新元号「令和」元年、新たな時代が幕を開けました。
令和は国書である「万葉集」を出典として選ばれた、歴史上始めての元号です。
『万葉集』巻五の八一五~八五二、大伴旅人老の邸宅で開かれたお正月の「梅の花見の宴」。その宴の席で詠まれた梅の花関連の歌が32首ございます。
「令和」はその序文を出典として選ばれましたが、この序文の最後には、「このような言葉を失うほど魂を揺さぶるような情景の中で、もし今筆をとって和歌を詠まなければ、どうしてこの奇跡を伝えることができるであろうか。」として和歌を詠んだと記されています。その彼らの思いが千三百年の時を隔てて、新たな元号の出典となりましたことに改めて日本の素晴らしさを実感致しました。
また序文の中には「古と今とそれ何ぞ異ならむ」とあり、感銘を受けた情景を記録することの大切さは言うまでもなく、「美」の前では昔も今も変わらないというところが非常に面白いのです。
もちろん当時はデジカメもスマートフォンもなかった時代。そのような中であっても和歌を通じて奇跡の瞬間を人々に伝え残してゆきたいという情熱と活力、そして平和的かつ非常に文化的であり、大変素晴らしい元号に定まったと思います。
平安時代に作刀された「太刀 石切丸」が今も我々の眼前にあって、我々が受ける感銘はおそらく平安時代も今も変わらないでしょう。そしてまた、この素晴らしい太刀を後世に繋げてゆきたいという情熱は梅の花見の宴の時と同じく、多くの名もなき先人たちの情熱によって大切に受け継がれ、時間を超えて、今私たちは眼前にその麗しい刀身を拝することが出来ます。
「令和」という新時代を迎え、万葉の昔に生きている歌人と我々には何の違いもないことに改めて感動を覚えると共に、同じように千年先まで残るものを皆様と共に作り上げたいという思いを新たにしました。
御支援いただいた方も【5,000名】を超え、感謝申し上げます。
残り【13日間】となりましたが、多くの方と共に本事業を進めてまいりたいと思います。何卒、今後ともご厚志を賜りますよう謹んでお願い申し上げます。
令和元年五月吉日 石切劔箭神社 百七代宮司 木積康弘