2024/06/11 22:00

昨日の続き。

令和2年度全国盲学校弁論大会で発表した弁論の後編です。お読みください。


「呼吸(ブレス)を感じて」(後編)   熊本県立盲学校3年

 私は今までにも、自分が周りに迷惑をかけていることや周りの人たちの気持ちに気づかないことが何度もありました。この時は、何日も練習を休んでいるのに、それを気にしている様子もない私を見かねて、担任の先生が、今は新曲を覚え、仕上げていくという大事な時期だということ。私が休むことによって、みんなはパート練習しかできないでいること。みんな内心焦っていることなどを、丁寧に説明され、「そんなみんなの気持ち、分かりますか」とたずねられました。初めはその言葉の意味をすぐには理解することができなかった私ですが、一つ一つ整理しながら考えた時、メンバーの焦りとイライラはどんなだっただろうという考えに至り、申し訳なさと、こんな私に普段通りに接してくれたメンバーに対して、感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、このメンバーとならどんなことでも乗りこえられる、という自信のようなものがついてきたのです。

 私たちは昨年、盲学校としては十一年ぶりにアンサンブルコンテストに参加しました。「このメンバーで、やれるところまで挑戦したい」という全員の気持ちからの出場でした。演奏する曲は「ボルケーノミラー」。私たちのために書き下ろしていただいた曲です。当然ながら見本となる演奏はありません。私たちは顧問の先生から楽譜を読んでいただき曲を覚えながら、毎日練習していきました。県大会では決して満足のいく演奏ではありませんでしたが、九州大会の切符をいただくことができました。それからの私たちは個々に描いていた曲のイメージを出し合いながら、「映像が浮かぶような音を届けたい」との思いで必死でした。時には意見が合わず、苦しい時期もありましたが、どうにか満足のいく演奏ができ始めた九州大会前日の事。作曲者の先生が来校され、細かいアドバイスと修正をして下さいました。指導の中で特に印象に残っている言葉があります。「意思のない音ほど面白くないものはない。」頭の中でこの言葉が何度もこだまし、「意思を持った音とは・・」と、一人一人が神経を研ぎ澄まし、メンバーの息づかいや奏でる音を感じながら、「曲の持つ世界観を表現したい」と必死でした。そして九州大会、全国大会へと進む中、今までに味わったことのない感動、「演奏の醍醐味とはこういうことなんだ」と感じられる演奏ができてきたのでした。まさに、「アンサンブルとは演奏の調和。」だったのです。

 現在、アンサンブル部の部員は七人。残り少ない部活動生活ですが、私はここで学んだことを生涯の宝物として生きていきたいと思います。