江北図書館がある木之本町は長浜市の北部に位置し、長浜市街地からは車で約30分の距離にあります。
平成の大合併により、長浜市は琵琶湖とほぼ同じ面積をもつ程に広くなりました。
かつては木之本町を含めた周囲4つの町は「伊香(いか)郡」と呼ばれていて、木之本は北部の中心的地域として北陸自動車道が通り、周辺には、スーパーや金融機関などが集まっています。
今回クラウドファンディングに挑戦させていただいたことで、日本各地に江北図書館の存在を知ってもらうことが出来ました。そんな江北図書館があるこの木之本のまちは、一体どんなところだろう?120年続いてきた図書館が見てきたまちの姿って、どんな風だったのだろう?
前置きが長くなりましたが、今回はそんなまちの姿をご紹介していこうと思います。
私たちのまち「木之本」の紹介
江北図書館は木ノ本駅を降りて徒歩1分。目の前にあります。
(住所表記は木之本ですが、駅の漢字表記は「木ノ本」と書きます。)
雪に覆われた江北図書館。ここ木之本から北は市内でもとても雪が多い地域です。
関西の方がよく天気予報などで「長浜市柳ヶ瀬」と耳にする場所は、木之本からさらに車で15分ほど走った余呉町にあります。
木之本の中心集落は、かつて木之本地蔵院の門前町として、また北国街道と北国脇住還が交わる宿場町としても賑わっていました。江北図書館から東へ5分ほど歩いたところにある旧街道は、中山道の鳥居本宿(彦根市)を起点として米原・長浜・木之本へと宿場が続き、現在も昔ながらの商家や町屋の家並みが残り、叙情を誘います。
木之本といえば、眼にご利益がある仏様として知られる「木之本地蔵院」が日本三大地蔵として有名で、6mもある大きな地蔵菩薩像が木之本のまちを見守っています。毎年夏には大縁日が開催され、露店が立ち並び各地から多くの参拝客が訪れ賑わいます。
特に、周囲の豊かな山々から生み出される地下水が商業や暮らしに欠かせない資源として使われており、日本でも古い歴史を持つ有名な造り酒屋や醤油醸造元が、代々引き継がれています
昔は街道の真ん中に小川が流れ、脇には柳の木などが植えられていたそうで、馬に荷物を引かせ人が行き交う光景がありました。町並みにある、とある商店では、そんな当時の貴重な写真が飾られているので、ぶらりと歩いてみると出会えるかもしれませんね。
そして一歩細い路地へ足を進めると、そこからは徐々に生活の息遣いが感じ取れる風景に変わって行きます。鰻の寝床のように間口が狭く奥まった家並みが続いていて、歩いていると自然と空を仰ぐように目線が移ります。
時代の変化とともに、お店を閉じたところや民家が取り壊されていくこともありました。
密集した住宅地が気づけば空き地になっていたり、寂しいなと思うこともありますが、意外にも木之本は外から新しい人が移り住んだり、面白い場づくりをする人たちが集まってくることが多い地域です。
住みやすい環境と受け入れてくれる周りの地域住民の人、身近なところにある繋がりに惹かれた人が多く、ここ近年はお店をリノベーションしたり、古い場所を活かしながら新しい活動する・・・そんな人が増えている印象があります。
一見、ひっそりとした光景のまちなかですが、木之本は四季折々の行事や神事も残っていて、そのたびに地域住民同士のつながりや伝統を大事にする心を感じます。
毎年5月初旬におこなわれる「秋葉祭」は約2トンもの御神輿を担ぎながら町内各所を回る神事ですが、それぞれの町ごとに法被のデザインが異なり、また裏方で支える女性たちが作るお料理や装いが違うなどそれぞれ特色があり、どの町の住民も誇りを持って臨まれているおまつりです。
また、伝統産業も大切に受け継がれていて、養蚕が盛んであった地元で育てたお蚕さんから生糸を紡ぎ、良質な絹糸が作られる和楽器糸が有名な地域でもあります。プロ向けではほぼ100%のシェアを誇るというから驚きです。
他にも木之本の中心地域だけでなく、まちの中では観音信仰が深く人々の暮らしと密接につながっていたり、自然環境もよく四季を通して楽しめる場所が点在しています。
こんなふうに、地域に根ざしたものを大切にする気持ちが感じられる木之本は、一つ一つのコミュニティーの結束が強く、地元を愛してやまない、そんな人が多いと感じています。
江北図書館が長きに渡り今日まで残ってきたのも、地域の方が日々通い、たくさんの本と学びを大切に思って来られたからこそ。生活の中に溶け込む当たり前の場所であったかもしれないし、欠かせない場所でもあったかもしれません。
いろんな苦難を乗り越えながらも、120年間の月日を経ても今なお存在する江北図書館。この灯を消さぬよう、今まで支えて下さった方、またプロジェクトを通して出会ったたくさんの方の思いを後世につなげていければと思います。