ーーーーーーーーーー
「ところで君達、"あれ"を持っているって本当かい?」
連合秩序の組合を通じて発注した様々な物資、その配達に来た白い髪のHAGが、そう尋ねた。
「いやいや、怪しい者じゃないよ。ただの配達員さ」
私たちが”炉”を入手したことは秘匿事項であり、マスターのもとに集った数名は誰一人として口外してはいないはずだ。
炉の存在は所有者に大きな利益を及ぼすと同時に、災禍を招く存在でもあるとされている。
相応の力を持った集団となる前に外敵に知られることは、即ち破滅を意味するのだ。
問いかけに動揺を見せた私を見て、それが事実だと悟った表情のハク。
どうやらかまをかけられたようである。
怪しい。明らかに怪しい。
この目の前のHAGは、通常のHAGに搭載されている近距離通信機能「ハグネット」を介した接続と情報の共有を拒否している。
基本的に交戦状態でなければ通信は常時行われるはずだが、こちらからの応答に反応を示さない。
かと言って敵対者として認識されてもおらず、そもそもの通信機能をシャットダウンしている可能性がある。
どのような手段を用いているのかは定かではないが、そんなことをしておいて「怪しい者じゃない」と言うセリフを信じるほうが難しいというものだ。
私はこの来訪をマスター、及び炉に関する責任者であるDr.Yに伝えると、後日改めて話し合いの場を設けることになった。
ーーーーーーーーーー
当日。
最初に訪れた際とは違い、フォーマルな身なりで現れたハク。
「技術者はあなたですね」とハクが渡した資料を見て、Dr.Yは目を輝かせた。
「本当にこれが手に入るという保証は?」
「存在は過去の資料と、運び出された形跡がないことから確認済みです。長期間稼働している様子がないので破損していると思われますが、他ならぬあなたならどうにかできるのではと思いまして」
おそらく炉に関する何らかの話をしているのだろう。
Dr.Yの口ぶりは、いつも自分の分野の話をしている時のそれだった。
「使えるようにして、それを押収するつもりでは?」
「いえいえ、私が用があるのは”それ”ではありません。あなた方には単純に護衛として戦力を分けていただきたい。それはその報酬、というわけです」
ーーーーーーーーーー
利害は一致したようだ。
マスターの指示もあり、ひとまず協力関係になった私たちとハク。
戦闘可能なメンバーのみでハクの持ち込んだトレーラーに乗り、目的の軍事基地跡へ向かう。
「この辺りはいろんな賞金首が出没する地域だから、人数いると助かるよ」
先ほどまでとは違う、初めに会った時のような軽い口調で運転中のハクは言う。
「"大翼の旅人"に"軌道の破壊者"、最近は"赤い暴君"なんてのも出るらしいよ。誰が名前つけてるんだろうね」
まだまだ不審な点は拭いされないが、一つ、どうしても気になることがある。
「あなたはどうして、あえて私たちへ依頼を?」
戦闘慣れしたフォルダや潜入任務に特化したフォルダは他にいくらでもある。
彼女の依頼に何か裏があるのは明確だ。
「まだどこにも靡く様子のない君達だからこそ、こうやって声をかけたんだ。おおよその"持ってる"フォルダは多かれ少なかれ、どこぞの組織との繋がりがあるからね」
さらに続ける。
「それにあの技術者、おそらく君たちが思っている以上の大物だよ」
確かに、普段は軽薄な印象のある彼女だが、炉と、それに関連したものを扱う技術は本物のようだ。
HAGには自身で炉を操作してパーツを作ることは許可されていない。
長い間に失われてしまった技術を扱える人間というのは、それだけで大変貴重な存在なのだ。
そう言えば彼女は一体何者なんだろうか。
マスターからは「炉の情報提供者」とだけ聞いている。
彼女はどこでどうやってあの技術を身につけ、なぜ崩壊した世界で失われたテクノロジーを求めるのだろう。
そんな事を考えていると、ハクがトレーラーの速度を緩める。
「そろそろ着くよ」
徐行するトレーラーの前方数百メートル先に、崩壊しかかった、小さな基地のような建造物が見える。
「本当にあそこが目的地なんですか?」
「うん、あの中に、君達と私と……」
その時、言葉を遮るように轟音と、激しい衝撃が私たちを襲う。
トレーラーは左へ大きく傾き、荒れた路面に倒れ込む。
「ひゃー!何事ですか!?」
すぐさま降車した私たちと同様に、荷台で待機していたミドちゃんも飛び出してきた。
トレーラーは右のフロント部分が消し飛んでおり、これ以上轍を残すことはできないだろう。
射線の先には複数の設置砲台と、朽ちた壁面から顔を覗かせる小柄なHAGを一体確認した。
「何者かは知りませんが、この施設へに侵入は許しません」
続く