●あいさつ
杉山茂丸は、近代日本の政財界の大物。
夢野久作は、日本三大奇書『ドグラ・マグラ』の作者。
杉山龍丸は、インド緑化の父。
この親子三代の功績は一般には知られていません。「夢野久作と杉山3代研究会」の願いは、今を生きる多くの人々に3人のことを知ってもらい、その生き様から何かを受け取っていただき、未来へと繋げていってほしいのです。
●これまでの活動
2011年の秋、いくつもの出会いが重なり、福岡県筑紫野市で杉山家に関する文化講座を開催するに至りました。
そして、この講座がきっかけとなり、「日本の近現代史に大きな足跡を遺した杉山ファミリーを探求する機会を設けよう」と有志たちが集い、2013年3月に「夢野久作と杉山3代研究会」が発足しました。
私たちは、2013年の発足以来、夢野久作の命日である毎年3月に、福岡県筑紫野市で研究大会を自前で開催し、毎年研究会報を発行してきました。
しかし、残念ながら地元福岡でも認知度が低く、一番名前が知られている夢野久作でさえ、福岡の人々には東京の作家と思われています。昨年の研究大会では、2016年に江戸川乱歩賞を受賞された福岡出身の佐藤究氏を招聘し、『ドグラ・マグラと人類の無意識について』という講演をしていただきました。
(写真は、第5回研究大会の様子)
「福岡に夢野久作賞があったら、たとえ賞金5万円でも夢野久作賞に応募していたでしょう」
これは、江戸川乱歩賞を受賞されたときの佐藤究氏の言葉です。驚いた記者の方から、「夢野久作賞は本当にないのですか?」とお問い合わせをいただきました。実は、多くの資料が遺されているにもかかわらず、夢野久作賞どころか常設展示する場所もないのが現状です。
その話を知った複数の方から、一度ファンが多い東京で開催した方が良いというアドバイスをいただき、私たちは東京開催を目指し始めました。資金もつてもなかった私たちは、今回、いくつものご縁をいただき、やっと開催日を迎えようとしています。
昨年、東京の拓殖大学様とのご縁をいただき、大学を会場として使用させていただくことになり、2018年の第6回目の研究大会を東京で開催することになりました。
●このプロジェクトで実現したいこと
このプロジェクトでは、「東京初開催の第6回研究大会の実施」、「第6回 研究大会会報の出版」、「東京大会開催記念会報の出版」、「安定した夢野久作と杉山三代研究会の運営」を目指しています。
2018年3月17日(土)・18日(日)の研究大会では、渡辺利夫氏(前拓殖大学総長)の講演、平井憲太郎氏(江戸川乱歩の孫)&杉山満丸氏(夢野久作の孫)&佐藤究氏(江戸川乱歩賞受賞作家)のトークイベント、桃山邑氏(水族館劇場代表)の講演、一般公募による発表など、バラエティに富んだ内容になっています。また、杉山家に関心のある方々の交流会も企画しています。
(写真は、第6回研究大会のチラシ)
研究大会後には、研究大会の内容を会報『民ヲ親ニス』にまとめています。また、今回の東京大会では、東京大会記念会報『夢の久作ごとある』を制作中です。
(写真は、研究会の会報『民ヲ親ニス』左から第3号、第4号、第5号)
※第6回研究大会の詳細はこちらをご覧ください。
https://dogramagra2018.amebaownd.com
●資金の使い道
「夢野久作と杉山3代研究会」は、現在までボランティアの方々の協力によって運営されています。今回は福岡ではなく東京での開催のため、通常より多くの費用が必要になっています。
ご支援いただいた資金は、研究大会の運営費と第6回会報『民ヲ親ニス』と東京大会開催記念会報の制作費、そして、会の安定した運営を行うために使用させていただきます。
※今回はAll-In形式で募集しています。目標金額の達成に関わらず、研究大会の実施およびリターン品の送付を行います。
●リターンについて
リターン品は次のアイテムの組み合わせになります。希望のセットを選んでください。
・夢野久作の一筆箋
・会報『民ヲ親ニス』左から第3号、第4号、第5号
・東京大会記念会報『夢の久作のごとある』
・夢野久作と杉山三代研究会の会費1年分(第7回研究大会の入場料+会報6号)
会費には、第7回研究大会(2019年)の入場料+会報6号が含まれます。
・会報第6号にお名前またはニックネームを記載
会報第6号(2018年 第6回 研究大会を掲載)は、2018年12月頃のお届けになります。
※会報に記載したいお名前とニックネームは、メールでお知らせ下さい。
・夢野久作の14歳のスケッチ画の置物(全8枚)
大きさは、縦14cm・横18cm・奥2cm。お届けは、2018年6月頃になります。
リターン品でスケッチ画の1点、2点、4点をお選びの方は、希望の番号をメールでお知らせ下さい。
●杉山三代(杉山茂丸・夢野久作・杉山龍丸)について
●杉山茂丸について
杉山茂丸(1864~1935)夢野久作の父
福岡出身(福岡市、芦屋町、筑紫野市、筑前町で育つ)。
20歳過ぎくらいから関東在住。主な住居は神奈川県鎌倉郡鎌倉町長谷305番地(鎌倉の大仏様のすぐそばです)、芝区高輪南町、麹町区三年町、築地、向島など。
黒田藩士で儒学者だった父・三郎平の教え「民ヲ親ニス」(民を自分の親と思って行動しなさい)を受けて育つ。
20歳の時に民を苦しめているのは伊藤博文を中心とした明治政府であると考えた茂丸は、伊藤博文を討つ目的を持って上京。山岡鉄舟の門下生となり、紹介状をもらって伊藤博文と面談し、逆に説諭される。その後、自由民権運動を行った玄洋社の頭山満らとの交流が始まる。25歳で香港に行き「犬と中国人は入るべからず」の言葉に衝撃を受け、日本を植民地にしないために活動を始める。明治~昭和初期にかけて政財界の重鎮らと交流、政財界の多くの事象に影武者として関わりを持つ。自らモグラと称し、公職に就くことを拒否したため、未だ謎の部分も多い。
【主な業績】
(1)筑豊の鉱区権獲得を頭山満に進言 玄洋社の資金源として確立
(2)九州鉄道設立のために安場保和(後藤新平の岳父)が福岡県令になるように交渉
(3)日露戦争の計画・終戦案の策定に関与 児玉源太郎・山縣有朋・伊藤博文らと交流
(4)朝鮮と日本を南下するロシアの植民地にしないために朝鮮合邦を推進(日本政府の閣議決定により朝鮮合邦は朝鮮併合となり朝鮮人友人の信用を失う)
(5)日本を西洋列強の植民地化から守るため、そして西洋列強の植民地になっているアジアの国々の独立を達成する最初の一歩として中国の国父・孫文を支援(中国革命日本人支援者名簿は「研究会会報第5号」に掲載)
(6)日本に亡命してきていたインドの独立運動家 ラス・ビハリ・ボース(インドの独立運動家)を支援(ボース逃走の車を提供)
(7)日本相撲協会設立と天皇賜杯創設に関与(杉山家資料に入間川訪問速記がある)
(8)金子堅太郎と日本興業銀行設立を計画(杉山家資料に金子堅太郎の口述筆記録がある)
(9)台湾銀行設立を進言(立命館大学中興の祖・中川小十郎を副頭取に抜擢)、台湾に製糖業の誘致を進言
(10)福岡の開発に関与 博多湾築港開発 雁の巣空港設置 九州日報(現:西日本新聞)社主 福博電気鉄道敷設(現西日本鉄道)関門トンネル計画など
(11)文化的業績 死体国有論を示し自らの身体を東大医学部に献体、松永安左衛門に茶の湯を伝授する、義太夫支援、日本最古の週刊誌サンデーの創刊支援、月刊誌黒白発行、25年間築地刀剣会主催など
(12)人物支援 高杉晋作の息子 板垣退助 後藤隆之助 後藤猛太郎(後藤象二郎の息子)など
【著書】
百魔・俗戦国策・浄瑠璃素人講釈・刀剣譚・明石大将伝・児玉大将伝など多数
●夢野久作について
夢野久作・杉山直樹(本名)・萠圓・杉山泰道(1889~1936)杉山茂丸の長男
福岡出身(福岡市、福津市、筑紫野市で育つ)。茂丸と同じく、祖父・三郎平に育てられ、その思想信条をたたき込まれる。三歳から四書五経の素読を行い、神童と言われる。
東京府豊多摩郡大久保村大字大久保百人町154番地、東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町大字千駄ヶ谷544番地に居住した記録がある。慶応大学文学部中退。近衛歩兵第一聯隊少尉、僧侶、郵便局長、新聞記者、農園主など。父・茂丸の命により、慶應義塾を中退。現在の福岡市東区唐の原付近にアジア各国が独立した後の農業指導者養成を目指し、4万6千坪の杉山農園を開園。
日本三大奇書「ドグラ・マグラ」を執筆。
「ドグラ・マグラ」は文化庁が選んだ「現代日本文学の翻訳・普及事業 第1回対象作品」の中に含まれており、芥川龍之介・夏目漱石らの27作品のひとつとして海外に紹介された。
著作はフランス語、英語、中国語、韓国語に翻訳されている。著作の内容は庶民の側に立った陽明学的な内容に富む。
最近は絵の才能も注目を集めている。「ドグラ・マグラ」は毎年、青空文庫のアクセス数ランキングで10位以内をキープし、近年は文豪ストレイドックスのキャラクターに採用され、若い女性ファンが増えている。
●杉山龍丸について
杉山龍丸(1919~1987)夢野久作の長男
夢野久作とともに杉山農園(現福岡市東区唐の原)で自然と農業に親しみながら育つ。父・久作から、「民ヲ親ニス」の教えを受け育つ。小さい頃、インド独立の志士、ラス・ビハリ・ボースに会う。16歳で祖父・茂丸と父・久作をなくす。杉山農園の土地を遺言「杉山農園は私物化せずにアジアのために使え」に沿って使用するため、自ら志願し、陸軍士官学校へ入学。
士官学校時代、アメリカとの戦争に反対し東条英機暗殺計画に参加したと書き遺している。インド人留学生との出会いからガンジーの弟子たちとの交流が始まり、イギリスの植民地時代に疲弊したインドを救うため遺言に従ってインドの支援を行い、すべての財産を使い切って生涯を終える。
孫文を支援した祖父杉山茂丸の子孫として孫文生誕100年祭に招聘され台湾を訪問した時に、日本人・磯永吉博士らが開発し、台湾農業の宝とされていた蓬莱米をインドに分け与えてもらうように進言し6年間の国外追放となる。
翌年、台湾政府はFAOを通してインド政府に20トンの種籾を贈り、飢餓に苦しんでいたインドでのコメ増産の契機を創出した。
夢野久作に関する著作多数。
杉山満丸 編著「ふたつの悲しみ秘話」は杉山家の事績と思想の系譜を示す。
【主な業績】
ガンジーの死後、その教えをインドの大衆に伝えるブータン運動に参加。
ガンジーの弟子たちの組織(ガンジー塾)と交流し、イギリス植民地時代に取り上げられた陶器・刃物など庶民の生活道具政策技術の復活などを支援(S.K.Mirmira (インド陶器の父)など)
その後、飢餓に直面し、財産を全て失うまで緑化を中心とした支援を続ける。
「インド緑化の父(グリーンファーザー)」といわれ、ギネス記録(38km)の10倍以上の並木(470km)をインドに遺す。また、シュワリクレンジ(3000kmの砂質地帯)の緑化に道筋をつけた。
●最後に
歴史とは、終わりのない物語です。歴史は、決して切り離された過去の物語ではなく、今を生きる私たちとどこかで繋がっています。杉山茂丸、夢野久作、杉山龍丸の3人が生きた時代と私たちが生きる時代は違うでしょう。けれども、彼らが成し遂げた功績の陰に潜む「想い」に触れることができれば、それは私たちに対する現在進行形のメッセージになるはずです。 「夢野久作と杉山3代研究会」に、少しでもご支援をいただけると幸いです。
「夢野久作と杉山3代研究会」東京大会実行員 桐山洋平
●夢野久作と杉山3代研究会
会長:竹田仰氏(前九州大学博物館館長)
副会長:杉山満丸氏(夢野久作の孫)
事務局長:手島博氏(筑紫野市文化会館館長)
●お問い合わせ
東京大会HP:https://dogramagra2018.amebaownd.com/
Facebook:https://www.facebook.com/kyuusakudoguramagura/
メール:dogramagra2018@gmail.com
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