手を優先し、相手が喜ぶことを自分の喜びとする……。檀家さんたちが私にしてくださったことは、まさに「自未得度先度他(じみとくどせんどた)の心」でした。

▲除夜の鐘を撞く地域の方


私は10年ほど前から「寺子屋」というイベントも開催しています。お寺というと、お葬式やご法事で集まる場所というイメージが強いと思うのですが、私は「もっと地域のみなさんが気軽に集まる場所にお寺を変えたい」と思っていました。


▲夏に開催する「寺子屋」の様子。ピアノの発表会からスタートしたイベントは、現在ではフラダンスからロックまで、幅広いジャンルをカバー


その話をしたら、また檀家さんたちが協力してくださって、座禅の体験会とピアノの発表会をしたのがはじまりで「寺子屋」というイベントが誕生しました。最初は年1回でしたが現在では年4回となり、春は散策、夏は坐禅と音楽フェス、秋は芋掘りと焼き芋、冬はプチ修行を行っています。参加者も最初は10人ほどでしたが、現在では100~150人が参加するまでになりました。


これも「自未得度先度他の心」で私に協力してくださる檀家さんはじめ、地域のみなさんのお陰だといつも感謝しております。


ちなみに、6月12日(日)には永昌寺の本堂を舞台にして演劇のイベントにもチャレンジします。ネット配信もしますので、お楽しみに!※詳細はSNSでご案内いたします。


▲秋の「寺子屋」では、焼き芋をつくるだけでなく、地域の農家さんの協力を得て、その芋を育てるところから学ぶスタイルに


また個人としては、私は日本体育大学を卒業する際に保健体育の教員免許を取得していますし、高校時代はハンドボールでインターハイに出場したり、その他にもプロスキーヤーとしての経験やそのトレーニングで活用したインラインスケートについても本を出版したりするなど、スポーツの経験と実績は豊富です。


そうしたこともあって地域の小学校ではボランティアで体育の課外授業のお手伝いもしており、子どもたちからは「ギハンさん」と呼ばれるようになりましたし、そうした子どもたちが親御さんといっしょにイベントにも参加してくださるようにもなりました。


 本当に檀家さんをはじめ、地域のみなさんのお陰でイベントを開催すると、多くの方が集まってくださるようになりましたが、それをさらにもう一歩進めたい。イベントがなくても、地域のヒトはもちろん、誰もがいつでも気軽に訪れ、のんびり過ごせる場所に、お寺を、永昌寺を変えていきたい。


「永昌寺花咲く丘プロジェクト」は、こうして動き出しました。

▲地域の小学校で行っているインラインスケートやスキー教室の様子


「永昌寺花咲く丘プロジェクト」は、永昌寺大観音が佇む丘を花で彩るプロジェクトです。なぜこの丘に花を植えようと思ったかと言えば、きっかけは2年前。


永昌寺大観音はまちの安寧と人々の幸福を願って1978(昭和53)年に建立されましたが、地域を一望する丘の上にあり、遠くには新幹線が走る姿も見渡せるなど眺めも素晴らしい場所です。そういう場所ですから、2年前に永代供養塔の建立と合わせて訪れた方が休めるように椅子を設置したり、足元もキレイな石畳にするなど整備をしました。


すると、学童保育の子どもたちがやってきたり、一般の方でもふらりと訪れて椅子に座ってのんびり風景を眺めたりする姿を見かけるようになりました。

▲学童保育で永昌寺大観音の広場を訪れた子どもたち


そうした姿を目にするうちに、この丘がさまざまな花で埋め尽くされ、季節ごとに彩りを変えていったらどんなに素晴らしいだろうと思うようになりました。


檀家さんや地域のみなさんの協力のお陰で、お寺で開催するイベントにはたくさんの方が集まってくださるようになりましたが、それ以外のイベントのない日でも、花を目当てに、あるいはこの丘から眺める更木の風景を楽しみにふらりと訪れ、ヒトが気軽に集える場所になったら……。私は人口減少が続く地域にとって、この丘が世代を超えて地域をつなぐ場所に、さらには地域外のヒトと地域のヒトを結ぶ場所になってくれるのではないかと願っています。


そして、それが「自未得度先度他(じみとくどせんどた)の心」を教えてくださって檀家のみなさんはじめ、地域のみなさんへの恩返しにもなると考えています。


▲海野住職の1日のはじまりは、まちの安寧と人々の幸福を祈ること


 「永昌寺花咲く丘プロジェクト」では、丘の斜面と、その丘へと通じる2つの道の側面に花を植えます。さらに雪が積もる冬をのぞいて、春、夏、秋と季節ごとに咲き誇る花の種類が変わり、季節ごとに違った表情が楽しめる丘にしたいと考えています。


 今回も檀家さんや地域の方のご協力により、丘の斜面に花を植える資金は準備することができました。しかし、その丘へと通じる2つの道の側面に花を植えるための資金には足りません。そこでこのプロジェクトではみなさんからご支援いただくお金は、その丘へと通じる2つの道の側面に花を植えるための資金として使わせていただきたいと思っています。


  花を植える作業は5月からはじまり、花が咲くのは来年となりますが、このプロジェクトはその資金を集めるだけでなく、少しでも多くのみなさんにこの取り組みを知っていただき、いつの日かこの丘の花を眺めに永昌寺に訪れていただけたらと願ってのチャレンジでもあります。


 いつの日か、みなさまと花咲く丘でお会いできる日を楽しみに。


「永昌寺花咲く丘プロジェクト」へのご支援、どうぞ、よろしくお願いいたします。


▲「永昌寺花咲く丘」未来予想図イラスト




<目標金額>

1stゴール 2,000,000円

・花咲く丘整備(花植え、植樹など)費用
・寺子屋イベントの運転資金(新たなイベント開催の基金にも)
・CAMPFIRE手数料

<実施スケジュール>
▼2022年4月   施工業者と契約
▼2022年4月   クラウドファンディング開始
▼2022年5月   花植え開始
▼2022年6月12日  お寺で演劇配信イベント
▼2022年6月   クラウドファンディング終了
▼2022年7月   リターン発送
▼2023年春     「花咲く丘」開花


【応援 3,000円コース】
■永昌寺 花お守り
■WEBサイトに名前を入れる

【応援 10,000円コース】
■永昌寺 祈祷札(中)花咲く丘デザインとお礼メール
■ギハンさんのまごころ説法参加券
■更木の名産品「更木桑茶・桑麺セット」

【応援 15,000円コース】
■永昌寺 祈祷札(大)花咲く丘デザインとお礼メール

【応援 30,000円コース】
■喜久盛酒造 日本酒飲み比べセット「喜心300ml、タクシードライバー720mℓ、鬼剣舞720mℓ」
※リターンに酒類が含まれるため、20歳未満の方はこのリターンを選択できません。

【応援 30,000円コース】
■「永昌寺花咲く丘」未来予想図イラスト(額装)

【応援 50,000円コース】
■ギハンさんになんでも相談券

【応援 100,000円コース】
■北上巣箱コラボ「北上観光プライベートガイド」利用券
■寺子屋 ぼくの夏休み合宿参加券

【応援 200,000円コース】
■除夜の鐘 百八つめを撞ける券(和袈裟付)

【応援 300,000円コース】
■曹洞宗特派布教師の「海野義範」があなたの町まで講演に行きます。

【応援 500,000円コース】
■お礼の手紙と記念品(ただプロジェクトを応援したい方)


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<共同起案者について>
・本プロジェクトは下記の二者が共同で起案するプロジェクトになります。
・支援いただいた資金は、株式会社LOBBYが花咲く丘プロジェクトの活動に使用いたします。(詳しい使い道は、「資金の使い道」の項目をご覧ください。)

*株式会社LOBBY・・・岩手県北上市の企画制作会社。
*喜久盛酒造株式会社・・・岩手県北上市の酒蔵。
(酒類製造免許9400001006014)※酒類の販売発送は左記の業者がおこないます。



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