かつて東京最大のドヤ街(※)であった山谷。現在は、労働者の高齢化が進む福祉の街、あるいはリーズナブルな宿を求める訪日外国人の街となっています。変わりつつある東京のディープエリア「山谷」に、誰もが安心して呑める大衆酒場をつくります。(※日雇い労働者が居住する街。宿〈ヤド〉の逆さ言葉から)

プロジェクト本文

都内最大のドヤ街として知られる山谷。高度成長期、全国から労働者が集まり、都内を始めとした国内の建設現場に従事し、日本の経済成長を支えました。

工事現場で必要とされる力仕事の需要から、当地は必然的に「男の街」となり、同時に貧困問題・労働問題が内在しやすい背景から、いわば「東京の恐い場所」として、ネガティブなイメージとして捉えられることも少なくありませんでした。

しかし、かつてのドヤ街、山谷は近年変わりつつあります。

かつての労働者の高齢化が進み、いまや福祉の街となり、2014年以降急増する訪日外国人が利用しやすいリーズナブルなホテル・旅館が並ぶことや、南千住駅や三ノ輪駅へのアクセスの便が良いことから、バックパッカーが宿泊する拠点地として、少しずつですが、確実に変わりつつあるのが今の山谷の姿です。

(2017年に始まったアーケード撤去工事)

(いろは商店街の現在。閑散としているが、アーケードがなくなり明るくなったとの声も)

そうした変わる今の山谷に惹かれてか、あるいは消え入る面影を懐かしむためか、ここ数年はカメラを片手に山谷を訪れる人たちも増えてきているように見受けられます。とはいえ、山谷を訪れて困るのが飲食店の少なさ。かつて日雇い労働者の街として賑わいのあった頃は、たくさんの大衆酒場や食堂が建ち並んでいたようですが、労働者の減少とともに一軒また一軒と姿を消していきました。

一方で、大衆酒場の追分さん、大林酒場さん、丸千葉さん、大坪屋さん、鶯酒場さん、喫茶店のバッハさんなど、地元に愛される名店も実は少なくなく、飲食するための街として見ても、ポテンシャルを秘めているのが山谷です。

私が今回立ち上げる「山谷酒場」も、そうした名店を見習い、また新しく山谷を訪れる若い人たちにも愛される大衆酒場を目指しています。

自己紹介

山谷酒場の主人、酒井秀之と申します。昭和52年生まれ。世代としては高度経済成長期を知りませんが、育った街にはまだその面影が残されており、またその時代を取り扱った映画やドラマなどと接することも多く、高度経済成長期を懐かしく思う反面、羨ましくも感じる世代でした。そのせいか、いわゆる街にある個人経営の喫茶店も大好きで、2015年からは東京西調布で喫茶店「楓」をオープンし、地元の方や都内各地から訪れる喫茶ファンの皆様から可愛がって頂きました。

その中でSNSの影響もあり、大衆酒場好きな人たちも意外とご来店下さり、いろいろな大衆酒場を教えてもらいました。訪れてみると、自分の知らなかったもう一つの世界を触れたようで、感銘を受けました。1つしかない身体で悩みましたが、自分も大衆酒場をつくることを決意しました。

なぜ、山谷につくるのか?といいますと、皆さんが駅前で必ず見かけるチェーン店もあまりなく、個人で経営する店にもチャンスが埋もれているように感じました。昔、私自身が歩いたときとは雰囲気もだいぶ変わり、若い方や訪日外国人が本当に増えたなと実感しています。同時にシャッター街になってしまっている、いろは商店街のアーケードが撤去された今も、もう一度、街を再生したいという商店街会長さんや台東区地域振興課の方々、そのほか多くの皆さんの声が後押しして下さい増した。

山谷酒場とは

9月17日(祝)、山谷と吉原(旧遊廓地帯)を繋ぐ「いろは商店街」の南端(台東区日本堤1丁目10-6)にオープン予定です。

いま再評価の気運が高まりつつある、日本近代化の象徴とも言うべき山谷に、誰もが安心して飲みに来ることができる大衆酒場をつくります。

山谷酒場では、看板メニューとして「山谷酒」をお出しします。詳しい製法は企業秘密ですが(笑)、下町で愛されてきた焼酎をベースに、10種類の生薬(スパイス)を秘密の比率でブレンド。かつてエネルギーに満ち溢れていた労働者の街にあやかって、「山谷酒」の名前を付けました。飲んだ人が、今日の疲れを癒やし明日への活力を養って欲しいとの当店からの願いです。

メニューは、冷奴、ハムカツ、ポテトサラダ、焼きそばなどの大衆酒場の定番メニューから、醤肉(ジャンルゥ)、特製麻婆豆腐などちょっと珍しい料理まで幅広くご用意する予定です。

大衆酒場営業だけではなく、喫茶営業も続けます。移転&転業を決めたとき、以前、私が経営していた喫茶店「楓」に訪れたお客様から多くの暖かい励ましの言葉と、「これからも喫茶営業も続けて欲しい!」とのリクエストを頂戴しました。これまでのお客様のリクエストと、また地元のお客様の需要に応えるため、8時〜10時と短い時間帯ではありますが、モーニング・メニューもある喫茶営業を続けることにしました。お酒を嗜まれないお客様や、喫茶楓時代のお客様も是非ご来店ください!

※オープン日は9月17日(祝)を予定しています。工事などの関係から前後する可能性もありますので、こちらの告知やTwitterなど各種SNSで随時アナウンスしていきます。

資金の使い道

パトロンの皆さんから頂戴した資金は、主に内装など開店準備に充てた工事費や機材購入、より愛される大衆酒場として日々研究・改善していくための費用(例:調理器具、家具、什器などの購入)に充てていきます。

そして何よりも強調したいのは、当クラウドファンディングのゴールは

・山谷酒場を知ってもらう

・そして大好きになって貰う

というものです。リターンの一例を挙げれば、山谷酒のボトルキープなど、まずは当店を知って貰い、そして足を運んで、リピーターになって貰えたら…何よりも嬉しいです。

山谷とは

江戸時代、徳川家康が各地から江戸に通じる街道として整備した五街道にあたる奥州街道・日光街道に沿って、近世から木賃宿(当時の安宿)が建ち並ぶエリアでした。街としての山谷が大きく拡大したのは高度経済長期。労働力の需要から各地から労働者が集まり、ドヤ街として発展しました。

(山谷とその周辺。財団法人 城北労働・福祉センター作成『山谷地域マップ』を元に作成)

昭和38年には、ドヤ(簡易宿泊所)は222戸、ドヤに住む人口は約1万5,000人を数えました。しかし現在は、ドヤに住む人口は約4,000人(平成28年)、平均年齢は66歳を超え、その8割が生活保護を受給しています。

(平成元年頃のいろは商店街。自転車では通れないほどの賑わいだったという〈提供:いろは商店街・禁複製〉)

そうした労働者の高齢化を背景に、地域医療や生活支援をいち早く取り入れた福祉の街として、日本の超高齢化社会の将来のあり方を占う街として注目を浴びる一方で、リーズナブルなホテル・旅館が並ぶことや、南千住駅や三ノ輪駅へのアクセスの便が良いことから、2014年以降急増する訪日外国人が利用しやすい滞在拠点地としてもその存在感を増しています。少しずつですが、確実に変わりつつあるのが今の山谷の姿です。

(いろは商店街の戦前の頃〈提供:いろは商店街・禁複製〉)

山谷の中心にある泪橋交差点は、かつて江戸市街地との境界に架かっていた橋で、この先にある小塚原処刑場へはこの橋を渡っていきました。斬首される罪人にとってはこの世との別れの境界であり、またその罪人の家族にとっても今生の別れを告げる境界であったことから、このような哀しい名前が付けられたとされています。山谷を舞台にした、ちばてつや氏による漫画作品『あしたのジョー』の設定では、主人公、矢吹丈が通うジムが泪橋下にあったことをご存じの方も多いかも知れません。

(涙橋交差点。高度成長期には道を労働者が埋めつくした)

(小塚原の首切り地蔵)

また、山谷エリアに隣接して遊廓地帯「吉原遊廓」があり、1657年の開業以来、日本最大の遊廓として多くの遊女を擁し、江戸カルチャー発信の地でした。たびたび火事に見舞われた吉原は、仮の営業地として山谷にも遊女屋が軒を並べたこともあります。落命した哀しい遊女の亡骸は、山谷近くにある三ノ輪の浄閑寺で寂しく弔われました。昭和33年に施行された売春防止法以後も、故郷を遠く離れた労働者の需要から、山谷には路上の屋台に娼婦を置き、買売春の場となったこともあります。

このように山谷は、学校では習うことがない「近現代における東京裏面史」の舞台とも言えます。また同時に、近現代における都市圏では、大なり小なり山谷のようなドヤ街が必ずあり、東京だけではなく「近現代の日本裏面史」とさえ言えるかもしれません。

山谷が街としてかつての賑わいを失っている現状は、ある種、日本の今と将来を占っているのではないでしょうか? ただ悲観し、懐古するのではなく、これまで述べてきた山谷の大きな魅力を活かして、これからの若い世代、あるいは海外からのお客様も楽しんで頂ける大衆酒場、引いては街の一部となりたいと考えています。

山谷酒場 店舗情報

・住所:台東区日本堤1丁目10-6

・電話:開設予定

・オープン:2018年9年17日(祝)予定

・営業時間:8時〜10時(喫茶営業〈10/2以降〉、L.O.9時30分)、16時〜23時(酒場営業、L.O.10時30分)

・定休日:毎週月曜日(祝日の場合は営業。翌火曜日はお休み)

・公式サイト:公開準備中

・その他:酒場営業時間(16時〜23時)は小学生以下の入店はお断りしています。

 

※参考文献

・公益財団法人 城北労働 福祉センター作成『事業案内(平成30年度)』

・佐野陽子 江原晴郎『奥浅草 地図から消えた吉原と山谷』

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