2020/08/14 09:49

こんにちは!さっそくのたくさんのご支援ありがとうございます。
白峰ボーディングスクール実行委員会の福田です。

これから白峰ボーディングスクールの立ち上げに向けて、プロジェクトに携わっていただいている方々をインタビュー形式で紹介していきたいと思います! 白峰地域の声や連携先の大学の教職員や学生の声、企業の方々まで随時お届け。温かく見守っていただけるとうれしいです。

トップバッターは白峰ボーディングスクール実行委員会のメンバーである、織田毅(おだ つよし)さん! 織田さんは、白峰地域で唯一のスイーツを提供する「志んさ本舗」を経営されています。


−−織田さん、今日はお話聞かせてください。「志んさ本舗」ってどんなお店ですか?

「志んさ本舗」は、白峰地域のなかで唯一のスイーツのお店。看板メニューは、ほんのりと苦みのある昔懐かしい味の「とち餅」です。

創業は昭和36年。父が和菓子とパン(学校給食)の店としてスタートさせたことから始まりました。

今でこそ、お店の看板メニューとなっている「とち餅」。白峰地域では、古くからとちの実を食べるという食文化があり、ひと昔前までは、「とち餅」は各家庭で作るもの、というのが村人の共通認識でした。

そんな「とち餅」を、仕事で金沢方面へ出かけていく際には、必ず手土産として持って行っていた父。その「とち餅」 が金沢方面で評判になり、当時の区長(白峰地区の長)から「とち餅をお店で作ったらどうや…」との提案が。まさに逆輸入って感じです(笑)

そんな経緯があり、今に至っていると聞いています。

当時は「各家庭で作られていた『とち餅』なんて売れないだろう」と言われていたそうですが……。今では、有り難いことに、白峰の方はもちろん、いろんな地域の方々もよく買いに来てくれています。


−−織田さんは、ずっと白峰地域にお住まいなんでしょうか?

高校卒業後は、いったん白峰を離れ、大阪の製菓専門学校へ行きました。そこで1年間、お菓子作りについて学び、その後も大阪に残り製菓職人として9年間働いていました。

「いつかは白峰へ帰らなければ……」という思いもあったのですが、「白峰に帰っても何もない」と思っていたんです。若い当時は何でも揃っている都会への憧れと愛着もあり……。気付けば、大阪に来て10年の時が経っていました。


そして故郷を離れて10年という説目に、親の体調や仕事の負担も考え、白峰に戻ってくることにしたんです。

戻ってきた時に感じた、いい意味でのギャップは衝撃でした。10年離れた白峰に戻ると、高校を出た時の「何にもない白峰」というイメージはどこかに消えていました。どことなく、白峰の良さや魅力を肌で感じることができたような気がしたんです。

町を歩けば、「どこ行くん?ご飯食べたん?」と無造作に聞いているおじちゃんやおばちゃん。高校生の頃は何とも思わなかった、むしろうっとうしいと思っていた声掛けが、戻ってきた時には温かいとすら感じるようになっていました。今では、濃すぎるくらいの人間関係がとても心地よく、魅力的だと感じています。

自然も同じです。幼い頃、地図で見つけた「公園」があり「ここへ行きたい」と、親に連れて行ってもらったんです。子供だった私は、テレビでよく見ていた、遊具がそろっている公園をイメージしていたのですが……。

その連れて行ってもらった公園とは、白山国立公園だったんですよね。白山国立公園は、高山植物や自然林などの原生的な大自然を満喫できる場所。子供が遊べるような遊具なんてあるわけないんです。当時は、その光景を目の当たりにして「遊具が全くない……」と、嘆いた記憶があります(笑)

でも白峰地域は、その大自然こそが魅力の一つですよね。


−−白峰地域の未来についてどう感じていますか?

白峰という地域を今後も守っていくために、知恵を身につけながら、また新たな知恵も生み出していかなければならないと思っています。都会にはない豊かな自然環境や、温かすぎるほどの地域コミュニティや文化を、どのようにして継承していくのか……。

みんなでアイディアを絞りだし、さらに発展させていきたいですね。

私たちの親の世代は、まさにそういった知恵を豊富にもっています。しかし、その先輩たちはどんどん年をとり、施設に入るなどして少なくなっているのが現状なんです……。

だからこそ、いち早くそういった先輩方の知恵を、世代を超えて共有していかなければならないと実感しています。

私たちの子供のころは、同世代と遊ぶというよりかは、地域の中で上下関係なく、年齢の異なる子供たちと遊んでいました。そのなかで、いろいろなことを先輩から学びながら遊んだ記憶があります。

こういった縦の繋がりを、この時代でもこれからは大事にしていかなければならないと思っています。


−−織田さんは、地域で「志んさ本舗」以外にどのようなことに取り組まれているのでしょうか?

私たちは、先輩方が蓄積してきた白峰地域の文化を受け継いでいかなければならないと思っています。

しらみね自然学校のメンバーに参加するなかでも、いろいろと勉強させてもらっています。白峰の歴史や文化、白山麓の自然環境等について、専門家を招きながら徹底的に勉強会を行うことも。

先輩から直接指導を受けながら、地域文化や自然に関するガイド運営の知恵も身に着けました。

今では、白山登山のガイドや、白峰まち中のガイド、さらには手取ダム湖のカヌーガイドなど、さまざまなガイドができるようになりました。

地域外から訪れた方々に対しては、単なるアクティビティではなく、文化や自然の大切さを感じてもらえるような、白峰の魅力を届けるツアーガイドを行っています。


−−織田さんは「白峰ボーディングスクール」に対してどのように関わっていくのでしょうか?

白峰を訪れた方々に対して、さまざまなツアーを提供することももちろんですが……。

やはり一番は、「志んさ本舗」の看板商品である「とち餅」を、より多くの人に届けることですね。

「とち餅」を単なる商品ではなく、文化や自然との調和等を絡めて、白峰ボーディングスクールの教材として提供してきたいと思っています!

昔は各家庭で作られていた「とち餅」。おかげさまで今では商品として、地域の方や訪れた観光客の方に愛され、たくさんの方々へお届けできるようになりました。

この「とち餅」がこれからどのように変化していくのか?

小さなことかもしれませんが、コロナ禍において人々の価値観が変化していくなか、白峰の持続可能な「とち餅」の在り方を、皆さんと一緒に考えていければと思っています!


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織田さん!ありがとうございました。

私も、取材の後に「とち餅」をいただきましたが……。これが、めちゃくちゃ美味しい‼ 家族にも食べてもらおうと、お土産も買って帰りました! 

過疎化が進むなかで、「とち餅」と織田さんの前向きな姿が、今後の白峰に絶大なるパワーを与えてくれるでしょう。白峰ボーディングスクールを盛り上げ、訪れた方々に新たな気づきをも与える、重要な要素になると感じました!

今回のクラウドファンディングでは、限界集落である白峰地域を、自然豊かな学びの先端都市に変えていくための支援を、皆様から支援いただいております。行かずにはいられないような、面白い地域に必ずしてみせます。

どうかみなさんのお力をお貸しください。そして白峰地域に訪れていただけたら幸いです。