この物語は、奄美大島にある「泊れるコーヒーホテル」にまつわる出来事を綴ったお話である。
2021年5月、ゴールデンウイークの最終日に奄美大島の梅雨は始まった。
泊れるコーヒーホテルが併設される「とよひかり珈琲店」は屋根がトタン葺きの古民家で、梅雨の時期になると、雨音のBGMが心地よいほどに店内に響き渡る、そんな風情がある。
とよひかり珈琲店の奥、そこには未だ手つかずの部屋がかつての姿のまま残っており、昔ながらの火鉢や家具、骨董品が当時を伝える様に並んでいた。
その長らくの休息期間を置かれた部屋が、このまま休息期間を置かれたままでいいのか、店主は4年前に珈琲店を開いて以降、心のどこかで申し訳ないような想いを抱え続けていた。
建物は人の動きや風が通らなければ、埃がたまり、人以外の生き物が棲み始め、これが自然の摂理なのかと打ちのめされ、驚くほどの早さで朽ち始めていく。
それは、建物の一部を改善しても言えることで、珈琲店として生まれ変わった部屋がある一方で、少しずつ朽ちていく残された部屋がある。店主は4年間、その明暗のある姿を見つめ続ける事しかできなかった。
この「コーヒーホテル物語」は、そんな店主が日本中に溢れる空き家のひとつに、人の温もりと風の心地よさを再び宿す物語である。