第11話「久しぶりの新宿」お送りします♪お通っている音楽教室さんではいつもピアノの作曲・編曲+実技のクラスを受講しています。場所は新宿3丁目にあります。久しぶりに行ったので見慣れた教室がとても新鮮でした。レッスン中に、歌で構成やメロディラインが自分では追いきれない箇所を質問などをして、理解を深めています。今日はYOASOBIさんの「怪物」を。2番のAメロで音程が取れないところがある・・・「正気の沙汰じゃないな、真面目に着飾った行進、鳴らす足音が弾む行先は・・・」まじめにきかざった行進・・・!????????「どうしても、聞き取れないので先生、教えてください~」と質問をしたら、ここのフレーズに、2つの音が同時に入っていて、しかもどちらの音も同じボリュームで歌われているから、耳がどっちのラインを取るべきか悩んでいて、聞きとれないのかもしれませんね。クラシックでは禁じ手とされているけどドとファ、ファとシ の完全4度でメロディーが歌われているから、意外性を狙っていると思う~」と先生。優しい先生は、わからない箇所を譜面に書いてくれます。1人では解けなかったところを解説付きで解いてもらい、とても勉強になりました。ピアノは、譜面にキー(長調、短調)が書いてあるから目で理解できるのですが、「メロディを聴いて、そのまますぐに、譜面に書けてしまう」てすごい技術だなと思います。発達したおしごとの耳って、とても素敵だなぁ~と思います。わたしも鍛えたい!自分でも解ける力をつけなさい・・・♪"(-""-)"そして、完全に余談ですが、わたしの家族はパパが歌をいつもド・ミ・ソのメロディーにしてくれます。音楽を普段やらないけれど、耳コピができるので、結構聞く時もあります。息子は、好きな歌を、コードCで置き換えて遊んでいたりします。耳がいいんだぁ~☆そんなわたしが今、動画を作りたいと取り組んでいるのが(※Kumi'SのCDには入りません)YOASOBIさんの「怪物」です。アニメ「ビースターズ」でも使われています。ベースラインが機械的な音で面白い曲だなと思っています。はい、今日はクラウドファンディングに関係なく、たわいもない音楽雑談をお送りしました。それではまた明日~☆
アクションカメラ の付いた活動報告
今日、川口市は雨でした。昨日は、日曜日のため、配信をお休みしました。今日の小話第6話は「消えたお財布」をお送りします。 【消えたお財布】※KUMIが中学1年の夏(1983年ー1984年)留学のため、中国の雲南省昆明市にいた時の実話です。ある日、母親と一緒に市場にお散歩に行きました。路面にある、ものすごく込んでいる、美味しくて、ほっぺも落ちてしまうお目当ての「シシカバブー」を10本オーダーしました。商品を紙袋に包んで渡してくれるので、中国元でお支払いします。支払いをする時も、ものすごい人ごみです。常に混んでる!常に混雑している!そして、何を血迷ったのか、後ろに母親がいるだろうと思って、後方を確認もせずに、無意識にお財布を後ろの人に渡してしまったのです。人の多さと、シシカバブーを早く食べたいから、混乱していたのかもしれません。商品を受け取り、無自覚のまま母親のところに戻ります。私「あ、わたしのお財布ありがとう~」母親「お財布?知らないよ、どうしたの?」私「え?さっき渡したじゃん。混んでて買うの大変だった‥‥」母親「えー?渡されてないよ~。誰に渡したの~…?」私「え!探してくる‥‥‥‥‥50元ぐらい入ってたのに‥‥‥ 」とお店に戻って辺りを見渡しても、私のお財布はどこにもありません。しょんぼりしている私の手元には10本のシシカバブーが握り占められていました。ここは日本じゃないんだった‥‥‥【編集後記】この中国留学は、私から「行きたい!」と行ったのではなく、当時、中国雲南省に数多くいる「中国少数民族」に興味があった母親に誘われの留学でした。母「お母さんは中国の雲南大学に留学するけど、一緒に行かない?」私「えー、どうしよう。中国語忘れた。パンダ触れる?赤と黒の豆ある~?」母「パンダは四川省ね!豆は海南島ね!そこじゃなくてもっと南の雲南省だから、いろいろな少数民族がいるよ、少数民族の歴史や文化を知れるし、いろいろな国から雲南に留学してくるから異文化交流に最適だよ~!KUMIも行こうよ~!中学の勉強は、大学付属の中学校に入れるから大丈夫だよ♪」私「うん~、じゃぁ行く~♪」と、日本ではありえないストーリ展開になることもつゆ知らず、行くことを決めてしまいました。この頃は全日本バレーが盛んな時期で、ちょうどフェリーで、上海についた時も、現地の体育館で、中国対日本の試合が行われていました。試合終わりの大林素子さんにサインをお願いしましたが、思いは叶いませんでした。上海からは長距離バスなどを乗り継いで雲南省昆明市へ行きます。雲南大学の留学生寮へ着いて、手続きを済ませると、寮のお部屋に案内されます。とても古い建物です。だけど、清潔感があります。中国語で「服務員」という寮のスタッフさんが笑顔で「ようこそ~♪わからないことがあったらいつでもきいてね!」と優しく接してくれます。スタッフさんは毎日、綺麗なシーツやお湯を部屋まで運んでくれます。(中国のお水は1回沸騰させないと飲めません)また、中国語がほとんど解らない私のために、会話の練習相手になってくれたり、「KUMIちゃんに似合うと思うよ。」と 手編みのマフラーを編んでくれました。ちょっと日本が恋しくてさみしくても私の心のよりどころでした。元気にしているかな~?それから4か月間、語学学校に通い、大学の付属中学校に入りました。1クラス70人、それが13クラス。小中と1学年13人しかいない長野県美麻小中学校での生活とは比べ物になりません。流石、中国!(*'▽')人の数に圧倒されます。英語、数学、音楽、体育なは中国語ができなくてもなにも問題はなかったのですが、歴史、地理、国語がもうお手上げです。"(-""-)"授業中は、教科書を見れるのでなんとか言っていることは理解できましたが、試験がヤバかったです。国語(漢文)で魯迅を読んで、中国語で答えを書きます。もう必死でした。答案用紙が全部記述式なので、当然中国語で書かないといけません。 クラスで地理の最低点の「24点」を出してしまい、そのまま成績が貼り出されるのが、すごい恥ずかしかったことを今でも覚えています。とは言え、中学校には日本からの留学生は私、ただ1人だったので、クラスメイト、学校の先生や、留学生が、いつも私のことを気にかけてくれていたのを思い出します。当時、雲南大学には、日本人の留学生が8名ほど、その他イギリス、アメリカ、イタリア、フランス、タイ、ベトナム、ミャンマー、など様々な国からの留学生は50人ほど。留学先として人気があるのは上海や北京などの大都市圏で、「雲南省?どこ、そこ!?」という時代でした。留学生はみな、少数民族に興味がある人達ばかり集まっていたようでした。また中国に行きたいな~♪(^_-)-☆クラウドファンディング目標金額まで残り273,000円になりました。【今日行ったこと】SNS記事の見直し、報告記事、記事編集など。