事前勉強会のご報告
皆さん、こんにちは!!!
昨日、バレンタインデーはどうお過ごしでしたか??私たちは、NPO法人アジア太平洋センター(PARC)にて、沖縄スタディーツアーのための「事前勉強会」を開催しました。
講師に太田さんをお招きし、主に沖縄の歴史・沖縄戦・現在の基地がどのように配置されたのかをお聞きしました。
参加者は太田さんのお話を聞いた後に、沖縄の信仰、海兵隊の意義や首里城に関することなど、幅広い疑問を投げかけました。
以下、今回の事前勉強会の内容をシェアします。
▼沖縄の歴史(日本の文献に残っていない先史時代から「本土」復帰、現代まで)
沖縄では現在も、先史時代を示す遺骨が見つかっている。
1609年(琉球併合/琉球処分の前)
徳川幕府が政府として、薩摩藩が武力を持って琉球国を侵略することを認めた。
琉球併合/琉球処分→本土復帰
1872年 琉球国を廃止し、琉球藩へ
1879年「沖縄県」設置
1945~1972年 アメリカ軍政下
1972年「本土」復帰
▼差別用語/アイデンティティとしての「琉球人」
以前は差別的な意味で用いられてきた「琉球人」であったが、琉球人→沖縄県民→琉球人と変容し、現在ではアイデンティティの一つとして「琉球人」が用いられている。
▼首里城
実は首里城が焼けたのは、今回で5回目だという。
他県にある同じ国営公園では上納金を取らない中、首里城からは毎年約2億円の上納金を日本政府に支払っているという矛盾があるようだ。また、首里城が国営公園に指定されたことで、「拝所」というお祈りをする場所が撤去された。そのため、地元の人々が拝所でお祈りをすることができなくなってしまった。しかし、今回の再建にあたり、沖縄からは
①拝所の再配置 ②地下にある日本軍の第32軍司令部壕の公開
を求める声も上がっている。
日本全国の人々が衝撃を受けたニュースであったが、その裏には観光地としての「首里城」だけではない沖縄の歴史と沖縄の人々の想いが存在する。そのため、第三者が積極的に再建を求めることを、もう一度考える必要があるのではないだろうか。また、沖縄に対して強気である日本政府が、今回の再建に協力的な姿勢を取っていることも私たちは再考していく必要がある。
▼沖縄戦での死者数からみる戦争
日本政府は、沖縄戦を高く評価している。その背景には、アメリカ軍がより多くの武力(武器や軍隊)を持っていたのに対して、沖縄では護郷隊(※1)が戦ったにも関わらず米軍に大きな打撃を与えたことが挙げられる。しかしながら、以下の表を見ても沖縄戦は、多くの一般市民が犠牲になった戦争である事がわかる。
※1 護郷隊:14歳〜70歳くらいの人々が召集され、沖縄北部で組織された遊撃隊(ゲリラ部隊)である。
出典 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/okinawa_04.html
太田さんのお話の中で、印象的だったことは世界で起きている戦争は偶発的なものではなく、計画的なものであるとおっしゃっていたことです。
沖縄戦もその一つで、さらに司令部や軍隊があることでその場所が攻撃/戦場の対象になる。在日米軍基地の約75%が、日本の国土のわずか0.6%の沖縄に集中していることから何かのきっかけで戦争が始まった際に、沖縄が再び戦場となることは明らかである。そのため、この在日米軍基地問題を解決することが「平和」をつくる大きな一歩につながることがわかった。
お忙しい中、太田さん・NPO法人アジア太平洋資料センターの皆さまありがとうございました。
いよいよ、クラウドファンディングも残り12日になりました。最後の日まで、ご支援・ご協力をよろしくお願い致します!!!!!