平戸の大ぼとけとして知られる源宗寺の薬師如来(右)と観音菩薩(左)
(株)文化財マネージメントの宮本です。
熊谷市立江南文化財センター・学芸員の山下祐樹さんに新たにコラムをご執筆いただきましたので、掲載します。
源宗寺の大仏メモワール―調和する造形の美と信仰の歴史―
熊谷市立江南文化財センター 山下祐樹
古代ギリシアの時代、哲学者ピタゴラスの思想を背景として、世界の本質を知る最も重要な学問に「数論」、「幾何学」、「天文学」、「音楽」があり、これらの追究が日常生活から宇宙全体までを支配する「調和(ハルモニア)」の原理を解き明かすと考えられていた。
一方、プラトンは人間の魂を「理性」、「気概」、「欲望」に区分し、魂の調和により「正義」が実現されると説いた。
「調和」とは、職人による各部材の完全なる接合というギリシア語から派生し、事物や現象の全体的な均衡の美を意味している。
現実と理想を結び付け、相反する立場を包容する。人間はこうした調和への祈りや願いを込めて、仏像に対する信仰や仏像の美を愛する文化を継承してきた。
熊谷の郷土と深く関わる仏像の歴史。
その一つが平戸の源宗寺で息づいている。
源宗寺は17世紀初頭に藤井雅楽助が開基し、薬師如来と観世音菩薩の二体の「木彫大仏坐像」が横に並び鎮座している。
仏像の存在は武蔵国の地誌「新編武蔵風土記稿」にも記され、古くから地域の歴史とともにあった。1662(寛文2)年に制作、1701(元禄14)年に再び着手され現在の本尊となる。
二体の仏像は台座を含めると約4メートルの規模を誇り、「平戸の大ぼとけ」と呼ばれている。
仏師の宗円と江戸弥兵衛が制作を担い、中西村の喜兵衛や沼黒村の太兵衛ら近隣出身の塗師が丹念な技術を発揮した。
木彫による造形美と重厚感が融合した迫力ある寄木造で、円形の光背も壮観。表面は金箔の上に黒漆を塗る技法が用いられ、光沢を帯びている。
仏像には薬の秘伝書が収納され、これを調剤した妙薬が評判となり多くの参拝者を集めた。
二体の仏像が安置される本堂は「千日堂」と呼ばれ、仏像の制作と同時代に建立された。江戸時代半ばに洪水被害を受けた後、建物の丈を下げる改修や壁の補強が実施された。
源宗寺の大仏には、仏師による彫りの力強さと繊細さを併せ持った美しさがある。
地元、平戸地区の人々は、次世代へ歴史を継承するため、今後の保存について模索を続けている。
長い時代を超えて黙想を続けている薬師如来と観世音菩薩。調和した仏像の美が人間の魂に希望を与え、信仰の歴史を未来へとつなげている。