
もう45年も昔になる・・・単独でインドに行った
当時は、まだ、海外へ旅行できるのは特別なお金持ちだけ
という時代だ
ただ、今しかない!
という決断に迫られたのは
様々な偶然の一致だった
その当時、ビートルズの影響で世界中のヒッピーが
インドに集結していた。そして、もうヒッピーですら
インド放浪は厳しすぎる地域なので逃げ出すという
噂が持ちきりだった
なぜインド?
という話が100%でる
英語を吸収したかった
それには英語しか話せない環境に浸かることに限る
と考えていたので、それでインドだった
というと、あっ、インドって英語なの?
と返ってくるが、そうじゃないんだ
ヒッピーが英語をしゃべる
各国からヒッピーが集まるから
当時のインドのヒッピー集落は世界の
縮図だった
英語を吸収したいのは
海外で働き買っただけ・・・
だから、ヒッピーがインドに集結していた
当時しかチャンスがなかった
そうそうインドの物価は安い
当時の日本社会のあこがれはもちろんヨーロッパや
アメリカだけど、物価が半分どころか10分の1どころか
100分の1とまではいかないけど20分の1や30分の
1程度なので安価で国際舞台に浸れるのは当時の奇跡的な
タイミングのインドでしかなかった
けれど、利点はそうであっても
欠点は山とあった
危険なのだ!
インドも危険、ヒッピーも危険・・・
もちろん危険は怖いので、何人も相棒を誘った
・・・が結局、ドタキャンというか話が煮詰まると
全員が逃げ出したので腹を決め単身渡航した
インドはほんとうに惨めなほど貧しかった
サガンが言った
インドに行く人ってサディストだけだね!
その言葉を残してサガンは3日でインドを去った
ヨーロッパでのインド人気は結構昔からある
そりゃぁ、大好物の香辛料はインドから入っていた
のだからやむを得ないのかも
シタールの魅力もあるけど
ビートルズがインドに行ったのも
そういう下地があったからではないだろうか
・・・で、行ってみて実感した
道端で人々は死んでいくし
そりゃぁ、まともに町など歩けない
ある日、インド人とけんかして、初めて
インド人の考えが身に入った
それで初めてインド人と同じ目線で見れた
それで初めてインドを楽しめたのだけど
その悲惨な貧乏を見て思ったことは
僕はなぜ日本で日本人として日本人の両親から
生まれたのかは知らないけど、ただそれだけで
幸せだと感じた
そんなインドを放浪する中で感じたのは
絵に描くような悲惨な貧乏のなかで生活する
インド人も幸せの満足度は普通の日本人と同じ
レベル、それは普通のヨーロッパ人と同じレベル
貧乏だから10分の1で満足するのではない
という現実・・・人間ってみんな同じなんだと
感じた瞬間からインド人が偉大に見え始めた
悲惨を悲惨と感じないのではなく
僕たちと同じように感じているのだ
だから想像を絶する忍耐の中で
喜びや楽しさを見出していると思ったときから
インド人が哲学者に見えてきた





