初めまして! 大学芋専門店「芋田屋又三郎」のオーナー・松永香織と申します。芋好きが高じて店を作っちゃった「お芋ガール」です。このプロジェクトに興味を持っていただき、ありがとうございます。
一風変わった名前の由来はのちほど語るとして、芋田屋又三郎の大学芋は、「他の大学芋と全然違う!」とよく言われます。その違いとは、ズバリここにあります。
蜜芋✕飴のインパクトたるや、テレビ番組にも多数出演されている日本大学芋愛協会会長に「あめ爆弾」と命名いただいたほど! あらゆる大学芋を食べてきた会長も、噛んだ途端にガッツと弾け、じんわりひろがる香ばしい飴と、アッという間にからまる柔らか芋に度肝を抜かれたそうです。
また、お取り寄せサイト「コネクト大阪」や、スイーツセレクトショップ「KANOWA本店」でも取り扱ってもらっていて、ますます人気に拍車がかかっています。
特にここ数年、空前の芋ブームが到来。「お芋ガール」と呼ばれる芋好き女子たちが、こぞって芋田屋又三郎の大学芋を求めてやってきます。今日も、とあるお芋ガールさんがご来店。せっかくなので、彼女と一緒に芋田屋又三郎のおいしさをお伝えしたいと思います。
芋田屋又三郎の大学芋の食感は、「パリッ」「カリッ」なんてかわいらしいもんじゃありません。「ガリンッ」「ジョリッ」と、今まで食べたどの大学芋よりも力強い音をたてます。さすが、日本大学芋愛協会会長に「あめ爆弾」と言わせただけあります。
ここでお芋ガール、あることに気づきます。
飴って本来、砂糖と水だけで作るもの。でも、芋田屋は一味違います。甘さの中にほんの少し、しょっぱさを感じるんです。その正体は、醤油。砂糖だけでなく醤油と出汁を足し、絶妙な焦がしを入れることで、「コクのある甘さ」を実現しています。
「ガリンッ」とした飴の直後に遭遇するのは、まるでサツマイモクリームのような食感の芋。大学芋というとホクホクした感じをイメージする方が多いかもしれませんが、芋田屋又三郎はまったく違います。水分量の多い「安納芋」という品種を使っているので、ねっとりとクリーミーなんです。ちなみに、安納芋の大学芋って、全国的に見ても珍しいようですよ。
安納芋はサツマイモ界でずば抜けて甘いのも特徴です。生でも糖度16度、熱を通せば糖度40度以上にもなり、あまりの甘さに「蜜芋」という異名を持つほど。完熟したバナナでも20度前後ですから、安納芋の甘さが分かっていただけるでしょう。
ただでさえ甘い安納芋ですが、その糖度を限界まで引き上げるには、低温の油でじっくり揚げることが必要です。芋のでんぷん(それ自体は甘くない)は、アミラーゼという酵素の働きによって甘い麦芽糖に変わるのですが、アミラーゼが活発に働くのは65℃〜75℃という低温帯。この温度をいかに長く保持するかが、サツマイモの甘さを引き出すポイントなんです。
芋田屋が安納芋を揚げる時間は、なんと45分!! この我慢ガマンの45分間に、糖度40度もの甘みをじわじわと引き出しているのですね。
実は、2021年はサツマイモが全国的に不作でした。その原因は、長雨とサツマイモ基腐病(もとぐされびょう)です。サツマイモ基腐病とは、芋にカビが生えて腐ってしまう病気。土に残ったカビのせいで翌年も連鎖するため、ここ数年全国の芋農家の悩みの種となっています。
安納芋もその被害を受け、収穫量が激減。種子島産の安納芋を使っていた芋田屋にとっては、大打撃。品薄で値段が高騰しているため、肝心要の安納芋を手に入れることができなくなってしまいました。
では、なぜ今、芋田屋は大学芋を作ることができているのでしょうか? それは、地元堺で安納芋を育てているからなんです。
今でこそ全国のスーパーで手に入る安納芋ですが、もとは鹿児島県種子島の安納地区だけで作られていたブランド芋。今でもそのほとんどが鹿児島界隈で作られており、大阪で安納芋を栽培する農家さんはほぼいません。
にも関わらず、芋田屋のために安納芋の栽培に挑戦してくれる方がいました。堺の上神谷(にわだに)という地で完全無農薬農業を営む日高さんです。
堺市の南に位置する上神谷は、「大阪第2の都市」のイメージとはかけはなれた、緑豊かな田園風景が広がる場所。比較的温暖なこの地で、日高さんは「土作り」にこだわった農業をしています。
日高さんは、農薬や化成肥料を一切使いません。それらは、土の中の菌や微生物を殺すからです。多様な菌や微生物が住みつく土(「発酵土壌」といいます)こそ、農業の基本であり、美味しい野菜を作る秘訣だと日高さんは考えています。
上神谷界隈は元々田園地帯。田んぼの土って、畑の土に比べると圧倒的に有機物の量が少ないんです。だから、まずは土作りから始めました。無農薬玄米で作った乳酸菌原液を畑に投入し、植物性の有機物(もちろん無農薬)を土にすき込みます。そうすると、乳酸菌と有機物を食べた微生物が土の中で活発に活動し、土を耕してくれます。おかげで、粘土質だった田んぼの土が、約1年かけてポロポロとした畑の土に変化しました。これこそまさに、安納芋を育てるのに適した土です。
無農薬だから、虫にやられることももちろんあります。でもそれは、食物連鎖の中で起こること。自然の中で生きている私たちが受け入れるべき現象にすぎません。「最低1割は自然へのお返しだと思っている」と、日高さんは話してくれました。
今回獲れた安納芋の量は約250kg。安納芋の栽培は日高さんにとって初めてでしたが、愛情込めて育てた土と、天候にも恵まれたおかげで、芋の病気に感染することなく、上出来の収穫でした!
ちなみに、今回獲れた芋のつるや葉は、細断して土にすき込みます。乳酸菌とともに微生物のエサとすることで、さらに肥沃な土を作るのです。この循環こそが、日高さんの無農薬農業であり、安納芋の美味しさの秘訣なんですね。
「芋田屋又三郎」のオーナー松永香織さんは、とにかくお茶目でパワフルな女性。調理師免許を持ち、料理、パン、スイーツなどあらゆる飲食の仕事に携わってきた方です。
大学芋専門店をオープンさせる前、松永さんは大学芋をモチーフにした雑貨を作って販売していました。学生時代に芸術を専攻していたこともあって、手先が器用なんです。実店舗は持っていませんが、イベントがあるたびに出店していました。
でも、だんだんホンモノの大学芋が作りたくなってきました。飲食の仕事をしてきた彼女にとって、それはごく自然な流れ。大学芋をとことん研究し、何度も試作を作り、「うちのが一番おいしい」と胸をはって言えるくらいの自信作ができあがります。
雑貨のとなりでホンモノの大学芋を販売しだすと、これが予想以上に人気! 出店するたびに完売御礼となる大ヒット商品となるのに時間はかかりませんでした。手応えを感じた松永さんは、本格的に大学芋専門店を立ち上げることを決意します。
しかし、その直後、コロナがすべてを変えてしまいました。イベントはすべて中止。店舗を持っていないため、大学芋を手にとってもらえる場所が閉ざされてしまったのです。
松永さんが大学芋専門店を始めようとしたのは、ただ美味しいという理由だけではありません。そこには大きなミッションがあります。
松永さん夫婦には、小学6年生の愛娘がいます。彼女は生まれつき自閉症という特徴を持っていて、現在支援学校に通い、療育相談室にも見守ってもらっています。支援学校とのつながりの中で、松永さんはある作業所を訪問することがありました。作業所とは、ハンディキャップを有する人たちが働く場所です。その作業所の壁にはこんな紙が貼られていました。
1万円というのは月給です。信じられますか? 作業所で働くメンバーは、みんな真面目に仕事をこなす人ばかり。なのに、ハンデがあるというだけで、彼らが作る商品はどれも作業所価格として評価されるのです。値段が叩かれるから、いくら売っても売り上げは上がりません。結果、彼らの月給は1万円代という「破格」になってしまうのです。
これは、ここの作業所だけの話ではありません。全国の障がい福祉の現場が抱える問題です。そして、松永さん夫婦にとっては、自分の娘が将来進むだろう世界なのです。
もし自分たちが大学芋専門店を軌道に乗せ、十分な売り上げを作り出せるようになったなら、福祉事業の皆さんと商売を共有することができます。そして、働いた分しっかりお給料を持って帰ってもらうことができます。
いい匂いにつられて、つやつやの大学芋を買ってしまう。食べるとびっくり!美味しい! それを作ったのは、ハンデや濃いめの個性なんて関係なく活き活きと働くスタッフたちだと知る。はじめは驚きもあったけど、そのうちそれが当たり前の風景になる。そしてまた、あの大学イモが食べたくなる。
こんな好循環を作り出すことができれば、福祉に対するイメージの楽しい上書きができるのではないか。こう松永さんは考えます。
それに、もし実店舗を構えることができたなら、地域の人たちが集う憩いの場所にすることができます。ハンデのある子をもつ家庭は母子で孤立しがち。そうならないように、地域でのつながりが自然とできて、困ったときには手を差し伸べ、楽しいときには一緒に笑える仲間がいる居場所が作れたら。いろんな年齢、いろんな言葉、いろんな個性がごちゃまぜになって暮らしていける未来をみんなで作っていけたら___。
障がい福祉の世界観を変えるというミッションを胸に、大学芋専門店を立ち上げようとしていた松永さん。ですが、コロナでイベントが中止となり、販売場所を失ってしまいます。まさに万事休すというときに、知人の紹介で増田さんという男性と出会います。
社会福祉法人に長年身を置いてきた増田さんは、松永さんとおなじく障がい福祉の世界観を変えたくて独立。現在は、福祉と農業をマッチングした商品を世の中に送り出す仕事をしています。
増田さんは、松永さんが作った大学芋を一口食べてその美味しさを讃えるとともに、そこに込められた想いもすぐに理解してくれました。同時に、足りないものも伝えてくれました。それは、デザインとブランディングです。ハンデを持つ人たちが作業所で作る商品(パンやお菓子など)の多くは、この2つが欠けていると言われています。質の良いものを作っているのに、パッケージデザインや販売方法にまで戦略が及ばないため、売れないのです。結果、低賃金労働を生み出すという負のスパイラルが起こります。
松永さんは、増田さんの勧めで、障がい福祉の業界を熟知したデザイナーやスイーツコンサルタントに繋いでもらえることになりました。それに、増田さんが運営する「まちかどステーション ヤオヨロズヤ」のメンバーたち(彼らの中には、ハンディキャップを有する人も多くいます)も、堺産の安納芋作りに協力してくれることになったのです。
地域の人たちが手をとり輪になり、応援してくれるなんて・・・! コロナで断念しかけていた大学芋専門店の夢が、増田さんと出会ったことで一気に動き始めたのでした。
こうやって地域に済むたくさんの人たちに支えられてできたのが、「芋田屋又三郎」です。最後になりましたが、愛らしい顔にチョンマゲとひだ襟衣装の彼についても紹介させてください。
さかのぼること1543年。ポルトガル人が種子島に鉄炮を初めて伝えたのは歴史の授業で習ったと思います。では、その鉄炮の製法を学ぶために、遠く大阪から種子島を訪れた男がいるのはご存知でしょうか?
その男とは、堺の商人 橘屋又三郎。種子島で製法を学んだ橘屋又三郎は、これを堺に持ち帰り、日本で初めて鉄炮の量産を実現しました。彼が持ち帰った鉄砲技術は、その後包丁や自転車の製造技術に転用され、今でも堺で盛んに製造されています。
種子島から堺に持ち帰った技術で、鉄炮を広めた橘屋又三郎。実在した歴史上の人物になぞらえたのが、種子島から堺に取り入れた安納芋で、大学芋を広める芋田屋又三郎なのです。
それにしても、「鉄炮」と「爆弾」だったり、鉄炮技術を活かして作られた包丁で大学芋が作られていたりと、なんだか本当に縁深い気がしてきたお芋ガールなのでした。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
私たちには、大学芋専門店の実店舗を作りたいという夢があります。それは、いろんな人がつい寄りたくなる場所。いろんな個性の人たちが集い、支え、働く場所。ホッとして美味しいみんなの居場所です。
この夢を実現するために、まずは「芋田屋又三郎」を知っていただくことが大切だと思い、クラウドファンディングに挑戦することになりました。
多くの方の支援があって、ここまでこぎ着けました。感謝の気持ちを込めて、今回のクラウドファンディングのために育てた大阪堺産の安納芋で、美味しい大学芋を作ります。いつもは種子島産の安納芋を使っていますが、この特別な芋をリターンとしてお届けすることで、福祉と又三郎あめいもの濃ゆーいおもしろさを皆様に知っていただけたらと思っております。そして、「障がい」という表現が、いつの間にか「個性」という表現にかわってゆくことを願っています。
どうぞ応援の程よろしくお願いいたします!!
たくさんの地域のみなさんに支えられてここまでやってきた芋田屋又三郎。リターンも、大阪・堺で有名な「レンタルスペース&紙雑貨 紙café」さんとコラボしたおもしろいものもご用意しました。ぜひこの機会に、芋田屋のこと、堺のことを知っていただけたらうれしいです。
① クラウドファンディング限定!ありがとうカード
② 早割!!又三郎あめいも(胡麻入り)
③ 早割!!又三郎あめいも(胡麻抜き)
④ 又三郎あめいも(胡麻入り)
⑤ 又三郎あめいも(胡麻抜き)
⑥ 又三郎あめいも(胡麻入り・胡麻抜き)食べ比べセット
⑦ 又三郎あめいも(胡麻入り)+ いも皮ちっぷす セット
⑧ 又三郎あめいも(胡麻抜き)+ いも皮ちっぷす セット
⑨ 10名様!紙カフェでお芋ランチ&スイーツ食べ放題コース
⑩ 10名様!紙カフェで堺の和体験コース(芋田屋特製ランチ付)
※応援資金は、「芋田屋又三郎」大学芋の販促資金として大切に使わせていただきます(一部はCAMPFIRE手数料に使用します)。
※本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
■ 芋田屋事務所ホームページ
https://imodaya.com/
■ 芋田屋又三郎オンラインショップ
https://imodaya.stores.jp/
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