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誰よりも明るいADHDが、「ADHD専用の学童保育」を作りたい!

世間に認知されつつも、なかなか理解されにくい”ADHD”。ADHD特有の”生きづらさ”を抱える子どもたち。そして、肩身の狭い思いをしてしまう保護者の方たち。ADHDに悩むすべての人が、心から笑えるコミュニティを作ります。

現在の支援総額

755,000

75%

目標金額は1,000,000円

支援者数

121

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/03/01に募集を開始し、 121人の支援により 755,000円の資金を集め、 2025/03/31に募集を終了しました

誰よりも明るいADHDが、「ADHD専用の学童保育」を作りたい!

現在の支援総額

755,000

75%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数121

このプロジェクトは、2025/03/01に募集を開始し、 121人の支援により 755,000円の資金を集め、 2025/03/31に募集を終了しました

世間に認知されつつも、なかなか理解されにくい”ADHD”。ADHD特有の”生きづらさ”を抱える子どもたち。そして、肩身の狭い思いをしてしまう保護者の方たち。ADHDに悩むすべての人が、心から笑えるコミュニティを作ります。

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はじめまして!愛知県に住む森彩香と申します。私は現在31歳になりますが、26歳までは幼稚園教諭として勤務していました。



そして幼少期から幼稚園教諭時代に至るまで、自分は少し周りとは違うのではないかという、何とも言えない生きづらさを感じていました。

年を重ねるごとにふくらむ違和感。26歳の頃にふと思い立ち、病院に行って下されたのは”ADHD”という診断でした。

約5年もの間、信頼できる人たちに伝えても、否定されたことをきっかけに、自分自身がADHDだと言うことを隠し続け、生きてきました。

ある先生との出会いをきっかけに、ADHDを隠さず生きることができ、もう一度ADHDと向き合い、自分自身に何ができるか考えました。

私にできることは何か。

幼稚園教諭時代の経験を生かし、”ADHD専用の学童保育”を作りあげること。

「これしかない!」となりました。

そして自分と同じ境遇に立つ子を少しでも減らしたいという思いから、クラウドファンディングを立ち上げる運びとなりました。

私の思いが形となっていくまでの過程やADHDを取り巻く現状、そしてこのプロジェクトに至った経緯を、皆様に知っていただければと思います。


大学時代に取得した幼稚園教諭第一種免許・小学校教諭第一種免許を生かし、”ADHD専用の学童保育”をつくりたいと思っています。


ADHDは、実際の年齢×2/3、あるいは他の子より2-3歳ほど発達の遅れがあるとされています。


”発達障がいを抱えた子どもたちは、今こんな思いを抱えているだろうな”と分かるのが、私自身がADHDだからこその強みです。


私は学校で、”友達を作りなさい"と教えられたことがありました。


これは私にはわからない感覚で、”本人が友達が欲しいと思っているかどうかが大事”だと考えています。


性格も好きなものもまったく違う子どもたち全員にとって、居心地の良い学童保育を目指します。



ADHDは、ここ数年で一気に認知度が高まったのではないかと感じています。しかし、そのイメージは決して良いものであるとはいえず、偏見ばかり生まれてしまっているのが現状です。


私は、これを立派な社会問題として捉えていいのではないかと思っています。

ADHDというだけで他の子と隔離され、心無い言葉をかけられ、のけ者にされる社会。ADHDの人たちは、このまま居場所がないまま、苦しみながら生きていくしかないのでしょうか?

ADHDの人たちにとって生きづらさを感じにくい環境を作ることで、日本社会全体にも貢献したいと考えております。

1993年、愛知県名古屋市に生まれました。
どこにでもあるような、ごく一般的な家庭で生まれ育った私は、

「将来は結婚をし、子育てをし、家庭を持って・・」

というような、女性なら誰もが抱くような、ありふれた幸せに囲まれた人生を送っていくものだと思っていました。

しかし私を待っていたのは、そんな期待を打ち砕くような、荒波に揉まれるような人生だったのです。



1歳半の頃に家族に連れられ愛知県を出て、石川県に引っ越しました。

幼少期はおとなしい性格で、集団での遊びが苦手だった私は、3歳下の妹とさえあまり遊びたがらなかったと聞いています。

小学校に入学すると同時に、習い事をたくさん始めました。
ピアノ・習字・水泳などのたくさんの習い事をこなしつつ、勉強にもまじめに取り組む活発な時代でしたが、は3年生になるまで友達と呼べる子はいませんでした。

親同士のつながりで自然と話す子たちはいるにはいましたが、引っ込み思案な性格で、自分から輪を広げようとはしていなかったと思います。

そんな私も4年生以降は徐々に友達が増え、たくさんの友達に囲まれながら学校生活を送っていました。

小学生の頃は、本当に何の変哲もない、至って普通の女の子だったと思います。

当時小学生だった私は、もちろん自分では何の疑問も抱くことなく、中学校に進むことを楽しみにしていました。

しかし思い返せば、私の人生は中学時代をきっかけに、転換点を迎えていったようにも思えます。

中学では音楽が好きだったので、部活は吹奏楽部に入部し、毎日クラリネットの練習に明け暮れていました。
楽器に本格的にハマった私は、当時熱中症になりかけてまでも必死に練習を続けていたことは、今となってはいい思い出です。

2年生になる頃、同じグループ内のある女の子から嫌われてしまいました。
どうして嫌われたのかは今でも分かりませんが、ささいなことが原因であったことは間違いありません。
この一件があってからいじめの標的となってしまい、学校に行きたくないという気持ちが芽生え、だんだんと不登校気味になっていきました。

その後名古屋に引っ越すことになりましたが、当時のことは今でも鮮明に思い出せるほど、記憶に深く刻みついています。

転校先の学校では溶け込むのに苦労しましたが、穏やかな日々を過ごしていました。
やがて3年生になる頃、とある女の子からテニス部の勧誘を受けます。
しかし、「テニスには興味がない」と、はっきりと断ってしまったことをきっかけに、またしてもクラスからのけ者扱いされることになります。教科書やノートに「死ね」と書かれたり、制服のリボンを窓から捨てられそうになったり、内容は徐々にエスカレートしていきました。
給食も一人で食べるようになり、修学旅行さえも1人で回っていました。

2度にわたるいじめによって、中学時代には暗い思い出しか残っていないように感じます。

高校進学を機に、今度こそ楽しく過ごそうと、意気込んでいました。

しかし中学時代のいじめをきっかけに自信を失ってしまった私は、どう振る舞っていいのか分からず、常に明るい自分を演じていました。

幸い高校ではいじめはなくなったものの、友人から空気が読めないと言われることが多々ありました。

部活は中学同様に吹奏楽部に入部し、幼少期から続けている音楽に関わる仕事がしたいと思ったことから、児童教育学科のある大学に進むことを決心します。

大学卒業後は、夢だった幼稚園の先生になりました。

子どもを相手にするのは好きでしたが、女性の職場特有の空気感に馴染めず、コミュニケーションがうまく取れない日々が続いていました。

マルチタスクをこなすのが苦手で、やがて周囲から浮いてしまった私は、その後人間関係が原因で幼稚園を転々することが続きます。

当時付き合っていた彼氏との結婚を機に、3社目の幼稚園を退職しました。

「人間関係の悩みから解放される!」

そうやって楽しみにしていた結婚生活でしたが、家庭に入ってからは別の悩みが降りかかってきました。
夫が、人が変わったかのように暴力をふるうようになったのです。

約半年間耐え続ける日々が続きましたが、やがて耐えきれなくなり、離婚手続きを進めることになりました。

離婚を機に再度就職を目指し、結局幼稚園へ再就職することになります。

しかしここでも環境になじむことができず、離婚のダメージが色濃く残っていた私は仕事にも支障が出始め、ついに解雇を言い渡されました。

この頃から周りの人から精神科の受診を勧められるようになり、適応障害に加え、ADHDと診断されるに至ります。

これまでご紹介してきた通り、私の人生は、人間関係がうまくいかないことが大半でした。

社会人になってからが顕著で、

・空気が読めないと言われる
・簡単な指示が理解できない
・提出物の期限が守れない


結婚生活においても、

・料理の手際が悪い
・周囲に気を使えない
・スピードが遅い


年を重ねるにつれて、自分はどこか人より劣ってしまっていると感じることが多くなりました。

私が26歳になって下された「ADHD」という診断結果は、私にとってショックであり、同時に妙に納得してしまうものでした。


診断結果を家族に伝えても、家族は受け入れてくれませんでした。
友人の中にも、心無い言葉を言う人もたくさんいました。
大人になるにつれて、どんどん自分の居場所がなくなっていく感覚がありました。

”私は普通じゃないんだ。”

徐々に精神的に疲弊してしまった私は、死んだ方が楽かもしれないと考えるまでになってしまっていたのです。

ADHDと診断された日から約5年間は、立ち直れない日々が続きました。

診断を受けた同時期くらいに一般企業へ転職しましたが、人間関係が苦手な私にとっては、どこへ行っても本質的には変わりはありません。

疲弊しきっていましたが、なんとか一般企業での仕事を見つけました。

そこで私は、ようやく人生の転機を迎えることになります。

営業先でたまたま知り合った方に、これまでの人間関係や仕事の悩みについて話す機会がありました。

その方は、石川深雪さんと言う「誰よりも明るい不登校児を育てた母親」


石川さんは会わせたい人がいると言って、一般社団法人愛の知から 代表理事「モヒカン先生」こと辻大輔さんという「教育」に強い「人材育成家」に私は出会うことになります。

参考:〜魅学輝塾RASHIKU〜 一般社団法人愛の知から
https://migakijyuku.my.canva.site

それこそ警戒心の強く、何度も人のことを信じられなくなった私は、
本当の自分をお2人の前で出すことができませんでした。

とても暗い印象の私、おとなしく殻に閉じこもっていた私だったと思います。

何度も2人とお話する度に、信頼できるようになり、辻さんや石川さんにADHDであるという、悩みを打ち明けました。

徐々に心を開いていった私は、最終的に2人にADHDであることを打ち明けることにしました。

ものすごく勇気がいることでしたが、2人は何も言わず受け入れてくれました。
さらには、「ADHDってもっと周りに言っちゃおうよ!」とまで言ってくれました。

もしかしたら何気ないひとことだったのかもしれません。
しかし私はその言葉がきっかけで以前の明るさを取り戻しました。

お2人にサポートしていただく中で、ぽろっと私が言った一言があります。

「ADHD専用のレジャー施設をやりたい」
「ADHD専用の学童保育をやりたい」


「やってみようよ!」
「必ず成功できる!」

と辻さん・石川さんが受け止めてくださり、今回のプロジェクトにいたりました。

私が今回、「ADHD専用の学童保育」を立ち上げたい理由は、主に2つの思いがきっかけでした。

1つ目は、私自身のこれまでの生きづらさはADHDによるものだったのだと知ってから、私と同じ境遇に立つ子を少しでも減らしたいという思いが芽生えたことです。

定型発達の方と過ごしたり、普通クラスで過ごしたりすることで、得られるものもたくさんあるのは十分承知しております。日本では診断される子どもの割合は学童期の子どもの3-7%であり、男の子の方が女の子より3-5倍多いと言われています。成人でも診断に該当する人の割合は2.5%ですが、男女比は1:1に近づきます。

参考:NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease07.html

また、ADHDの人の精神年齢は実際の年齢の2/3くらいに見積もるのがいいと考えます。
たとえば、10歳のADHDの子どもの精神年齢は6歳程度とみなすといった具合です。

ADHDの人は、行動の遂行に関わる脳の部位の皮質が厚くなるため、行動の遂行に普通の人より長く時間がかかると言われる報告もあります。

参考:NPO boisoon
http://boisoon.jp/

たとえば、定型発達の人と定型発達でない人が同じコミュニティにいるとすると、

・実年齢は4歳だが、精神年齢2歳の状態で幼稚園の4歳児クラスにいる。
・実年齢は6歳だが、精神年齢4歳の状態で小学校に就学。
・実年齢は15歳だが、精神年齢9歳の状態で高校に入学。
・実年齢は23歳だが、精神年齢は13歳の状態で就職。

このように年齢に見合った生き方が出来ていないということになります。

幼稚園教諭時代、嫌なことがあったら友達に伝えられず攻撃したり、噛み付いたりしてしまう子どもを見てきました。

先生は子どもに、やってはいけないことだよと、指導しなければならない。
相手が社会人であれば、一般常識を押し付けなければいけない。

そんな教育を受けた人は結果的に、周りに合わせるために無理をして自分を作り、無理をすることで周りに大変迷惑をかけてしまうという悪循環にはまるという事例が、数多く存在しています。

無理しなくてものびのび過ごせると思える場所が1つあることで、生きづらさを少しでも解消できるのではないと私は考えます。

ですが、ADHDの子しか居らず、本人たちが

・本当に楽しい!
・落ち着く
・居心地がいい

無理しなくてものびのび過ごせる

と思える場所が1つくらいあることで、生きづらさを少しでも解消できる場があった方が良いのではないかと、私は考えます。

2つ目は、私の幼稚園教諭時代の経験にあります。

幼稚園では、ADHDと診断された子ども、ほかの園児を叩いてすぐに悪者されてしまう子どもを、直接目にしてきました。

「悪いレッテルを貼られてしまうことで、子どもたちの成長が阻害されてしまうんじゃないかな・・?」
「もっと自由に遊ばせてあげたら、その子のいいところを伸ばせるんじゃないかな・・?」

そんな疑問を抱きつつ過ごしていました。

保護者の中にも、「ADHDの子どもの父親・母親」という目で見られ、孤立していまっている状態の方がおられました。

これを読んでくださっている方の周りに、発達障がいの子を持つ方はいらっしゃいますか?
その方の、心の底からの笑顔を見たことはあるでしょうか?

子どもが周りに馴染めないがゆえに、謝罪しなくてもいい立場のはずなのに、謝らないといけない。謝ったからと言って許される訳でもない。
心に常にわだかまりを抱えて生きていかないといけない。

教師側の立場から見て、とてもいたたまれない気持ちにもなりました。

ADHDやASD、SLD発達障がいの言葉は、認知度こそ高まってきたように思いますが、どこか恥ずかしく周りに言えないという方が多くいらっしゃいます。
そして、発達障がいであると周りに伝えたとしても、なかなか人に信じてもらいにくい。

そこで、あえてADHD専用と発信することで、「この学童保育では普段言えない悩みや発言を言っていいんだ!」と思ってもらえる場にしたいと思います。

私は幼稚園教諭時代、人間関係や仕事の出来なさに悩みながらも、子どもたちからはたくさん元気をもらっていました。

もう一度、子どもたちに関わりたい。
みんながのびのびと生きられる居場所を与えてあげたい。


今回のプロジェクトが実現したら、ADHDの子どもたちが心から楽しめて、保護者の方々が心から笑える場所になったらいいなと考えています。

今回のプロジェクトでは、日本の社会問題にも大きな貢献ができると考えています。

ADHDは、ここ数年で一気に認知度が高まったのではないかと感じています。

しかし、そのイメージはいいものであるとはいえず、マイナスの偏見ばかり生んでしまうことになりかねません。

私は、これは立派な社会問題として捉えていいのではないかと思っています。

ADHDというだけで他の子と隔離される。
ADHDというだけで心無い言葉をかけられる。
理解してくれないと、のけ者にされる社会。

ADHDの人たちは、このまま居場所がないまま、苦しみながら生きていくことが正解なのでしょうか?
私はこれを、正解にしたくはありません。

ADHDの人たちが一刻も早く、普通に生きられる社会が実現できるように、日本社会全体に貢献したいと考えております。

具体的には以下のような施設を作り、ADHDの子どもたちが楽しめる環境にしたいと思っています。

ADHDの子どもたちは、筋力やバランス感覚が弱いと考えられております。
そのため、日頃から筋力やバランス感覚を身に付けられる、

・バランスブロック
・バランスストーン
・平均台コーナー


を設けます。

私自身もバランス感覚に本当に自信がないので、これから通う子どもたちと一緒に、楽しみながらバランス感覚をつけたいです…。


ADHD症状のある人は、ナルコレプシーという症状を併発しやすいとされています。

ナルコレプシーとは、時間や場所を問わず急に眠気に襲われる睡眠障害のことで、症状がない人と比較して、1.91倍眠気が出てしまうリスクが高いことが明らかになっています。

参考サイト:シンプレ 訪問看護ステーション
https://shimpre-houkan.com/blog/disease/narcolepsy-adhd/

私自身も、1日しっかり睡眠をとったはずなのに眠ってしまい、勤務態度が悪いと何回も指摘を受けてきました。

ADHDは疲れも出やすいので、寝床の必要性を感じておりました。

子どもたちが安心できる居場所作りのためには、必要な場所だと思っております。


ADHDの子どもたちはやっちゃいけないことをどうしても止められず、度が行きすぎてしまうことが多々あります。
実際私が小さい頃、お絵描きがとても好きで度を越してどこでも描いていた記憶があります。

アパートの壁やガラスも汚してしまったので、大人になった今では退去費用がどれだけかかったのかと想像してしまいます・・・。

私のように、やっちゃいけないことをどうしても止められない経験、ADHDの子どもたちにはあるはず!

私が作る学童保育所では、やっちゃいけないことを思い切り少しでもやって欲しい!

学童保育に来た子どもたちには、思い切りお絵描きを楽しんでもらいたいなと思っております。

最後に、ADHDの子を持つ保護者の方にとっても、居心地のいい場所になってもらいたいと思っています。

発達障がいを持つお子様だから、という理由だけで、周囲から冷ややかな目を浴びせられている保護者の方をたくさん見てきました。

とはいえ、子どもを療育センターに連れていったり、特別支援学級に入ったりしても、周りと断絶されてしまいます。

また、自分の子どもが「発達障がい」を持っているだけで、拒絶してしまうお母様も見てきました。

しかし私から見れば、「普通」という枠に当てはめてしまうと、その子にとっては苦痛であったりします。
子どもたちは、普通学級の子どもたちとも仲良くしたいと思っているのです。

敢えて普通クラスにお子様を入れることで、社会勉強にもなると思います。
しかし、受け入れてくれる子も中にはいますが、冷ややかな目で見てくる子もいるかもしれません。

私も苦しい思いをたくさんしましたが、学校へ行かなくてはいけない、逃げちゃいけない・・・と何度も何度も自分を苦しめて生きてきました。

・義務教育を卒業しないといけないから。
・学歴が欲しいから。

大人の都合で、子どもの人生の幅を狭めていいのでしょうか。

普通に当てはまった世界で生きるのが辛い・・・そんな時に、私が作る学童保育に来ていただき少しでも自分の居場所があるだけでも救われる、そんな場になれると良いと考えます。

もっとADHDのお子様を「特別な存在!」「天使!」「素直で可愛い!」「ポジティブ!」と思って欲しいので、ADHDのお子様を持つ親の悩みを共有する場としても提供したいと思っています。


いかがでしたでしょうか?

中学生時代から社会人時代。この期間に起こったことは全て本当のことです。
ドラマのような展開で驚く方もいらっしゃるかと思いますが、決して平坦ではない人生を私は歩んできました。

「発達障がい」は、社会の永遠の課題だと私は深く感じています。

少しでも解決する方向性を、私は導き出したいと思っております。

あなたの応援が、私たち発達障がい者の励みになります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

少額でもご協力いただけると励みになりますので、たくさんのご支援お待ちしております!



支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • 人件費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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