挑戦の理由。地元農家が抱える課題とは「まわりめぐるプロジェクト」の中心人物である平田酒造の杜氏津田さんと、橋本農園代表の橋本さんから、プロジェクトを始めるに至った経緯や、それぞれが抱えている課題について語ってもらいます。まずは平田酒造場杜氏の津田さんからお話を伺いました。Q:今回のプロジェクトを始めるきっかけについて教えてください。平田酒造場杜氏・津田篤志(以下:津田):平田酒造場では、何年か前から「ひだほまれ」という酒米を使って精米歩合90%(お米を10%しか磨かずに90%使用すること)で「飛騨の華」っていう純米酒を作ってるんです。ひだほまれは、その名の通り飛騨地方を主な生産地とする岐阜県の酒蔵でしか使うことができない酒造好適米で、うちでも「極辛口」や「飛鷺(ひろ)」などいくつかの代表的な銘柄で使用しています。ひだほまれに限らず酒米は作付け量や収穫量が決まっている為に急に割り当てを増やせないものが多いんですが、一昨年、酒造場の生産計画を立てた際に、うちが作りたい量に酒米の供給量が足りないという危惧が生じて。それで代替するお米を用意できないかを考えている時に、橋本農園さんのお話を聞いたんです。細かな杜氏メモ。毎日、醪の状態を確認して調整をかけるQ:橋本農園さんの話しとは津田:コロナの影響に円安も重なって困っている橋本農園という農家さんがあるという情報を共通の友人からもらったんです。橋本農園では化学肥料も農薬も使用量を最小限に抑えたコシヒカリを栽培しているということで、酒米ではない食用米ではあるものの、ある程度まとまった量を供給できるし、ひだほまれの代わりに酒造りに使えないかと。米の値段が下がってしまったという課題を抱える橋本農園としても、コロナ前と同等の値段で買ってくれるのであればありがたい。そういった話でした。Q:食用米でも日本酒を造ることができるのですか 津田:もちろん日本酒作るときに使う米は酒米を使うのが一般的なんですが、「飛騨の華」では10%しか酒米を磨かないで美味い酒を造れているのだから、食用の米を使っても同じように美味い酒が作れるんじゃ無いのかってアイデアが出て、理論上できなくはないなと判断したんです。コロナの影響から米自体の値が下がって困ってるというお話も聞いたので、橋本さんが損しない価格で橋本農園の米をウチが買い取って、美味い酒に仕上げれば付加価値を付けられるんじゃないかってね。醪の発酵具合を目で見て確かめる津田さんQ:そのお米を使ったお酒はどうなったのでしょうか津田:結局、去年は仕込み計画を練り上げた段階で供給が間に合って、橋本農園さんのお米でなく、ひだほまれを使って山廃仕込みの「飛騨の華」を造ることができたんで、橋本農園のお米を使っての酒造りは今季以降に持ち越しになったんです。結果として持ち越しにはなったけれど、地元の農家さんが抱える課題を知ることになって、平田酒造場がまとまった量のコシヒカリを原料米として毎年購入することが、橋本農園さんの課題解決につながる。という気づきがありました。そういう経緯があって、今年の新米を使って再度チャレンジするために今回クラウドファンディングするに至ったわけなんです。SDGsのプロジェクトだっていうのももちろんあるんですけど、食べて美味しいコシヒカリを使って酒造ったらどうなるのか単純に飲んでみたいっていうのもありますし、お客さんにとって新たな楽しみが生まれる。精米歩合90%で醸していくのは酒米を使ったとしても、なかなか手間がかかって難易度が高いことなので、杜氏としては挑戦心をかき立てられますよ。こだわりの土づくり、酒粕堆肥への気づき続いて橋本農園代表の橋本さんから農家目線のお話を伺いました。土をしっかり作ることが大事だと語る橋本さんの抱えていた課題とはなんだったのでしょうQ:橋本農園さんについて教えてください。橋本農園代表・橋本浩樹(以下橋本):橋本農園では、25年に渡って化学肥料とか農薬とか一切使わないで野菜を作っています。野菜作りに使う堆肥は、栽培し終わったなめこの菌床や牛の糞尿などを混ぜて、2年ほど発酵させて作っています。農薬や化学肥料を使わないで野菜を育てるのは手間のかかる作業なんですけど、そうやって作った野菜を子供さんたちが美味しい美味しいって食べてくれると嬉しいもんだから、なんとか続けられています。原価の高騰に頭を悩ませる橋本農園代表の橋本さんQ:今回のプロジェクトに参加するきっかけを教えてください。橋本:コロナの影響で飲食店の消費が減ったことで、米の消費も減って買取り単価が著しく下がったというのと、円安の影響もあって燃料費も上がった。そうするとうちで飼ってる牛の飼料をはじめ、輸送だとか、いろんなもののコストが上がってね、米を作ってもほとんど赤字みたいな状況になって困り果てていたんですよ。そんな時に、平田酒造場さんが日本酒造りするためにうちのお米を適正な価格で買ってくれるっていうお話を、共通の友人が持ち込んできてくれたんです。しかも酒粕を堆肥に使ってみたらどうかってアイデアももらってね。言われてみると、酒粕には窒素やリン酸、カリウムっていう肥料の三大要素が含まれているし、アミノ酸は土壌を豊かにしてくれるし、酵母には植物ホルモンを生成して、花を大きくする働きがあるから、トマトやキュウリなんかの「実」がなる野菜の肥料としてはうってつけなんですよ。でも私らに取って酒粕は「人間が食べるものだ」っていう先入観があるもんだから、今まで堆肥に使おうなんて思ったことがなかったんです。酒粕は平田酒造場さんで販売をしているんですが、余りが出て廃棄してしまうことも多いと聞いて、それではあまりにもったいないですから。Q:酒粕に堆肥としての使い道があることの気づきがあったということですね。橋本:とにかく作物を作ることの基礎はすべて土ですから。平田酒造場さんの酒粕は、搾りが優しいので美味しくて栄養がたくさん残っている。これは土にとっても有益な成分が豊富だということだと思うんです。余計な添加物が使われていないオーガニックなものだし、平田酒造場からうちの農園まではクルマでほんの20分程度だもんで、輸送費も少なくて済みますしね。米については、農薬や化学肥料を全く使わないというのが難しいもんで、減農薬、減化学肥料という形で栽培を行って来ていたんですが、そこにも酒粕を取り入れた堆肥を入れることによってよりいっそう化学肥料を減らした田んぼ作りができていくということです。毎朝早朝から3〜4時間かけて手作業で収穫を行うQ:廃棄も二酸化炭素の排出量も抑えられて、地球環境に優しいエシカル消費につながる活動ですね。橋本:良質な土ができて、さらに環境にいい影響を及ぼす助けに繋がるのなら、やらない理由がないですよね。今年から牛糞から米ぬかに去年仕込んだお酒の酒粕を混ぜて自家製のぼかし堆肥を作って畑にも撒いてるんだけど、心なしか土の質がよくなってきてると感じるので、この秋収穫する米にも期待しています。日本酒の原料米不足と酒粕の使い道に頭を抱えていた平田酒造場、そして米の卸値下落と燃料費の高騰に悩んでいた橋本農園。二者の抱える課題がプロジェクト立ち上げの発端を作りました。毎年、橋本農園の栽培する新米を使って平田酒造場が日本酒を作り、搾った後の酒粕を畑に戻してまた翌年の米を栽培するサステナブルな循環型農業が定着することを願って、一歩づつ活動していきます。(文・写真:薬師寺多聞)