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MIRUIプロジェクトVOL.49|魚河岸シャツの涼しさを多くの人に知って欲しい

本染めの木綿晒の反物を丁寧に仕立てた魚河岸シャツは通気性が抜群!サラッとした快適な着心地で、暑い夏に着ると最高に気持ちいいです。この涼しさを一人でも多くの方と共有したくてプロジェクトを立ち上げました。エアコンの無い時代に先人の知恵により自然発生的に生まれたこのシャツの魅力を全国に広めていきたいです。

現在の支援総額

701,700

701%

目標金額は100,000円

支援者数

74

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/07/04に募集を開始し、 74人の支援により 701,700円の資金を集め、 2025/09/21に募集を終了しました

MIRUIプロジェクトVOL.49|魚河岸シャツの涼しさを多くの人に知って欲しい

現在の支援総額

701,700

701%達成

終了

目標金額100,000

支援者数74

このプロジェクトは、2025/07/04に募集を開始し、 74人の支援により 701,700円の資金を集め、 2025/09/21に募集を終了しました

本染めの木綿晒の反物を丁寧に仕立てた魚河岸シャツは通気性が抜群!サラッとした快適な着心地で、暑い夏に着ると最高に気持ちいいです。この涼しさを一人でも多くの方と共有したくてプロジェクトを立ち上げました。エアコンの無い時代に先人の知恵により自然発生的に生まれたこのシャツの魅力を全国に広めていきたいです。

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静岡新聞に記事掲載!(8月8日付)

<えびちゃま>SNSで応援!

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自己紹介

はじめまして。 
静岡県焼津市で魚河岸シャツのお店を営んでいる、濱いち屋の川合優基と申します。

私が生まれた場所は、魚河岸シャツ発祥の地と同じ焼津の浜通り。
その場所から、私の一歩目の歩みが始まりました。
“自分の原点を大切に…”という想いを込めて、お店の屋号には「はま」と「いち」を入れて「濱いち屋」と名付けました。

伝統的な定番柄からオシャレなものまで、たくさんの魚河岸シャツを取り揃えている濱いち屋

明治生まれの漁師だった今は亡き私の祖父は、船をおりてから祖母と一緒に、釣具を含む日用品雑貨販売店「川合釣具屋」を昭和後期まで浜通りで営んでいました。
私の頭の中には、港町の風情が漂う浜通りで過ごした幼少期の記憶が、今でも鮮明に残っています。

 焼津・浜通りの自宅前にて(昭和50年代)私は小さい頃から魚釣りが大好きで、週末は父と兄とよく港に釣りに出かけました。
平日も小学校から帰ると毎日のようにタモとバケツを持って魚捕り。
捕まえたフナやナマズやザリガニを家で飼育・観察する毎日を楽しみました。

中学時代は友達と一緒に釣り竿を持って小川港~焼津港や昭和通り付近を自転車でブラブラしながら駄菓子屋の「静岡おでん」を食べる、焼津っ子らしい少年時代を過ごしました。  

幼い頃からの思い出がいっぱい詰まった焼津の海地元の高校を卒業後に愛知県の大学に進学。
ファッションや雑貨や音楽が好きだったため大学で社会学(主に若者カルチャー)を学んだ後、卒業後は海外一人旅や日本国内放浪を経て焼津に戻り、独学で学んだ海外バイヤー経験を生かして26歳で大好きな地元・焼津に戻り輸入雑貨店を開業しました。

この若い頃の貴重な海外経験が、のちの町おこしに対する思いや行動力、魚河岸シャツづくりの感性にとても大きく役立ったことを、今になって強く思います。

タイ、チャン島のビーチにて(20代前半)

このプロジェクトの目的

今回挑戦させていただく、このプロジェクトでは大きく3つの目的があります。

① 「魚河岸シャツ」の涼しさや歴史、「注染そめ」の美しさを全国の人に知って欲しい

② より多くの人に魚河岸シャツを着てもらうため、伝統と新しさを融合させた魚河岸シャツを作ってさらに進化させていきたい

③ 先人が紡いできてくれた、生活に自然に溶け込んだ「魚河岸シャツ文化」を100年先にも大切に残していきたい

抜群の涼しさで多くのファンに愛されている魚河岸シャツ
一度このシャツを着ると、夏にTシャツが暑くて着れなくなる・・・という声も
                    

魚河岸シャツとは何か?

「魚河岸シャツ」と聞くと、「涼しいシャツ!」や「焼津の人が夏によく着ているシャツ!」と連想される方も多いとは思いますが、改めて説明させていただこうと思います。

魚河岸シャツとは、

・本染めの手ぬぐい生地の反物を仕立てた襟無しの半袖シャツ。

・昭和初期に、静岡県焼津市の海沿いの地域(通称・浜通り)付近で漁師や水産加工業者が日常的に着用していた、手ぬぐいを縫い合わせて仕立てたシャツ「てぬぐい襦袢」が進化したもの。

・通気性と速乾性に優れた肌触りのいいシャツで、夏でもサラッと涼しく快適に着用できるのが特長。

になります。

国宝の鳥獣人物戯画デザインの反物を仕立てた魚河岸シャツ

森要三氏によって魚河岸ロゴや魚河岸マークが用いられるデザインになりブランド化されて、昭和50年代頃から「魚河岸シャツ」という名称で親しまれるようになりました。
エアコンの無い時代に夏を涼しく過ごすために、先人の知恵から自然発生的に生まれた・・・というのも、とても興味深いです。

プリント生地ではなく本染め(注染そめ)の反物を仕立てているので、通気性が抜群で、驚くほどの涼しさが最大の特長です。

「呼吸するシャツ!」という表現がピッタリ合うような、そんな快適なシャツです。

魚河岸シャツについてのさらに詳しい説明は、こちらの濱いち屋公式サイトをご覧ください。

「呼吸するシャツ!」という表現がピッタリ
シャツと身体の間を風が抜ける抜群の涼しさが、多くの魚河岸シャツファンの心を魅了
 「焼津らしさ」のPRと地域産業文化の発信と国連の提唱するSDGsにつながる取り組み、夏季の省エネ対策の一環として、市役所職員や市内事業者が勤務中に魚河岸シャツを着用する「魚河岸クールビズ」も毎年評判となっています。 (※2024年からは「魚河岸スタイル」に名称変更)

現在は「魚河岸シャツ」という名前が日本国特許庁に商標登録(商標登録第5341086号)され焼津から生まれた大切な地域資源として大切に保護されて、抜群の涼しさを体感できる快適なシャツとして、全国的にも多くの愛用者が増え続けています。
その伝統と品質を守るために素材や製法や形状などに厳格な定義が定められています。

焼津魚河岸シャツ組合加盟店のみに通常使用権が与えられて、魚河岸シャツを販売することができます。

濱いち屋は2022年から焼津魚河岸シャツ組合の副組合長を務めており、理事役員が定期的に集まって会合を開き、焼津市役所等とも連携しながら組合の様々な企画を立案したり実施しています。

そして魚河岸シャツの商標を大切に守り続ける焼津魚河岸シャツ組合のもとで、焼津の宝である魚河岸シャツをより良く発展させながら未来に繋げていくための宣伝広報や魅力発信に真摯に取り組んでいます。

 魚河岸シャツの定義が記載されている認定証

 
150種類以上の多種多様な魚河岸シャツを自社ブランドで製作

濱いち屋では、お客様がたくさんの選択肢の中から好みのシャツをお選びいただけるように、大人用から子ども用まで150種類以上のデザイン・カラーの魚河岸シャツを取り揃えています。

国産の本染め浴衣と同じ注染そめの特岡生地反物を使用しているため、染めの美しさと肌触りが抜群

夏を快適に過ごすために、毎年魚河岸シャツを新調するお客様もたくさんいらっしゃいます。

魚河岸シャツを初めて着たお客様はその涼しさに感激して、リピーターとなってくださる方もすごく多いです。

「夏は魚河岸シャツしか着れない!」

「こんなに涼しいなら、もっと早く知りたかった!」

「もうTシャツが暑くて着れない!」

等、お客様のいろいろな声を聞くと本当に嬉しくなります。

モデル着用画像をたくさん掲載した、こちらの魚河岸シャツモデルページも魚河岸コーデの参考に是非ご覧ください。

昔ながらの伝統的なデザインからオシャレで個性的な魚河岸シャツまで150種類以上を取り扱い

オーダーメイドの魚河岸シャツ製作や藤枝大祭りの衣装製作等にも対応していますので、会社やグループ等でのオリジナルデザインの魚河岸シャツや肉襦袢製作のお手伝いをさせていただき、地域のお客様との繋がりやご縁も大切にしています。

オーダーメイド魚河岸シャツの製作例また魚河岸シャツと同じ反物をアロハシャツに仕立てるなど、美しい注染そめ製品の魅力をさらに広げていくために新しい商品開発も進めています。

注染そめの良質な木綿晒の反物を縫製職人が丁寧に仕立てた国産アロハシャツ
生地の風合いが優しく柔らかく変化していく、本染め製品ならではの”育てる”楽しみがあります


東京藝術大学美術学部デザイン科を卒業後、現在は鳥取を拠点に日本画家として活躍されている 雲母描画堂 友田恵梨子さんのデザイン「山野辺 -山女魚と桔梗」の反物と魚河岸シャツ製作にも携わらせていただきました。

花鳥や宇宙、万葉歌などを主な画題とした日本画制作を軸に幅広く活動されている友田さんが、魚河岸シャツ・注染そめに注目されたことは私にとって大きな光栄であり、未来に向けて魚河岸シャツの無限の可能性を感じることになりました。

港町発祥の魚河岸シャツの図案に選んだのは里山で見られる山女魚と桔梗。
海と山が共に豊かさを育むことを願って描いた。
床の間に飾られた注染そめの生地反物。空間を最大限に生かして風景をアートに落とし込む美的センスは流石。

「メイド・イン・シズオカ 」のこだわり

昔ながらの染色技法で魚河岸シャツ用に染められた反物を干す光景

「てぬぐい襦袢」という名前が発祥のとおり、昔は手ぬぐいを5枚縫い合わせて作っていた魚河岸シャツですが、今は手ぬぐいで作るのではなく、魚河岸シャツ用に反物を染めています。

例えば大人用のLサイズの1枚の魚河岸シャツを仕立てる場合、5メートル近い長さの生地反物を使用します。

この雅趣に富んだ注染そめの美しさに多くの人が魅せられる・・・

濱いち屋の魚河岸シャツは定義をしっかりと遵守し、熟練の染色職人の匠の技とベテラン和裁士の丁寧な裁断と縫製による昔ながらの製法で一枚ずつ丁寧に作られています。

日本古来の伝統的な染色技法「注染そめ」は日本の中でも浜松市が特に有名な産地であり、「浜松注染そめ」は静岡県の郷土工芸品にも指定されている優れた技術となっています。

熟練の染色職人の手で丁寧に染められる魚河岸シャツの生地反物

浜松は浴衣生産量日本一で全国の約半数のシェアを誇ります。

浜松注染そめの技術は全国的に評価の高い浜松浴衣と同様に、魚河岸シャツの製品のクオリティーの高さにも繋がっています。

私は静岡県内の産業がより発展するように「メイド・イン・シズオカ」に徹底的にこだわっているため、全ての工程を静岡県内で作ることを心掛けています。

生地反物は明治時代から伝わる日本独自の染色技法「注染そめ」で染められます


昔ながらの製法で1枚1枚丁寧に仕立てられる魚河岸シャツ

魚河岸シャツを静岡の自慢のシャツに、さらには全国のシャツに・・・

地球温暖化が進み夏の気温が年々上昇していくなかで、抜群の涼しさと着用した時のサラッとした快適さが最大の特長の魚河岸シャツは、今まで老若男女問わず多くの人に愛されてきました。

テレビや新聞などのメディアでの報道や有名人の着用、クチコミやSNSの影響等で市外や県外にも広がり、焼津以外にも全国に魚河岸シャツのファンが年々増えています。

2024年7月に大井川港で開催された踊夏祭でのミニライブと11月に焼津市文化会館の大ホールで開催された人気アイドルグループのライブでは、メンバーがステージ上で色とりどりの魚河岸シャツを着用してパフォーマンスを行い、魚河岸シャツが新たな世界へと羽ばたく可能性を大きく広げてくれました。

全国から集まったファンの方たちも魚河岸シャツを着てステージを見つめる姿にも感動。

「今までブレずに濱いち屋スタイルの魚河岸シャツを作り続けてきて本当に良かった!」と、心から強く思えた瞬間でした。

魚河岸シャツがきっかけで、全国のファンの方たちと今でも温かい交流を続けさせていただいていることをとても嬉しく思います。

私はもっともっと多くの人に魚河岸シャツの涼しさや魅力を伝えて良さを知ってもらい、静岡の自慢のシャツにしたいです。
さらには日本全国に広めていきたいという夢があります。

プロジェクト立ち上げの背景

私は大学時代から「焼津を楽しくするために、絶対に焼津で自分の店を開きたい!」との強い想いを持ち続け、複数のアルバイトを掛け持ちして貯めた資金で海外の文化を直接触れるために旅をしました。

世界中のバックパッカーが集まるタイ・バンコクのカオサンロードを拠点に、いろいろな国の旅人と交流して様々な体験をすることができました。

バンコクのカオサンロード:西洋文化と東洋文化が入り混じったカオスな世界

そして26歳の時に生まれ故郷の焼津に戻りお店をオープン。
お店といっても最初の店舗は約5坪ほどのスペースの小さな輸入雑貨店でしたが、私と趣味が合う釣り好き・プロレス好き・音楽好き・サブカルチャー好きなお客さんが自然と集まって、とても居心地のいい小さなコミュニティーが形成されていきました。
取扱い商品も増えアパレル商品も増えてお店が手狭になり、現在のお店に移転したのが2008年。

その3年後の2011年に東日本大震災が起こったことが、その後の私の行動を大きく変えることになりました。


被災した地域の壊滅的な被害状況の映像がテレビで繰り返し流される毎日に、日本中が大きな悲しみと喪失感に包まれました。

そして被災地域と同じ沿岸部としての津波リスクを抱える焼津市は、その不安から人口流出が始まり、しだいに活気や町の元気が失われていきました。

~カラフルな魚河岸シャツに込めた想い~

魚河岸シャツは、静岡県郷土工芸品にも指定されている「注染そめ」という昔ながらの伝統的な染色技法で染められています。

最大の特長は、グラデーションや ぼかし により多彩な色彩を表現できることです。

「色」による心理効果は科学的にも明らかにされています。

私は「色」を活用して、暗く覆われた閉塞感を打破するために、今までに無かったような明るい色彩の魚河岸シャツや虹色の魚河岸シャツを作って、少しでも町に明るさを取り戻そうと決意しました。

海外でよく探していたタイダイ染めの古着Tシャツをヒントに考案した、レインボー魚河岸シャツ

雨上がりに虹を見ると、多くの人はすごくラッキーな気分になると思います。

虹色は「夢」「希望」「明るさ」「幸運」「未来」「平和」など、ポジティブなイメージを連想させてくれます。

この想いは多くの共感を生み、町にカラフルな魚河岸シャツを着た人が増えていきました。

ヒョウ柄や星柄や平和を願うピースマーク等の斬新なデザインの魚河岸シャツをはじめ、仕立てたシャツをまた後染めでラスタカラーやレインボーカラーに染める手法を取り入れる等、今までの常識を覆すような新感覚の魚河岸シャツづくりは、多くのお客様から大きな評価をいただきました。

焼津の元気を取り戻したい!

ある日、所属している魚河岸シャツ組合からの声掛けがあり、週末の2日間だけ焼津さかなセンターに小さなテーブルを置いてブース出店することになりました。

数年ぶりに焼津さかなセンターに訪れた私は、愕然とする現実を目の当たりにしました。

私が良く知っていたかつての活気ある焼津さかなセンターの姿は無く、空きテナントが目立つようになっていました。

2日間の出店を終えた後、さかなセンターの担当者さんから「ここで何かイベントを開催してくれないか?」と相談を持ち掛けられました。

私は焼津の元気を取り戻したい!という想いで、イベント(第1回レインボーマーケット)の主催を決意しました。


そして全力で取り組むために約2ヵ月間お店を閉めて、自身初のイベント主催の準備に全力でチカラを注ぎました。

私の想いに共感してくれた仲間が仲間を呼び、2日間で約50店舗の出店とステージでダンスを披露してくれるキッズダンサー130名以上が集結。

地元のレゲエ・HIP HOPアーティスト等も集まってくれて歌でイベントを盛り上げてくれました。

あの時の熱気と感動は今でも決して忘れることはありません。

1日目のイベント終了間際に空に大きな虹が出て感動的だった第1回レインボーマーケット

その後も企業様からのイベント依頼もいただき企業とコラボのマルシェ等も主催したり、市内の様々なビッグイベントの実行委員として企画・運営に携わるなど、地域を盛り上げるためにボランティアで活動を続けています。

古き良き昭和をイメージした夏の終わりの焼津ヤミー市


幅広い世代が楽しめるイベントを実行委員として企画・運営

自身が管理人をつとめるSNSグループからメンバーが集まり開催した、やいづベーカリーサミットも大盛況

毎年恒例の人気イベント「大井川港釣り大会」と共催しているレインボーマーケット

大正生まれの寅吉さんから託された、魚河岸シャツのルーツ

魚河岸シャツを発展させていくためには、魚河岸シャツのことをもっと知る必要がある・・・

私は魚河岸シャツ組合で出会い、世代が近いこともあり意気投合した藁科と一緒に、文化的な側面からも焼津を盛り上げていこうと、『焼市 YAI-CHI』というユニットを結成しました。

昔の焼津のことや魚河岸シャツの歴史を調べていくうちに、焼津の生き字引的な存在である、大正13年生まれの「長谷川寅吉さん」と出会いました。

昔の焼津のことを全て知っている、生き字引的存在だった長谷川寅吉さん

焼津で昔から水産加工会社を経営し、「焼津浜言葉を遺す会」<浜言葉:海沿いの住民を中心に使われていた焼津独特の方言 を遺すために平成15年に結成された>の会長もつとめていた寅吉さんのご自宅に何度もお邪魔して、「焼津」や「焼津港」や「魚河岸シャツ」の歴史についての話を伺っているうちに、寅吉さんが大切にしていた貴重な「手ぬぐい襦袢(じゅばん)」の存在を知ることとなりました。

そしてある日、昭和初期の生地で作られた貴重な「手ぬぐい襦袢」1枚とその生地反物を、突然私たちの手に託してくれました。

『大事なモノだから失くすなよ!』の言葉とともに・・・

焼津の生き字引・長谷川寅吉氏と語り合う『焼市 YAI-CHI』 
上から2番目のボタンだけを留めるのが、昭和中期の粋な着こなし方だったというエピソードも・・・

魚河岸ヴィンテージを復刻、そして魚河岸シャツ祭りを開催!

寅吉さんから手渡された反物には大柄の「魚河岸」文字がダイナミックに染められていました。

当時(昭和初期)は純白だったであろう反物は、経年変化によりほんのり全体が黄色味がかって、温かみを醸し出すような反物になっていました。

デザイン自体は迫力のある荒々しいデザインでしたが、その反物からは大きなものに包み込まれるような安心感が伝わってきたのを今でも強く覚えています。

その反物を忠実に再現して一枚一枚丁寧にシャツに仕立て、大正~昭和~平成~令和をつなぐ「魚河岸ヴィンテージ」として、令和が始まった日(令和元年5月1日)に復刻。

その感動的なストーリーはテレビや新聞でも大きく取り上げられて話題となりました。

「焼市」の文字は達筆だった寅吉さん直筆の文字をデータに起こして型彫りしたもの

「魚河岸ヴィンテージ」の復刻を記念して、私はイベントの開催を決意。

焼津の秋定番のビッグイベント「オータムフェスト」の前日祭として、思い出の焼津旧港で「魚河岸シャツ祭り」を主催させていただきました。

当日は魚河岸シャツを着た多くの人が集まってくれて、寅吉さんの挨拶と「乾杯!」の音頭でビールやジュースで乾杯して歌やDJのステージで楽しく盛り上がりました。

思い出の焼津旧港に集まった、たくさんの来場者さん


このイベント開催のきっかけとなった、大正生まれの長谷川寅吉さんの音頭で「乾杯!」

コロナ禍ではアーティストと共に焼津を盛り上げる

コロナ禍では静岡県文化財団の事業「エールアートプロジェクト」に採択されてアーティストと一緒に焼津を盛り上げました。

日本を代表するレゲエミュージシャンで、世界で活躍しているPAPA U-Geeさん。

誰もが認める日本レゲエ界の重鎮!ニューヨークやジャマイカに滞在し本格的にレゲエを学び、日本国内のみならず台湾・フィリピン・香港・ベトナム・タイ・中国等でもツアーを行い世界にメッセージを伝えている。 

ニューヨークを拠点に世界で壁画を描き続けるSHIROさん。

ニューヨークに拠点をおき、世界中の壁に壁画を描き続けるグラフィティアーティスト!
彼女の描くダイナミックなストリートアートは常に大きな話題性を持ち多方面から賞賛されている。

焼津愛にあふれる焼津出身の2人のアーティストと共に、いろいろなプロジェクトを実施。

自分の世界観を作り上げて一切妥協することなく、真っ直ぐにメッセージを伝えたりアート作品を創作したり表現していくプロフェッショナルな姿に、とても感銘を受けました。

この2人のアーティストと一緒に活動できたことは私にとってすごく大きな経験となり、自分が仕事に向き合う姿勢や地域に対する想いを行動に移すことの大切さを改めて見つめ直すきっかけにもなりました。


PAPA U-Geeさんの代表曲「焼津港」のプロモーションビデオ制作
高草山と焼津港の大漁旗をバックに魚河岸シャツを着用した姿もたくさん

グラフィティアーティストSHIROさんが描いた、焼津をイメージした壁画

PAPA U-Geeさんのオンラインライブ開催をサポート


SHIROさんの描いた巨大大漁旗をバックに、 PAPA U-Geeさんの「焼津港」のPV撮影後の記念写真
石原水産マリンステーション様が全面協力してくれました

寅吉さんの魚河岸シャツが東京国立博物館に️

現在の魚河岸シャツのルーツとも言われる、長谷川寅吉さんが愛用していた昭和初期の「手ぬぐい襦袢」が、東京国立博物館が主催した『150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの宝物』に選ばれて、2022年から2023年にかけて国立博物館で紹介されました。
焼津の魚河岸シャツが国立博物館に名前を刻まれたことが本当に嬉しかったです。

魚河岸ヴィンテージ復刻の記念に焼津の秋のビッグイベント「オータムフェスト」の前日祭として主催した「魚河岸シャツ祭り」を終えた後、会場で寅吉さんと私たちがインタビューを受けたシーンで寅吉さんは、「この歳になってこんな友達ができるとは、夢にも思わなかった。本当に嬉しい。」と穏やかな笑顔でテレビカメラに語ってくれました。

私たち2人を優しく包み込むような寅吉さんの温かい言葉に感動して、私はテレビカメラの前で溢れ出てくる涙を堪えるのに必死だったのを思い出します。
「継承 魚河岸シャツで結ばれた絆 令和によみがえる伝統」というタイトルが付けられてテレビで放送された時には、番組を視聴したお客様や友人・知人からも大きな反響をいただきました。

「この歳になってこんな友達ができるとは、夢にも思わなかった。本当に嬉しい。」の言葉に思わず涙が・・・

魚河岸シャツがきっかけで紡がれていく、感動的なストーリーの数々といろいろなご縁。

天国の寅吉さんに喜んでもらえるように、これからも寅吉さんの手ぬぐい襦袢と魚河岸ヴィンテージを大切に守りながら、魚河岸シャツを進化させていきたいと思います。

東京国立博物館の『150年後の国宝展―ワタシの宝物、ミライの宝物』に展示


魚河岸シャツ文化を大切に後世に伝えていくために

とてもありがたいことに今までたくさんのメディアから取材依頼があり、いろいろなテレビ局の番組やラジオ番組に出演させていただいたり、新聞の紙面でお店の魚河岸シャツについて取り上げていただきました。

小中学校の授業の題材としての取材協力や、児童生徒・高校生・大学生のインタビュー対応。
個人の自由研究・卒業論文への協力等、どんなに小さな依頼であっても決してお断りせずにお話をさせていただき、魚河岸シャツ周知のための活動にも積極的に取り組んでいます。


子どもたちから貰うお礼の手紙はお店の大切な宝物

静岡大学に招かれて魚河岸シャツ文化に関する授業を行う



やいづ浜通り 夏のあかり展 と同時開催のマルシェに出店
古い漁具倉庫をリノベーションして話題の施設・焼津PORTERSのイベントに出店
新しい時代づくりのために、故きを温ね新しきを知る

新しい時代を彩る新しい文化を誕生させるきっかけを創りたいと思った私たちは、静岡県文化財団・アーツカウンシルしずおかのアートプロジェクト事業として「港まち文化プログラム ~焼津ノスタルジア~」を実施しました。

焼津市内に眠っている古い写真を集めて、PAPA U-Geeさんの名曲「KAMABOKOYANE」にのせたミュージックビデオを作り幅広い世代に興味をもってもらう試みを行いました。

魚河岸シャツと共に歩んできた焼津の歴史を改めて振り返るために・・・

このようなローカルに密着した地道な文化活動を行うことにより、私自身の中でも「魚河岸シャツ」をより良く進化させていくための、あるべきカタチが少しずつ見え始めてきているような気がします。


日本のアパレル国内自給率は、「1.4%」という衝撃的な数字に

日本繊維輸入組合が6月に発表した「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年度版」では、とてもショッキングな数字が発表されていました。

2024年の衣料品の国内自給率は、数量ベースでわずか「1.4%」

1990年には約50%だったことを考えると、衝撃的な減少率です。

食料と衣料のため単純比較はできませんが、「低い」ことが常に問題視されている日本の食料自給率はカロリーベースで約38%であることを考えると、1.4%というのは恐ろしく低い数字です。

国内縫製の衣料品が減少するなかで、魚河岸シャツは国内縫製を定義に定めて品質の高さを維持

過去に海外買い付けで輸入衣料品を多く扱ってきた私は、海外生産品の縫製の粗さや雑な仕上げ等のマイナス部分を実際に何度も目にしてきました。

それに比べて日本国内の縫製工場は品質・技術の高さは問題無く、安心して縫製を任せることができます。

私は魚河岸シャツを全国に広めることで、日本のクオリティの高い繊維産業に少しでも光を当てていきたいと考えています。

魚河岸シャツの抜群の涼しさを知ってもらうためのリターン品

このプロジェクトでは魚河岸シャツの涼しさ・注染そめの美しさを一人でも多くの方に知ってもらうために、いろいろなリターン品を用意させていただきました。

暑い今年の夏にすぐ着用いただけるよう、ご支援いただいた方にはクラファンの終了を待たずに数日中にリターン品を発送して速やかに商品をお手元にお届けさせていただきます。

定番商品の「涼麻柄・紺×白」は落ち着いたカラーとデザインでコーディネートしやすいため、初めて魚河岸シャツを着るお客様がお選びになることも多く、濱いち屋で一番人気となっています。


当店一番人気!コーディネートもしやすい定番デザインの魚河岸シャツ

続いてこちらは今回のクラウドファンディングがきっかけで製作した、新感覚の魚河岸シャツになります。

魚河岸シャツには定義があり、デザインには「魚河岸のマーク又は、魚河岸の文字が入ったものであること」と定められています。

魚河岸シャツは綿100%の注染そめの生地反物と国内縫製というクオリティの高さと抜群の涼しさが特長ですが、魚河岸文字とマークは好んでくれる人が多く存在する一方で、もう少し控えめなシンプルなデザインを要望されるお客様の声もたくさん頂戴してきました。

そのため、魚河岸シャツの品質の良さをより多くの人に体感していただくために、魚河岸マークを控えめにレイアウトした3種類のデザインの魚河岸シャツを作りました。

①麻かざぐるま・・・大柄の麻の葉文様に白と藍色のコントラストが美しい魚河岸シャツ
麻文様には、健やかな成長・長生き・強い生命力などのポジティブな意味があり、神事等にも使われることから魔除け・厄除けの願いも込められてます


②伝統幾何学小紋柄・・・縁起のいい伝統小紋柄をオシャレにレイアウトした魚河岸シャツ
未来永劫の繁栄を意味する「青海波」、富裕・調和・高貴を意味する「七宝」、長寿・生命力・魔除けを意味する「麻文様」等、古来から伝わる伝統和柄を組み合わせました

③ご縁がさね・・・円だけを重ねてデザインしたモダンテイストの魚河岸シャツ
円満・円滑・ご縁など、穏やかさや繋がりを意味するメッセージが込められています

3種類ともシャツの身頃部分には魚河岸マークを一切入れず、左袖部分にのみワンポイントでマークが入るように柄合わせをして仕立てたので、今までのような「焼津感」を前面に出した魚河岸シャツとは少し違った雰囲気に仕上げることができました。

普段から魚河岸シャツを愛用している方はもちろん、今まで魚河岸シャツを着たことがない人にも是非着用してもらいたい一枚です。

魚河岸シャツならではのサラッとした快適な着心地と、抜群の涼しさを体感いただけると思います。

この一枚をきっかけに、魚河岸シャツのファンになっていただけたら本当に嬉しいです。

魚河岸シャツの涼しさは、木綿100%の注染そめの反物を仕立てている・・・という生地自体の品質の良さにあります。

その生地を実際に手に取って感じていただきたく、てぬぐいもリターン品としてご用意しました。

注染そめの美しさはもちろん、使用していくごとに生地が優しく柔らかな風合いになっていくのを実感していただき、それをシャツに仕立てて着用した場合の涼しさを想像していただけたら、今回のプロジェクトは魚河岸シャツにとってすごく大きな意味のあるものになります。

普段の生活でオシャレに使える、てぬぐいの使用例

日本てぬぐいは様々なシーンで使うことのできる、とても実用的な商品です。

皆様の生活の一部分に、注染そめの手ぬぐいを少しでも取り入れてもらえたらすごく嬉しいです。


支援金の使い道

集まった支援金は、リターン品の仕入れ費や広報宣伝費や設備費の他、新しいデザインの魚河岸シャツを作る際の注染そめの染め型製作費用として大切に使わせていただきます。

デザインの細かさにもよりますが、染め型製作には1デザインあたり30,000円~50,000円程度の高額な料金がかかり、私のような規模の小さい個人商店にとって大きな負担となってしまっています。

また、型は永久に使用できるものではなく経年で劣化していくので、年月の経った型は作り直しも必要になってきます。

伝統のデザインは大切に残しつつ、たくさんの人に愛されるような新しいデザインの魚河岸シャツをこれからもどんどん作って、濱いち屋は常に進化を続ける店であり続けたいと思います。

最後に

日本のアパレル自給率「1.4%」という衝撃的な数字でも示させていただきましたが、日本国内の他の多くの伝統産業と同様に、国内の染色産業や縫製産業は衰退傾向にあります。

使い捨てや大量消費のファストファッションが隆盛していく時代の中で、「いいモノを大切に長く着る」という文化がすごいスピードで失われていることに大きな危惧を感じています。

魚河岸シャツはごく一部の限られた地域ではメジャーな存在ですが、全国的にまだまだ認知度が低いシャツです。

魚河岸シャツを全国に広めることにより着る人がもっと増えてくれれば、国内の染色・縫製産業にも元気を与えることができると思います。

私は「魚河岸シャツ」という存在を「=(イコール)焼津」のものでなく、静岡が自慢できる「メイド・イン・シズオカ」のシャツ、日本が自慢できる「メイド・イン・ジャパン」のシャツとして幅広く認知されるように盛り上げていきたい!
と本気で考えています。

改めて振り返ると、今まで魚河岸シャツについての魅力を伝えきれていなかったことに大きな反省点もあります。
そのために私は今回このプロジェクトに挑戦して、多くの人に「魚河岸シャツ」について知ってもらおうと思いました。

私はこのプロジェクトを通して魚河岸シャツの涼しさや魅力を一人でも多くの人に知っていただくと共に、伝統と昔ながらの製法を大切に守りながらも、今の時代・これからの時代に合ったアタラシイ魚河岸シャツを作っていきたいです。

それが魚河岸シャツ発祥の地と同じ「焼津の浜通り」で生まれた私の使命と感じています。

皆様のご支援をチカラに、魚河岸シャツの歴史と伝統を守りながら更に進化させて、100年先の未来にも大切に残していきたいです。

よろしくお願いします。


魚河岸シャツの濱いち屋

住所:静岡県焼津市中里542-1

7月・8月は毎日営業いたします

営業時間:10時~19時

濱いち屋・公式ウェブサイト

濱いち屋・通販サイト

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

  • 新しいデザインの魚河岸シャツを作る際の、注染そめ用の染め型製作代金に使わせていただきます

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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最新の活動報告

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  • このたびは、「魚河岸シャツの涼しさを多くの人に知って欲しい!」という濱いち屋のチャレンジに、温かいご支援を賜り心より御礼申し上げます。21日にプロジェクトが終了し、全ての支援者様へのリターン品の発送も完了しました。大きな不安を抱えた中で始めたこのプロジェクトでしたが、皆さまからのご支援やあたたかい応援メッセージが大きな力となり最後まで頑張ることができました。本当にありがとうございます。期間中いろいろなメディアがこのプロジェクトを取り上げてくれたり、SNSでも全国に広く拡散されて多くの方にページを読んでいただけたりと、「魚河岸シャツ」にとってすごくポジティブで意義のあるプロジェクトになったと思います。それも全て、皆さまの温かいご支援があったからこそです。プロジェクトは終了となりましたが、魚河岸シャツ文化を大切に残していくために、これからも全国に向けて丁寧な情報発信を続けて魅力を伝えていこうと思います。最後になりますが、このたびのご支援に改めて心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。濱いち屋 代表 川合優基 もっと見る
  • 『魚河岸シャツを全国に広めたい!』その純粋な想い一本で挑戦したクラウドファンディングは、本日が最終日となりました!全国からご支援と応援をいただき本当にありがとうございます!みなさまの温かいご支援のおかげで、現時点(9/21 11:00)で目標の671%を達成できました。私は2022年から魚河岸シャツ組合の理事役員を務めておりますが、様々な課題に直面し大きな危機感を感じています。2011年の組合設立当初は20店舗以上の加盟店がありましたが、高齢化や廃業が相次ぎ、現在は約半数になってしまいました。これからも魚河岸シャツ文化を残していけるかどうかの大きな岐路に立たされている状態だと思っています。これからはもっと積極的に全国に目を向けていく必要性があると思い、このクラウドファンディングに挑戦させていただきました。このプロジェクトは静岡新聞と中日新聞にも掲載され、共同通信社からも多くの配信サイトに配信され注目のプロジェクトとなりました。Xのクラファンの固定ポストのインプレッションも現時点で75,000以上に到達!全国たくさんの人に「魚河岸シャツ」を発信することができて大きな手応えを感じています。ご支援いただいた皆様、情報の発信にご協力くださった皆様のおかげです。本当にありがとうございます。追加でリターン品をご支援いただいた方々にも感謝の気持ちでいっぱいです。現在ネクストゴールに向けてラストスパート中!最終目標の、焼津こだわりの数字812(ヤイヅ)%を目指して最後まで頑張ります!残された時間もわずかとなりましたが、1人でも多くの方にこのプロジェクトを届けたいです。情報の拡散やお知り合いへのご紹介等、ご協力いただけたら嬉しいです。生産体制も追いつき、新たなリターン品もいろいろ追加となっています。クラウドファンディングは、本日23:59までとなっております。あと少しとなりましたが、応援どうぞよろしくお願いいたします! もっと見る

コメント

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  1. 2025/07/04 20:45

    魚河岸T🥰 少しでも広まる力になりたい🍀。。。。.。o○🕊️

    1. 2025/07/10 13:27

      あたたかい応援コメントありがとうございます。 poteti_様の応援が、いつもとても心強いです。 魚河岸シャツの涼しさと魅力を全国に広めていけるように頑張ります!


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