いつも、私達のプロジェクトをご覧頂き、心から御礼申し上げます。
間も無く、「フラボーイ」公演プロジェクトも終わろうとしています。
しかし、残念ながら今の状態では、未達のままで結末を迎える事を回避出来そうもありません。
これから発言する事は、誤解を恐れずに、今の私の本音や気持ちを包み隠さず書き表したものです。
ミュージカル「フラボーイ」が誕生したのは、2012年。東日本大震災発生から約8ヶ月後のことです。
起草メッセージにも書きましたが、私ごときが、またいわきを離れて都内で演劇活動をしている者が、震災を題材にして作品を創るなどとは、僭越であるおこがまし過ぎると控えていたのですが、いわきからの演劇文化の動きは、殆ど都内には伝わってはこず、お決まりの身内ダンス公演や、復興補助金を浪費して都内からのピントのずれた招聘公演が開催されるのみで、「もっとダイレクトに、原発問題や津波被害で傷ついた人々の心を描いた作品が生まれて来ても、いいのではないか!」 と焦燥と落胆、怒りに似た衝動が沸き起こり、徒手空拳で作品づくりをはじめました。※もちろん赤字リスクを覚悟の上で。
それは、予想通り経済的困難をともなう、とても難産な自前での製作作業でした。
昨年の「いわきアリオス」での再演も、さまざな応援をいただきながら、ミュージカルに馴染みのない地元青少年にチケットを買って貰っての集客に苦労しました。
複数の地元テレビで紹介され、ラジオ局にも数社出演。地元新聞でも広く告知されはしましたが、公演1か月前になっても、動員は芳しくなく、このままでは閑散とした劇場で、都内から連れて行った役者達に、「フラボーイ」を演じさせてしまうと、寝ても覚めてもうなされる状態の中、何とか必死で市内にある県立高校の校長先生や演劇指導の担当先生にもお願いし、結果、公演当日は多くの女子生徒の皆さんが会場に来てくれました。
しかし、「学生割引」を実施したため、収益においては想定を超える赤字興行となってしまいました。その赤字補填は、私や関係者達が当然被ることとなったのです。
正直、都内とは違って、無料で観劇する事を慣例とする、いわきや福島県内では、多くの理解者からの支援がなければ、文化活動を続けるのは厳しい、というのが実感です。
初演のときからわかっていたつもりなのに、演劇馬鹿の血は騒ぎ続けるもので、そして、自分がこの世に存在している証として死ぬまで作品を発表し続けたい、という自分自身の性(さが)が、また創作意欲を掻き立たせてしまうのでしょう。「やめる」という選択肢が私にはありません。
私の正直な気持ちを皆様にお伝えしましょう。
はっきり言って、この「フラボーイ」は、作品として生まれてこなかった方が良かったのではないか、と自信を無くしていました。
2012年の誕生以来、全国に広げて行きたいと行動しても、こうして30万円という支援金額も集まらない、この共感されない物語は、必要とされていないと思えてなりません。『被災地を元気にしたい!』などと大上段に構えてメッセージを発信しても地元いわきや東北の方々にさえも伝わらない。きっと、大きなお世話なのだ、無駄な血を流し続けるだけなのだと、諦めかけていました。
ですが、昨日、運営サイドの方から「天美さん! このまま未達(みたつ)でいいのか?悔しくないのか?」と熱い叱咤激励を受けました。
私もこれまで様々な困難を克服し、都内を活動拠点に約30年、20本以上のミュージカル舞台を作り続けて来ました。
いわき出身の人間である以上、故郷の海や山、川、眩しく降り注ぐ太陽の光、地元の食材のの素晴らしさは良く知っています。
まさしく、東北で良かった! いわき生まれてで良かった!
と、常に思わせてくれる魅力が、いわき市にはあるのです。
だから、震災と原発事故によって、あられもない風評被害を負ったいわきの復興を底辺からでも全国に訴え続け、多くの人達に観光客となって訪れて欲しいと思ってます。
ご存知の通り、この「FAAVO磐城国」の目標達成がゴールではありません。
ここがスタートラインであり、ここから始まってゆくのです。
皆さまのご支援によって、私たち制作チームも自信を取り戻し、また奮起して頑張り続けてゆけます。
どうか、わたくし、天美幸から最後のお願いです。
これをご覧になられた皆さま。ほんの少しの支援でも結構です。私達を助けて下さい。僭越で勝手なお願いとは分かっています。
あと、20万余で目標達成です!
どうか、どうか、どうか、皆さんの熱いご支援を頂きたいです!
ミュージカル「フラボーイ」原作者 天美 幸