Team Buffazにとって、大きなチャレンジとなったツアー・オブ・ジャパン2025参戦でしたが、皆さまの温かいご声援に後押しされて、無事にレースを走り終えることができました。おもな成績逃げ > 4ステージ/ロードレース7ステージ中 ・第2ステージ(京都)Luke ・第6ステージ(富士山)Leon ・第7ステージ(相模原)Luke ・第8ステージ(東京)Leon富士山ステージ > チーム区間成績8位東京ステージ > 望月蓮 12位レースについてチーム設立2年目、リヨンを拠点とするクラブチームにとって初めての飛行機を使ったアジア遠征でした。またフランスのアマチュアレースを主戦場とするチームにとって、UCIクラス2、8日間の国際レースは未知の領域。それぞれのメンバーは不安を抱えながらも、新しいことへのチャレンジに胸を躍らせながら、来日しました。リヨンから陸路でイタリア・ミラノへと向かい、上海経由で大阪に到着。自転車の破損やロストバゲッジがないように祈るような気持ちでしたが、私たちの心配をよそに、大きなトラブルはなく、到着することができました。また飛行機で運ぶことができないケミカル類については、日本のケミカルメーカー「Vipros」様のご好意により、日本で用意していただきました。ありがとうございました!そしてフランス語堪能なマッサージャー、小畑さんを現地スタッフに迎え、日本に着いてからの準備も順調に進みました。5月18日、いよいよレースが開幕しました。初日は2.6kmの個人タイムトライアル。それぞれに調子を確かめるようにして、大きなトラブルなく終了。レースが終わると次のステージが行われる京都へと移動。いよいよ、1週間をかけて東京をめざす、日本最大級のステージレースが始まりました。第2ステージで、早くもチームには試練に直面します。ステージ序盤で今大会最初の逃げにLukeが入り、喜んだのも束の間、18歳、今大会最年少選手である望月蓮が落車し、負傷してしまいました。痛みを堪えながら再乗車し、他の選手たちから大きく遅れながらも単独で、最後まで諦めずにフィニッシュをめざし、なんとか次のステージに繋ぐことができたものの、広範囲におよぶ擦過傷と、長い独走で大きなダメージを負ってしまいました。また残りの選手たちも時差やアジア特有の湿気を帯びた暑さに苦しみ、約50名ほどのメイン集団に誰も残ることができませんでした。チーム内最上位が8分19秒遅れのLeonの65位。この時点で、個人総合成績やチーム総合成績の望みは消滅。これから先のステージに不安が立ち込めました。第3ステージも引き続き、厳しいステージとなり、序盤から遅れたU23カテゴリー2年目のMaelと児玉誠虎(早稲田大学)が惜しくもリタイアとなります。レースは急勾配の登り区間を使って厳しいペースアップが図られ、集団からどんどん選手が振るい落とされるような展開になり、昨日からの疲労が溜まる選手たちは苦しみましたが、そのなかで終盤までCurtisとLeonがメイン集団に喰らい付き、Curtisが5分遅れの33位。約30名のメイン集団でのフィニッシュはできませんでしたが、前日よりも多くの選手が遅れていくなかで、少し明るい兆しが感じられる走りでした。4選手で迎えた第4ステージは、5選手が逃げ切る形となり、Team Buffazの選手たちはメイン集団に留まってフィニッシュ。翌日からの過酷な山岳ステージに向けて、少し脚を休ませることができました。また、毎日の小畑さんの念入りなマッサージにより、レースを重ねながらも、選手たちのコンディションは少しずつ上がっていきます。そして長野県飯田市で開催された第5ステージは、翌日の富士山でのステージとともに、厳しい登坂を繰り返す大会期間中の最難関ステージ。周回距離がもっとも短く、遅れると周回遅れ=リタイアとなることが多いため、東京をめざす上でこのステージを越えられるかどうか、一つの大きな関門になります。しかしTeam Buffazの外国人3選手はしっかりとメイン集団で完走。レース後には「なぜもっと積極的に、攻撃的に走らないのか?」という議論も交わされるほどに、選手たちのパフォーマンスは本来のものに戻って来ました。負傷している望月も集団から遅れながらも、しっかりと走り切ることができました。そして迎えた第6ステージ。レース終盤に富士山五号目須走口まで一気に駆け上る世界的にも稀な山岳コースです。前日のステージで、なぜ積極的に走らないのか?と聞かれたCurtisの答えは「富士山のステージを狙っているから」。選手それぞれに、このステージのインパクトは大きく、登坂能力に長けている選手は、ここでトライするのを楽しみにしていました。失うものはない、ただただベストを尽くすのみです。レースは序盤からLeonが逃げに乗ります。クライマーでもあるLeonは登坂区間に向けて温存する選択肢もあったと思いますが、チームは積極的に動いていきます。富士山の麓に差し掛かるとLeonたちの逃げは吸収され、メイン集団もあっというまに崩壊。登りのスペシャリストたちがレースをリードし、選手たちは自分自身の限界に挑む戦いになります。そしてTeam Buffazは、Leonが26位、Curtisが28位、Lukeが31位でフィニッシュ。上位3選手の走行タイムによる区間チーム成績は16チーム中8位でした。日本ナショナルチームを除き、すべてのチームが格上となるUCIコンチネンタルチーム、もしくはUCIプロチーム。また大会屈指の最難関ステージでパフォーマンスを発揮できたことは、一般的にはけっして、優れた成績とは言えませんが、Team Buffazにとっては、自信に繋がる大きな意味をもつ結果になりました。富士山を越えると、残りは2ステージ。東京が見えてきました。第7ステージでは、終盤に形成された12名の逃げにLukeが加わります。この集団がフィニッシュまで逃げ切る形となりましたが、Lukeは残り数百メートルで猛スピードで追い上げを図る集団に吸収され、上位入賞のチャンスを失い、大きな悔しさを味わいました。最終日、東京ステージ。選手たちは日を重ねるごとに、自信をまとい、また天候やレース強度にも慣れ、しっかりとパフォーマンスを発揮できるようになりました。この頃になると、レース序盤の総合成績をすべて失ってしまったステージが悔やまれるようになりましたが、それもすべて初めての経験。むしろステージレースで中盤を過ぎて、パフォーマンスを向上したことを前向きに捉えて、残りのステージに集中します。最終日は再びLeonが逃げに乗りました。エリートカテゴリー1年目(23歳)にしてチーム内最年長のLeon。しっかりとチームをアピールすべく、堂々とした走りでレースをリードしていきます。最後は集団ゴールスプリントの展開となり、そこで存在感を示したのは、満身創痍で東京まで辿り着いた望月。初めてのツアー・オブ・ジャパン参戦でしたが、ロードレース初日の落車により、後ろを振り向けば、いつもリタイアがチラつくような厳しいレースになりました。しかし、それでも諦めずに走り切れたことは、世界を虎視眈々とめざす望月にとって、苦くもいい経験になったと捉えられます。「本当はもっと逃げに乗ったりしたかった」と悔しさを滲ませますが、最終日は集団ゴールスプリントに挑み、区間12位でフィニッシュ。U23カテゴリーでは最上位でのフィニッシュとなり、負傷しながらも最後まで走り切ったことも考慮され、U23日本人選手に贈られる特別賞を受賞し、最終日に表彰台に立つことができました。レースを終えて「人生で最高の1週間だった」と話したのはLuke。チーム拠点から1万キロ離れた日本で、選手、スタッフそれぞれに多くのことを学び、確かな手応えを得ることができました。序盤にリタイアとなったMaelと児島もトレーニングを行いながら、スタッフとしてチームを支えてくれました。今回は思うようなレースにはなりませんでしたが、彼らにとって8日間のレースを戦う仲間を間近で見たことは、未来に繋がる経験になりました。児玉は「自分より走れているLukeが、レースの内容を悔しがり、自分よりも多くのトレーニングを積んでいる。TOJ終わってから、自分も今まで以上に練習するようになり、調子も良くなっているんです。TOJでの経験は、大きな刺激になりました」と振り返ります。そして、たくさんの方のご支援により、無事にレースを終えられたこと、チーム一同心から感謝しています。どうもありがとうございました! また本遠征の成功により、フランスと日本、両国の距離はさらに縮まり、チームは今後年齢、性別問わず、より多くの日本人選手を受け入れることなどを、前向きに検討しています。いただいた支援金について以下の内容で使用させていただきました。・飛行機の追加荷物代・レース経費(マッサージベッド運搬代、交通費、補給食・ドリンク購入など)





