2020/06/08 09:00

【第1話あらすじ】

東京から九州へ、九州から福岡へ。それまでの事業とん挫の原因を「人のふんどしを借りていたからだ」と気づいた羽生博樹は、完全オリジナルで会社を作ろう、と糸島にオフィスを構えた。事業が軌道に乗り始めたある日、web業界を「welq問題」が襲う。


(旧糸島事務所近くの海岸沿いにて)


2016年末に起きたDeNA運営メディア、welqの低品質記事問題だ。医療情報をまとめたメディアだったが、内実は医療的な裏付けのない低品質な記事が話題となり、DeNAもwelqを閉鎖。

webメディアの影響力の大きさと、web業界の粗悪な記事乱造が明るみに出た事件でもあった。

それまでは記事を大量に出すのが良いといわれていたものが、正確な情報を伝えることに重きが置かれることになる。キュレーションを中心に行っていたメディアは、軒並み検索順位を下げることになった。

当時、大会結果の速報をメインに配信していたジュニアサッカーNEWSも、この例外ではなかった。


「価値のあるオリジナルコンテンツを」

(ジュニアサッカーNEWS)


統括責任者の梅野は当時をこう振り返る。

「とにかく謎な時期でした。Google経由で来てくれていたユーザーさんが、ぱたりと来なくなりました。検索順位で上のほうに上がってこられなかったのが理由だと思います。キュレーションメディアとしてカウントされてしまったからだね、いつかまた検索順位は上がるから耐えよう。という時期だったと思います…」

それまで看板商品だった記事が検索ページから発見できなくなり、広告収入も激減した。アクセスが伸び、取り扱うカテゴリーを増やそうとしていた時期だったために、この痛手は大きかった。

ここで、また羽生の教訓が活きた。

人のもので勝負をせず、自分で作り上げたものに勝るものはない。今回、アクセスがゼロにならなかったということは価値があるコンテンツがうちにもあるということだ。では、それは何か。

「オリジナルコンテンツを徐々に増やそうとしていたタイミングでもあったんです。で、広告は少ないし、大変ではあるけれどこの困難はいつか終わるから、いつか検索順位がまた上がる日に備えてオリジナルコンテンツを増やそうという動きは止めない、ということになりました」(梅野)

羽生と梅野の読みは当たる。

(現統括編集長 水下)

ライター陣の中にいた水下真紀を編集長に起用し、メディアサイトへの方向転換を図った。起用から1週間、水下はジュニアサッカーNEWSの全記事に目を通し、外部分析サイトの数字を隅から隅まで見て、分析結果とあらたな企画の一覧表を羽生に提出した。何が足りないのか、どこを深く掘り下げるべきか。「これで行こう」。この方向転換が、ここからのジュニアサッカーNEWSの成長を飛躍的に加速させていく。

ジュニアサッカーNEWSが再び検索で上位表示されるようになったのは2017年の夏だった。再び陽が当たるようになったとき、ジュニアサッカーNEWSはもはや「結果速報のサイト」ではなく、「結果速報とサッカー進路のサイト」として大きく認知されることになった。

組織作り

(ライターも含め社内で使用しているチャット)


ニーズの増えてきた大会数は日々莫大な数になっていった。当初働いていた5人の外注ライターだけではとても回せる数ではなく、一気にライター数を増やすことになる。ここで梅野は板挟みの大変さを知ることになる。

「何が正解なのかわからなくて、日々みんなで話し合って…どんな組織を作ったらいいのか、どういう指揮系統にしたらいいのか…結局はライターの皆さんに助けられたんですけど」(梅野)

羽生の決断に振り回された時期もある。

「羽生は今を見ていないというか、未来しか見ていないので、この間ライターさんに頼んでいたものが今日は『あ、もういらないから』ということもありましたね…

一生懸命作ってもらったのに申し訳なくて、何度も泣きました。羽生に食って掛かったりもしました。でも今はつらくても、決断をしなくてはいけないときはある、と思います。このお仕事をするまで、私は自分で決定できる立場にいたことがなかった。それを学ばせてもらったんだと思います」(梅野)

(羽生と梅野) 

ジュニアサッカーNEWSのライターは現在全国におよそ50人。間口は広いが、続かない人も多い。文字だけの世界のやり取り。記事の提出は裁量の自由度が高いため、責任感を持って最後までやってもらえない人は続かない。

言葉の世界でうまくコミュニケーションを取れない場合も、続かない。

グリーンカードの社員はライターのことを、敬意をこめて「ライターさん」と呼ぶ。

「時間のある主婦を、と雇ったつもりだったのに、それぞれすばらしいスキルを持っていて、それを発揮してくれている。今のメディアを創り上げられたのは、本当にライターさんのおかげ。今はあまり私に時間がなくて、1人1人にかかわれないのが非常に残念です」(梅野)

たとえ文字だけのやりとりでも、敬意は伝わる。

そうして創り上げてきた組織が、2019年11月に月間1200万PV、197万UU達成という答えを出した。

ルーキーリーグという転機

(統括副編集長 江原)


もうひとつ、大きな転機があった。プロライターでもある江原まりの参入である。今まで梅野がほぼ一人で消化していたアイデアを、手分けできるようになった。営業経験も豊富にあり、プロライターでもある江原の参入はグリーンカードを一気に推し進めることになった。

2018年末、ある一通のメールが舞い込んだ。

株式会社Blue Wave代表の伊藤誠氏からの連絡だった。江原がそのメールを受けたことがきっかけでとんとん拍子に話が進み、株式会社Blue Waveの運営していたルーキーリーグ(U-16のサッカーリーグ)の全国的な運営のサポートをすることになったのである。

(球蹴男児(ルーキーリーグ九州エリア大会)) 


この人は信用できる、と見切った後の羽生の決断は早かった。

運営の手伝いをしよう。

最初の報酬はなくていい。

伊藤さんひとりではやりたくてもやれなかったことを手伝おう。

全国のルーキーリーグ参加校100校に取材にいき、ルーキーリーグの周知に努めよう。

社員は全員それぞれ担当地域を持ち、全国を回った。

報酬がないから、経費も潤沢ではない。日程を詰め込み、できるだけ少ない日程で全校を回った。梅野も九州を行脚した。

「認知度は非常に低いな、という感じの印象でした。担当の方も私たちが何なのかご存じなかったし、どうして私たちがルーキーリーグの取材をしているのかのご説明から始めさせていただく感じでした」(梅野)


海のものとも山のものともつかないグリーンカードが介入してくることに難色を示した高校も多かった。それでも1年間、試合結果の即時反映、各地域ごとのルーキーリーグのホームページ運営、折々の取材を経て指導者たちの受け取り方も変わってきた。

「2019年度、監督たちを集めた総会に行って説明させてもらっても、こいつだれだろう、何なんだ?という警戒のまなざしのほうが強かった。

でも1年やらせてもらったら、2020年度の総会は全く違う。非常に好意的で、感謝さえしていただいた。何か協力できることはないか?と指導者の方々から声をかけてもらえるようになった。これが成果だ、と感じてうれしかった」(羽生)

2020年度はルーキーリーグの輪を全国に広げ、今までにルーキーリーグがなかった地域でも開催が決まった。各地で次々と指導者説明会が開かれ、羽生もまた全国を回った。加盟校は120校になり、ホームページの準備も整い、開幕の4月を待つだけとなった。

(代表取締役社長 羽生) 


2020年2月3日。


横浜港に入港したダイアモンドプリンセス号が、原因不明のウイルスによる集団感染を疑われて入港延期になった。2月13日、国内で初のウイルス感染による死者が出る。3月2日には公立の小中高校が休校になった。大会も続々と中止になった。新型コロナウイルス(covid-19)である。


大会がない。3月の広告収入は昨年度比6割になった。4月は4割。そして5月、インターハイの中止が発表された。夏までの全国大会はない。もはやメディアからの収入は見込めなくなった。新たな危機がスポーツ業界を席捲していた。


【コロナウイルスに負けない】スポーツチームの存続危機を救おう


(第3話に続く)


執筆者:水下真紀(株式会社グリーンカード統括編集長)