津軽海峡・大間沖に沈んだ旧日本海軍特務艦「豊国丸」を後世に伝えたい

戦時中の本州最北端、津軽海峡・大間沖で戦火に見舞われた特務艦「豊国丸(ほうこくまる)」を知っていますか? 今後も守って行きたい日本の平和のため、慰霊碑を修理するプロジェクトへご支援お願いします。    

現在の支援総額

2,140,000

107%

目標金額は2,000,000円

支援者数

94

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2018/01/11に募集を開始し、 94人の支援により 2,140,000円の資金を集め、 2018/03/31に募集を終了しました

津軽海峡・大間沖に沈んだ旧日本海軍特務艦「豊国丸」を後世に伝えたい

現在の支援総額

2,140,000

107%達成

終了

目標金額2,000,000

支援者数94

このプロジェクトは、2018/01/11に募集を開始し、 94人の支援により 2,140,000円の資金を集め、 2018/03/31に募集を終了しました

戦時中の本州最北端、津軽海峡・大間沖で戦火に見舞われた特務艦「豊国丸(ほうこくまる)」を知っていますか? 今後も守って行きたい日本の平和のため、慰霊碑を修理するプロジェクトへご支援お願いします。    

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はじめまして。大間町の工藤竹美です。

昭和4年、青森県三厩村(現:外ヶ浜町)に生まれ、昭和24年に海上保安庁に入り大間町に赴任したことをきっかけに、平成2年の定年退職後、大間町で食堂や民宿を経営するようになりました。

 豊国丸遺族会世話人として

豊国丸戦没者慰霊碑の建立以来、毎年のように全国に広がる遺族会の皆さんが大間へ訪れ、そこで大間に住む人間の一人としてお世話させていただいてきました。私は豊国丸の遺族ではありませんが、毎年のように遺族会の方々と一緒に慰霊を継続してきました。

戦前に生まれ、戦争を経験したものとして感じることは、「もしかしたら砲撃を受け死んだのは私だったのかもしれない。」「豊国丸ではなくともお国のために命を賭した先輩方への慰霊の気持ち」そのような気持ちで毎年慰霊を続けています。

戦後70年が過ぎ、戦争を体験した世代の多くがお亡くなりになっています。そんな私も88歳となり、現役に比べできることはあまり多くはできません。ですがやはり、戦争を体験した人間の一人として、「もう二度とあんな体験したくない」「子どもや孫にあんな体験させたくない」という気持ちを持っております。平和を祈願し続ける一人として、大間に住む人間の一人として、大間沖で起きた悲劇を後世に伝えたいと思い、慰霊碑を修復するためクラウドファンディングにチャレンジすることとしました。

 

このレポートをご覧いただいている皆様、どうかご支援のほどよろしくお願いします。

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