2018/10/23 20:26

石田種生の世界とは

バレエっていったいどんなものか良く分からないという人も多くいらっしゃると思います。

つま先立ちすることに何の意味があるのか、体操や新体操のほうがずっと関心させられるであるとかいう方もいらっしゃるでしょう。

偉大な画家といわれる人たちがこの世の中にはたくさんいます。私が知っているだけでも、ゴッホ、ピカソ、モネ、シャガールなど。

彼らは自分の頭の仲に描いた自分の世界をキャンパスにぶつけ、恐らくは納得いくまで、何度も上書きをしながら完成させていくのではないでしょうか。一人孤独に絵を仕上げていく様子を想像します。

それに比較すると、バレエという芸術は、一人の偉大な振付家がいても成り立ちません。

振付家は、そこにいるダンサー(演者)に自分の頭にだけある風景を、手本を示したり、時にはただ語り、手を変え品を変えしながら伝えて生きます。多くの群舞(コールドバレエ)のときなどは交通整理さながら、そのダンサーたちをどう配するか、どうやって列を動かすかに頭を悩ませながら伝えていくわけです。

うまく伝わるときもあれば、なかなか伝わらない方が多かったかもしれません。

一旦振付が完成したとしても音楽の楽譜のような記録するすべが確立していないので人から人へ伝えていくしかありません。

 

特に種生先生は晩年大きな事故に遭い、半身不随の状態でした。私のスクールへご指導いただいたときにはすでにその状態です。「こうやるんだ!」と不自由ながら示してくださる動きを、健常な若いダンサーに整理して伝える仕事は私にとって、とても頭を悩ませました。

「それでいい。」といっていただいてはいてもそれは本当に先生の描いたものなのか、もしかしたら私に伝わらないから妥協されたのではないかと、毎回悩んだものです。

今回90周年をするにあたり、東京シティ・バレエ団からご指導に来ていただいたミストレスの先生方から「この動き、石田先生好きだったんだよね」なんて話を聞いて、初めて「あぁ、これであってたんだ。」と20年経ってはじめて安堵いたしました。

 

石田種生が、彼の頭の中にえがいたバレエを演じるため、プロの集団ではないダンサーたちに伝えられるだけのことを伝え、それぞれのダンサーがまるでタイムスリップしたかのように、その作品に立ち向かっています。