2021/08/14 21:58

雨続きで折角の夏景色が楽しめないのが残念ですが、側溝からあふれた水たまりに、カエルやアカハライモリ、サワガニが歩いているのを見ると、「まあ良いか」と許せてしまいますね。

新しい楽しみ

山へ行く機会がないので最近は官舎にいることが多いのですが、そんな中、新しい楽しみが出来ました。木工場のごみ箱から珍しい樹種の木片を集めることです。この1週間は木材ストックの整理があったので、いつも以上に沢山の樹種が入っていて毎日ごみ箱に通っていました。

余った木材の一部

頑張って集めた木片は見た目の違いを楽しむのも面白いですが、切りたてほやほやでこそ楽しめるのが「香り」です。木の香りと言えば、ヒノキやヒバの香りが思い浮かぶと思いますが、実はそれだけではありません。そこで今日は、ごみ箱に入っていた種や、木工場のストックの中から「個人的に好きな香りのする木Top10」を紹介したいと思います。※なお全て個人の感想です。

第10位:クスノキ(楠/樟) 樟脳or八つ橋(ニッキ味)の香り


第10位はクスノキです。おばあちゃん家の箪笥の匂い、もしくは八つ橋(ニッキ味)の匂いがします。それもそのはずで、クスノキは殺虫剤や防腐剤として使われる樟脳の原料になります。この特徴から古代には船材や仏像の材に良く用いられてきました。また、クスノキの仲間のニッケイの根っこから作られる香辛料がニッキになります。因みに料理に使う月桂樹のローリエもクスノキの仲間です。

クスノキは巨木になりやすいことから各地でご神木として祀られています。1988年に当時の環境庁による巨木調査で、日本一の巨木と認定された鹿児島県姶良市の「蒲生の大楠」もクスノキです。 そういえばトトロが住んでいる杜のご神木もクスノキですね。 照葉樹林帯の文化には欠かせないものとなっているようです。

第9位:シキミ(樒) 線香の香り

シキミは線香の材料になる木で、独特の神秘的な香りがあります。しかし、樹木全体にとてつもない毒性を持っている種でもあり、特に実は植物で唯一劇物指定されているそうです。八角に似ているので誤って食べてしまう人がいるそうですが、間違えても口に入れないようにしましょう。

その毒性や香りから動物が毛嫌いするので、昔の人も不思議な種だと思っていたのか、西日本を中心に仏前やお墓にお供えされる宗教色の強い樹種になっています。死者の枕元にお供えされるのもこのシキミの花で、特に熊野地方では、死者がそのシキミを持って那智勝浦のお寺に鐘を突きに行くという伝承があるそうです。どことなく神秘的な種ですね。

第8位:スギ(杉) もっとも馴染深い?

8位はスギです。日本人には馴染が深すぎて説明するまでもないですが、少し甘くて落ち着く良い香りですよね。普段はほのかに香る程度ですが、蒸すと香りが濃くなります。料理用の杉板を試された方は、その香りのよさに驚かれたのではないでしょうか?

上の写真は日本各地のご当地スギですが、場所によって年輪の幅や模様が異なっているのが分かります。中でも一般に有名な屋久杉は、屋久島に自生する樹齢1000年以上の個体のみが名乗れるブランド名です。屋久杉は非常に成長がゆっくりなことで知られていますが、その成長速度ゆえに、年輪もとても密なのが分かります。

加えて、多湿で腐朽菌の影響を受けやすい環境であるため、その発生を抑制する樹脂を多く含む個体が生き残りやすかったと考えられています。樹脂が多くなるとそのぶん香りも豊かになるのか、買ってから3年以上経った屋久杉の箸は未だに良い香りがします。

第7位:カゴノキ(鹿子の木 ) 小学生のとき流行ったペンの香り

今回の整理で初めて知った樹種です。香りは、生け花に近づいたときにふと感じる程度の爽やかな香りでした。濃いときは、小学生の頃に流行ったソータの匂い付き蛍光ペンを、隣の席の友達が使っているときの香りがします。カゴノキはクスノキ科なのですが、クスノキの仲間は概して匂いを持つ種が多いそうです。

樹皮にできる模様がシカの子に似ていることが、名前の由来になっており、太鼓の胴や器具材、船材、建材など幅広い用途があります。

第6位:キハダ(黄肌/黄檗/黄膚, etc.) あのコーンスープの香り

続いてはキハダです。これはファミリーレストランのお代わり自由のコーンスープの香りですね。和歌山に来てから一度もファミリーレストランに行っていないので、とても懐かしい気分になりました。ミズナラも似たような匂いがしますが、キハダの方がよりコーンスープの傾向が強いと思ってます。

キハダはその名前の通り、材の外側、樹皮の直下が鮮やかな黄色です。立木の樹皮を削ってこの黄色い部分を舐めると苦い味がします。この部分が生薬の「黄柏 」の原料になり、胃腸薬となるほか、お酢と混ぜて湿布にもなり、重宝されてきました。また、黄色の染料やアイヌの調味料としても利用されたり、ちゃぶ台や茶箪笥などに利用されるなど用途が他分野に渡っています。

第5位:ヤマザクラ(山桜) 杏仁豆腐‼

第5位はヤマザクラです。香りはなんと、杏仁豆腐の匂いです。

ヤマザクラは日本にある桜の中でも最も有用だと言われていて、反りや狂いが少なく、強度もあり耐水性に優れ、虫害にも強いうえ、加工性が高いという優等生です。木管楽器や鍵盤楽器の外装、そろばん玉や漆器の木地などの道具類によく使われます。人気が高いので、ヤマザクラで出来た家具は高級品として扱われています。

普段は花ばかりに目が行ってしまいますが、材としても優秀とは…にくいやつですね。

第4位:ヒノキ(檜) お風呂

こちらも比較的馴染が深い種ですね。言わずもがな、ヒノキ風呂の匂いです。個人的に、スギは落ち着く実家のような香りですが、ヒノキは旅先で優雅な休暇を謳歌しているような気分になります。

用途は本当に様々ですが、特徴として水湿腐蝕に強いのでお風呂道具によく使われます。また、強度や耐久性が高いうえに加工しやすいので、古くから社寺の建築用材に最適な最高品質の材として利用され、今でもスギよりずっと高い値がつきます。

スギとヒノキの見分け方は、葉っぱがあれば一発です。握ってみて痛かったらスギで、痛くなかったらヒノキです。葉っぱが見えない場合は樹皮で見分けます。縦に細かく割れているのがスギで、紙のように薄く長くはがれているのがヒノキです。樹皮もなく、材だけの場合は幾つか方法があるそうです。1つ目は年輪。スギの方がはっきりと年輪が浮かびあがるのに対し、ヒノキは控えめです。また、心材と辺材(中心部と周縁部)の色の差がはっきりしているのもスギで、ヒノキはそれほど強く出てきません。加えて、全体的に赤っぽいのがスギで、白っぽいのがヒノキです。

第3位:ヤブニッケ(薮肉桂 ) シナモンの香り

ヤブニッケイもクスノキの仲間です。この種はシナモンの匂いがします。因みに葉っぱはコーラの匂いがします。

クスノキのところで紹介したニッケイに似ていることから、ヤブニッケイと名付けられました。ニッケイは樹皮からシナモンが作られますが、このヤブニッケイはニッケイほど香りが強くないので、香辛料には用いられません。しかし濃すぎないシナモンの香りが逆に心地よいです。

材の用途は調べてみましたが、これといったものが見当たりませんでした。強いて言うのであれば、研究林ガチャポンの中にヤブニッケイのマグネットが入っているので、是非回してみて下さい!笑


第2位:クロモジ(黒文字) 生八つ橋の食感のような香り

クロモジもクスノキの仲間です。生八つ橋の食感ような甘い香りの中に、すっきりとする爽やかさがあります。その上品な香りから高級楊枝の材としても利用されるそうです。ちょっと調べてみると、最近ではお茶や石鹸に成分を利用している例もあるそうです。

樹種名は樹皮にできる特徴的な模様が遠目から見て文字に見えることに由来するそうです。僕の調査地でも30㎝ほどの個体がちょくちょく出てきました。小さいときは写真のようにふっくらとした可愛らしい葉っぱですが、大きくなるとスタイリッシュになります。成長段階で葉っぱの形が変わってくる種は、毎木調査の時の難敵の一つです。

第1位:コウヤマキ(高野槇) わらび餅の中に森を詰め込んだような香り


生えある第1位はコウヤマキです。香りの良い例えが思いつかないのですが、森をわらび餅の中に詰め込んで、きな粉を振りかけたような絶妙な香りです。目を閉じて嗅げば、まるでコウヤマキに包み込まれたような安心感が湧いてきます。一押しです!

コウヤマキは1科1属1種で日本にのみ生息する変わった針葉樹です。福島から九州に分布していますが、名前にあるように、和歌山県にある高野山付近では特にたくさん生えてます。香りだけでなく樹形も素晴らしく世界三大美樹に選ばれており、以前にも紹介した通り東京スカイツリーのモデルにもなっている木です。

材はヒノキに似て水気に強いので、お風呂道具や水回りに使われることが多いです。ただし、ヒノキよりも香りは控えめなのでお櫃などの食事道具にも使われることがあります。


番外編1:キササゲ(木大角豆 ) 北海道豊富温泉(原油)の香り

ここからは番外編です。まず一つ目がキササゲ。キササゲは今回香りを嗅いだ種の中でもダントツでユニークな香りがしました。どんな香りかというと、北海道にある豊富温泉の香りです。豊富温泉は世界的にも珍しい原油を含んだ温泉です。この温泉に浸かった後は体からガソリンスタンドのような香りがします。このキササゲはまさに、豊富温泉に浸かった後の香りがしました。

材は流通することが少ないそうなので、用途を調べてもあまり出てきませんでした。ただ、実を食用にしたり薬として用いることがあるようです。

番外編2:ケヤキ(欅/槻) 強烈なモワモワ

お次はケヤキ。東京でも街路樹として大人気なので割と馴染がある木かもしれませんね。街路樹として立っているときは全く分かりませんが、ケヤキ材もとても強い特徴的な匂いがします。モワモワとした発酵したような香りです。

実は今回の記事を書く直前、このケヤキで出来た器に他の種の木片を入れといたのですが、記事を書こうと思って取り出してみると、全部ケヤキの匂いになっていました(笑)。それほど強烈な匂いを発しています。

材自体は日本を代表する広葉樹材で、家具や建材、日用品に至るまで使われており、高級品として扱われます。耐久性と保存性に優れているうえ、美しい木目と光沢があり人気を博しています。

番外編3:ヒイラギ(柊) 絵具?

次はヒイラギです。節分の時にイワシの頭と一緒に飾る植物ですね。こちら、切ったときに絵具の匂いがしました。ただ、職員さんには同感してもらえなかったので、気のせいかもしれません。

材は儀式の道具や、小物・印鑑の材として利用されることがあります。ヒイラギの属するモクセイの仲間は木口面(丸太を輪切りにした断面)に特徴的な模様が出てくるそうです。

番外編4:イチイ(一位/櫟) 鉛筆の香り

最後はイチイです。僕はこの樹種から匂いを感じ取れなかったのですが、職員さん曰く鉛筆の匂いがするそうです。どうやら鉛筆の軸用材として利用されていた樹種のようで、その記憶が結びつくのだそう。また、ネットでさらに調べてみると、香木として知られる熱帯の白檀に似た香りを持っているらしく、見た目も似ていることから人気が高いそうです。材は仏壇や硯箱など和家具に使われることが多いそうです。


いかがでしたでしょうか?普段は加工されて日にちが経った木に触れることがほとんどだと思うので、あまり木の香りを感じることは無いかもしれません。しかし、切りたてほやほやの木は、これほどに個性的な香りがします!もし木材を加工する場面に出くわしたら、是非匂いにも注目してみて下さい。木材の楽しみ方が増えるかもしれません!


参考文献

・木材大事典 村山忠親 著, 村山元春 監修, 誠文堂 新光社, 2013.7

なおこの記事の作成にあたり研究林職員の小川さんの多大なご協力を頂きました。ありがとうございました!