誤解のないようにもう一度言います。
いい意味で。
兼業主夫放送作家の杉山錠士です。
いやー長女がどんどんデカくなる。もう高校1年生ですよ。ビックリ。
写真はまだ中学生の頃ですが、短期のバレエ留学先で撮ったものだそうです。
その長女が、保育園の年長クラスの時から、兼業主夫を名乗り、仕事をセーブして一緒に過ごしてきました。
最初のうちはきっとどこかで「父親らしく」ということをイメージしていたような気がします。いつも強く、頼れて、たくましく、それでいて優しい。そんなイメージでしょうか。正直、ハードルが高いのです。僕もそこまで人間ができていないので怒ってしまったり、全然対応できなかったり、いろいろなことがありました。
そして、たぶんどこかで疲れました。
一緒にいる時間が長いということは、楽しいこともあれば大変なこともあります。そして、たまにだったらガマンできることもできなくなります。どんどん遠慮がなくなります。それはきっとお互いにそうなんだと思います。
いったんはなんかギスギスした感じになってしまうかもしれませんが、その向こうにあったのが「気を遣わない関係」なんだと思います。辛い時期を乗り越えた明確なきっかけはありませんでした。気がついたらそうなった感じ。
ある日、突然今まで出来なかった二重跳びが飛べるようになったような感覚です。
今、休校で長い時間を過ごさざると得なくなったパパがいると思います。ちょっとつらいなと思っている人もいると思いますが、一緒に過ごした長い時間はきっと無駄にはならないと思います。明確なきっかけではなく、なんとなく、いつの間にか変わっていくところがあると思います。きっと、育休なんかもそういうところがあるんだろうと想像します。
さて、表題の件。
家族の間でも、夫婦の間でも、親子の間でも、もちろんそれ以外の人たちの間でも「信頼」が大事で、それと対極にあるのが「裏切る」ということなんだと思います。
僕が言う、裏切ること、は、子どもが考える「こうしたらきっとパパはこうするだろう」という予想に関してだけの話です。
「泣いて謝ったら許してくれるだろう」
「悪い事をしたら私を見てくれるだろう」
とか、そういうことです。
例えば、娘が何かを壊してしまったりして「絶対に怒られるだろう」という思いで報告してきた時は・・・怒りません。絶対に。
もうすでに反省しているのがわかるからです。傷口に塩を塗る必要はないと思います。十分に痛いと感じているから。
でも、反対に失敗したのに「まあ、このくらいは怒らないでしょ」というテンションで来たときは・・・みっちり叱ります。
怒られないと高をくくっていたからこそ、娘はめちゃめちゃビックリします。
あ、もちろん「これをしたらほめてくれるだろう」という「よかれ」系のことはきっちりと裏切らずに応えますのでご心配なく。
他にはこんなことが。
娘「パパ、臭いな」(ちょっと言いにくそうに)
パパ「おお!それはパパが臭いって思えるほど鼻が成長したんだよ!よかったよかった」
<あとで聞いた娘の感想>
絶対に言っちゃダメだと思ってたからビックリした。
娘「パパ、白髪見つけた」
パパ「おー!やっと増えてきたかー、これで少しは貫禄出るかな~」
<あとで聞いた娘の感想>
みんな白髪染めしているから白髪は良くないと思ってたけど、そういう考え方があるんだ、と思った。
こんな感じです。
なぜこうするのか?それは親のことを思い通りになる存在だと勘違いさせないためです。もちろんそれはこっちから見ても子どもが思い通りになるなんて思ってはいけないということとイコールだと思いますが。
家族とはいえ、一対一の人と人。ちゃんとお互いのことを見て、お互いが何を考えているのか想像する力は生きるために必要だと思います。そのトレーニングにもなるんじゃないかと。
ただし、これを成立させるためにはハードルもあります。
期待された場合には、その”斜め上”を行く必要があるからです。そうすると「おおさすがパパ」となるわけです。毎回は無理ですが、できる限り毎回「いい意味で裏切るパパ」でいられるようにこれからも全力で子育てします!
娘よ!パパはお前の思い通りになんてならないぞ!
何の勝負だ。