2019/04/09 18:47

みなさんこんにちは。ノガミです。報告が遅れてしまいましたが、モントリオールから無事帰って来ました!既に3ヶ月ほど経ってしまいましたが、色々とまとめて振り返ってみようと思います。


☆モントリオールに引っ越した経緯

東京にいる時に、情報や人の評価など、環境に左右されてしまう自分がいた。アーティストになるために、まず未開の地で自分を見つめ直そうと思い日本から出ようと思いました。モントリオールはテック系企業もメディアアートのギャラリーもたくさんあり、更にニューヨークに1時間で行けて北米のアートシーンの中心地だと思ったからです。また法律が変わるらしいですが、モントリオールでは全ての標識や看板がフランス語です。フランスでも交通標識は英語なのに、ここでは英語で書くと罰金になります。少し過剰ですが、街がアイデンティティをとにかくつくろうとしている所が好きです。トロントはどうお金にするかの話をする人がいなく、ここの方が全然好きでした。都会すぎない事も、自分を見つめる期間に必要な事でした。

↓STOPの標識。わからないだろ!






☆モントリオールではどんな活動をしていた?

コンコーディア大学のTopological Media Labに受け入れ研究員として在籍していました。映像投影するときに暗室を借りなくちゃで面倒くさくて半分くらいは自宅作業になっていました。labのmacを4台くらい使ってレンダーファームにしたりしてました。Naoto Hideaという日本人が紹介してくれてここに入ることができました。行きたい場所にちょうど優しい日本人アーティストがいてめちゃ助かりました。基本的にはカナダ人が多かったですが、台湾生まれイラン生まれなどの移民してきたカナダ人もモントリオールには多かったです。あと別の街から来ている人や短期で中東系から来ている人などいました。

過去作と新作を、ギャラリーやビエンナーレで展示など4回しました。しかし、紹介してくださる人達はいるのにも関わらず、コミュニケーション能力の低さから展示に持って行く程仲良くなる事は無かった。自分は日本人的なじっくり仲良くなるタイプだったので、、なので公募型の企画に何度か応募しました。大体半期前から1年前に募集するので応募できるのは小さいものでしたが、発表する機会を得ました。UCAM大学のMITラボという場所でELEKTRAが主催するプレゼン会で発表をして、終わった後で話かけてくれた人に手伝ってもらって、勝手にパフォーマンスをしていました。

↓Googleスピーカーに全てプレゼンしてもらった。作品の紹介で彼らだけで会話するシーンも。

すると、ディレクターの方がELEKTRAのオープニングでもパフォーマンスをオファーしてくれました。

photo by Yasuko Tadokoro

Bil VornとCod.actのコラボ


ELEKTRAの派生プロジェクトで、今日本に住んでるBenoit Palopもキュレーションをしていました。彼はネットアートのキュレーションをしていて、VICEのライターも昔していた。日本でネットアート系の何かあったらぜひ誘ってやってください!


トロントのフェスティバルに行った際も同じようにゲリラでオープニングパーティを荒らしたりしていました。Vector festivalというメディアアートの小さいfestivalをギャラリーでしていました。

トロントではメディアアートセンターで行われたインターネットヤミ市にも参加しました。Monologuesと、自分の爪や毛などを売りました。爪だけ売れた><


展示はMAPP festivalとData Salonというものでした。MAPPはマッピングフェスティバルで、ベトナム人と日本人がオーガナイズしてるフェシティバルです。opencallもあったので応募してみてください。Neveaparというギャラリーは金持ちのマンションをギャラリーに改装して、土曜日だけ開けています。LGBT系や、ヨガワークショップにレコードフリマなど、サブカルチャー感強いかんじですが、すっごいしっかりとしたギャラリーです。頼りになるテクニカルの方が印象的でした。モントリオールはあまりごちゃごちゃしてないのでプロジェクションするのに良い建物がたくさんあって、今も流行っているようです。

展示の記録とインタビューのリンク

Data Salonが行われたのはEastern BlockというDIY目なレジデンス兼ラボスペースです。ラボは月額いくらか払えば木工系や3dプリンタにデスクなど、24時間いつでも利用できます。大きいビルの中ですが、内装はホワイトギャラリーとは違って古めの洋館みたいでした。スタジオ貸しやパーティ、勉強会などもよく行われていました。僕がいた時はモジュラーシンセ会ってのを少人数でしていました。あと地域の複数のギャラリーが集まって報告会や情報交換をしていました。展示までにメンターもつけてくれて、作品に対しての意見などを率直に教えてくれました。日本と違い上下関係があまり無い雰囲気なのでとても話しやすかったです。open callで応募して、二人展ができました。各部屋を分け与えられたので、ほぼ個展みたいでした。


今までと違うことがしたいというのと、東京で環境に左右されてしまって自分を見失いかけていたので、まず自分と見つめ合うところから始めました。モントリオールに来る際の研修テーマは、現代のSNSの景色の抽出と個人が個人を守るために企業に対抗する事。でしたが、自分の原体験や固有の性格から出る、肌への興味やナルシズムについても考えました。メディアアートとか関係なしに自分と見つめ合いなおそうと思ったので、自画像を書いて、毎日している肌のスキャンと合成していました。髪の毛や爪やほこりなど、そういった自分から出るものをずっと採取して自分の痕跡をとにかく残そうとしていました。



☆(デジタル)クリエイティブ職の人にとってのモントリオールの魅力

とにかく会社での無料パーティなどが多かった。西洋と同じかんじはするが、snsをやっていない人も多くてアナログな繋がりも大事にしていた。

大学では機材も自由に貸し出ししてくれた。大学構内でも街のアートフェスティバルと連携してパーティ多かった。平日の日中からお酒を飲んでる人をいつも見ていて、みんな何してる人なのか1人ずつインタビューしたいくらいだった。フリーランスがとにかく多いらしいからだそうだ。

僕が住んでいた家の通りでは、毎シーズンホコ天が行われていて、夏は道路2kmに渡って30人くらいのアーティストがペンキで道路に絵を書いていました。友達が出ていて手伝ったのですが、しっかり報酬も全員に出ていました。雨が消すからいつか消せばいいやという感覚で、リスクをあまり考えてないのが好印象でした。冬には色んなお店のウィンドウを借りてインスタレーションを、世界中から有名なグラフィティアーティストを集めて壁画を描くMURALフェスティバルなど。しかし、街中の多くのギャラリーは入りにくい雰囲気や実際に入り方がわからない事が多かった。プラトーエリアという日本でいう吉祥寺のエリアはギャラリーもオープンな事も多く、デジタルアートを扱うギャラリーは多くありました。

プラトーにcenter clarkというレジデンスとギャラリーやってるとこがあって、TOCASの助成で来ている日本人がいました。直接でもopen callやってるのでぜひ。


MURALのときに展示してたミームアーティストのGABO。まだ20才の学生。このポストカードリターンで使わせてもらいました。


学術的にも、AI都市と銘打って様々な大学が大きなカンファレンスを行なっていました。


ニューヨークへは飛行機で1時間なので何回か行きましたが、みな生活で大変という印象で、作家活動がどれだけできているのかは少し疑問でした。しかし、スピード感、アメリカンドリームに魅せられた若者たちはコミュニケーションの勢いもすごかった。ギャラリストやコレクターがいようものならとにかく必死に営業を。日本人には踏み込めない領域。「最悪日本でやってける、マイペースに自分を持って」みたいな感覚で行く場所じゃないと思いました。モントリオールは確かに自分を見失わない感覚はあったが、その分じっくりと時間をかける必要があります。ニューヨークから作家やキュレーターを呼んでいる機会は確かにあったので、そこから世界に広げるのもいいかもしれません。焦りを感じるならニューヨークに行った方がよいのかも。奨学金が出るのでフランス人がかなり多かったのと、カナダ国内の人がモントリオールにたくさんいました。

SATというドームシアターがある場所でsfpcのザッカリーや藤幡さんやホイックニーミュージアムのギャラリストなどが来るコングレッシブもあった。


phiセンターというvr専門のセンターがあって、ここも金持ちの御曹司が趣味?で始めたところ。金持ちがギャラリーとかセンターとかを自費で始めるってやつ、日本では絶対ないよね。日本だとお金=悪になってるから金持ってるのはなるべく隠すみたいなかんじだし。文化に投資するっていうステータスが西洋には強く根付いてると聞く。

VRの外の作り込みがすごい。




アメリカとフランス人が多いのはもちろん、キューバやメキシコ、セネガルなどのアーティストもいました。アメリカ大陸とアフリカ大陸が近いので、今までヨーロッパばかり行ってた自分には刺激的でした。


ネットアート的な事をしてるchromatic フェスティバルも。キリスト系の学校校舎を使ってるのが、ヴェイパーウェイブ的な世界観にすごい合ってた。そんな詳しくないけどヴェイパーウェイブって古典的なモチーフがネットに存在する楽園のようなノスタルジーイメージの海ってかんじで、それをリアルに実現しようとしていた。




一番行ったのギャラリーは自宅の目の前の図書館ギャラリー。公共ギャラリーだけどかなりレベルが高く毎月変わる展示と舞台を気軽に見に行けた。


---色々思ったこと---

映像仕事をやめたら、やはりお金が必要になる。アーティストとして食べてくって考えたら、やはり不自由になった感覚があった。制作する際も、展示の際も、交渉の際も。特にメディアアートにこだわるせいで不自由やデメリットが多かった気がした。メディアアーティストで食ってくってなると、テクニカルの仕事やクライアントワーク、先生にステージ演出に。映像仕事してる時にいつもお腹痛くなってストレスが溜まってたのが思い出される。。

そんな中クラウドファウンディングでなんとかサバイブするのはいい手段だと思った。お金ある人でさえ宣伝の意味も込めてバンバン気軽にやってるし。個人のサイトで売るより多数の人が見るし、作品気軽に出せれば、ギャラリーで50%利益とられるよりいんじゃなえ?と思った。


また、言語についても考えた。海外から日本に移住した友達が、自国の言語を喋る時は強めだけど、日本語を喋り出すと途端に礼儀正しくちぢこまる事があった。逆も然り、英語を話す時の自分は時折大きく出る事が多い。モントリオールの第一言語はフランス語で、法律で店の看板は全てフランス語にするという強い姿勢も見せていたが、その法案もこれから無くなるらしい。その国にしかない言葉で伝わるニュアンスは絶対あって、それは古くから思想を伝えて来ている。いただきますとか、お疲れ様、がんばってなど。言語が人をつくってるところは絶対あると思う。そんな経緯がってCloudHomeVoiceという作品でフランス語と英語と日本語を混ぜて見た。機械的に話すAIスピーカーでさえ言語そのものがキャラクターを、アイデンティティを示しているようだった。多言語対応ができるようになったものの、やはり精度はとても低く、別の言語に無理やり認識してしまうバグが多かった。仏AIはすみませんをcinema sinと認識していた。AIスピーカにとってはうまく聞き取れない言葉はただの音でしかない。ソフトバンクがセットでばらまいている大量のAIスピーカーを何も知らない老人の家にある。ディスプレイで境界線があったインターネットが、空間そのものをオンラインになった。オンラインの概念が変わったんだ。この成果は日本でも3月に展示することができた。

動画- https://vimeo.com/328893903   https://vimeo.com/259743972/8108b8304e


photo by 星野健太




言語についてはまだ興味深く考えている。2月に香港ifvaで展示、特別賞を受賞したHeartfelt SPAMでは、英語と中国語のスパムメールを手書きした。中国では適当にネットで翻訳されたスパムメールや看板があり、言葉という概念が伝言ゲームのようにイメージが変形していく様が興味深かった。しかもそれが人間ではなくプログラムによるところに、技術の歪みが現れていると思った。

新しい元号「令和」は万葉集から来ていて初めて日本の文献から引用されたけど、国外のニュースサイトでは中国語の漢字を使っていると報じられている。友達にもなぜ中国語を使ってるか聞かれて、仏教を日本人が学んで来たからだと答えた。俺も参加者にもスパムメールをひたすら写経してもらい、言語によって自分を変形していく様を真似してみようという試みだった。

また、自分について考える時間がたくさんあったため考えた。予備校時からそうだが、自分が考えるのは一番多感だった中学生の時。友達のブログを荒らしまくっていたりネカマをしていたり。他人や自分を騙す自分、別の自分を形成する作業がこの作品でやりたかった事だ。ネット上で当たり前にある社会、風景を現実にたち起こして見ると、その異様さがよくみれる。上記の2作品でそれを示したかった。


リターンについては、殆どみなさんにお届けする事ができました!ポストカードはもちろん、お泊り券で支援してくれた佐野くんも泊りにきました!skype人生相談は一人は無事できましたが、もう一人の方が返信がありませんでした。これを見ていたらぜひご連絡ください!恥ずかしい予備校の時の作品や自撮りも自分で見ていてエモさがありました。AE,C4D,スキャンモデルだけ重くて未だアップロード中です。。遅れてすみません!

日本人が少なくマイペースなモントリオールに身を置くことで、自分というものが強く見えて来た。時間が無い時の自分、時間が有り余ってる時の自分、マイノリティーの自分、全ての自分を考えることができ、そこには変わらない自分もいた。別の価値観が自分を大きく揺さぶり刺激を与え、より一層自分を強くしてくれたおかげで、まだアーティストとしてやっていきたいという気持ちになった。そんな機会を助力してくれて、みなさん本当にありがとうございました。日本でどうしたらいいかわからなくなっていた自分に、忘れられない時間と経験を得ることができました。

ぜひ皆さんにもセルフアーティストインレジデンスをしてもらえたらと思います笑

また展示などでお会いしましょう。



よくぼーっとしていたLaurie公園にて photo by Yasuko Tadokoro



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P.S.P.S.最終報告したばかりですが、また新しいクラウドファンディングをしています!笑 僕が参加しているHOKORI ComputingがポーランドのビエンナーレWROに選出されたのですが、メンバー5人のうち2人分しか渡航費がカバーされなく、3人分を集めて展覧会に参加したい!というものです。こちらも是非応援していただけるとうれしいですm(_ _)m

プロジェクトサイトのURL。4/10日から公開されます




 



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