2020/10/27 19:00

こんにちは。監督の富田です。
今回は短編映画『秘密のフレグランス』にも深く関わる
「香りの不思議」について書きたいと思います。

メインページでは、なぜ「調香師」に惹かれるようになったかを書きました。
それとは別に、以前から「香りの持つ力」には興味を持っていました。
きっかけになったのはこの本を読んだことです。

『動物たちのセックスアピール』マイケル・J・ライアン 箸 東郷えりか 訳 河出書房新書(2018)

動物は異性(他者)の何に魅力を感じ、性選択を行っているのかということについて書かれた本です。章ごとにトピックスが分かれていて、視覚、聴覚、嗅覚はそれぞれに章が割かれています。

嗅覚の章では、フェロモンをはじめとして、においが動物の性行動にどう影響を及ぼすのかについて書かれています。

表題の「ヒトにフェロモンはあるのか」については実はまだ議論が分かれているとのことです。

フェロモンは「ある動物個体が体の外に発し、同種の他個体に受容され、特定の反応を引き起こす物質」と定義されており、例えばカイコガの性フェロモンであるボンビコールは、メスの個体から発せられ、受容したオスの誘引行動を誘発します。

フェロモンは「におい」とは区別される情報物質で、多くの両生類、爬虫類、哺乳類の口の中にある鋤鼻器(ジョビキ)にて認識されます。

ヒトにはこの鋤鼻器が欠如していると思われていますが(確かではない)、フェロモンの影響と考えられる現象は様々な実験で確認されています。ヒトの場合、共同生活をする女性の性周期が揃う「寮効果」という現象がよく知られています。

以下、引用です。
"五感のなかでは、嗅覚だけが記憶と情動だけでなく、〜〜  中脳辺縁系の報酬系に司られる「好き」と「欲しい」の快楽に関連する脳の部位と直接に結びついている。
その他の感覚は、視覚と聴覚を含め、いずれも脳内の末端にある中継局を通過してさらに処理されたのちに、ようやく快楽中枢へと伝えられる。においは時間を無駄にせず、そそくさと要件を伝える。嗅覚と情動のこの直接的な結びつきが、この感覚をそれほど原始的なものに思わせるもう一つの特性だ"


嗅覚と情動が直接的に結びついているというのは、感覚的に分かるような気がします。

嗅覚における性選択について、同書の中で面白い実験が紹介されていました。

"主要組織適合遺伝子複合体(MHC)は、われわれの免疫反応で機能する一連の遺伝子で、さまざまな敵から味方の細胞型を正確に見分けるために変化に富んだものでなくてはならない。「味方」とは、われわれ自身の細胞のことだ。だからこそ、MHC遺伝子は脊椎動物において最も多様なのだ。これだけ多様であるため、われわれはどちらの親よりも病気にうまく対処できる子孫を生んでくれる相手を選ぶことができる。ただし、選択者が自分のMHC遺伝子とはできる限り、異なる遺伝子をもつ求愛者を選ぶ限りは、ということだ。だが、われわれ脊椎動物には、パートナーがそうしたMHC遺伝子の基準に見合うかどうか、どうしてわかるのだろうか?"

"MHC遺伝子をよく観察できる表現型の「窓」はある。それは動物のにおいだ"

"クラウス・デーキントと同僚は次のような実験を行なった。ヒトに関する多くの実験と同様、参加者は男性の学部生で、同じTシャツを二晩連続で着る役目を買ってでた。この間、彼らは入浴もせず、香水、コロン、体臭防止剤などの香りは一切使わないこととする。この試練のあと、そのTシャツをビニール袋に入れて研究所にもってきてもらい、そこで女性たちがTシャツのにおいを嗅いで、そのにおいにどのくらい惹かれるかを評価する。さらに、男女とも全員がその前にMHCタイプを判別する検査を受ける"

"女性たちは自分自身の体臭と異なるMHCタイプの男性の体臭を、MHC遺伝子がより似通った男性の体臭よりも魅力的だと感じていた。体臭の魅力は絶対的なものではなく、状況に(受け手側のMHCタイプに)影響されるものだった"


ヒトは無意識にうちに、嗅覚から得られる情報に選択・行動を左右されている。
話はさらに、嗅覚から受ける影響を利用した「香水」へと移っていく。

最後に、もう少しだけ引用を紹介して終わりにします。

"人類の性的な美の歴史における最大の技術的快挙は香水であり、人の恋愛で香水がはたした役割は伝説となっている。一部の香りは性を司る脳にじかに働きかけ、脳内で即座に「好き」と「欲しい」の感情を引き起こす。われわれ自身の芳香を改良するにはどんな香りを作り出すべきか、何が決めるのだろう?"

"この50億ドル市場を考えれば、香水の理論はさぞかしよく解明されているだろうと思う人もいるはずだ。だが、その反対だと(ルカ)トゥリンは主張する。〜〜 トゥリンは香水産業が嗅覚の生態についてもっと学べば、若干のリバースエンジニアリング〔完成品を分解して原理や製造技術を知ること〕を利用することで、その成功率を上げることができると主張する"


最後の引用は短編映画『秘密のフレグランス』の内容に大きく影響を与えています。
「香り」×「嗅覚の生態」の可能性を探る
それこそがこの映画の始まりなのだと思います。
主人公・琴の店にやってくる三人の客たちが持ちかける「秘密の仕事」とも深く関わっています。

次は短編映画『秘密のフレグランス』の出演者について書きたいと思います。

ではまた、宜しくお願いします。