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德川米クラウドファウンディング
目標金額100万円
達成いたしました!
皆さまのご協力、心より感謝いたします。
本当にありがとうございます。
引き続きオープンしています。
「德川米」を沢山の方に
召しあがって頂ければ嬉しく思います。
徳川慶喜家
どうか忘れないでください。
第五代徳川慶喜家当主
山岸美喜
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皆さん、こんにちは。德川慶喜の玄孫(やしゃご)、山岸美喜です。
德川慶喜家最後の玄孫として後世に伝えなければならないことを、今日は皆様にお話ししたいと思います。
第4代德川慶喜家当主だった德川慶朝が67歳で亡くなったのは2017年のことでした。德川家というと、あたかも時代劇から出てきたような名前と思われがちですが、現代まで脈々と続いています。
德川慶朝は私の母の弟、いわば叔父です。「あとは美喜ちゃん、よろしくね」という遺言を残して亡くなりました。
今までずっと寄り添ってきた叔父がいなくなった悲しさと同時に、家として德川慶喜家を閉じるという局面ともなりました。
遺品整理をする中で、お米にまつわるメモなどが発見され、お米にかける想いというものがひしひしと伝わってきました。
さらに、自宅には土間を作り、かまどでお米を炊けるようにもしてありました。
仲間とのお米づくり、仲間が "献上米" と称して作ってくれた米俵。今となっては楽しい思い出だったと思います。
お米は江戸時代、取れ高がその地域の財産を図る指標でもありました。それだけお米は大切にされてきました。食べる事は生きること。お米は命そのものでした。日本の歴史、文化にお米は欠かせません。日本のお米は、味が素晴らしいだけではなく、お米そのものに日本人の代々の魂が込められていると言っても過言ではないでしょう。
このすばらしい日本文化を守りたい、という想いに賛同してくれた創業100年の歴史を持つ名将の木全社長と様々な食のイベントを発信しているオン・タイムの永井社長両者の「お米の良さ、美味しさを広めたい」という想いが重なり、「德川米」が誕生しました。
「德川米」を沢山の方に召し上がっていただくことで、その中から歴史の一端、また私が背負った德川家の歴史を感じ取っていただけたら嬉しく思います。
日本の風土と自然の恵みによって育てられてきた日本のお米。江戸幕府第15代将軍德川慶喜の時代から公爵德川慶喜家へ、そして現代へと代々続いたお米にかける思い、またその想いを農家が受け継ぎ、無農薬にこだわって一粒一粒を大切に育ててきた特別栽培米 。時代を超えて「德川米」が生まれました。
多くの人から愛されるようになった「こしひかり」。今では全国各地で栽培されるようになりましたが、そのふるさとは、かつて「越の国」(こしのくに)と呼ばれた福井県です。きれいな水と栽培に適した土、優れた技術と開発努力のたまものです。その福井産「こしひかり」を精米したものが「德川米」です。"創業100年"ののれんにこだわるお米専門店「名将」がお届けします。
●德川慶喜家の "お米への思い" を受け継ぐ
米づくりは大昔から続く日本の伝統文化です。特に德川幕府の時代、お米は食べ物としてだけでなく、経済を支える土台にもなりました。そのため大規模な新田開発が続き、お米づくりの技術や知識が飛躍的に向上しました。お米への思いと文化は、15代将軍の德川慶喜へ、さらにその後、公爵となった德川慶喜家により今日まで受け継がれてきました。
●德川慶喜のひ孫・德川慶朝が育てた "最上級のお米"
それを育て上げたのが、德川慶喜のひ孫で本家4代目当主の德川慶朝(よしとも)でした。お米が大好きな慶朝は自ら水田に入り、稲を植え、刈り取りなどもしました。また慶朝を慕う兼業農家と語る仲間たちと、美味しいお米を育ててきました。德川慶朝は2017年に旅立ちましたが、そのお米への思いと技術は「德川米」の中に、たっぷりとつまっています。
●美味しいお米を一粒一粒選んで
ごはんが大好きだった德川慶朝は、そのおいしさをこだわり抜きました。食卓のごはんになったときの甘み、粘り、硬さ、香り、粒の大きさなど、美味しさの要素についても研究。食卓で最高においしいごはんとなることをめざし、お米の品種、田んぼの水や土壌、栽培技術など、さまざまな研究と挑戦を繰り返しました。そうして生まれたお米から、さらに一粒一粒こだわり選びぬいたものが「德川米」です。
●「こしひかり」が生まれ育った福井県から
「こしひかり」は昭和の時代に福井県で誕生しました。きれいな水と栽培に適した土、優れた技術と開発努力のたまものです。それは「越(こし)の国」福井の誇りと希望を託すものとして越の光「こしひかり」と名付けられました。
「こしひかり」は多くの人に愛されるお米として、今では全国各地で生産されるようになりました。でも德川米は「こしひかり」を誕生させた歴史と技術にこだわり、福井の農家で生産された高品質なものだけを選んでいます。
昨今、日本の文化でもあるお米が、「ごはん」離れで年々、消費量が減少しています。創業100年の歴史を持つ名将の木全社長と様々な食のイベントを発信しているオン・タイムの永井社長両者の「お米の良さ、美味しさを広めたい」という想いと徳川慶喜公の玄孫の山岸美喜氏の「日本の文化を守りたい」という想いが重なり、「德川米」プロジェクトが誕生しました。
今回のために特別に作った他では購入することのできない「德川米」。
是非皆様に楽しんで頂ければ幸いです。
■お料理教室は2023年3月開催となります。後日メールにてご案内致します。当日参加できない場合はオンデマンド配信対応とさせていただきます。
■お料理教室は2023年3月開催となります。後日メールにてご案内致します。当日参加できない場合はオンデマンド配信対応とさせていただきます。
■お料理教室は2023年3月開催となります。後日メールにてご案内致します。当日参加できない場合はオンデマンド配信対応とさせていただきます。
■お食事会:浮月楼(徳川15代将軍、慶喜公お屋敷跡にある明治24年創業の料亭)または名古屋または東京都内での開催予定となります。(ご参加頂くメンバーに応じて考慮致します。)
プロジェクト公開:2022年12月中旬頃~2023年1月31日(火)
リターン発送:2023年2月初旬より順次発送
<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。
【目標金額と資金の使い道】
目標金額:100万円
■「德川米」制作費.....約90万円
■手数料.....約17万円
代々德川慶喜家当主はお米に格別な思いを込めており、その気持ちを受け継いでくださった「こしひかり」です。德川慶喜家はアルミ製の飯盒(はんごう)は身体に悪いのではないか?と考え、銀の飯盒を作らせました。安心、安全な食をとても大切に思っており、また一粒一粒を美味しく食べられるようにと、工夫を凝らしてきました。
そして時代は流れ、平成の時代に德川慶喜家の第4代当主であった德川慶朝は、美味しいお米を食べたくて家に「かまど」をこしらえたほどです。昔はお米の取れ高が財産でした。時代を超えてもなお、お米は貴重に思います。
農家の方に、時代と心を込めて丹精に作っていただいた德川米。一粒も余らせることなくこの「宝」を美味しく召し上がっていただき、健康にまた幸せに人生を過ごせますよう、願ってやみません。ご清聴ありがとうございました。
德川慶喜の玄孫 山岸美喜
最新の活動報告
もっと見る皆様のご支援ありがとうございました。
2023/02/01 09:301月31日(火)23:59をもって#德川米Project のクラウドファンディングプロジェクト実施期間が終了致しました。沢山の方々のご支援、温かい応援コメント、誠にありがとうございました。47日の実施期間で支援者数 129人総支援額 1,536,000円が集まりました。德川慶喜からその子孫へ脈々と受け継がれてきた想い、そして德川家の歴史を、このお米を通して皆様に感じ取って頂き、お伝えできたら嬉しいです。徳川慶喜家を閉じるべく、どうぞ今後とも応援よろしくお願いいたします。第5代德川慶喜家 当主山岸美喜 もっと見る
とても貴重なお品をいただける機会を作っていただき、ありがとうございます。支援させていただこうと思います。