福澤諭吉主治医 松山棟庵生誕地を守りたい

福澤諭吉の主治医として活動した松山棟庵と言う医師が生まれた場所が和歌山県紀の川市に今も残されています。事情により長年の放置され荒廃したこの敷地を再生し、歴史を未来へつなぎ、人が集い学び心を休める場として社会に活かすための第一歩としての取り組みです。

現在の支援総額

115,000

11%

目標金額は1,000,000円

支援者数

9

募集終了まで残り

41

福澤諭吉主治医 松山棟庵生誕地を守りたい

現在の支援総額

115,000

11%達成

あと 41

目標金額1,000,000

支援者数9

福澤諭吉の主治医として活動した松山棟庵と言う医師が生まれた場所が和歌山県紀の川市に今も残されています。事情により長年の放置され荒廃したこの敷地を再生し、歴史を未来へつなぎ、人が集い学び心を休める場として社会に活かすための第一歩としての取り組みです。

ーー自己紹介ーー


ご覧いただきありがとうございます。


和歌山県紀の川市に、福澤諭吉の下で学び慶應義塾医学教育の祖となり、ビタミンの父と称され現在の東京慈恵医大創立者高木兼寛を支えた松山棟庵 という人物を生んだ地が残されています。


私は松山忠弘と申します。松山棟庵の兄・松山管吾の五世孫にあたり、現在この地で松山本家として建物と敷地の維持に関わっています。


この場所には棟庵ゆかりの建物や敷地が残されていますが、さまざまな事情により長年手入れが行き届かず、荒廃と老朽化が進み、存続が難しい状況にありました。


そのため約5年前より敷地の整備や建物の維持管理を始め、現在も草刈りや清掃、建物の状態確認などを行いながら、この場所を守る取り組みを継続しています。


本プロジェクトは、この歴史ある場所を将来に残していくための第一歩として、維持・保存の基盤を整えることを目的に立ち上げました。


なお、日々の活動の様子はFacebookやInstagramにて発信しております。よろしければぜひご覧ください。


https://www.facebook.com/profile.php?id=100088464905377

https://www.instagram.com/matsuyamatoan.project/



ーー松山棟庵生誕地と母屋『黄雨楼』についてーー

このプロジェクトの舞台となるのは、和歌山県紀の川市桃山町神田に残る松山棟庵生誕地の敷地です。


かつてこの地には、松山家本家の母屋を中心に、たくさんの離れや蔵などを備えた屋敷が広がっていました。また医院として長い年月の中で地域とともに歩んできた場所でもあります。


しかし時代の流れとともに建物の多くは失われ、現在は明治21年に松山管吾によって建てられた母屋「黄雨楼」が残るのみとなっています。


松山棟庵の生家そのものではありませんが、棟庵は帰郷の折には度々この家で過ごしており、棟庵ゆかりの住まいとして今日まで受け継がれてきました。


また、この場所には後年、棟庵と懇意であった北里柴三郎の次男が訪れた記録も残っています。


この生誕地一帯は、日本の近代医学の発展に関わった人々の足跡が重なる場所でもあります。


現在は母屋「黄雨楼」と敷地全体を含めて維持と整備を続けており、この場所を将来へ残すための取り組みを進めています。



松山棟庵生誕地の中心となる「黄雨楼」

現在残る母屋は、棟庵の足跡を今に伝える貴重な建物です。



この場所が、松山棟庵生誕地の入り口です

藪に埋もれて立ち入ることができませんでしたが現在は整地して敷地内から出た割れ瓦を敷き詰めています。



整備完成直後の黄雨楼北側敷地の様子です。

元は蔵や離れが建っていましたが老朽化により解体撤去し、廃材の山になっていたところを整理して小さなイベントができるスペースになっています。


敷地東側に伸びる竹林の小道

伸び放題になっていた竹林を半分だけ整備して小さな散策路としています。


このプロジェクトで実現したいこと〜心と身体の健康と学びの場作り〜


この取り組みは、単なる歴史的建造物や敷地の保存ではありません。


静かな時間が流れるこの空間が、将来的には日々の忙しさの中で疲れた心を整え、一度立ち止まることのできる場所になればと願っています。


また、青年や学生が集い、語り合い、学び合いながら、それぞれの志を育てていける場、そして地域の人々が気軽に集える場としても活かしていきたいと考えています。


例えば、お抹茶や花を生ける体験、健康に関する小さな学びの場、音楽やヨガなどを通じて心と身体を整える時間など、この場所の特性を活かした取り組みができるのではないかと考えています。


以前取り組みの一環として会場をお借りして行った花を生ける体験の様子です。



大きな施設ではありません。

しかし、小さな空間だからこそ、本音で向き合える時間が生まれると信じています。


守るのは過去のためだけではありません。

未来を育てるためでもあります。


この場所に、もう一度、人の時間が戻ることを願っています。



ーープロジェクト立ち上げの背景〜400年続いた庄屋屋敷の危機ーー


旧松山本家は、戦前まで地域有数の庄屋屋敷でした。

離れや蔵が立ち並ぶ広大な敷地も、老朽化により順次解体され、現在は明治21年に松山管吾が新築した母屋「黄雨楼」のみが残っています。


本来この場所建物一棟ではなく、敷地全体を含めて成り立つ空間でした。


しかし長年手入れが行き届かなかった結果、敷地・建物ともに荒廃が進み、全体として存続が危ぶまれる状況となっていました。

一番荒れ方が激しかった令和4年ごろの北側敷地


解体された蔵、離れの土壁、廃材が積み上げられ雑木が繁茂してジャングルになっていました。


生誕地の象徴的存在である母屋「黄雨楼」も様々な事情により長年放置せざるを得なかった結果、


  • 屋根四隅に大穴
  • 床の腐食
  • 大黒柱の一部がシロアリ被害で損失
  • 梁の傾き


という深刻な状態に。


元診察室の天井に開いた大穴


外が丸見えの室内


このままでは歴史ある敷地も建物も自然崩壊必至の状況でした。


一般的には解体撤去更地化が常識的な判断だと思います。


しかし私はこのままでよいのかという思いをどうしても拭うことができませんでした。


  • 北里柴三郎に先立ち慶應義塾で初めて医学教育を手掛けた医師の原点の地
  • 高木兼寛と共に創立した慈恵医大創設の精神につながる場所
  • 地域行政と医療に尽力した家族が暮らした地

  • この場所を失ってしまえば、日本の近代医学につながる歴史を「実際に感じることのできる場」が失われてしまいます。


    歴史は本や写真のような記録として残すことはできますが、その空間そのものや空気感、そこで暮らした人々の息づかいまで伝えることはできません。


    だからこそ、この場所を守りたいと考えています。


「経済合理性」だけで全てを終わらせてよいとは思えないのです。


そこで


何かと時間に融通のきく私は仕事の合間にまず少しずつ敷地の整備を始めていくことにしました。


玄関前通路と前庭の整備からスタートし、敷地東側に向けて歩いての整備が進む中、令和5年春に建物についても現状調査を行なってもらいました。


その結果


専門業者の診断は

「今年の梅雨は持たない。早急に手を打たなければ取り返しがつかない」

というものでした。


そのため急きょ対処しなければならない大黒柱、屋根、鴨居などのの補修を行いました。

 屋根の修復

腐食して朽ちかけていた大黒柱の修復


その後敷地整備も進展し、少しずつ往年の姿を取り戻しつつあり、建物についてもこれ以上の崩壊を食い止め小康状態を保っています。


しかし


今後この敷地を将来に向けて維持、活用していくためにはまだまだ多くの課題が残されています。

今回クラウドファンディングという形で多くの方々にこの取り組みの存在を知っていただき、直接的にも間接的にも共に場を作り上げていく第一歩となることを願っています。




ーーこの地で暮らした3人の人物ーー

400年以上の歴史あるこの場所は、明治期の医療と地域社会に関わった三人の人物の歩みと深く結びついています。


門下生の1人として福澤諭吉の主治医をつとめた 松山棟庵、

地方行政と地域医療に尽力した兄の松山管吾

そして地域医療を支えた松山誠二です。


ここでは、この場所にゆかりのある三人について簡単にご紹介させていただきます。


松山棟庵

この地に生まれ、後に福澤諭吉門下で慶應義塾初の医学教育に関わり、

高木兼寛と共に現在の慈恵医大につながる礎となり、

日本近代医学の黎明期に関わった人物です。

また諭吉をはじめとする福澤家のホームドクターとしても活躍しました。




天保10年(1839)紀伊国那賀郡神田村で松山庄太夫俊茂・百合夫妻の四男として生まれる

16歳の頃京都の新宮凉庭が主宰する順正書院で学び、後に指導者となる。

慶応2年(1863)江戸に向けて出立し福澤諭吉と出会い入門。

明治元年(1866)日本で初めての英文医学書を翻訳し窒扶斯(チフス)新論として出版。

明治6年(1873)慶應義塾医学所開校。校長に就任。

明治14年(1881)ビタミンの父と称される海軍軍医高木兼寛と共に現在の慈恵医大の源流となる成医会講習所を設立。



松山管吾

棟庵の兄である松山管吾は、本家十二代当主となりました。

地域行政と医療の両面から紀北地域の近代化に関わった人物であり、

管吾が建てた現在残るこの建物はその時代の記憶を伝える存在でもあります



天保8年(1837)松山庄太夫俊茂、百合夫妻の三男として生まれる。

京都修学の後父の後を継ぎ医療活動を始める。

明治12年(1879)初代伊都郡長、明治15年(1882)三代那賀郡長を務める。

地元の自由民権運動家児玉仲児と共に農民の権利擁護に尽力する。

明治21年(1888)今回修繕を行った母屋を建設し黄雨楼と名付ける。


松山誠二

松山誠二は管吾のあとを受けて本家十三代当主となりました。

若き日には東京で活動し、叔父である 松山棟庵 を助けて医学教育に関わりました。

文豪谷崎潤一郎が幼少時かかりつけ医としていました。

その後和歌山へ帰郷し、地域医療の発展に尽力しました。




安政6年(1859)新宮凉庭の養子凉介の次男として京都で生まれる。凉介は松山庄太夫俊茂、百合夫妻の長男。管吾、棟庵の兄。

明治6年(1873)東京に出て棟庵の元で学び慶應義塾医学所で指導者となり、明治12年(1879)東京大学予備門教諭となる。

明治37年(1904)和歌山に帰郷し医療活動を始め、後に那賀郡医師会長和歌山県医師会副会長を務める。


この三人がそれぞれの時代を歩んだ場所が、

現在も紀の川市桃山町神田に残る母屋「黄雨楼」です。



ーー現在の準備状況ーー

建物については、上記のように倒壊やさらなる損傷を防ぐための最低限の補修工事をすでに行いました。

しかしその後、建物の本格的な修繕や活用に向けた次の段階には進めておらず、現在は大きな工事の進展はありません。今後も維持管理はもちろんのこと完全復活に向けて少しずつ補修を進めていく必要があります。


一方で敷地については、約5年前から主に1人で環境整備を継続中です。


主に一旦整備の終わった部分の除草などの維持管理を進めつつ、まだ手をつけることができていない南側の内庭、竹林の残り半分を復活させていかなければなりません。


整備は終わったが雑草の繁茂が激しい北側敷地の維持作業。時折学生さんがお手伝いに来てくれます。


この場所に限らず除草や補修などの継続的な維持管理が必要です。

近日中に整備開始する南側内庭


 その次に整備を進める竹林の残りの部分



ーーメディアでの紹介ーー

この取り組みについては、これまでにいくつかのメディアでも紹介していただきました。


毎日新聞和歌山版2024年4月25日掲載



地元紙ニュース和歌山2024年11月16日号掲載



ーー支援金の使い道についてーー

本プロジェクトでいただいたご支援は、母屋「黄雨楼」と生誕地の敷地全体を将来にわたって守り、次の世代へつないでいくための維持・整備に大切に使用させていただきます。


これまで少しずつ整備を続けてきましたが、広い敷地全体を維持していくためには、継続的な管理と手入れが欠かせません。


具体的には、母屋の状態を保つための点検や小規模な補修、敷地内の除草・清掃・安全確保のための環境整備、そして今後取り組んでいく南側敷地の内庭整備や竹庭整備に向けた作業などに使用させていただきます。


また、ご支援へのお礼としてお届けする返礼品の制作や準備にも一部充当させていただきます。


支援金の内訳(目安)


・敷地整備(除草・清掃・安全確保)

 約35万円

・母屋「黄雨楼」の維持・点検・軽微な補修

 約25万円

・内庭整備・竹庭整備に向けた作業費

 約10万円

・返礼品制作・梱包・発送費

 約13万円

・クラウドファンディング手数料等

 約17万円

※上記は現時点での想定に基づく目安となります。



ーーリターンについてーー

返礼品のご紹介

松山棟庵プロジェクトを応援してくださる皆さまへ、心より感謝申し上げます。

このプロジェクトは松山棟庵生誕地に残る歴史を未来へとつないでいく取り組みです。


生誕地の歴史を感じていただける記念品、地域の特産品、そして現地での体験など、さまざまな形でご支援いただけます。


この場所に流れてきた時間の一部をそれぞれの形でお届けします。


1 想いを手元に
【生誕地の情景】生誕地記念グッズ

7000円 (限定25)


松山棟庵生誕地に残る母屋「黄雨楼」。

その夏の風景をもとにした、オリジナルの記念グッズをお届けします。


長年放置され荒れ果てていたこの場所を、少しずつ整備しながら守り続けてきました。

その過程で見えてきた「この場所の空気感」を形として残したい――

そんな思いから制作したものです。


現地に来ることが難しい方にも、この場所の一端を感じていただければ幸いです。


・黄雨楼オリジナル缶バッジ(夏バージョン)

・黄雨楼オリジナルポストカード(夏バージョン)


❄️ 【生誕地の情景】生誕地記念グッズ〜雪の記録

10,000円(限定15)


今年の2月温暖なこの地では珍しく大雪が降り、黄雨楼が静かに白く包まれました。

その一瞬の風景をもとに制作した、特別な記念品です。


そして本セットには、松山棟庵の「肖像画」をもとにした缶バッジをお付けします。


歴史に名を残した医師としての姿と、静寂に包まれた雪の黄雨楼。


この場所と人物が重なり合う、本プロジェクトを象徴する組み合わせです。


同じ景色は、二度と見られないかもしれません。

その記録を、ぜひお手元に残していただければ幸いです。


内容

・黄雨楼缶バッジ(雪バージョン)

・ポストカード(雪バージョン)


【生誕地時のしずく】小さな瓦片

5000円(限定25)


松山棟庵生誕地である黄雨楼の敷地整備の際に見つかった古い瓦の小さな破片を、記念カードとともにお届けします。


敷地内にはかつて母屋のほか、蔵や離れなど複数の建物がありました。

老朽化による解体の後、残された瓦の破片が今も地中から見つかります。

作業の中で出てきた瓦を一つ一つ大きさごとに仕分けし保管してきました。


この瓦は、この場所が歩んできた歴史の痕跡でもあります。


いわば「時のしずく」とも言えると思っています。


多くは敷地内の通路に敷き詰めて再び役割を果たしてくれています。


この小さくなった瓦たちを当プロジェクトの「松山棟庵生誕地時のしずく」 として想いを皆さんと共有したいと思います。


内容

・生誕地の記憶が染み込んだ瓦の小片(1つ)

・証明カード(シリアル番号付き1枚)

・黄雨楼ポストカード(夏バージョン1枚)


生誕地の情景】生誕地記念グッズコンプリートセット

15,000円(限定15)


松山棟庵生誕地に残る風景と人物、そして季節の記録。

そのすべてをひとつにまとめた、特別なセットです。


黄雨楼の夏と雪。

そして松山棟庵の「肖像画」と「キャラクター」という二つの表現。


歴史に刻まれた実像と、現代に伝えていくための新たなかたち。


この場所が歩んできた時間。

これからへとつながる想い。

その両方を感じていただけます。


生誕地の記録を一式としてぜひお手元に残していただければ幸いです。


内容

・生誕地の記憶が染み込んだ瓦の小片(1つ)

・瓦の小片証明カード(シリアル番号付き)

・黄雨楼缶バッジ(夏バージョン・雪バージョンそれぞれ1つずつ)

・松山棟庵缶バッジ(肖像バージョン・キャラクターバージョンそれぞれ1つずつ)

・ポストカード(夏バージョン・雪バージョンそれぞれ1つずつ)


2 この地に続く営み(特産品)

全国有数の桃の生産地紀の川市桃山町。

この地では約400年前から桃の栽培が始まり、「あら川の桃」として高い評価を得ています。


今回お届けする桃は松山棟庵生誕地近隣の松峰ファームさんのものです。

松峰ファームさんは約400年前に別れた家系で現在も当地で農業を営んでいます。


同じ土地に根ざし、代々受け継がれてきた営みの中で育てられた果実は、

この地域の歴史と風土がそのまま息づいています。

この地で続いてきた時間の一部を、返礼品としてお届けします。

また松山棟庵生誕地の夏の風景を収めたポストカードを1枚同封いたします。


【あら川の桃  小箱】

15,000円(限定6)

・桃 小箱入り(約2kg相当)

・黄雨楼ポストカード(夏バージョン1枚)


【あら川の桃  中箱】

20,000円(限定5)

内容

・桃 中箱入り(約3.5kg相当)

・黄雨楼ポストカード(夏バージョン1枚)


【あら川の桃 大箱】

25,000円(限定3)

内容

・桃 大箱入り(約4kg相当)

・黄雨楼ポストカード(夏バージョン1枚)


この地で育まれた桃を、その時期に最も良い状態でお届けいたします。


本返礼品は、生産者より直接お届けするため、

大きさや形に個体差がございますが、一つひとつ選んでお届けいたします。


内容量の目安として、箱サイズ(小箱・中箱・大箱)でご案内しております。



3  松山棟庵の故郷を訪ねる(体験)

和歌山県紀の川市神田の里を実際に訪れ、体感していただくコースです。松山棟庵が生まれ育ったこの地の空気や風景に触れ、その歩みを少しでも感じていただけましたら幸いです。


【生誕地を体感】生誕地案内

15000円 (限定15組)

整備途上にある松山棟庵生誕地の現在の様子をご案内いたします。



現在、敷地は整備の途中段階にあり、必ずしも整った状態ではありませんが、

その分、この場所が変わっていく「今」をご覧いただけます


この地で暮らした松山棟庵、管吾、誠二にまつわるエピソードを、

実際の場所をご覧いただきながらお話しさせていただきます。


少人数でのご案内となるため、落ち着いた環境でゆっくりとご覧いただけます。


所要時間:約60分〜90分程度


※日程は主に日曜日を中心に、ご支援後に個別調整させていただきます。

※対応可能な範囲でのご案内となります。

※天候により日程調整をお願いする場合があります。


内容

・生誕地案内

・黄雨楼をモチーフにした缶バッジ(夏バージョン1つ)

・松山棟庵をモチーフにした缶バッジ(肖像バージョンまたはキャラクターバージョン1つ)


【季節の体験】ブルーベリー収穫体験

15000円(限定15組)

松山棟庵生誕地近隣の松峰ファームさんにて、ブルーベリーの収穫体験をしていただけます。



季節の移ろいの中で育まれる果実を、実際に収穫し、味わっていただける体験です。


収穫したブルーベリーを1kgお持ち帰りいただけます。


現地でしか感じられない空気とともに、この土地の時間に触れていただければと思います。


所要時間:約60分〜90分程度


※日程は主に日曜日を中心に、ご支援後に個別調整させていただきます。

※天候や生育状況により日程調整をお願いする場合があります。


内容

・ブルーベリー収穫体験

・ブルーベリー1kg持ち帰り

・黄雨楼ポストカード(夏バージョン1枚)


4 生誕地への想いを伝える
【生誕地を応援する】生誕地スタンダード応援コース

3,000円

松山棟庵生プロジェクトをあたたかく応援してくださる方向けのコースです。


この場所に残る歴史を、未来へとつないでいく取り組みとこれからを、共に見守っていただけますと幸いです。


皆さまからのご支援が、この場所を守り続けていく力になります。


内容

・お礼メッセージ

・活動報告メール

・活動報告ページにお名前掲載(希望者)



【生誕地を支える】特別応援コース

10,000円

松山棟庵生誕地保存プロジェクトを一歩踏み込んで応援してくださる方向けのコースです。


本リターンでは、支援してくださった皆さまを「生誕地保存サポーター」として記録に残させていただきます。

活動報告ページへのお名前掲載に加え、Instagramにて「第1期サポーター」としてご紹介いたします(希望者)。

(将来的に現地での記録も検討しております。)


皆さまからのご支援が、この場所を守り続けていく力になります。


内容

・お礼メッセージ

・活動報告メール

・活動報告ページにお名前掲載

・Instagramで「第1期サポーター」として紹介(希望者)


生誕地を深く支える】生誕地支援コース

50,000円(限定3)

松山棟庵プロジェクトをより深く応援してくださる方向けのためのコースです。


この場所に残る時間を未来へつないでいく取り組みに、

一歩踏み込んだ形で関わっていただければ嬉しいです。


このご支援は生誕地の保存を一歩進める力となります。


内容

・コンプリートセット(15,000円相当) 

・現地案内(優先)

・活動報告メール

・活動報告ページにお名前掲載(希望者)

・「第1期特別サポーター」としてInstagramにお名前掲載(希望者)

(将来的に現地での記録も検討しております)



【生誕地を共に守る】生誕地特別支援コース

100,000円(限定1〜2)


松山棟庵プロジェクトを共に支えていただければという想いで設けた特別なコースです。


このご支援はこの場所のこれからを支える大きな力となります。


共に支えている想いをより深く感じていただければ幸いです。


内容

・コンプリートセット(15,000円相当)

・現地案内(最優先)

・活動報告メール(個別に近い形でお届け)

・活動報告ページにお名前掲載(希望者)

・「第1期エグゼクティブサポーター」としてInstagramにお名前掲載(希望者)

(将来的に現地での記録も検討しております)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これらの返礼品は、現地での活動や自然の営みの中から生まれた素材や記録をもとに制作・ご用意しています。

仕上がりや仕様、果実の状態には個体差がございますが、その点も含めてお楽しみいただければ幸いです。



ーー今後のスケジュールーー

2022年頃〜現在

松山棟庵生誕地の保存を目指し、

敷地の清掃や庭の整備などの環境整備を一人で続けています。

2025年

築138年の建物「黄雨楼」の補修工事を実施

2026年5月1日

クラウドファンディング開始

2026年6月15日

クラウドファンディング終了

2026年7月1日〜

返礼品の発送開始


今後も松山棟庵生誕地を未来に残すため、敷地整備と保存活動を継続していきます。


ーー最後にーー


最後までお読みいただきありがとうございます。


この場所の整備を始めてから、気がつけば5年余りの歳月が過ぎました。


現在も草刈りや清掃など、できることを少しずつ続けています。


母屋「黄雨楼」も崩壊の危機にありましたが、仮修繕によって何とか小康状態を保っています。


この場所は、単なる古い建物と荒れた敷地ではありません。


名も知られぬまま歴史の陰で支えてきた人の足跡と、これからの時代に必要とされる「学びと癒しの場」の可能性をあわせ持った大きなポテンシャルを秘めた場所だと思っています。


ここで暮らした人々には目立つ実績や華やかさはないかもしれません。それでも、こうした存在に光を当て、その事績を今に活かし未来へつないでいくことにこそ意味があると考えています。


今後も、この地をこれからの時代においても人々に求められる場へと高めていくために、自分にできることを積み重ねていきたいと考えています。


この取り組みに共感していただけましたら、ぜひこのプロジェクトを通じてご縁を結ばせていただきたいと思います。皆さまのご支援が、この場所のこれからを形にしていきます。


ご支援をよろしくお願いいたします。


支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 建物の状態を保つための点検や小規模な補修、敷地内の除草・清掃・安全確保のための環境整備、そして今後取り組んでいく南側敷地の内庭整備や竹庭整備に向けた作業、返礼品の制作や準備などに使用させていただきます。

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

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最新の活動報告

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  • 4日目です

    2026/05/04 21:23
    本日も嬉しいことが続きます。なんとご支援下さった方が現地に激励に駆けつけて下さいました!遠方にお住まいの方なのでどうして?と思ったのですがお話を伺うと地元が隣町であり、歴史関係にお詳しい方でこのページをご覧になって早速ご支援していただき、連休を利用しての帰省中にお越しいただきました。お話しをいろいろ伺いつつ、現場をご案内させていただき、こちらの活動の現状や想いをお伝えさせていただきまして今後も親しくおつきあいさせていただく事となりました。お金を集めるのが目的のサイトではありますが、それだけでなくこのような新しいつながりがいただけるのは本当にありがたい事だなと感じました。本日はありがとうございました。 もっと見る
  • お世話になります。本日の活動報告です。本日はお二人のご支援をいただきました。ありがとうございます。いよいよ十万円の大台に乗ることができました。金額的にはまだまだこれからではありますが、新しいご縁を少しずつ頂けているのが何よりの励みとなります。今後ともよろしくお付き合いください。本日も連休という事でまとまった作業ができることから東側敷地の手入れを一気に終了させました。途中雨模様ではありましたがなんとか予定通り終わらせることができまして、おまけに入口の植え込み付近の除草も出来まして作業が進展できました。日々こんな感じの地味でささやかな活動ではありますが、クラウドファンディング終了まで作業状況をこちらで簡単にご報告していきます。 もっと見る
  • ご覧いただきありがとうございます。本日は4名の方にご支援いただきました。ありがとうございます。少しずつ支援の輪が広がりつつあること嬉しく思っています。本日も現地にて作業の1日でしたが、他の部分の整備に追われて一年近く手が回らなかった東側の敷地の整備が徐々に進展しております。東側敷地は元々離れその1と蔵その1が立っていたところで老朽化により解体した後いつしかクスノキの大木が育ってしまいました。しかし夏場は作業合間に涼を求めることができます。そこで廃材となっていたコンクリート塊を土台に解体した蔵の柱を置きまして周りに簡易のベンチもどきを作ってあります。明日もこの続きを進めたいと思っています。引き続き応援よろしくお願いします。 もっと見る

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