エンタメ領域特化型クラファン
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多くの皆様のご支援のおかげで、クラファン開始わずか4日で目標金額を達成する事ができました!

本当にありがとうございます!支援して下さった皆様には心から感謝しています!

プロジェクトの公開日数も残っていますので、ここからは新たにゴールを設定し、次なる目標に向かって皆様と一緒に進んでいきたいと思います!


金額が210万円を超えたら…硫黄島に行って現地で『硫黄島の戦い』を解説する動画を撮りたい!!
金額が270万円を超えたら…ハワイ・真珠湾に行って現地で『真珠湾攻撃』を解説する動画を撮りたい!! 


太平洋戦争海外ロケプロジェクト第四弾の行き先は「硫黄島」「ハワイ・真珠湾」にしたいと思います!



●硫黄島

硫黄島は、本州の南に約1,200㎞離れたところに浮かぶ島です。明治時代から日本領で、面積は23㎢と皇居10個分くらいの広さしかありません。

そんな小島にすぎない硫黄島では、太平洋戦争末期の1945年2月19日から3月26日まで、日本軍とアメリカ軍との間で激しい戦闘「硫黄島の戦い」が繰り広げられました。


Wikipediaより(パブリックドメイン)


硫黄島は太平洋戦争において「最悪の戦場」と称されるほどの悲惨な戦いの場となりました。

硫黄島が最悪の戦場と化したのは、硫黄島では日本軍が死覚悟の玉砕攻撃を禁止し、徹底した持久戦でアメリカ軍を攻撃し続けたためです。


玉砕を禁じる「敢闘ノ誓」
Wikipediaより(パブリックドメイン)


硫黄島を守る日本軍は、地下に入り組んだ広大な洞窟を掘って、上陸してくるアメリカ軍を迎え撃ちました。

日本軍は自分たちからは突撃せず、自分の持ち場をじっと守ってアメリカ軍をチクチクと攻撃し続けたのです。


こうした日本軍の戦略は功を奏し、アメリカ軍は当初5日で制圧する予定だった硫黄島で1ヶ月以上の苦戦を強いられました。

結果、硫黄島の戦いでアメリカ軍は戦死者6,800名、負傷者22,000名(時事ドットコム)という大損害を受けています。




ですが、洞窟内で待ち受ける日本軍も惨憺たる状況でした。

兵士にとっては、死を覚悟で突撃するよりも、ただ洞窟にこもってやられるのを待つ持久戦の方が、精神的に遥かにキツいのです。

すると、禁止されていた玉砕突撃を行おうと言い出す兵士が現れて、多くの日本兵が突撃を敢行し命を落としました。


Wikipediaより(パブリックドメイン)


また、小さな離島である硫黄島には、水も食糧もほとんどありません。

多くの兵士はアメリカ軍に攻撃を加えるどころか、明日生き延びるのも精一杯という状況だったのでした。


こうして泥沼の戦争となった硫黄島の戦いでは日本軍約21,000名が全滅しています。

硫黄島には今もなお1万人以上の日本兵の遺骨が身元不明のまま残されているそうです。


太平洋戦争有数の激戦地である硫黄島で、生々しい戦争の爪痕と共に戦いの様子を解説し、戦争の惨さを後世に伝えていけるような動画を撮りたいと思っています。



今のところ映像に収めて皆さんに解説したいと思っているのは


◆摺鉢山

…摺鉢山は平らな硫黄島にある唯一の山です。アメリカ軍による艦砲射撃でえぐれている部分があります。硫黄島の戦いの最中、摺鉢山を占領したアメリカ軍が星条旗を立てた写真が有名で、その場所には今モニュメントが建てられています。

Wikipediaより(パブリックドメイン)


◆大阪山砲台跡

…上陸するアメリカ軍に対抗するために設置された日本軍の砲台跡です。アメリカ軍による激しい攻撃を受け、砲台には今も不発弾が刺さったままになっています。

PAKUTASOより


◆地下壕

…硫黄島の地下には、アメリカ軍に対抗するため日本軍が掘った地下壕が多く残されています。火山活動の影響で、地下でも熱風が吹き荒れているそうです。硫黄島では、アメリカ軍の本土上陸を防ぐためにこの地下壕に潜んで一日でも長く戦闘を続ける持久戦が繰り広げられ、日本軍、アメリカ軍ともに大きな犠牲を出すことになりました。

PAKUTASOより


※硫黄島は、現在は島全体が自衛隊や在日アメリカ軍の訓練施設となっており、一般人の立ち入りが制限されています。年に一度の渡島事業に参加し、撮影することを考えています。撮影場所については事業内容によって変更になる可能性があります。



●ハワイ・真珠湾

ハワイといえば「ビーチ」「アロハ」「フランダンス」等々、華やかなイメージの南国リゾートですが、太平洋戦争を語る上で欠かすことのできない重要な歴史的スポットでもあります。


Wikipediaより(パブリックドメイン)


1941年12月8日未明、日本軍がハワイ・真珠湾にあるアメリカ軍基地を攻撃し、太平洋戦争の火蓋が切って落とされました。

つまりこのハワイ・真珠湾こそ、太平洋戦争始まりの地なのです。


真珠湾攻撃は、日本がアメリカに対して宣戦布告したのと同時か、ややフライング気味に行われた「奇襲攻撃」でした。

そして奇襲を受けたアメリカは、真珠湾に停泊中だった戦艦のほとんどを失い、民間人を含めて約3,500名の死傷者を出すなど、大損害を被りました。(NHK戦争証言アーカイブス)


日本にとっては結果だけ見ると大成功かに見えた真珠湾攻撃ですが、この真珠湾攻撃がアメリカの逆鱗に触れます。


Wikipediaより(パブリックドメイン)


アメリカは以降「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」を合言葉に猛反撃を開始し、太平洋戦争が激化していきます。

そして日本は終戦までの4年間で、真珠湾攻撃の数十倍、数百倍ものしっぺ返しをアメリカから食らうことになってしまいました。



この先戦争を起こさないためには、過去に戦争が始まってしまった時のことをしっかり考察して、その反省を未来に生かすことが必要です。


なので真珠湾攻撃を解説し、より多くの人に開戦のきっかけについて知ってもらうことには大きな意義があるのです。


太平洋戦争では日本にもアメリカにも、それぞれ「戦う理由」がありました。

ではお互いに、対立を避ける道はなかったのでしょうか?どこで道を踏み外したのでしょうか?どうしていれば歴史は変わったのでしょうか?


日米それぞれの視点から太平洋戦争開戦の真実を解説し、私たち人間が次の戦争を回避する糧になるような動画を撮影したいと思っています。



今のところハワイ・真珠湾で映像に収めて皆さんに解説したいと思っているのは


◆アリゾナ記念館

…太平洋戦争のはじまりとなった真珠湾攻撃当時の様子を伝える写真や遺品が残されている記念館です。日本軍による攻撃で、乗組員1,177人(東京新聞)を乗せたまま沈没した戦艦アリゾナ号に上に建てられており、海中に沈む戦艦を見下ろすことができます。

Wikipediaより(パブリックドメイン)


◆ボーフィン潜水艦博物館公園

…疎開船の対馬丸など、数多くの日本船を沈め、「太平洋の復讐者」と呼ばれたボーフィン潜水艦が展示されています。対馬丸には学童疎開をしていた日本の子供たちが乗っており、児童784人含む1,484人(沖縄新聞)が犠牲になりました。ここ真珠湾は太平洋戦争中アメリカ軍の一大拠点都として大活躍し、多くの軍艦や兵士たちがここから戦場へと向かいました。

Famartin - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=110917192による


◆戦艦ミズーリ記念館

…ハワイに展示されている戦艦ミズーリは、日本が太平洋戦争の降伏文書に調印した調印式が行われた船で、「太平洋戦争終わりの地」でもあります。私たち日本人にとって太平洋戦争は敗北と挫折の歴史ですが、アメリカ人にとっては勝利と栄光の歴史です。日本人とアメリカ人でどれほど太平洋戦争に対する捉え方が違うのか?現地真珠湾から解説したいと思います。

Wikipediaより(パブリックドメイン)


これらをベースにして、さらにリサーチを進めていって、行く必要があると思った場所や現地で撮りたいと思った場所を加えながら動画を作成していく予定です。

「オアフ島で動画を撮るならココに行って欲しい!」「硫黄島で動画を撮るならココに行って欲しい!」などがあったら是非YouTubeのコメント欄やTwitterのDMで教えてください!!


●飛行機代

往復13万円(福岡↔ホノルル国際空港)×3

往復3万円(福岡↔羽田空港)×3

●宿泊費

オアフ島 ホテル1泊7000円×4泊×3

硫黄島 ホテル代1泊6000円×2泊×3

硫黄島渡島事業参加費:10万円×3

その他(現地交通費,返礼品費,CAMPFIREへの手数料17%+税など):30万円


⇒ 合計:120万円

※食費や自分たちへの給料は動画の収益からなんとかします。旅費の支援をお願いします。


真珠湾も、硫黄島も、太平洋戦争の重要な戦地であり、日本人なら一度は見ておきたい、見ておかなければならない場所だと思います。

ですが、特に硫黄島は渡航が難しいのが現実です。実際に戦地に行って、映像に収め、過去に起きた戦争の悲惨さを皆さんに伝えていくために、ぜひ追加のご支援をよろしくお願いします!



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どうもドントテルミー荒井です!


私は登録者33万人のYouTubeチャンネル『大人の教養TV』を運営しています!


『大人の教養TV』では、聞いたことはあるけど詳しくは知らない、子供に質問されたらドキッとする…そんな今更聞けない一般教養を、どこよりもわかりやすく解説しています!


私は今まで、日本や世界の歴史、世界情勢や時事問題、宗教など幅広く解説動画を作ってきましたが、その中でも戦争の動画に最も力を入れてきました。


戦争の経過に沿って、なぜ戦争が起こってしまったのか、どのように戦争が経過していったのか、等々を解説する動画を多く作っていたのですが、最近は自宅スタジオを飛び出して、現地で太平洋戦争の爪痕をめぐるロケ動画も作成しています。


沖縄に残された戦争の爪痕を巡ったり



広島や長崎に落とされた原爆の爪痕を巡ったり



2022年の6月にクラウドファンディングを実施し、サイパン島で海外ロケをすることもできました。


ご支援してくださったみなさん、本当にありがとうございました。



そういったロケ動画と、室内で詳しく解説する動画を含めて、これまで太平洋戦争シリーズとして計27本の動画を投稿してきました。



8月には「教養として学んでおきたい太平洋戦争」という本も書かせていただきました。



今まで出版されたどの本よりもわかりやすく、丁寧に太平洋戦争を解説した本に仕上げることができたと思っています。


私がYouTubeや本で精力的に太平洋戦争について発信しているのは、こういった活動が日本の平和につながると信じているからです。


二度と戦争を起こさないためには、戦争が起きた理由と、戦争がどれだけ悲惨だったのか、それを一人でも多くの方が知ることが不可欠です。


そこでやはり、映像はとても強力です。
解説動画や本ではわからない、戦争のありのままが一番良く伝わります。



先月行ってきたサイパン島では、


●アメリカ軍が上陸してくる際に日本軍が沈めた戦車

日本軍は水際作戦を行い、海岸線で多くのアメリカ兵や戦車を沈めました。
美しいサイパンの海に当時の戦車がそのまま沈んでいます。


●アメリカ軍の砲撃のあとが残るガラパン

砲撃を受けてコンクリートが穴だらけに。
アメリカ軍はサイパン島上陸前に激しい爆撃や砲撃を行い、サイパン島市街地を瓦礫の山にしました。


●バンザイクリフの戦没者慰霊塔

北に追い詰められていった民間人や兵士は崖から身投げをして自ら命を絶ちました。
サイパン島の戦いでの民間人犠牲者は1万2000人(※NHK)にも上ります。


世界には、戦争によってもたらされた、目をそむけたくなるような悲惨な事実がたくさんあります。こういった悲惨な過去から目を背けず、一人でも多くの人に戦争に関する現地の映像を届けたい

これが私のYouTube活動の大きな目標です。


ですが、日本とアメリカが戦った太平洋戦争で起きた戦いのほとんどは、その名の通り太平洋に浮かぶ島々で起きています。

太平洋戦争での日本軍の占領地域。日本国内での戦闘は少ない。CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=284345

こういった戦いの戦跡を訪問してロケ動画を撮ろうと思うと、どうしても遠く日本を離れて太平洋上の他の国にまで足を延ばさないといけなくなります。


もちろん、世界中どこへだって行って動画を作ってやる!という気持ちです。


ですが、海外ロケとなると、どうしても金銭的な問題が立ちはだかります。


飛行機代や宿代など、日本国内でのロケよりも遥かに多額の予算が必要になります。



それでも、どうしても現地に行って、感じ取ったことを皆さんにお話しして、そこで起こったこと、残されたものをしっかりカメラに残したいんです。それこそが、私ドントテルミー荒井の、そして大人の教養TVの使命だと思っています。


前回のクラファンで達成できたサイパン島でのロケを経て、その気持ちはますます強くなりました。現地の映像をみなさんに届けることで、戦争の悲痛さや不条理さがより強く伝わったと思っています。こうやって、日本中の「大人の教養」を高めて、日本を平和で、より良い国にしていきたい。これが私の想いです。



そのために、皆さんの力を貸してほしいのです。
僕の目標のため、そしてこれからも平和な日本であり続けるために、どうか力を貸してください!



今回の行き先は、「ガダルカナル島」「ペリリュー島」にしたいと思います。

どちらも太平洋戦争屈指の激戦地で、日本人として見ておきたい、知っておきたい場所です。


●ガダルカナル島

Google Earthhttps://www.google.co.jp/intl/ja/earth/

ガダルカナル島は、南半球のソロモン諸島にある島です。

1942年に、日本軍はソロモン諸島に進出し、航空機を飛ばすための飛行場の建設を始めました。

The Marine Campaign For Guadalcanal. Marines in World War II Commemorative Series, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=984848による

しかし、飛行場の完成間近に、1万人を超えるアメリカ軍がガダルカナル島に上陸し、日本軍が完成させようとしていた飛行場を占領してしまいます。


そして、飛行場を奪回したい日本軍とアメリカ軍との間で、壮絶な戦闘が繰り広げられたのです。

https://unsplash.com/ja

また、ガダルカナル島をめぐって海上でも戦闘が多く行われ、今でも多くの艦船がガダルカナル島周辺の海に沈んでいます。


激しい戦闘が行われたのですが、ガダルカナル島での戦死者の半分以上は、餓死病死でした。

ガダルカナル島への補給がうまくいかず、食糧がろくに補給されることがないまま、日本兵は過酷な環境でアメリカ兵と戦ったのでした。結果として日本軍には餓死者が続出し、ガダルカナル島に上陸した31,358名中、21,138人が死亡・行方不明となっています(戦史叢書)。


そのような過去があったので、ガダルカナル島はのちに「飢餓の島」餓島=ガ島と呼ばれるようになります。


大人の教養TVでは、かつてガダルカナル島で日本兵として戦い、生き残って帰ってこられた方へインタビューも行いました。


生きるか死ぬかの世界をさまよった貴重な経験談をお聞きすることができました。インタビューさせていただいたのは、103歳の鈴木貞雄さんという方でしたが、貞雄さんが戦い抜いたガダルカナル島に絶対に直接行って、映像に残したい!という強い思いがあります。


ガダルカナル島では、


◆島中に散らばった慰霊碑

…たくさんの部隊が上陸し犠牲となったため、島のあちこちに慰霊碑があります。

◆トウキョウ・ベイ

…当時使われていた駆逐艦が座礁しており、いまでも甲板に上がることができます。近くには米軍の輸送船も座礁しています。

◆テテレ海岸

…米軍の上陸・補給地点です。今でも米軍の水陸両用戦車が残されています。

◆中川河口東側

…インタビューさせていただいた貞雄さんが所属した一木支隊の記念碑です。

◆ベチカマ&ビル村の戦争博物館

…戦争資料館があります。当時使われていた飛行機や戦車、銃、砲弾などが展示されています。


などを見て回りながら動画を作っていきたいと思っています。


●ペリリュー島

ペリリュー島はパラオを構成する島の一つです。

https://www.google.co.jp/intl/ja/earth/

1944年9月15日から11月27日までの74日間、ペリリュー島をめぐって日本軍とアメリカ軍が熾烈な戦闘を繰り広げました。


日本軍はペリリュー島を要塞化することで必死にアメリカ軍に対抗しますが、最終的にアメリカ軍に物量で圧倒されてしまいます。ペリリュー島からの日本兵の生還者は200名程度といわれています。

 Marines Move Across Peleliu, 1944, CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=42679716による

ペリリュー島では1万22人の兵士が命を落とし(戦史叢書)、そのうち2000名以上の遺骨が今もなおペリリュー島に眠っています。


ペリリュー島での戦いについて詳しくはこちらの動画で解説しています。



ペリリュー島では、


◆オレンジビーチ 

…アメリカ軍と日本軍が最初に衝突したビーチ。多くの犠牲者の血でビーチが真っ赤に染まったといわれています。

◆ペリリュー飛行場

…東洋随一と言われた飛行場です。今はペリリュー島に着陸するセスナなどが利用しているそうです。

◆千人洞窟

…防空壕や陣地、野戦病院として使われていた洞窟です。日本軍はこういった洞窟に潜んでアメリカ軍と戦いました。

◆海軍司令部跡

…アメリカ軍の弾痕や迫撃砲の跡などが生々しく残っています。

◆慰霊碑

…ペリリューとの戦いを指揮した中川大佐をはじめとして、日本兵や軍の関係者などの慰霊碑があります。

◆大山洞窟

…ペリリュー島の戦いの指揮官が最後に自決した地といわれています。

◆戦争博物館

…日本軍の施設を博物館にしたもので、日本兵の遺品や銃などが展示されています。


これらをベースにさらにリサーチし、さらに行く必要があると思った場所や、現地に行って分かった場所などを追加して動画を作成する予定です。



https://pixabay.com/ja/
●ガダルカナル島

【1日目】

福岡→ホニアラへ入国

【2日目】

ガダルカナル島の下見

【3日目】

終日撮影&ライブ配信予定

【4日目】

予備日(天候不順などに備えて)

【5日目】

ホニアラ→福岡へ帰国


●ペリリュー島

【1日目】

福岡→パラオへ入国

【2日目】

ペリリュー島の下見

【3日目】

終日撮影&ライブ配信予定

【4日目】

予備日(天候不順などに備えて)

【5日目】

パラオ→福岡へ帰国 



https://pixabay.com/ja/
●飛行機代

往復17万円(福岡←→ガダルカナル(ソロモン諸島))×3

往復14万円(福岡←→ペリリュー島(パラオ))×3

●宿泊費

ガダルカナル島 9千円×4泊×3人

ペリリュー島  5千円×4泊×3人

●ツアー

ガダルカナル島 3万円×3人

ペリリュー島 140USD(約2万円)×3人

その他(現地交通費,返礼品費,CAMPFIREへの手数料16%+税など):26万円


⇒ 合計:150万円

※食費や自分たちへの給料は動画の収益からなんとかします。旅費の支援をお願いします。



世界中を飛び回って動画を作りたい!世界の様々な史跡や戦跡をわかりやすく解説したい!というのはチャンネル設立当初の大きな目標であり、夢でした。


前回のクラファンでご支援くださったおかげで、サイパン島でロケを行うことができ、その夢の一歩目は叶えることができました。


サイパン島の動画を作って公開したところ、想像以上の反響でした。


かつてサイパン島で先祖を亡くされた方をはじめとして、サイパン島で過去に起こったことを伝えてほしい!という方々からたくさんの応援の言葉、励ましの言葉、そして感謝の言葉をいただきました。


ここまでやってきたことは間違っていなかったんだと確信できました。これからも世界中で動画を撮って、世界のありのままを伝えたい。過去に起こったことを現地で解説して、皆さんの教養を少しでも高めることに貢献したい。サイパン島でのロケを経て、この気持ちが確固たるものとなりました。


世界中どこへでも飛び回って実際に現地に行ってカメラを回す。そしてそこで何が起こったのかわかりやすく解説する。これは僕たち大人の教養TVにしかできないことだと思っています。


ご支援いただけたら、必ず、もっとあなたを満足させる動画にしてお返しします。
ご支援のほど、よろしくお願いします!



ドントテルミー荒井


<募集方式について>
本プロジェクトはAll-or-Nothing方式で実施します。目標金額に満たない場合、計画の実行及びリターンのお届けはございません。

このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください