30万目標!! 皆様のお力をお貸しください!!
はじめまして、井上愛恵 INOUE MANAE と申します。私は三児の母であり、現在娘と共に新天地の高知に母子で移住してきました。子育てをしながらも自分の夢を追い続けることができる環境を追い求め、ついにこの地にたどり着きました。私の夢は、高知大会へ向けてMrs of the yearの公式ビューティーキャンプに参加しウォーキングレッスンを受け憧れのドレスを着て、ステージに立つこと。その姿を娘に見せること!!優勝を経て日本大会に出場することです。その姿を娘に見せることで、夢を諦めないことの大切さを伝えたいと考えています。
【プロジェクトで実現したい】
このプロジェクトでは、私の夢である高知大会での優勝、そして日本大会への出場を実現するための支援を募っています。大会に出場するためには、エントリー費、トレーニング費、ドレス代など、様々な費用がかかります。しかし、これらの課題を乗り越えることで、娘に誇れる姿を見せたいと強く願っています。あなたの支援が、夢を叶える大きな一歩になります。
【プロジェクト立ち上げの背景】
このプロジェクトを立ち上げるに至った背景には、娘と共に新しい人生を切り開きたいという『人生の物語』があります。母親である私は、子育てに専念する中で娘の病気があり自分の夢を追うことを一度は諦めかけました。しかし、子どもに自分の夢を語るたびに、胸の奥にしまい込んだ情熱が再び燃え上がるのを感じ、娘のためにも夢を実現したいと決意しました。このプロジェクトを通じて、多くの方々に共感し、応援していただけたら幸いです。

・娘のために必死に生活を維持し12 年
【人生は物語】
移住をしたきっかけ…私は二回目の離婚。 私の母が他界したのは2012年。腎臓透析をし5年目でこの世を去りました。私の二回目の結婚生活は"子供をつくらず夫婦二人で暮らす"…でしたが、母が入院した頃に母に言われた一言がありました。それは「女の子を一人ぐらい産みなさい。女の子がいると助かるよ。」私は当時、既に男の子を二人出産していました。36歳。この年で出産はないなぁ~と思った矢先、まさか母の言葉が現実になるとは思いもしなかったです。2012年3月母が他界。母の葬儀の後に娘が授かりました。高齢出産する覚悟を決めました。高齢出産でも関係ない。"母の生まれ変わりだ"と強く思い、出産を覚悟。妊娠が分かったもののその頃は夫婦関係はあまりうまくいっていませんでした。妊娠期間の十月十日(とつきとおか)は実家へ戻り母のいない実家で寝泊まり。父の食事の準備など身の回りの世話を母の代わりにいていました。妊婦検診は父が送迎してくれました。悪阻がひどかった私。それプラス高齢出産もあり流産しやすい状態で当時、勤務していた介護施設も退職し父にお世話になりました。逆に母が他界し寂しい気持ちは娘の私がいたから寂しくもなく過ごせたのかもしれません。悪阻もなく体調が良い日には父が経営するジビエの工場へ手伝いにも行きました。私は2013年2月無事に長女を出産。2450gで産まれたもののすぐに保育器に入り娘をこの手で抱っこができたのは出産して四日目でした。それでも一緒に退院することができて私は迎えに来た旦那の元へ帰ります。結論…一度離れた夫婦はうまく生活することができず、娘が一歳になって私は二度目の離婚を決意しました。母に申し訳ない気持ちもあったけれど母子家庭で私はこの子を一人で育てる!と覚悟を決め離婚。それからは過酷な毎日でした。私の腕がもげてしまうんじゃないかと思えるほどに、娘は毎日朝まで夜泣きをするようになり寝不足の毎日でした。一歳の娘を保育園に預け仕事に行くのも辛く…毎朝保育園から職場へ向かうママの後ろ姿を見てはギャン泣きしていた娘。振り返ることはせずに、ただただ娘には「ごめんね…」と思うしかなく仕事が終わると急いで娘を迎えに行った日々を今でも忘れません。そんな時…愛知に移住していた姉から連絡があり「一人で育てるのは大変でしょう!愛知に来たら?」と声をかけてくれました。お金も体力もなかった私は娘が三歳になったら移住しよう!とお金をためて娘の為にもまた一から人生をやり直そうと決意。2016年に計画し母子移住を実現させました。一旦は姉のいる愛知県に移住。しかし、またも過酷な人生を私たちを苦しめます。
2017年娘4歳 突然下半身が動かなくなる… 下半身には内出血が広範囲にあり痛みが強く自分の足で歩くことができなくなっていました。日曜日の当番病院へ行くも医者には「虐待」と診断され。月曜日にいつも行く小児科へ行くと「お母さん、入院になると思うから入院の準備をしてすぐにここの病院へ行きなさい。」と紹介状を書いてくれて、私は準備し紹介された病院へ行きました。
2017年9月 アレルギー性紫斑病発症 当時の医者からは原因不明と診断。毎日採血をし数値をみて点滴をするという治療。長い入院生活がはじまった。一旦は落ち着くも自宅に帰ると嬉しさのあまり走り回る娘。自宅で安静はできず2017年10月マイコプラズマ肺炎と二回目のアレルギー性紫斑病再発。しかしすぐに 2018年6月には肺炎と血小板減少性紫斑病。血小板の数値は当初7.000。(当時のこの子の平均数値35万~40万)一日にグロベニンを4本投与。ベッド上で安静、出血しないように気をつけた日々… ガンマグロブリン使用により肝機能低下・伝染性単核球症(EBウィルス)となる。一時帰宅しながらも、2019年無事に回復し小学校入学。小学校三年生まで紫斑病の繰り返しとなるが通院し「完治」の判断はでずも通院終了。娘の病気が落ち着いたら愛知県からでて海・山・川のある田舎でのんびりと子育てをする。と決めて、 2021年7月二度目の移住を決めました。

・娘、一時退院の時の写真。大好きなゆかりおにぎりをほお張る姿
田舎暮らしを夢見て2021年8月20日高知県香南市に移住が決まる。しかし高知に来たことがなかった私たち。就職先、住まいのすべてが決まって7月の夏休みに入ってから、娘には行き先を告げずに初めての高知へ旅行にきました。娘が高知を気に入ったらここに移住をしよう!! そう思い私はドキドキしながら行き先を秘密にして娘の手を引き飛行機に乗り込みました。高知空港が見えたころ… 7月の高知は青空で青々した畑が一面に広がり、青い海がキラキラしていていた。私たちには眩しく見えた。
当時のイメージ写真

・高知空港に着陸前の娘の様子とイメージ
娘は飛行機の小さな窓に顔をつけて、「ママ!!ここに住みたい!!」と、興奮して叫んだ。嬉しかった… 涙がでた… 「ここに住むんだよ。」というママの言葉に、さらに目をキラキラさせて娘は拍手した。 翌月…娘が四年生の二学期に高知へ移住。転校。高知県香南市の田舎暮らしと海・山・川に囲まれてスクスク育った。紫斑病は再発することはなく、現在は12歳になり私立中学校進学。通学の利便性と私の職場の介護施設も高知市内にあるため、三年住んだ香南市を離れ高知市内へ引っ越し、新たなスタートを切った。 過去の入院生活の中で私も娘も看護師には元気付けられ励まされた三年間がありました。娘の夢は「看護師になること」 自分も看護師になり病気で苦しむ人たちを元気付けたい。と娘は夢を持つことができました。看護師になりたい!という娘の夢を叶えたく、病気をしている間も泣かずにいつもニコニコしていた娘の気持ち、ママが落ち込んでいるのもお構いなしにジョーダンを言ってママを元気にしようとする姿。娘が病気で辛かったろうに…幼いながらにママを元気にしてくれたこの子に、いつかママは恩返しをし、娘と共に新しい人生を切り開きたいと思っています。

・愛知県から高知県へ移住した2021年8月
【介護福祉士・アロマセラピスト】
現在、高知市内の介護施設で勤務。訪問介護・特別養護老人ホーム・ICU救命救急病棟(看護助手)などの経験を活かし45歳で介護福祉士を取得。27歳~33歳まではスナックを経営していたのもあり、再婚をして嫁いだ先では田舎で自分に合う仕事や、やりたい仕事もなく安い時給で働くという選択ができずにいました。当時はスナックのママをやっていたというプライドもあり正直どんな仕事も選択できずにいました。結果…田舎では牛の餌になる牧草を運ぶバイトで大型運転手をしたり牽引で牧草ロールを積ぶ運転手を選択。そんなある日ポストに「ヘルパー2級養成講座」の広告が入り"介護かぁ~"と…あまりやる気はなかったものの、ヘルパー2級養成講座を受講することにしました。受講後、訪問ヘルパーとして食事を作ったり部屋の掃除や洗濯、買い物支援や入浴支援に入ると高齢の方々から感謝の言葉をいただけるようになり、嬉しい言葉や喜ぶ姿に自分の心が満たされていくのを感じました。母が他界し一旦は介護から身を引いた期間もありますが、再び介護士として復活できたのも高知に移住してからです。訪問介護をする私の嬉しそうな顔をみて亡き母が言った言葉があります。「あなたは人が喜ぶ仕事に就くといいよ」。その言葉を思い出し再び介護の道へ…

・介護が楽しく働きやすい職場とのめぐり逢い
アロマセラピストとして活動もしています。高知県香南市に移住し高齢者のクラブへ出向きアロマ会を開催したこともあります。アロマ会は二年間で約1000人の参加。アロマの香りで癒される高齢者がたくさんいました。アロマを混ぜて作るハンドクリームは本当に皆さんが喜んで下さりハンドケアの伝授もするとお互いにハンドケアをしあう方々も多かったです。やはり『笑顔』ですね。香りは笑顔にします。このような経験を積み上げて現在勤務している通所リハビリテーションで介護福祉士アロマセラピストとして在籍。余暇時間に高齢者の方々の爪をカットし爪の保湿ケアとハンドトリートメントを行っています。10分~15分の間にもお悩みを打ち明けてくれたり、普段できない会話をゆっくりとできる時間でもあります。香りで癒されて心も穏やかになり精神的にも安定するので定期的にケアするようにアロマセラピストとして活動しています。介護士になったり、アロマセラピストになったり…楽しい時間を高齢者の皆さんと過ごすことが叶っています。
【エントリーすることで頑張っていること】
・トレーニング
月曜日~金曜日まで毎朝欠かさずに自主トレーニングとウォーキングトレーニングを行っています。お金をかけずに自分でできることからやろう!! と決意。体幹トレーニングはかかと上げスクワット毎日20回~30回。肩甲骨トレーニングは背中を美しく見せたいので始めました。ウエストシェイプアップ、ヒップアップ骨盤底筋群を鍛えています。中々大変ですが高知大会まで諦めずに行いたいとおもいます。

[ウォーキングトレーニング]
18㎝のヒールに挑戦します。18㎝のヒールはもちろん初めてで中々上手に歩くととができません。公式ビューティーキャンプに参加できるのは3回です。

自宅で毎朝のトレーニングはお弁当を作り、仕事に行く前に行ってます。

始めてのビューティキャンプの日(2月)
このトレーニングは別途現金支払い。発声トレーニングとウォーキングトレーニングに参加。
【移住】
北海道(2016年)から移住して丸9年目になります。住み慣れない街に来て苦労したこともたくさんありましたが、何よりも高知の人柄に惚れました。人柄が温かく親切。よそ者扱いせずに「家族やき」と受け入れてくれる姿にとても感謝しています。そして高知の大自然に囲まれた暮らし。新鮮な野菜や魚。かつおのタタキを食べた時には本当に感動しました。素敵な街に移住できた事を心から喜び関わる全ての方に感謝いたします。

移住する前に写した写真
【これまでの活動と準備状況】
1月20日 Mrs of the year高知大会エントリー
2月 4日 面談審査合格
2月 9日 別途ビューティーキャンプ参加(発声・ウォーキングレッスン)
3月 9日 ドレス衣装合わせ

衣装合わせの時、背中の出るドレスが気に入りました。
毎朝(月曜~金曜まで)自主トレーニングを欠かさず行っています。地元のコミュニティでも積極的に活動し、サポートを得るためのネットワークを築いてきました。また、移住先での生活基盤を整え、娘が安心して過ごせる環境を作ることにも注力してきました。これらの努力を糧に、次のステップである高知大会へと挑戦します。悔いのないように最後までやり切りたいのです。応援をよろしくお願いいたします。
【ビューティーキャンプスケジュール】
四国
・高知県5月5日 ・愛媛県5月17日
・香川県6月8日
【大会スケジュール】
高知大会 2025年9月6日
日本大会 2025年11月24・25日
【プロジェクトスケジュール】
5月 25日 プロジェクトスタート
6月30日 プロジェクト終了
10月~ リターン開始
最後に
最後までお読みいただきありがとうございます。このプロジェクトは、私だけでなく、娘や同じように夢を追いかけたいと願う全ての人々のための挑戦です。皆様からのご支援が私たちの夢を現実に近づけてくれると信じています。どうか、私たちの旅にご協力いただけますよう、心よりお願い申し上げます。








わぁ、あなたのプロジェクトは本当に素晴らしいですね!正直に言うと、あなたのアイデアにとても興味を持ちましたし、それには大きな可能性があると感じています。もっとあなたのプロジェクトについて詳しく知りたいです!集めた資金はプロジェクトの重要なステップに使われる予定だと読みましたが、このプロジェクトが完全に実現された場合、どのような変化が人々の生活に訪れると思いますか?詳細をお話しできることを楽しみにしています!もしよろしければ、私のプロフィールに記載されているメールアドレスか、メッセージでご連絡いただけるとありがたいです。もしかしたら、追加のサポートとして金銭的な支援ができるかもしれません。
あなたの素晴らしいアートワーク、写真、イラストに感銘を受けたので連絡しました。厳選した作品を NFT として 1 点あたり 7,000 ドルで購入したいと思っています。この取引を円滑に進めるために、Line からご連絡ください https://line.me/ti/p/7_78znYfej