
星川澄玲 役 山﨑翠佳より
『人生最高の日』の撮影が終わった。
何度もこの映画が終わってしまうかもしれないという状況になった。
「もう終わらせよう」と監督が言ってスタッフとともに、皆でボロボロ泣いたこともあった。
私は、澄玲を演じられないこと、澄玲の想いが昇華されないことが悔しくて泣いた。
そんなことを乗り越えて、撮りきったのだ…
私にとって半年以上役に向き合ったことは初めてで、今でもまだ夢の中にいるようだ。
私は澄玲を演じた。
彼女は、幼い頃の出来事によって人と繋がることを恐れていた。
それでも、愛をこの世界に求めて、
愛はわかるはずだと信じて生きてきた。
愛を知ろうと、皆を愛そうとしてきた。
でも、皆から愛されるようにと頑張りつづけた結果、本当に自分が感じていることを殺し知らぬ間に「嘘」を演じ続けた。
その嘘にさえ彼女は気づかずに、ただこの世界は苦しく虚しいものだと生きづらさを感じながら生きてきた。
過去だけが彼女の宝物だった。
人と会話をしても、痛み止めのようで傷が癒えることはないし真に人と繋がることもできない。
生きていて苦しかった。
虚しかった。
少しでも嬉しいことがあると、
一層、虚しさは膨らみ、自分を蝕んだ。
夜にはベランダで自分を嘲けり、でもそんな時間さえ自分を癒す唯一の救いとなっていた。
それでも、いつかは愛がわかるはずだと
アイドルという仕事や再会した幼馴染に心が踊る瞬間を生きる希望にした。
が、彼女の生き方故に
多くの人を傷つける事件が起こった。
彼女はそこで大きな気づきを得た…
好かれよう・愛されようと生きる時、
知らぬ間に多くの人を傷つけ
自分の魂をも傷つける。
愛を外の世界に求めて彷徨う時
すぐそこにある愛に気づくことはできない。
自分と繋がれていないと人と真に繋がることなんてできない。
心から笑いたいと望むなら
自然と笑顔になる皆を羨むなら
自分の心にゆっくりと耳を傾けないといけない。
人を感動させたい。笑顔にさせたい。
その気持ちは尊いもの。
でも、
それは結果であり
その前にまずは
自分のために歌い
自分のために踊らなければならない。
満たされないのは自分を愛していないからだ。
自分の苦しい過去や、情けない自分でさえ自分で愛することができた時、人からどう思われようと関係なく、ただ安心し、満たされて何もかも受け入れられる次元に行けるのだ。
私はそれを彼女と共に体感した。
私は多くのことを彼女から学んだ。
そしてこの映画に登場するキャラクターは皆何かしらの生きづらさを感じている。
そして嘘をついている。
この映画を見ると自分や他人のこと
嫌だと思った部分や人間臭い部分でさえ愛おしく思えるかもしれない。
ちょっと世界を暖かな眼差しで観れるかもしれない。
私はそう思いました。
そのように書きながらも、
現場では彼女の辛さから逃げてしまった自分がいた故、終わった今でも悔しさばかりが押し寄せている。
彼女が感じた崇高な気持ちを
私のエゴの次元で感じた場面もあった。
そんな中、監督にどうにか演出で引っ張り上げてもらったり、周りの役者やスタッフに助けられた。
この映画は、皆の力がなければ、撮り切ることはできなかった。映画には、スクリーンでは見えない様々な想いも映るのだと私は思う。
多くの学びを得た作品。
そして皆の想いが詰まった作品。
だからこの作品を完成させ、少しでも多くの方に見てもらいたい。
この世界に息苦しさを感じる方
自分の本当の気持ちがわからなくなっている方
愛がわからなくなった方
それはこの世界に生きるならどんな方にも当てはまるのかもしれません。
この作品は、そんな皆の心に灯火を灯すことができると私は思います。
映画という芸術は私たちを救ってくれるものだと私は信じています。
どうかこの作品を完成まで導いてください。
杵村組の卒業制作
「人生最高の日」を皆様に届けたいです。
よろしくお願いします。





