『武田晋 俳優生活30周年 大感謝祭』は、50歳を越えたローカル俳優が30周年を迎え『挑戦』を魅せたい。と、なんとも馬鹿げた話のようですが本人は至って真剣です。そして「誰そ彼時」再演は武田晋の禊という名の仁義。とはいえ、まずは30周年「自分を祝ってくれ!」という気持ちが溢れたプロジェクトです。  

プロジェクト本文

<はじめにご挨拶>

皆さま、2018年いかがお過ごしでしょうか。
はじめまして、札幌のローカルで俳優をやっております武田晋です。

上の動画を見ていただければどんなやつかは、
おおよそご理解いただけるかと思いますが、
少しだけご挨拶させていいただこうかと思います。

 

札幌では90年初期、あの大泉洋さんがいた劇団イナダ組の旗揚げから始まり、
鈴井貴之さんの劇団オーパーツにお世話になり、
自身でも劇団を主宰した時期もあり、
見たことあるな、聞いたことあるなという方、おりますでしょうか。
どうでなんでしょうかね。笑
まぁ、平成と共に細々と活動して参りましたが、気づいたら30年。

 

「あれ?」
「誰にも祝ってもらえてない」
「これはなんと、寂しい 」

 

「そうか!自分で、祝ってしまおう」

 

・・それでも何だか、物足りないなぁ。

 


「そうか!祝ってもらうために、企画してしまえ!」

 


ということで、

『武田晋、大感謝祭』という名のプロジェクトを発足してみました。

 

「おお、30年よく頑張った。ご祝儀だ!」という方、
武田晋を、ぜひ祝ってみてください。笑

歩くパワースポットと呼ばれている武田なので、
何かいいことがあるかもしれません。

 

いろいろな、リターンが待ってますよ!

 

<武田晋、30周年の仁義なき戦い>


30年といえば、赤ん坊は三十路を迎える
30年といえば、ワインが熟成される
30年といえば、平成も30年を迎える


30年を迎えた、武田は一体何を成し遂げたか。


普通30周年いえば、ちょいと歩んできた道を振り返るとかなのでしょうが、
何もやってない僕が何も言える事のないので、『挑戦』を魅せる、魅せたいと考えました。
50歳を越えたローカル俳優が30周年のタイミングで、
メジャーの試合へ出たいがために挑んでいく先と言えば、

 

「さて、東京に行こう!」

 

まぁ、平均寿命で考えまして、残りの時間を考えたときに
「お前やることやったのか?」「ここまでか?」と。
“メジャーリーグ”に挑戦ではありませんが、
安定を捨て、家族を離れ、東京という市場へ挑戦することにいたしました。

 

 

正直、50歳を越え、安定を捨て、家族を離れ、
挑戦するのは一般的には馬鹿げた話で、且つワガママですが、
皆さまに30周年を祝ってもらうためにも、
僕が30周年で“挑戦”出来るのは、もう今だろと思った次第です。


とは言え、東京に行く前に、
30年分の禊と言いますか、仁義を切ると言いますか、
最初の一歩が「誰そ彼時」という、武田が昨年作演出した舞台作品。
こちらの再演を行うことにいたしました。


これは僕にとって感謝の芝居なのです。ほぼほぼ、私小説です。
そう、30年分の恨みつらみ喜び感動を注入しました。

 

私ごときが言うのもあれですが、
人それぞれは、その人間の人生のパイオニアだと。
行くも逃げるも立ち尽くすも、自分でしかないと…。


しかし気づかぬところで必ず応援してくれる人はいるのだと。
そんな当たり前の事を伝えたいと魂削った作品です。

 

ぜひですね、50歳を過ぎた中年俳優の新たな挑戦。
そんな意味の30周年に力をかして頂ければと…。

この「誰そ彼時」の応援団にやろう!と…
武田晋を祝ってやるか!と …

そのような キトクな方、よろしくお願いします。

 

<プロフィール>
2016年秋、劇団イナダ組本公演作品として上演された「誰そ彼時」を再び上演する為だけに、旬な札幌の俳優・ミュージシャン・映像・タレント・デザイナー・イラストレーターの表現者達有志で結成された団体。人の業を通して切なく滑稽で情けなく且つ愛情あふれ心揺さぶられる物語を、アーティスティックに表現することで人々を魅了する。この演劇シーズンで旗揚げし解散するという刹那的で潔い、まるで活動期間を精一杯取り組む少年野球団そのものである。

 

<俳優生活30周年を祝いたい〜後編〜>

『武田晋 俳優生活30周年 大感謝祭』

円山ドジャース「誰そ彼時」再演ついに開幕!!!

そして・・・・武田晋メッセージ後編。

 

 

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